2: 1 2012/04/02(月) 20:24:11.42 ID:jssOZe1F0
八幡の記憶が戻ってから数日後の奉仕部部室

??「…なんかもー、し に た い」

関連作品
八幡「ぼくはきれいな八幡」雪乃「」

004
3: 1 2012/04/02(月) 20:30:28.63 ID:jssOZe1F0
テーブルに突っ伏し、死体が…いや、八幡が呟いた。その目は普段の1.5倍マシマシで腐っている。

結衣「ヒッキー、どうしたのよ…せっかく、記憶が戻ったんでしょ?」

雪乃「…ひょっとして、さっそく、周囲から人が離れていって、数日前との落差に落ち込んでいるのかしら」

結衣が心配げにそちらを見やり、馬鹿ね、だから言ったのに、と雪乃がため息をつく。

4: 1 2012/04/02(月) 20:34:49.63 ID:jssOZe1F0
八幡の記憶が戻り、奉仕部の正式部員も再び部室に集うようになっていた。
にもかかわらず、雰囲気は重苦しい。その理由は、先ほどから陰鬱なオーラを垂れ流しているこの男にあった。

八幡「…ちゃうねん」

5: 1 2012/04/02(月) 20:36:15.75 ID:jssOZe1F0
雪乃「…では、どうしたというの?」

結衣「…なぜ関西弁?」アセ

6: 1 2012/04/02(月) 20:38:28.47 ID:jssOZe1F0
八幡「記憶が元に戻れば、またぼっちに戻れる…そう思っていた時期が俺にもありました」ボソボソ

雪乃「…違ったというの?」

7: 1 2012/04/02(月) 20:41:30.52 ID:jssOZe1F0
八幡「…クラスでさ…記憶が戻ったこと、みんなに伝えたんだよ」

雪乃「…………」

結衣「みんな、祝福してたよ?」

雪乃が眉を顰め、ん?と結衣が首を傾げる

8: 1 2012/04/02(月) 20:44:48.43 ID:jssOZe1F0
八幡「ああ…そうだな。そう…みんな、素直に祝福してくれた。悪意のかけらもない態度でな」

結衣「よかったじゃん! それでなんでそんなに落ち込んでるの?」

雪乃「…何か、挙動不審な反応をしてしまった、というところかしら」

9: 1 2012/04/02(月) 20:45:40.93 ID:jssOZe1F0
八幡「…挙動不審…ああ、そうだな。ほぼ正解だ」

結衣「え? そうだったっけ?」アセ

11: 1 2012/04/02(月) 20:49:23.69 ID:jssOZe1F0
八幡「なにか考える前にさ…俺の体が勝手に反応したんだ…」シクシク

雪乃「…どんな痛々しい反応をしたというの?」
いっそ優しげな声で雪乃が問う

12: 1 2012/04/02(月) 20:53:29.35 ID:jssOZe1F0
八幡「…記憶を失っていた間と同じ調子で『みんな、ありがとう! おかげで、戻ってこられた、感謝してる。いろいろ迷惑かけてゴメンな!』キラキラ …って…そしたら…」

雪乃「……………」

13: 1 2012/04/02(月) 20:55:23.63 ID:jssOZe1F0
雪乃「…似合わないとバカにされたとか?」

八幡「…みんな、拍手喝采でさ…」

結衣「だからよかったじゃん! 今の話、どこにも落ち込む要素ないよ?!」

14: 1 2012/04/02(月) 20:58:16.03 ID:jssOZe1F0
八幡「それだけじゃないんだよ! その後もさ、善意100%で話しかけられるたびに、体が同じように勝手にリアクションして
   爽やかに受け答えしちまうんだ… で、その後で自己嫌悪でこう…うああああぁぁぁ!って…」

結衣「どうしてそうなるかなぁ…」アセ

15: 1 2012/04/02(月) 21:05:10.41 ID:jssOZe1F0
八幡「俺は、卑屈さにかけてだけは、誰にも負けない自信があったんだよ! それが、たかが数週間、記憶を失っていただけでこんなんなっちまうなんて…」シクシク

雪乃「比企谷くん…安心していいわよ。今のあなた、すごく卑屈だわ…」

結衣がドン引きし、雪乃がため息をつく。

18: 1 2012/04/02(月) 21:41:51.93 ID:jssOZe1F0
??「…前向きにとらえてみてはどうだ、比企谷」

ガラリと部室の扉が開いた。

結衣「先生!」

奉仕部の顧問、平塚静が入ってくる。

雪乃「先生、いつも言っていますが、ノックを…」

雪乃が苦情を述べた

19: 1 2012/04/02(月) 21:50:33.27 ID:jssOZe1F0
平塚「ふふ…まぁ、固いことを言うな」ニヤリ

静は意に介さない。雪乃もいつものことなので諦めてため息をつく。

平塚「比企谷、記憶を喪失していた時期のことも憶えているのだろう? その間の君の真摯な思索や努力、その結果としての他者との共感や達成…そういったものは、君の人格にしっかりと体験として刻み込まれたはずだ」

20: 1 2012/04/02(月) 21:56:10.59 ID:jssOZe1F0
八幡「…………」

平塚「…君は、さまざまな要因によってすっかり捻くれてはいるが、記憶を失っていた時期のアレこそが、本来の性格なのではないか?
   私はあの体験が、これまで君を閉じ込めていた殻に、ヒビを入れたのではないかと思っている」

21: 1 2012/04/02(月) 22:03:15.11 ID:jssOZe1F0
平塚「…実際、あの時の君の姿は賞賛に値するものだったよ。他者から好意的に見られたとて、正当な報酬だ。好んで卑屈になることもあるまい。
   
   …これを成長の機会ととらえて、これまでの腐った生き方をこそ反省すべきだ。そうだろう?」ニコリ

結衣がうんうんと頷く。

八幡「先生…」

八幡は腐った目のまま、首だけ動かして静をみた。

22: 1 2012/04/02(月) 22:08:33.59 ID:jssOZe1F0
平塚「なんだ? 比企谷」

静が慈愛の表情で微笑んでいる。

八幡「…羊水が腐っている人に生き方が腐っているとか ブベラァ?!!」

言い終える前に、静の脳天への肘打ちが八幡を沈黙させた。

平塚「…どうやら、ヒビの入れ方が足りなかったようだな」

八幡「ごめんなさいっした…頭蓋骨にヒビが入りました。いま」

八幡が痙攣しながら呟いた

23: 1 2012/04/02(月) 22:20:20.85 ID:jssOZe1F0
平塚「…まったく。私はまだ…ゲフンゲフン…才だ。今の君の暴言にはひどく傷ついたぞ!!」

静が半分涙目で睨みつける。

雪乃「私も、今のは確かにひどいと思うわ」

結衣「そうよ、ヒッキー」

ほかの女性陣からも非難され、四面楚歌状態の八幡。

八幡「ほんとにすんませんでした。マジ反省してます。本心では、静先生素敵だと思ってます。美人女教師マジ萌えます。結婚してください」

机に頭を擦り付けながらの謝罪。

24: 1 2012/04/02(月) 22:27:29.17 ID:jssOZe1F0
平塚「……………///」

結衣「……………」

雪乃「……………」

八幡「…………?」

部屋に沈黙が立ち込める。
急に空気が変わったことに気づき、頭を上げる八幡。
静が赤面し、結衣と雪乃の顔が引きつっていた。

25: 1 2012/04/02(月) 22:29:25.53 ID:jssOZe1F0
すんません、またちょっと中断

26: 1 2012/04/02(月) 23:21:00.46 ID:jssOZe1F0
平塚「…ふ、ふん。見え透いたお世辞はよしたまえ」

赤面してそっぽを向く静。

雪乃「…でも、やはり、体罰はやりすぎだと思うの」ニコ

結衣「ヒッキー、大丈夫?」ナデナデ

おい、なんだこの空気。


平塚「そ、そもそも、なぜ私には態度がそのままなんだ。さっきの話に従えば、爽やかに受け答えしてもいいだろうに」

八幡「いや…やっぱ、多少なり気心が知れてるからっすかね。雪ノ下や由比ヶ浜もだけど」ポリポリ

27: 1 2012/04/02(月) 23:34:13.49 ID:jssOZe1F0
結衣「…ん~、まぁ、ある意味特別扱いってことだよね」エヘヘ

平塚「…ふむ。ふふ…気づいているか? おそらく、そういう素直に仲間意識を認めるようなセリフも、以前の君からは出てこなかっただろう。やはり、君は確実に変化してきていると思うよ」ニヤリ

雪乃「…『も』、ね」ボソ

28: 1 2012/04/02(月) 23:35:07.86 ID:jssOZe1F0
八幡「……なん…だと?!」ガクゼン

30: 1 2012/04/02(月) 23:41:36.96 ID:jssOZe1F0
八幡「う、うそだ、俺は、俺は…」ブルブル

雪乃「…いいのよ比企谷くん。奉仕部でなら素の自分に戻れるというのなら、好きなだけ腐っていても」ニッコリ

八幡「…ゆ、雪ノ下…」ウル

結衣「ゆ、ゆきのんが、ヒッキーにやさしい?!」

雪乃「…ちゃんと、次の燃えないゴミの日に分別して捨ててあげるから」

結衣「と、思ったらそんなことはなかった!!」

八幡「…うん、いつもの雪ノ下だな」

31: 1 2012/04/02(月) 23:49:22.93 ID:jssOZe1F0
ふんとそっぽを向く雪乃。

…八幡は正直なところ、雪乃との距離を測りかねている。数日前のことをふと、思い出した。

あのキス、いったいどういうつもりだったんだこいつ…まさか、本当に俺のこと…

思わず赤面する。


いやないない。ないから。ないったらない。絶対ない。

中学の時のことを思い出せ。…もうあんなのごめんだ。

妙な期待はしないに限る。

32: 1 2012/04/02(月) 23:56:59.76 ID:jssOZe1F0
雪乃「…どうしたの? 変な顔をして」ニッコリ

…思わず、その笑顔に見惚れる

雪乃「…まぁ、いつものことだけれど」

冷たく見下すような目で見られて、思わず安心する。やはり雪ノ下はこうでなくては

結衣「ヒッキー…なんか変な趣味に目覚めてきてない?」

結衣が若干、ヒいていた。


平塚「…そうそう、本題を忘れるところだった」ポン

33: 1 2012/04/02(月) 23:57:42.38 ID:jssOZe1F0
平塚「劇をやりたい、ということだったな」

35: 1 2012/04/03(火) 00:08:10.00 ID:aukraJJT0
感想plz plz

ちなみに、最低限ですませるつもりですが、作中で名前だけしかでてきてない半オリキャラとかいずれ登場する予定です。

43: 1 2012/04/03(火) 18:14:48.55 ID:aHSp4esSO
八幡「いや、それなんですけどね…一時のテンションに任せて提案しちゃったのは俺なんですが、やっぱ無理くさいかなって…」

平塚「ふむ、どういうことだ?」

44: 1 2012/04/03(火) 18:17:48.05 ID:aHSp4esSO
八幡「まず、人数です。奉仕部の正式な部員は、ここにいる三人だけなわけで、役者だけでも無理がありますが裏方で必要な人員まで考えると到底、劇をやるには足りません」


平塚「…ふむ」

45: 1 2012/04/03(火) 18:22:10.03 ID:aHSp4esSO
八幡「…それに、演劇なんて、このなかでちゃんとした経験やノウハウをもってるやつはいない。本職の演劇部もなにかやるでしょうから内容もかぶるし、場所も設備もこの部室じゃ難しいでしょう」


雪乃「…確かにそうね」

結衣「…そっか-、面白そうだと思ったのにな-」タメイキ

46: 1 2012/04/03(火) 18:24:11.98 ID:aHSp4esSO
平塚「…いや、あきらめるのは早いぞ諸君」ニヤリ

三人「「「?」」」

47: 1 2012/04/03(火) 18:27:34.15 ID:aHSp4esSO
平塚「…実はな、その演劇部から、非常にタイムリーな相談が奉仕部にあったんだ」

雪乃「…演劇部から?」

八幡「裏方の人数を貸せとか?」

48: 1 2012/04/03(火) 18:31:08.16 ID:aHSp4esSO
平塚「いや、惜しいがちがう。…演劇部の現状を知っているか?」

八幡「…いえ、知人とかいないんで」

雪乃も無言で頷く。

結衣は、何やら思いあたったらしい。

結衣「…あ、なんか、2年生部員が続けて辞めたとか聞いたような?」

49: 1 2012/04/03(火) 18:38:51.40 ID:aHSp4esSO
平塚「うむ、夏に引退した3年生の代はかなり熱心に活動していたんだがな。今年は1年生が入らず、2年生部員も学業に専念したいなどの理由で、続けざまに退部してしまった。…文化祭を前に、実質活動休止状態なのだよ」

八幡「…そりゃちょっと尋常じゃないっすね。何もこんな時期に辞めなくても」

雪乃も不審な表情をしている。同感らしい。

結衣「…これはあくまで噂なんだけど、勉強云々は建前で、部内の人間関係でいろいろあったんだって。その…」

言いにくそうに

50: 1 2012/04/03(火) 18:40:44.11 ID:aHSp4esSO
結衣「…三角関係、とか。それで人間関係がぐちゃぐちゃになっちゃって、空中分解したとか」

ちらっと他の二人をみる。微妙に気まずい空気。

52: 1 2012/04/03(火) 21:29:33.23 ID:aukraJJT0
平塚「まぁ、そのあたりの事情は本人たちにでも聞かない限りわからないがね」

静が肩を竦めて苦笑する。

雪乃「…それで、相談の内容というのは?」

平塚「このままでは総武高から演劇部の火が消えてしまう。なんとか新しい部員を確保したいというのが、引退した3年生と顧問の希望だ。そこで…」




53: 1 2012/04/03(火) 21:41:49.58 ID:aukraJJT0
平塚「さっき、話にあった劇を君たちがやってみたらいいんじゃないか? それでほとんどの問題が解決すると思うが」ニヤリ

雪乃「なるほど。つまり…」

雪乃が頷く。

平塚「校内で新たな部員を募集するなら、演劇の魅力に実際触れてもらうのが何より一番だろう。君たちが正規の演劇部の代理として公演を行うというのなら、セットの使用や演技指導など、バックアップは惜しまないと思うぞ。場所は、講堂を使わせてやる」

雪乃「…講堂を?」

八幡「そりゃまた、大盤振る舞いっすね…演劇部の代わりっすか」ポリポリ

平塚「そういうことだな。それに先日、清掃を行って使用できるようにしたのは君たちだ。優先的に使えるよう取り計らおう」

54: 1 2012/04/03(火) 21:46:59.16 ID:aukraJJT0
結衣「んーーー…すごいけど、それでもまだ人数足りなくないかな? 3年生の人は指導だけなんだよね?」

平塚「そうだな。そこは君たちがなんとかしたまえ。友人に声をかけて集めるもよし…そういえば、先日言っていた入部希望の連中はどうする?」ニヤリ

結衣・雪乃「「…入部希望?」」

55: 1 2012/04/03(火) 21:49:32.83 ID:aukraJJT0
平塚「…なんだ比企谷、伝えてなかったのか?」

八幡「…いや、知りませんよ。あれ、冗談じゃなかったんですか…」

意外そうに問う静に八幡がやや引きつりながら答える。

56: 1 2012/04/03(火) 21:56:28.27 ID:aukraJJT0
結衣「…先生、入部希望って?」

平塚「ああ、先日、球技大会の後でな。比企谷の活躍を見て奉仕部に興味を持ったという生徒たちから入部希望が届いていたのだよ…返事はまだ保留しているがね。ちなみに女子ばかりだ」フフ

結衣「反対、はんたーい!! 動機が、動機が不純!!」

雪乃「…………」ゴゴゴゴ

顔を真っ赤にして反対を叫ぶ結衣

雪乃は、無言だが、八幡は周囲に冷気が渦巻いているような錯覚を感じた。

57: 1 2012/04/03(火) 21:59:20.64 ID:aukraJJT0
雪乃「…そうね、入部を希望しているのに、無碍に拒否するのもかわいそうだわ」ニッコリ

結衣「ゆきのん?!」ガクゼン

雪乃「…だから部長の私が一人ずつ面接して、これならばと納得する人材であれば、入部を許可しましょう…平塚先生、それでよろしいですね?」ニッコリ

平塚「…あ、ああ。お手柔らかにな」ヒク

59: 1 2012/04/04(水) 05:23:05.45 ID:xg51XYB90
全員『…殺る気だ?!』ガクブル

雪乃に表だって突っ込める勇気の持ち主はこの場には誰もいない。

結局、新入部員の件については部長預かりで保留となり、人数の件についてはそれぞれに手分けしてあたってみることとなった。

60: 1 2012/04/04(水) 05:41:01.66 ID:xg51XYB90
その夜

電話
八幡「…ってわけなんだ。悪いけど、頼めないか?」

戸塚「あはは、いいよ。ぼくでよければよろこんで! おもしろそうだよね」

八幡「ホントすまん。じゃあ、詳細はまた明日…おやすみ」ピッ

またねー、おやすみーという戸塚のスイートボイスを確認して電話を切る。人数、一人確保。結衣たちはうまくいっているだろうか?

本当に、その場の思いつきで言ったことだったが、劇については本当にやることになりそうだ。

八幡「なんか大事になってきたな。どうしてこうなった…俺のせいか。みとめたくないものだな、自分自身の若さゆえのあやまちというやつを」タメイキ

連鎖的に『あの夜』のことを思い出し、八幡は思わず赤くなった。


61: 1 2012/04/04(水) 05:51:30.02 ID:xg51XYB90
…雪乃の考えていることがよくわからない。いや、結衣の考えていることもだ。

…いや、わかることを、何かが拒否している。素直に、それぞれの行動や言動を分析したら、答えは…

八幡「いや、ないだろ。ないから。ない、ない」

誰かに相談したかったが、生憎そんなことができそうな知り合いはいなかった。戸塚は…なんかちがう。

葉山隼人あたりなら、経験も豊富そうで頼りにはなりそうだったが、この相談についてだけはダメだと直感が言っていた。ヘタすれば血を見る。

62: 1 2012/04/04(水) 05:59:20.29 ID:xg51XYB90
…答えが出ないことを考えていてもしょうがない。それより今は、劇のことだ。…あー、アイツにも一応声はかけておくか。後でなんか言われてもうぜぇし

携帯電話から以前、無理矢理登録させられた番号を呼び出す。

材木座「むふん、もしもし、我であるが」

10秒以内に出なかったら切ろうと思っていたが、ワンコールで出やがった。うぜぇ

材木座「…なぜ、呼び出しておいて舌打ちをするのだ?」

八幡「気のせいだ。ところで、忙しかったら断ってくれて全然かまわないんだけど、かくかくしかじか」

材木座「まるまるのうまうまか。よかろう。ようやく貴様も、我の才能に気付いたようだな。致し方あるまい、手を貸してやろうではないか」

八幡「いや、本当にムリはしなくていいから」

63: 1 2012/04/04(水) 06:05:16.65 ID:xg51XYB90
ノリノリだった。超うぜぇ。もう、存在自体がうざかった。会話を切り上げ、電話を切ろうとしてふと、思いつく。

そうだな、もう、こいつでもいいか…

八幡「…なぁ、ところでさ。たとえばの話なんだけど」

材木座「ぶひ? なになに」

八幡「同じ部活の美少女二人がさ、どうやら自分のこと好きみたいなんだ。で、片方にこないだ、突然キスされた。これ聞いてどう思う?」

材木座「それなんてエロゲ? 我にもタイトルとかくわしく」

八幡「うん、そうだよな、無駄な時間使わせて悪かった」

たしかに、現実にこんな事態が発生するわけがない。あぶなかったわー、あやうくイタい勘違いするとこだった。

64: 1 2012/04/04(水) 06:10:13.50 ID:xg51XYB90
お礼に、エロゲならオーサリングヘブンの「The ガッツ」シリーズがお勧めだぞとやさしく教えてから電話を切る。

わかった、さっそくアマ●ンでポチってみるーと最後に聞こえた。いいことしたあとは気持ちいい。疑問も解消したし、今夜はよく眠れそうだ…


八幡サイドout

65: 1 2012/04/04(水) 06:22:59.34 ID:xg51XYB90
雪乃「…というわけなの。悪いけど、もしよかったら力を貸してもらえないかしら」

川崎「…んー、悪いけどパスだね」

雪乃「…そう、わかったわ」タメイキ

電話の向こうで、雪乃があっさり引き下がった。もともと、予想していたのだろう。

??「いいじゃん、やりなよ姉ちゃん」

66: 1 2012/04/04(水) 06:52:29.15 ID:xg51XYB90
大志「いいじゃん、やりなよ姉ちゃん」

川崎「大志?!」

大志「ごめん、ちょっと会話が聞こえちゃってさ…」

川崎「…あんたには関係ないわよ。あっちいってなさい」

大志「姉ちゃん、本当は、友達と部活とかやってみたかったんだろ? せっかくのチャンスじゃないか。このまま断ったらもったいないよ…」

67: 1 2012/04/04(水) 06:54:51.27 ID:xg51XYB90
大志「高校生活は、一生で一度しかないんだぜ。俺も、家のこととかできる範囲で協力するからさ…」

川崎「…大志」

68: 1 2012/04/04(水) 06:57:33.71 ID:xg51XYB90
川崎「…大志」

電話の向こうから、姉弟の会話が聞こえてくる。しばらくして

川崎「…ごめん、お節介な弟がこう言ってるからさ。…さっきの話、私も参加させてくれる?」クショウ

雪乃「…ええ、もちろんよ。相変わらず、姉弟仲が良いのね。うらやましいわ」

69: 1 2012/04/04(水) 06:59:13.82 ID:xg51XYB90
川崎「…そんないいもんじゃないよ。じゃあ、切るわね」

雪乃「…あ、ちょっと待って」アセ

70: 1 2012/04/04(水) 07:02:38.35 ID:xg51XYB90
川崎「ん、何?」

雪乃「…その、さっきの話とは別に、個人的に他人の客観的な意見が聞きたいというか、自分以外の視点からの評価をきくのもやぶさかではないというかそういう話があるのだけれど…」モゴモゴ

川崎「…えーと、要するに相談事?」クショウ

71: 1 2012/04/04(水) 07:04:30.97 ID:xg51XYB90
雪乃「……」

川崎「…いいよ、どうしたの?」

雪乃「ええと…さっきも言ったように、客観的にみた意見を聞きたいのだけれど」

川崎「…」

雪乃「比企谷くん、私のことどう思ってるのかしら」

72: 1 2012/04/04(水) 07:07:03.78 ID:xg51XYB90
川崎「…切っていい?」

雪乃「ま、待って!」

川崎「本人に聞けばいいでしょうに」ハァ

雪乃「できないから困ってるのよ!」

川崎「…わかったわよ。客観的にみて、ね」

73: 1 2012/04/04(水) 08:28:52.51 ID:MSAXytmSO
川崎「…客観的なことだけを言えば、命懸けであんたを助けてくれたんでしょ? 実際、事故で記憶を失ったりしてたし」

雪乃「…そうね、でも…通りすがりの小犬でも助けてあげるような優しい人だし…」

川崎「…記憶を失ってる間でも、球技大会での大活躍はあんたのことがモチベーションだったみたいだし、あんたのためにわざわざまた飛び降りやってまで奉仕部に戻ってきたんでしょ?」

74: 1 2012/04/04(水) 08:31:43.73 ID:MSAXytmSO
川崎「…なんとも思ってないやつのために、ここまでやる訳ないでしょ。命懸けで愛してるって言われても信じるわよ」

雪乃「…そ、そう…?」

頬が熱い。腕の中のパンさんの縫いぐるみが抱きしめられて形を歪める。

77: 1 2012/04/04(水) 14:50:02.81 ID:MSAXytmSO
楽しみにしてくれてる人がいる限り俺は書く。

無理にとはいわないが反応があるとやはり嬉しいです。

78: 1 2012/04/04(水) 15:37:56.50 ID:MSAXytmSO
川崎「…悔しいけど、あんた美人だしね。比企谷じゃなくても、迫られて墜ちない男なんてほとんどいないと思うんだけど。

…キスまでしたんでしょ? それで何も反応ないの?

…大志、となりでガタガタうるさい!

ゴメン、弟がうるさくて」

80: 1 2012/04/04(水) 15:59:43.27 ID:MSAXytmSO
雪乃「…意識はしてくれてると思う。でも、何だか戸惑っているというか、壁があるように感じるの」

溜息を吐く雪乃。

川崎「…まぁ、確かに戸惑いはあるんじゃない。あいつ、どうみても恋愛経験豊富そうには見えないし」

82: 1 2012/04/04(水) 16:12:08.68 ID:MSAXytmSO
川崎「…まぁそれは、あんたもか。すっかり恋する乙女だね。以前の雪ノ下と本当に同一人物なの?」クス

雪乃「…仕方ないじゃない。告白されたことはあっても…自分から誰かを好きになったことなんて、初めてなのよ」

自室で雪乃は俯き、真っ赤になって縫いぐるみを抱きしめる。

84: 1 2012/04/04(水) 17:54:19.88 ID:MSAXytmSO
雪乃「…川崎さんは違うというの?」

川崎「あ、あたしは…ノ-コメント!!」

雪乃「…ずるい」

川崎「わかった、ないわよ! これでいい?!」

85: 1 2012/04/04(水) 17:58:49.60 ID:MSAXytmSO
川崎「…だからアドバイスって言っても、あんまり大したことは言えない。積極的に押していけばなんとかなると思うんだけど…でもいいの?」

雪乃「…え?」

86: 1 2012/04/04(水) 18:01:56.94 ID:MSAXytmSO
川崎「…由比ヶ浜のこと。あんたたち、仲いいんでしょ? あの娘もどうみても比企谷に惚れてると思うんだけど」

雪乃「……」

87: 1 2012/04/04(水) 18:03:53.76 ID:MSAXytmSO
川崎「…このままじゃ、三角関係で修羅場になるんじゃないの?」

雪乃「…やっぱり、そうよね」ウツムク

90: 1 2012/04/04(水) 19:48:56.53 ID:01HC7v2C0
由比「…ていう事情なんだけど、姫菜、お願いできない?」

海老名「あははー、いいよー。原稿もメドがたってるし、比企谷くんには世話になったからねー。まぁ、裏方でよければだけど」

由比「ゴメン! ほんと助かるっ!」

電話の向こうの友人に対して拝むしぐさをする由比。

91: 1 2012/04/04(水) 21:09:02.50 ID:01HC7v2C0
海老名「ほかにも、誰か声かけるの?」

由比「えっと、ヒッキーがさいちゃん達を誘ってるはず。あたしは、今のところ姫菜だけ。優美子は…興味なさそうだし、どうしよう」

92: 1 2012/04/04(水) 21:35:16.60 ID:01HC7v2C0
海老名「隼人くんたちも誘ったら? 人数足りてないんでしょ。 隼人くんが来れば、優美子も来ると思うけど」

由比「うーん、そだねー」

94: 1 2012/04/04(水) 22:06:19.66 ID:01HC7v2C0
海老名「そうすればあたし的にもベストカップリングを間近でみるチャンス! デュフフフ…☆」

由比「…え~と、姫菜?」アセ

海老名「う~ん、NTRで三角関係とかもありだな~」テカテカ

由比「う…三角、関係」ドンヨリ

97: 1 2012/04/04(水) 23:26:11.58 ID:01HC7v2C0
海老名「お、どしたの?」

由比「うん…ちょっと…ね。演劇部が、三角関係のもつれでバラバラになったって噂、あったでしょ?」

海老名「うんうん」

由比「そういうの…つらいな、って」

98: 1 2012/04/04(水) 23:29:14.95 ID:01HC7v2C0
海老名「…うーん、そっかぁ」フム

由比「姫菜?」

海老名「…大丈夫だよ、ユイ。あんたたちは、きっとそうはならない」

由比「ひ、姫菜?!」

海老名「…なんとなくだけどね。そんな気がする」クス

由比「も、もう。誰も、奉仕部がそうだなんていってないじゃない!」カァ

99: 1 2012/04/04(水) 23:36:03.49 ID:01HC7v2C0
海老名「おっと、そうだった? 深読みしちゃったよ、失敬失敬」フフフ

由比「も、もう、ホントだよ! そもそもあたし、別にヒッキーのことなんて…」プンプン

海老名「でも、それはそうとして、比企谷くん最近、あちこちから狙われてるからねー、油断してると、思いもよらないところから足を掬われるかもよ?」

由比「え、え?! ちょっと、やめてってば」

海老名「そうね、由比が何とも思ってないっていうなら、この際あたしもアタックしてみようかな」キラン

由比「姫菜ー?!」

海老名「…なんてね、冗談だってば。でも、今の反応、どういうことかな」フフフ

由比「う、うう…姫菜がいじめるー…」シクシク

100: 1 2012/04/04(水) 23:37:52.91 ID:01HC7v2C0
ガールズサイドout

112: 1 2012/04/06(金) 00:00:19.66 ID:sSJHOdsi0
??「小町キック!!」

八幡「オウフ?!」

気持ちよく寝たはずが突然、蹴り起こされた。 犯人は…自分で自白してるよ。

八幡「…な、なにすんだ小町…」

時計は、夜の11時を指している。

113: 1 2012/04/06(金) 00:02:13.69 ID:sSJHOdsi0
小町「…お兄ちゃん、そこに正座しなさい」

何やら、怒っているらしい。

八幡「…………?」 

よくわからんが、半分寝ぼけた頭で言われた通り正座する

114: 1 2012/04/06(金) 00:06:41.64 ID:sSJHOdsi0
小町「…さるスジから、お兄ちゃんが雪乃さんとキスしたという噂をききました。事実ですか?」コホン

八幡「ぶぅぅぅぅーっ?!」

寝覚めのMAXコーヒーを自室に吹く八幡

115: 1 2012/04/06(金) 00:09:55.24 ID:sSJHOdsi0
小町「き、汚いなぁもぉ…そのリアクション、小町的に超ポイント低い…」

八幡「お、おまえ、それどこか、か、か…」ガクガク

小町「それは、女のヒミツなんだよお兄ちゃん…」フフフ…

ちなみに、姉の隣の部屋で盗み聞きしていた大志からの緊急メールが情報源である

116: 1 2012/04/06(金) 00:14:33.05 ID:sSJHOdsi0
小町「…その反応をみると、事実なんだね…」

八幡「…お、俺は無実だ、冤罪だ!!」

小町「犯人はみんなそういうんだよ…」

雪乃と同じ反応をする妹。想像以上に、雪乃に毒されているようだ。いかん、このままでは…

小町「…それで、どうするの?」

八幡「ど、どうって、いや何がだよ」

117: 1 2012/04/06(金) 00:17:23.80 ID:sSJHOdsi0
小町「女の子のはじめてを奪っておいて、男としてどう責任をとるのかってきいてるの!」プンプン

八幡「う、奪ったってお前! あれは向こうのほうからだな…初めて…まぁ、そうだろうなぁ。俺もだけど…あいつ、何考えてるんだ…」

小町「お兄ちゃんのバカ!!」

118: 1 2012/04/06(金) 00:21:47.88 ID:sSJHOdsi0
八幡「?!」

小町「お兄ちゃんのほうこそ何考えてるのよ、言い訳なんてして…雪乃さんが何を考えてるかなんて、はっきりしてるじゃない」ウルウル

八幡「…つまり、どういうことだってばよ」

小町「『お兄ちゃんのことが好き』っていう、必死の意志表示に決まってるでしょ! 雪乃さんだよ? かけひきや出来心でそんなことすると思う?」

119: 1 2012/04/06(金) 00:25:24.36 ID:sSJHOdsi0
八幡「…しない、よな…でも、あの雪ノ下だぞ? あいつが俺を好きなんてありうるか?」アセ

小町「お兄ちゃんのバカバカ!! 小町キック2!」

八幡「オウフ?!!」

120: 1 2012/04/06(金) 00:36:54.81 ID:sSJHOdsi0
小町「お兄ちゃんは自己評価低すぎ! お兄ちゃんは、ちゃんとカッコイイよ、見る人が見れば! たまにだけど! 普段腐ってるけど!」プンプン

八幡「褒めるんならもっと素直に褒めろ!」

小町「とにかく、お兄ちゃんのそのうじうじした態度のせいで、雪乃さんは悩んでいるのです。ちゃんと、男の子として態度をはっきりさせること! いいですね?」ジロッ

八幡「…いや、とはいってもな」アセ

121: 1 2012/04/06(金) 00:38:29.40 ID:sSJHOdsi0
小町「…お兄ちゃんが態度を改めないというなら、小町にも考えがあるよ…」キラン

八幡「…ってどうすんのお前」

小町「もう、いっしょにお風呂にはいってあげないから!!」

八幡「な、なに?!」

122: 1 2012/04/06(金) 00:39:54.07 ID:sSJHOdsi0
八幡「…ってちょっとまて。誤解を招く言い方すんな。今でも別に入ってないだろ」

小町「…ばれたか」テヘヘ

最後に入ったのは、小6と小4の時か、たしか

123: 1 2012/04/06(金) 00:42:04.79 ID:sSJHOdsi0
八幡「…この年でいっしょに風呂とか、親父に殺されるわ。しかしまぁ、言いたいことはわかった」

小町「小町的にはべつにかまわないんだけどね…とにかく、しっかりすること! わかったねお兄ちゃん!」

八幡「…あー」フゥ

133: 1 2012/04/06(金) 22:48:20.41 ID:i2vkKzUSO
翌日の教室…

八幡「いろいろ考えてたら、寝られなかった…危うくまた遅刻するとこだったわ」グッタリ

結衣「ヒッキーおはよ…どうかしたの? 体調悪そだけど」

八幡「…由比ヶ浜か、う-っす。
…いや、お前もなんか、人のこと言えねぇ顔してるぞ。あと、その手どうした?」

結衣「…え、ウソ?!」

結衣が慌てた様子で自分の顔に手をあてる。

134: 1 2012/04/06(金) 22:59:35.30 ID:i2vkKzUSO
八幡「いや悪かった。気をつけて見なきゃわからねぇよ…なんかあるのかしらんが、体調には気をつけろよ…」

結衣「ヒッキー、なんか優しい…ん? それってあたしのこといつも注意して見てるってこと?///」
八幡「…曲解すんな。いや、もうどうでもいい。眠い…」

机に突っ伏す八幡

135: 1 2012/04/06(金) 23:09:26.22 ID:i2vkKzUSO
結衣「…ち、ちょっとヒッキー?! 寝ないでよもう…」

海老名「…まあまあユイ。ところで、その様子だとだいぶ頑張ったみたいだけど、できたの?」

結衣「…う、うん。頑張った…けど…」

八幡「…」スゥスゥ

136: 1 2012/04/06(金) 23:16:54.38 ID:i2vkKzUSO
昼休み

八幡「…さて、購買いくか」

海老名「…比企谷くん、お昼は誰かともう約束してる?」ニコ

八幡「ん? いや別に」

海老名「じゃあ、あたしたちと一緒に食べましょう」キラリン

137: 1 2012/04/06(金) 23:19:47.23 ID:i2vkKzUSO
昼休み

八幡「ああ、いいけどさ。先、購買いかせてくれ今日、パンなんだ」

海老名「…あ、大丈夫大丈夫♪…ほら、ユイ」ツンツン

結衣「…あ、あの、ヒッキー」

八幡「…ん?」

138: 1 2012/04/06(金) 23:22:49.65 ID:i2vkKzUSO
昼休み

結衣「…これ、お弁当、作ってきたの。良かったら…食べて///」

八幡「なん…だと」

このとき八幡に電流はしる!

139: 1 2012/04/06(金) 23:27:04.18 ID:i2vkKzUSO
八幡「…由比ヶ浜、お前、家族は無事なのか?!火事とか爆発とか…」シンケン

結衣「なにその反応?!」ガクゼン

140: 1 2012/04/06(金) 23:36:30.75 ID:i2vkKzUSO
八幡「…や、その…悪い、つい」アセ

結衣「ひどいよ-ひどいよ-」シクシク

八幡「悪かったって…ちゃんと食う、命に懸けても食うから、泣きやんでくれ」

結衣「フォローになってない?!」

海老名「…まぁ、気持ちはわかるけど、みてやってよ」クショウ

142: 1 2012/04/06(金) 23:40:28.51 ID:i2vkKzUSO
八幡「…」ゴクリ

結衣の壊滅的な料理スキルを知る八幡は、食欲ではなく緊張から喉を鳴らし、弁当箱を開く。

八幡「…こ、これは?!」

143: 1 2012/04/06(金) 23:57:02.04 ID:i2vkKzUSO
八幡「…由比ヶ浜、これ…お前が自分で作ったのか?」

結衣「…う、うん。へ、変、かな…///」

その弁当は…なんというか、「普通」だった。ツナやハムを用いたサンドイッチ、プチトマトを沿えたポテトサラダ、レトルトの唐揚げ、デザートは桃缶だった。

ごく普通の、ちょっと不器用な女の子がつくったありふれたお弁当。

だが、八幡は、この弁当が普通に見えるということの意味を知っている。

144: 1 2012/04/07(土) 00:00:45.85 ID:uj383sKSO
八幡「……お前、本当にがんばったんだな」

結衣「…う、うん。た、食べてみてよ」

八幡は、合掌し、静かに、ひとつひとつ味わいながら食べ始めた。

その様子を、結衣は緊張しながら、海老名はニコニコしながら見守っている。

145: 1 2012/04/07(土) 00:05:56.35 ID:uj383sKSO
八幡「……ごちそうさま」

八幡が、ハシを置いた。

結衣「ど、どうだった…?」

不安と期待の表情。それに向かって八幡は、笑顔で親指を立ててみせた。

八幡「うまかった! ありがとうな」

結衣「…うん!!」

目を潤ませて微笑む結衣。海老名がよしよしと頭を撫でている。

146: 1 2012/04/07(土) 00:10:45.82 ID:uj383sKSO
本当のところ、サンドイッチはパンが少し不揃いだった。ポテトサラダはすこししょっぱかった。唐揚げは揚げすぎだったし、桃缶はどれだけ好きなんだよとツッコミたかった。

八幡自身や妹の小町なら、もっと美味く作れるだろうし、まして雪ノ下雪乃の料理とは比べものにならないだろう。

だが、それでも…

147: 1 2012/04/07(土) 00:15:33.56 ID:uj383sKSO
八幡は知っている。結衣の料理スキルが、どれだけ破滅的なものだったか。そして、想像することはできた。彼女が、一体ここまでどれだけの努力をしたのか。思い返せば、手を怪我していたのは今回が初めてではない。喜びに目を潤ませている結衣。その目の下の、メイクでかくしたクマ。手の絆創膏。

八幡「……」

148: 1 2012/04/07(土) 00:21:53.46 ID:uj383sKSO
彼女は、頑張った。頑張って、自分の苦手を克服しようとした。誰のために? 決まっている。

「…頑張ったことが伝わりゃ、男心は揺れんじゃね-の」

初めて会ったとき、自分はなんと言っただろうか。今、自分の心は揺れているか?


149: 1 2012/04/07(土) 00:23:46.34 ID:uj383sKSO
八幡「…ありがとうな。また今度、良かったら作ってくれ…結衣」ニッ

結衣「…!!」

151: 1 2012/04/07(土) 05:57:32.84 ID:uj383sKSO
結衣「……うっ、うん!! あ、あたし、飲み物買ってくるね!!」

結衣が、真っ赤な顔で走り去った。八幡と海老名が取り残される。

海老名は、ニヤニヤしながらこちらを見ている。

八幡は、内心激しく動揺していた。今…自分は何を言った。何をやった。

………またやっちまったぁぁぁ!!!

154: 1 2012/04/07(土) 08:27:14.97 ID:zCW67R7w0
海老名「…今の気分はどう? 比企谷くん」2828

八幡「ちゃ…ちゃうねん…ちゃいまんねん…」ウアア…

海老名「どうしたの、キャラが崩壊してるよ?」

八幡「そ、そうだよ。キャラが崩壊している…俺はこんな爽やかなキャラじゃなかったはずだ。俺から卑屈さと千葉愛をとったら何が残るんだよ」

シスコンが残ります。


155: 1 2012/04/07(土) 08:33:12.44 ID:zCW67R7w0
海老名「んー、よくわかんないけど、照れてるってことでいいのかな?」クショウ

八幡「なんつーか…微妙に違う。でも、もういい。自己嫌悪は後でする」フゥ

海老名「きみも大変だね…ところでそうそう、球技大会の後で貰ってたラブレターの返事、どうしたの?」

八幡「記憶が戻る前に全部断ってたよ…『今こういう状態だから、無責任に付き合うとか言えない』って一律にな」

156: 1 2012/04/07(土) 08:39:06.55 ID:zCW67R7w0
海老名「ふーん…じゃあ、今、今度こそ付き合ってって言われたら?」

八幡「まぁ、ありえないけどな。でも、やっぱ断ると思うぜ」

海老名「どうして?」

八幡「もともとの俺を知らない奴と付き合ってもうまくいくとは思えない。あとなんかあの娘たちコワい」

ミニ三浦っぽいキャラだった。略してミニラ。じゃあ、三浦、ゴジラか。ピッタリだなオイ。

160: 1 2012/04/07(土) 15:44:40.58 ID:uj383sKSO
海老名「…なるほどね。だったら…」

海老名がずずいっと八幡の方へ身を乗り出す。

八幡「…ちょ、海老名さん、近けぇ、顔!! 顔が近い!!」アセ

163: 1 2012/04/07(土) 18:09:22.00 ID:uj383sKSO
海老名「…もし、もともと比企谷くんのことを見ていて、その上で好きだって言われたらどうする?」

桜色の唇がひそやかに囁く。

…てか、この娘、外見は文句なし美少女なんだよな。頭も性格も悪くないし…
これで、趣味が腐ってなけりゃ、さぞモテるだろうに、実に残念。

八幡は、腐った目と性根がすべてを台なしにしていたかつての自分を棚にあげて内心で呟く。

海老名「比企谷くん?」ニコ

164: 1 2012/04/07(土) 18:11:53.28 ID:uj383sKSO
八幡「…ああ、いや。それこそありえないって…ぁ」

脳裏にフラッシュバックする、月明かりの中のキス。
ついさきほど見た、両手の絆創膏。

165: 1 2012/04/07(土) 19:50:48.67 ID:uj383sKSO
海老名「…そうかな、 案外、すぐ傍にいると思うけど? …ていうか、気付いてるでしょ」フフフ

八幡「…だから、顔が近けぇ。何言ってるかワカリマセン」

赤面してバツが悪そうに目を逸らす八幡。

166: 1 2012/04/07(土) 19:56:18.04 ID:uj383sKSO
海老名「…ほら、恥ずかしがらないでこっちを見て…☆」キラリン

八幡「ちょ、そろそろ…」

辟易して、つい海老名の指す方向を見てしまう。

八幡「……」

167: 1 2012/04/07(土) 20:03:20.22 ID:uj383sKSO
結衣「あ、ヒッキー、飲み物買ってきたよ!! …姫菜? なにやってんの?」キョトン

飲み物を買って戻ってきた結衣

葉山「やっ、楽しそうだな、何の話してるんだ? 比企谷くん、姫菜」

…の手前に、F組の誇る爽やかイケメン、葉山隼人がいた。

八幡「…うん、まぁ、聞く耳を持つ必要はない話だと思うぞ葉山」

ジト目で海老名を見る。

至福の笑みを浮かべていた。

168: 1 2012/04/07(土) 20:16:34.62 ID:uj383sKSO
葉山も、だいたい理解したのか、ああ…と苦笑いを浮かべている。

葉山「珍しいツ-ショットだな。いつの間に仲良くなったんだ?」

海老名「比企谷くんの隠された素質を見抜いて、日夜開花させようとがんばってるんだ、あたし」キラリン

169: 1 2012/04/07(土) 22:52:59.85 ID:yoFj7mRu0
八幡「ツーショットじゃねぇよ。由比ヶ…結衣がジュース買いにいってたからたまたまだ」タメイキ

海老名「おやつれないね比企谷くん。お気に召さなかった?」フフフ

八幡「…世の中には隠されたままにしておくべきものがあると思うぜ。いらん素質とか腐った趣味とか。
   世阿弥いわく『秘すれば花なり秘せずは花なるべからず』 つーか正直まともにコメントしたくねぇ」アセ

葉山「『風姿花伝』か。教養があるね比企谷くん」

葉山が感心しながら頷く。そこへ結衣が戻ってきた。

結衣「ヒッキーがなんか難しいことゆってる… あ、スポルトップでよかったんだよね?」

八幡「おう、サンキュー…まぁ適当に言ってるだけだ。気にすんな」

ジュースを受け取る。

170: 1 2012/04/07(土) 23:13:54.28 ID:yoFj7mRu0
結衣「ふーし…なに?」

葉山「室町時代の演劇論だよ。さっきのは、はっきりさせないでおいたほうがいいこともある…ってことかな」

結衣「ふーん、あ、ごめん、隼人くんの分、ないや」アセ

葉山「あ、気にしないでくれ。自前の弁当とお茶もあるから」

葉山が爽やかに笑う

海老名「なるほど、比企谷くんは、人目を憚り耐えしのぶ恋こそ燃え上がると言いたいんだね! 深いなぁ…
    『恋の至極は忍恋と見立て候…』」

比企谷「『葉隠』か…よく知ってるな。まぁ、全然そんなこと考えてないけどな俺」アセ

海老名「ちなみに、この一説は、ホモのプラトニックラブを示しているといわれて…」テカテカ

比企谷「もういいだまれ」

葉山「やっぱり仲いいじゃないか」ハハ


171: 1 2012/04/07(土) 23:23:20.67 ID:yoFj7mRu0
海老名「あ、そうそう。演劇で思い出した。ユイ、隼人くんにあの件、言ってみたら?」

結衣「あ、そーだね…ヒッキー、いい?」

結衣が八幡のほうをチラっとみる。八幡は頷いた。

八幡「ああ…まぁ、人手はあるほどいいからな。話すぶんには問題ないと思うぜ」

葉山「ん、何かあるのか?」

海老名「実は文化祭でね…」

現在の演劇部の状況や、奉仕部の公演の予定を説明する。葉山は頷き、途中いくつかの質問を挟みながら聞いていた。

一瞬、雪乃のことがちらっと八幡の頭をよぎる。まぁ、特に反対はしないだろうが…

172: 1 2012/04/07(土) 23:33:23.69 ID:yoFj7mRu0
葉山への説明が終わる頃、三浦や戸部たちがこちらへやってくる。

三浦「隼人、あーしも一緒にお弁当食べていい?(キャピ 
   
   …んだよ、ヒキオもいんの」ジロ

八幡「マ、マツイさんじゃないっすか…」ビク

三浦「はぁ? 三浦だし。誰よマツイって…」

そうだった。ゴジラつながりで混同したがはあっちは元ヤンキース、こっちはヤンキーである。つぅか相変わらず怖え。

173: 1 2012/04/07(土) 23:40:50.89 ID:yoFj7mRu0
人が多くなってきた。潮時か…

八幡「じゃ、俺は昼飯も終わってるし、外の空気吸ってくるわ。葉山、考えといてくれ」

葉山が頷くのを確認し、立ち上がる。結衣が、ついてこようか迷う仕草をするが、手で抑える。

八幡「お前、自分の食事まだだろ? ゆっくり食っとけ。弁当ありがとな」ニッ

結衣「…ん、わかった」ニコ

海老名「またね、比企谷くん。…あ、あたしのことも、なんなら姫菜って呼んでいいよ」クス

八幡「海老名さん、またな」クショウ

うしろで海老名がちぇーと口を尖らせ、戸部が何やらこちらと海老名の間で視線を往復させている。

元祖リア充グループの談笑を背中で聞きながら、教室を出る。

174: 1 2012/04/07(土) 23:42:19.34 ID:yoFj7mRu0
途中、川崎沙希の机の前を通る。

川崎「…バカじゃないの」

ぼそりと呟く声を聴いた。

177: 1 2012/04/08(日) 11:05:41.64 ID:czcpcJgM0
相変わらず、集団の中は苦手だった。居心地が悪いことこの上ない。

一人になれる場所に行きたかった。外の空気といったが今日は雨で、屋上は使えない。

足が、自然と奉仕部の部室へ向かった。

178: 1 2012/04/08(日) 11:28:43.74 ID:czcpcJgM0
…いることを、予想していたわけではない。だからドアを開けた一瞬、動きが止まった。

雪ノ下雪乃が、そこにいた。窓の外を眺めている。 …ひとつひとつの姿が、いちいち絵になる少女だった。

雪乃が、こちらを見て微笑んだ。

雪乃「…あら、比企谷くん」

八幡「お、おう」

179: 1 2012/04/08(日) 12:18:46.84 ID:czcpcJgM0
雪乃「いらっしゃい…中に入ったら?」

八幡「ああ…一人のとこ邪魔して悪いな」

ドアを閉め、いつもの定位置へ。

記憶が戻ってから二人きりになったのは、久しぶりな気がする。

「ちゃんと、男の子として態度をはっきりさせること!」

昨夜の小町の言葉が脳裏に再生された。

八幡(いや…とはいってもな。どうしろと)アセ

180: 1 2012/04/08(日) 13:49:04.70 ID:czcpcJgM0
八幡の見るところ、雪乃はずいぶんと変わってきている、と思う。

以前の寄らばKill、寄らなくてもKillという剣呑な雰囲気は影をひそめ、八幡に対しては、今のように柔らかな微笑みなどもよく見せるようになった。

…姉の陽乃のような手管ではなく、ごく自然な、本物の笑顔。正直、捻くれ者の八幡でも、玉砕した百人超の勇者(愚者)の気持ちはわからなくもなくもない。早い話が、以前よりさらに綺麗に、魅力的になった。

外にあらわれているそういった変化は、雪乃の内面の変化のあらわれでもあるのだろうか。

181: 1 2012/04/08(日) 14:03:21.00 ID:czcpcJgM0
だが、正直なところ、綺麗すぎて近寄りがたい。人生即ぼっち歴だった八幡には、どうにかしろといわれても荷が重かった。

…以前のように、罵倒し合う関係の時は、コイツとどうにかなることはないと確信していたから意識せずにすんだのだが…

八幡(そもそも、コイツが俺を好きだなんてこと、本当にあるのか?)

八幡の懊悩はやまない。内心で唸っている八幡を見て、雪乃がクスリと笑う。

雪乃「…どうしたの? さっきから私の顔ばかり見て」

よく見ると、少し赤面していた。 

…以前の雪乃なら、ゴミを見るような目で見て、聞くに堪えない罵倒を浴びせてきたところだ。

八幡「あ、ああ、いや、悪い」

八幡も思わず赤面して、そっぽを向く。

しばし、沈黙が室内に満ちた。雨音はまだ止まない。

182: 1 2012/04/08(日) 14:22:59.39 ID:czcpcJgM0
八幡「…そういえば、ここで何をしてたんだ?」

ふと、聞いてみた。

雪乃「ここで昼食をとること、多いの。教室にいても、誰とも話さないし、静かで落ち着くから」

八幡「なるほど」

頷く。ぼっちマイスターである八幡には、すべて通じた。べつに雪乃は、自分の境遇を卑下するつもりはないだろう。

しかし…なぜか胸がちくりとした。

八幡「じゃあ、俺も、昼休み、ここ来ていいか?」

気づいたら口が動いていた。雪乃が、驚いた顔をする。

183: 1 2012/04/08(日) 14:34:03.47 ID:czcpcJgM0
雪乃「…それは、かまわない、けど…」

赤面してそっぽを向く。八幡も、自分が何を言ったかに気付いて赤面した。

八幡「ああ、いや、その、変な意味じゃなくて、俺も教室だと落ち着かなくてさ…」

雪乃「………///」

思わず言い訳する。雪乃は、黙ってそっぽを向いたままだ。だがよく見ると、口元が少し幸せそうに緩んでいた。

再び沈黙。ええい、どうしたらいいんだ。

184: 1 2012/04/08(日) 14:42:47.45 ID:czcpcJgM0
八幡「…………雪乃」

さきほど、結衣にそうしたように、名前で呼んでみた。正直、結果が予想つかない。これは賭けだ。

以前の雪乃なら、命が危ない。今はそこまでの心配はいらないとしても…雪乃が自分を名前やあだ名で呼ぶなどということがありえるか?

八幡は固唾をのんで反応を見守る。

185: 1 2012/04/08(日) 14:50:35.34 ID:czcpcJgM0
雪乃は顔をそらしたまま一瞬、目を見開いてぴくっと震えた。それから何かをこらえようとするように表情を抑えふるふるとし…

ただし、その顔はどんどん、さらに赤くなってゆく。色白なので、変化がよく目立った。八幡は、無言で見守っている。

ようやく、少し落ち着いたのだろうか。雪乃が、すごくいい笑顔でこちらを振り向いた。

雪乃「…何かしら、あなた」ニコ

201: 1 2012/04/09(月) 00:15:51.14 ID:gcxbmB1S0
八幡「」

…やべぇ、いま一瞬、意識が飛んだ。っていうか、時間が跳んだ。

なんかのスタンド攻撃か? ありのままを解説してくれポルナレフ!!

友達とか彼女とかすっ飛ばして、いきなり新妻になってたよ!!

一瞬、6~7年後にいるのかと錯覚した。こんな笑顔で「あなた」とか呼ばれたらヤバい。社会に出て働きたくのもやむなしと思ってしまう。キャラが本当に崩壊する。


202: 1 2012/04/09(月) 00:22:16.78 ID:gcxbmB1S0
…落ちつけ、落ちついて素数を数えるんだ…素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字…。わたしに勇気を与えてくれる

2,4,6,8…やべぇ、これただの偶数じゃん。めっちゃ動揺してる。


203: 1 2012/04/09(月) 00:43:10.48 ID:gcxbmB1S0
雪乃「…どうしたの?」

素数の代わりに昔のトラウマを数えようとし始めた八幡に、雪乃が心配そうな顔で声をかける。

その目には、不安の色があった。

八幡「や、なんでもない。悪い、ちょっと一瞬、放心してた」クショウ


204: 1 2012/04/09(月) 00:45:11.19 ID:gcxbmB1S0
雪乃「め、迷惑…だった?」

視線を伏せながら、小さい声で雪乃が問う。

八幡「いや、それはない。迷惑とかじゃない」

そこは即座に否定した。

205: 1 2012/04/09(月) 00:55:04.11 ID:gcxbmB1S0
八幡「むしろ、やぶさかではないこともないこともないというか、くそ動揺してうまいこといえねぇ。とにかく、イヤとかじゃない」

雪乃「そ、そう…」ホッ

八幡「で、でも、破壊力が強すぎて心臓に悪い。これまで通りとかでもいいから、別のにしてくれ…雪乃」アセ

雪乃「わかった…普段は、今まで通りに呼ぶわね、比企谷くん」ニコ

214: 1 2012/04/09(月) 22:35:09.32 ID:gcxbmB1S0
八幡「お、おう…そうしてくれ(普段?)」アセ

笑顔が眩しすぎて直視できない。思わず、窓の外を見た。そろそろ、昼休みも終わる時間だ。

八幡「…雨が、止んだな」

ふと気づくと、いつの間にか雨音が途切れ、太陽が雲の間から顔を出していた。

雪乃「ホントね…あ…」

雪乃がわずかに声を弾ませた。

雪乃「比企谷くん、見て…ほら、あれ…」パァ

その表情に、見惚れて、指差す方向を見るのが一瞬遅れた

215: 1 2012/04/09(月) 22:43:30.01 ID:gcxbmB1S0
八幡「…おお」

肩をたたかれて視線を向けると、校庭の空に、七色の虹がかかっていた。

雪乃「…キレイね」

八幡「…そうだな」

空にかかる虹よりも尚、目の前の少女は美しい。もちろん、そんな本音を素直に口にする勇気は八幡にはない。

やはり雪乃は、変わったのだろう。かつての雪乃が、同じものを目にしたとして、このように豊かな表情を見せるだろうか。

…あの数週間が八幡の殻にヒビをいれたように、雪乃もまた、凍り付いていた心が融けだしたのかもしれない。

216: 1 2012/04/09(月) 22:51:53.27 ID:gcxbmB1S0
それはいいことなのだろう。おそらく、きっと、自分にとっても雪乃にとっても。

…だが、八幡はなぜか、自分の心のどこかに、冷たい異物のようなものを感じていた。

鈍く痛むしこり、刺さったまま抜けない棘、雨の日に疼きだす古傷のような何か。その正体は、今の八幡にはわからない。

217: 1 2012/04/09(月) 23:07:52.50 ID:gcxbmB1S0
チャイムが鳴った。

八幡「…教室に戻らないとな」フゥ

雪乃「…ええ、そうね」

雪乃はうつむき、無意識なのだろうか。八幡の服の裾を名残惜しげにつまんでいた。

218: 1 2012/04/09(月) 23:10:40.89 ID:gcxbmB1S0
八幡「雪…」

何か声をかけようとしたが、雪乃はその前にするっと自分から離れた。部屋の手前で、振り返る。

雪乃「…また、放課後にね」ニコ

そのまま、J組の教室に向け歩み去って行った。

219: 1 2012/04/09(月) 23:18:10.68 ID:gcxbmB1S0
八幡「…俺も戻るか」

なんとなく宙ぶらりんになった手をにぎにぎしながら呟く。次は国語だ。遅刻したらまた、静の鉄拳制裁が待っている。

八幡も部室のドアを後ろ手にしめると、小走りで教室へ向け移動を始めた。

220: 1 2012/04/09(月) 23:48:21.29 ID:gcxbmB1S0
放課後

演劇部の顧問に、現状の報告と今後の打ち合わせをすることになった。

八幡「演劇部の顧問って、誰だったっけ?」

結衣「えーっとね、たしか…家庭科の鶴見先生じゃなかったかな?」

226: 1 2012/04/10(火) 22:57:02.54 ID:jfpdc9SL0
奉仕部正規メンバーのほか、川崎と海老名もF組からそのまま演劇部室へ同行することになった。雪乃ともJ組の教室前で合流する。

廊下の向こうにいる八幡たちの姿に気付くと、はっと表情を輝かせ、手を振ったあと少し急ぎ足で歩み寄ってくる。

八幡が「うーす、こっちこっち」と手を振り返す。

そんな雪乃の姿を見て、結衣、海老名、川崎がそれぞれ瞠目し、絶句していた。


227: 1 2012/04/10(火) 23:01:30.40 ID:jfpdc9SL0
結衣「ゆ、ゆきのん…何かいいこと、あったの?」アセ

海老名「雪ノ下さん…なんだかオーラがちがう…ガイアがもっと輝けとささやいたのかしら」

川崎「…比企谷、あんた、何したの?」

川崎の不審げな声で三者の目が八幡に集まる。

228: 1 2012/04/10(火) 23:07:14.41 ID:jfpdc9SL0
八幡「…お、俺は無実だ!」アセ

冷や汗を大量に流しながら訴える八幡に対し、川崎の視線はあくまで疑わしげだった。

川崎「犯人はみんなそう言うんだよ」ジト

八幡「なにそれ流行ってんの?!」


229: 1 2012/04/10(火) 23:12:34.44 ID:jfpdc9SL0
雪乃「こんにちは、由比ヶ浜さん、川崎さん、それに海老名さんも ニコ
   
   …比企谷くんがなにかしたの?」

追いついた雪乃が小首を傾げる。

231: 1 2012/04/10(火) 23:23:46.88 ID:jfpdc9SL0
結衣「ゆ、ゆきのん、やっぱりなにか…!!」

いつにない雪乃の柔らかな態度に結衣が動揺する。

いや、海老名、川崎はおろか、周囲のJ組生徒にまで動揺が広がっていた。

ざわ…

おい…あれ…雪ノ下さんが…
ああ…あんな表情もできたんだ…初めて見た
…もともと綺麗だったけど、いまはなんか、もっと…

どよどよ

232: 1 2012/04/10(火) 23:34:25.23 ID:jfpdc9SL0
八幡「…何もしてねぇっての。助けてくれ」アセ

川崎にさぁ吐けといわんばかりに胸倉を掴まれて睨みつけられ、八幡がため息を吐く。

雪乃「…どうかしら。助けてもいいけれど、条件次第ね」クス

八幡「おい、勘弁してくれ雪乃。おま、根本はやっぱ変わってないのな!」

笑って悪戯っぽくウインクする雪乃に、引きつり気味で返す八幡。そのやり取りに、ますますざわめきが大きくなる。

233: 1 2012/04/10(火) 23:42:08.96 ID:jfpdc9SL0
いま、あいつ、雪ノ下さんを呼び捨てにした!
しかも、雪ノ下さんもそれを怒ってない! なんか嬉しそうに顔赤らめてるし!
あいつ、F組の比企谷だぞ! こないだの球技大会の!
チクショウ、チクショーウ!!

ざわめきがどよめきに変わりつつあった

雪乃「…うるさい。外野は黙りなさい」

雪乃の一瞥で、沈静化し、全員黙りこんでそっぽを向いた。静寂が耳に痛い。氷の女王は健在である。

雪乃「…さぁ、いきましょう」ニコ

呆気にとられた隙に川崎の手から逃れた八幡の腕を、雪乃が引いて歩き出す。

放心していたF組生徒たちも、それに続いた。

234: 1 2012/04/10(火) 23:59:36.51 ID:jfpdc9SL0
八幡「…あぁ、頭がいてぇ。なんか、もう、自己嫌悪も何も間に合わないくらい、いろんなものをぶっちぎっちまった気がする。どうしてこうなった…」

自分のこめかみを押さえてため息を吐く八幡。

結衣「ヒッキー、ええと、ゆきのんとも何かあったの? ゆきのんも名前で呼んでたし…」

八幡「…いや、何もねぇよ。しいて言うなら、心境の変化だ。お前のことも含めてな」



今、視界の外でなにか、「…『とも? …も?』」とか聞きとがめる声がした。で、なんか「実は…」とか教室での昼休みのあれこれを小声でチクってるやつがおる。すごい殺気を感じる。こわくてふりかえれない。

235: 1 2012/04/11(水) 00:10:46.67 ID:oD+4bVhP0
結衣「心境の…変化?」

八幡「…考えが大きく変わったわけじゃない。もともとの自分を卑下する気もない。けど、同様に、記憶がなかったときの自分も否定はしたくないんだ。あのとき感じていた気持ちや決断も、整理し切れてはいないとはいえまだ自分の中にある。自分のものとして思い出せる」

236: 1 2012/04/11(水) 00:33:58.08 ID:oD+4bVhP0
八幡「…静先生のいうとおり、俺という器にはヒビが入ったんだろう。なら、そのヒビを受け入れて…そんでその上で、意味を考えてみたい。抽象的で悪いけどな」

結衣「…ヒッキー」

いつの間にか、背後の殺気もうすれている。

238: 1 2012/04/11(水) 00:42:35.71 ID:oD+4bVhP0
結衣「…あたしたちのこと名前で呼ぶのは、特別扱いってこと?」

八幡「…まぁそうだな。あんまり認めたくないけど、奉仕部は俺にとって…チッ、やっぱやめだ。こんなもん、口に出すことじゃない」

少し赤面して忌々しげにそっぽを向く八幡に、結衣がねだる

結衣「えー、いいじゃん! 聞きたいから言ってよー」ユサユサ

八幡「やだっつってんだろ」


239: 1 2012/04/11(水) 01:15:20.00 ID:oD+4bVhP0
雪乃「…私も聞きたいわね、比企谷くん」

雪乃がにっこり笑いながら、結衣と反対の腕に自分の腕をからめてきた。さらに、指と指もからめてくる。

八幡「…雪乃。この態勢は…/// はっ、この態勢は?! いだだだだだだだ!!」

いつぞやの夜と同じく、指を締め上げる関節技が八幡を悶絶させる。

雪乃「言ってなかったかしら、私、実は合気の心得があって…」シレッ

八幡「あだだだだ! 暴力、ぼうりょくはんたいっ!!」


そんな仲睦まじい奉仕部の茶番をみながら

海老名「あはは…かなわないなぁ。これじゃ」

海老名が苦笑し、

川崎「…バカじゃないの」

川崎がいつものセリフを吐きつつため息とついていた。

246: 1 2012/04/11(水) 19:31:20.21 ID:U5v2qiqSO
特別棟の演劇部室の扉を八幡がノックすると、どうぞと応えがかえってきた。失礼します、と一言断って中に入ると、演劇部顧問の鶴見と、前部長だという女子生徒が待っていた。


248: 1 2012/04/11(水) 20:52:35.97 ID:U5v2qiqSO
八幡を先頭に、全員中に入る。

室内は、代々の部員たちが残してきたのであろう、衣装や小道具の類がそこかしこに積まれており、やや薄暗い。 結衣と海老名が、わ-…などと感嘆の声を上げながら物珍しそうに室内を見回している。川崎は、我関せずという態度。雪乃と八幡が、代表で応対する。

249: 1 2012/04/11(水) 21:05:35.97 ID:U5v2qiqSO
顧問の鶴見は40歳前後で既婚の女性教師で、家庭科を担当している。八幡たちとは授業で面識があった。前部長は、ショ-トカットで、はきはきした印象の女生徒だ。背は八幡と同じくらい、化粧映えしそうな顔立ちだが、今はすっぴんの制服である。小田原と名乗った。

250: 1 2012/04/11(水) 21:16:34.72 ID:U5v2qiqSO
小田原からまず、改めて礼と、事情の説明を受けた。大筋は、静から聞いた通りだ。つまりは、建前通り。三角関係のもつれなどといったゴシップについては、何も触れていない。

とりあえず、奉仕部側もそのことに関してこの場で追求する者はいなかった。

251: 1 2012/04/11(水) 21:26:19.56 ID:U5v2qiqSO
八幡たちも改めて自己紹介する。学年は違うが、小田原は雪乃と八幡については知っていたらしい。雪乃はもともと、学内一の天才美少女として名高かったし、八幡については先日の球技大会の試合をみていたらしい。

「格好よかったよ」などと冷やかされ、八幡としては、「…どうも」言うしかない。数名の少女からじとりとした視線や冷気を感じ、内心で冷や汗をかく。


252: 1 2012/04/11(水) 21:40:42.58 ID:U5v2qiqSO
そんな八幡の内心も知らず、小田原と鶴見は上機嫌だ。なにしろつい先日、学内の話題の中心となった八幡と学内一の美少女に加え、ほかの参加者も美形ばかりである。ここには居ない戸塚や葉山も加われば、更に舞台は華やかになるだろう。宣伝としてはこの上ない。

台本や指導については全面的な支援を約束してくれた。

253: 1 2012/04/11(水) 21:50:08.22 ID:U5v2qiqSO
キャスティングや練習のスケジュールは今後の課題として話は落ち着き、一旦退出しようとした八幡を鶴見が呼び止める。

鶴見「比企谷くん。いずれ、伝えなければと思っていたのだけれど… 夏休みに、娘のことでいろいろ気を揉んでくれて、ありがとう」

八幡「…夏休みっていうともしかして」

254: 1 2012/04/11(水) 21:54:35.47 ID:U5v2qiqSO
鶴見「…留美は、私の娘なの。林間学校に持って行かせたデジカメに変な写真が入っていたから、事情を問い質したのよ。話を聞いて驚いて、平塚先生に確認したら、君が娘のために泥を被ってくれたことを教えてくれたわ」

255: 1 2012/04/11(水) 22:02:51.47 ID:U5v2qiqSO
八幡「…本当に泥を被ったのは、葉山たちっすよ。俺は後ろからそそのかしただけで、礼を言われるようなことはしてないです。…ルミルミは元気ですか?」

鶴見「…ええ、おかげさまで。学校にも元気に通っているわ。教師としては、あのやり方を誉めるわけにはいかないけれど、母親としてはお礼を言います。…君はすごいわね」ホホエミ

256: 1 2012/04/11(水) 23:24:41.44 ID:U5v2qiqSO
八幡「……」

無言で頬をかく仕種が八幡の返答だった。ストレートな賛辞には慣れていない。それに、一般的に誉められた手段ではなかったという自覚もある。

八幡「…ま、ルミルミが元気でやってるって聞いて安心しました。ぼっちの道は甘くないっすからね」フッ

女子供には極められまい…とでもいいたげな無駄にハ-ドボイルドな表情をみせる八幡に、鶴見が微笑みかける。

鶴見「…あら、君も今なら、カレーライスを一人で作らずにすむでしょう? 夏休みは実際、そうだったと聞いているけれど」

257: 1 2012/04/11(水) 23:35:50.81 ID:U5v2qiqSO
八幡「…また懐かしい話っすね。今の俺なら、スパイスから調合できますけど、比企谷家秘伝のレシピを公開したくないんで、ええ」

あくまで捻くれたポ-ズを崩そうとしない八幡に、鶴見は苦笑する。

鶴見「…そう。比企谷家が君の代で途絶えないことを祈るわ。そういえば留美が、実は君にまた会いたいと言ってるのだけれど…」

258: 1 2012/04/11(水) 23:39:59.88 ID:U5v2qiqSO
八幡「…えっ、マジですか。それは、「先生じゃなくてお義母さんと呼んでいいのよ」とかそういう話ですか」

鶴見「娘に手を出したら、君をカレー鍋で煮込むわよ」ウフフ


八幡「すいません冗談です」

外からも、なんかすごい殺気を感じる。ヤバい、聞かれてた?!

266: 1 2012/04/13(金) 00:27:12.00 ID:FiL9JozSO
八幡「…疲れた」

密度の濃い一日だった。自室のベッドに倒れ込み、ようやく、体の力を抜く。
あの後のことは思い出したくもない。

海老名「ロリコンでしょうか?」ニコ

八幡「いいえ、誰でも」キリ

…歴戦のぼっちたる八幡でも、美少女四人に一斉にゴミを見る目でみられたあと、空気扱いされたときには久しぶりに泣きたくなった。まぁ、ロリコンちゃうわ!! と必死で弁明してなんとかわかって貰えたが。

268: 1 2012/04/13(金) 12:57:44.62 ID:FiL9JozSO
雪乃「…大丈夫よ。私は、たとえ比企谷くんがおぞましい変態でも忌まわしい病気を持っていても、見捨てたりしないから」ニコ

八幡「ゆ、雪乃…」

なんか、笑顔が怖いんだが、という台詞は飲み込む。

雪乃「…そう、いざとなったら私がこの手で」フフ…

何をするというのですか。何かをシめたり切ったりする手つきをシミュレーションしている雪乃にそうツっこめる勇気の持ち主はその場にいなかった。

八幡の乾いた笑いが、特別棟の廊下にうすら寒く響いた。ほか3人もドン引きである。

276: 1 2012/04/13(金) 23:38:37.00 ID:AuobJhTn0
八幡「…てなことがあったんだよ。 あ、そこ、気持ちええ…あふぅ…」

小町「ほーほー、なるほどなるほど。大変だったねお兄ちゃん」キラリン

ベッドに横になった八幡の上にペタンとまたがり、中学三年生の妹が ここか、ここがええのんかー、などと合いの手を挟みながら応じた。

少し古いベッドのスプリングがぎしぎし言っている。うつ伏せになり、妹の愛のマッサージを受けている兄の姿には威厳の2文字はない。


277: 1 2012/04/13(金) 23:44:59.18 ID:AuobJhTn0
八幡「いやホントにさ、慣れないことはするもんじゃねぇな。なんか、今日1日で十年分くらいの何かを消費した気がするぜ…」

ぼやく兄を妹がなだめる。

小町「まぁまぁ…お兄ちゃんは頑張った! 小町がほめてあげるよ」ニコニコ

実際、予想以上の成果に小町はご満悦だった。昨夜、発破をかけた甲斐があったというものである。

278: 1 2012/04/13(金) 23:53:07.48 ID:AuobJhTn0
小町「ふーん、でも演劇かぁ。いいなあ、小町も、参加したかった!」

八つ当たり気味に兄の肩をぽかぽか叩く妹に、八幡は苦笑する。

八幡「…来年、ウチにきてやったらいいさ。最近、成績も上がってきてるじゃんか。このペースで頑張れ受験生」ハハ

小町「演劇がやりたいんじゃなくて…それも楽しそうなんだけど、お兄ちゃんたちと一緒に思い出が作りたかったんだよ…」

八幡「……可愛いこと言いやがってこん畜生。これ以上俺がシスコンになったらどうすんだよ。雪乃にちょん切られちゃうだろ」

279: 1 2012/04/13(金) 23:59:21.39 ID:AuobJhTn0
小町「『雪乃』か…えへへへ…ふふふふ…」2828

八幡「な、なんだよ。人の上に乗って不気味な笑い方しやがって。ホラーか。実は、お前が雪乃の手先で、今からちょん切ろうとしてるとかいう展開か」アセ

八幡としてはかなり冗談抜きで、妹が雪乃から受けている影響を心配していた。小町まで雪乃みたいになったらどうしよう。

280: 1 2012/04/14(土) 00:09:20.25 ID:rZmphCna0
小町「ううん、べっつにぃー☆」フフ-ン

八幡「…どうでもいいけどお前、もうとっくに秋だぞ。風呂上りだからってもう少し厚着しろよ。大事な時期に体調崩したらどうすんだ」

首だけ捻って妹をジト目で見る八幡。

小町「ふふふー、頑張ったお兄ちゃんに、サービスしてあげてるんだよ。もしかしてムラムラしたりする?」キラリン

八幡「むしろイライラするNE!」

さっきは可愛かったが、今はむしろドヤ顔がうぜぇ。

286: 1 2012/04/15(日) 22:37:25.08 ID:W+t9C3Uc0
小町「ぶー、その反応、小町的にポイント超低いー」

じゃれついて首を絞めてくる妹を引きはがし、起き上がる。首をコキコキならしてみた。

八幡「ん、なんか楽になった。あんがとな。 …じゃ、お礼にまた勉強見てやるよ」

小町「えへへー、どういたしまして! …ねぇ、お兄ちゃん?」キラリン

八幡「何だよ…」




287: 1 2012/04/15(日) 22:42:29.25 ID:W+t9C3Uc0
小町「最近モテモテだけど、本当のところお兄ちゃんの本命は、誰なのかな?」

八幡「ぶーっ!!」

2日続けて自室にMAXコーヒーを吹き出す八幡。今度は気管に入ったと見え、激しくせき込んでいる。

小町「ま、また…本当に汚いなぁ、もー」アセ


288: 1 2012/04/15(日) 22:47:43.65 ID:W+t9C3Uc0
八幡「…お、お前が変なこと聞くからだ。何だよ、何の話だ本命とか…」ゲホゲホ

小町「だからぁ、雪乃さんと結衣さん、どっちのことが好…」

八幡「待て、ちょっと待て。いいから落ちつけ」アセ

小町「お兄ちゃんのほうこそ落ち着いてよ…別に何も、変なことは聞いてないとおもうけどなー」キラリン

289: 1 2012/04/15(日) 22:57:19.53 ID:W+t9C3Uc0
八幡「………い、いや、どっちが、とかさ。俺は別に…そもそもあいつらが、本当に俺のことが好きかなんて」

小町「ふりーず! 黙りなさいお兄ちゃん!」ビシィ

八幡は、「お前、「黙れ」ならシャラップだぞ、それじゃ「動くな」だ」というツッコミをのみこみ、黙った。妹の学力と志望についてはまた後で話し合おう。


小町「…好きでもない男の子のために、手を切り傷だらけにしてお弁当作ってくる女の子はいません。 名前を呼び捨てにされて、喜ぶ女の子もです」

八幡「………」


290: 1 2012/04/15(日) 23:05:54.65 ID:W+t9C3Uc0
小町「小町だって、あの二人とは友達だもん。わかるよ…二人とも、間違いなくお兄ちゃんのことが好きだって。お兄ちゃんだって、本当はもうわかってるでしょ?」

八幡「………」

苦しげに眼をそらす兄に向って

小町「小町は、どっちがお姉ちゃんになってもいいよ。お兄ちゃん、お兄ちゃんに…幸せになってほしいの」キュッ

291: 1 2012/04/15(日) 23:16:27.87 ID:W+t9C3Uc0
しばしの静寂が部屋に満ちる。

八幡「……心配かけて、悪いな。大丈夫、ちゃんとするから安心してくれ」

服の裾にしがみついている妹の肩をややぎこちなく、ポンとたたく。

小町「…うん、信じる」エヘヘ

苦笑しながら、妹の頭をぐりぐりと撫でまわした。

小町「ダメー、髪が、髪がぐしゃぐしゃになるっ!!」

きゃーきゃー叫んでいる妹を捕まえ、強制的撫でまわしの刑に処す。

階下から両親のうるさいという声が聞こえたところでじゃれ合いを中止し、小町の受験勉強を見てやることにした。

295: 1 2012/04/16(月) 01:52:56.92 ID:9qVDknAU0
川崎「…何ていうかさ、さすがに予想外だったわ」

電話の向こうで、川崎沙希がため息をつく。

雪乃「…どういうこと?」

自室のベッドの上に腰掛けて、雪乃が問い返した。


川崎「ん…『恋は女を変える』って、バカにしてたけど真実かもね。それを実感してる」クショウ

雪乃「…………///」

雪乃の腕の中で、パンさんのぬいぐるみが形を変える。ちなみに、初めてのデート?の際、八幡が雪乃に贈ったものである。

296: 1 2012/04/16(月) 02:15:10.20 ID:9qVDknAU0
雪乃「……お、押していけって言ったのは川崎さんでしょう?」

川崎「まあね。 …あそこまで変わるとは思ってなかったけど、今のあんた、すごく可愛いと思うわ。同性の目から見てもちょっとドキドキしたくらい。

   …比企谷も見たとこ、釘づけだったし」

雪乃「そ、そうかしら…」

川崎「演劇の練習が始まれば、一緒にいる時間も増えるんじゃない? あたしもここまで来たら、できる限りの協力はするわ」

雪乃「川崎さん、ありがとう…」

素直に礼の言葉が出てきた。これも、雪乃の内面の変化の顕れだろうか? 

川崎は、内心で感嘆していた。そしてなんとかこの不器用な友人…自分の中から『友人』などという単語が、雪乃に対して出てきたことに自分で驚く…の
恋路を助けてやりたいと改めて思う。

川崎「そのためには…」

乙女たちの作戦会議は続いた。

325: 1 2012/04/18(水) 17:40:02.51 ID:J+7GjulSO
八幡「…眠れん」

ベッドの中で溜息をついた。結衣と、雪乃が自分に特別な感情を抱いている…

確かに、素直に彼女たちの反応をみれば、そうとしか思えない。幾多のトラップを踏み抜き、勘違いと玉砕を繰り返すこと数知れず。負けることに関しては最強を自負する八幡でさえ、そう結論するしかなかった。

だが…

326: 1 2012/04/18(水) 17:48:43.36 ID:J+7GjulSO
八幡「…俺は、どうしたいんだ?」

これまでの人生を考えれば、浮かれはしゃいで良い状況のはずだった。

嬉しくない訳ではない。だが、不思議とそんな気分にはならない自分に、少し戸惑いを感じている。

327: 1 2012/04/18(水) 18:05:15.15 ID:J+7GjulSO
もちろん、彼女たちに不満があるわけではない。二人とも客観的にみて、特に雪乃は稀に見ると言っていい美少女だったし、それ以上に二人の内面の美しさについても今の八幡はよく知っている。

結衣の優しさも、雪乃の気高さも。

八幡は、人間の悪意や無関心についてはよく親しんでいた。偽善や嫉妬、下心といったものについても熟知していた。孤独と痛みは長年の友だった。

では、優しさと強さはどうだろう。

328: 1 2012/04/18(水) 18:09:53.79 ID:J+7GjulSO
…もちろん、知っている。本物のそれは、とても貴重なものだと。

そして、だから…

●●●×××▲▲▲@@@%%%$$$**

……………………………………………………

329: 1 2012/04/18(水) 18:18:27.62 ID:J+7GjulSO
「…というわけで、今度の劇のヒロイン役は、材木座くんにやってもらうことになりました」

八幡「おい待て。どういう訳だ」

演劇部前部長の小田原の言葉に、ツッコミを入れる。


鶴見「今回の劇では、インパクトを狙って斬新な解釈で攻めてみようと思って…」

八幡「どんな解釈だよ!!」

330: 1 2012/04/18(水) 18:23:15.41 ID:J+7GjulSO
材木座「ぬふぅ、我、頑張る!!」ポッ


八幡「テメェはテメェでやる気だしてんじゃねぇ!!

おかしいだろどう考えても!! 男子がヒロインやるなら、戸塚以外ありえねぇだろうが!!」

八幡は激怒していた

332: 1 2012/04/18(水) 18:43:37.45 ID:J+7GjulSO
戸塚「…あはは、劇に出るのはいいんだけど、女の子の役とかはちょっと困る、かな」

困ったように笑いながらも、明確な拒否。

八幡「と、とつ…」

海老名「そうよ、比企谷くん!! 最後まで先生の話を聞きましょう?」

八幡「…なんでそんなに目が輝いてるん? 何がそんなに海老名さんの琴線に触れたの、ねぇ」

海老名「それで先生、その斬新な解釈とは?」

八幡のツッコミは届かない。海老名の食いつきに満足気な微笑みを浮かべて鶴見は答えた。

鶴見「…美女と野獣、のはずが、「美女が野獣?!」

…どうかしら?」

八幡「誰得過ぎだろぉぉ!!」

ドヤ顔の家庭科教師に、珍しい本気の全力でツッコミを入れる八幡。

333: 1 2012/04/18(水) 18:48:35.06 ID:J+7GjulSO
海老名「…素晴らしいと思います、先生!! ところで私にもアイデアがあるのですが、ここでもう一ひねりして、ヒロインを取り合ううちに、主人公と敵役の間に、いつしか憎しみを超えて愛が芽生えるという展開はどうですか?」

八幡「腐ってやがる!!」

334: 1 2012/04/18(水) 18:59:46.31 ID:J+7GjulSO
鶴見「…海老名さん、貴女、なかなかやるわね」

海老名「…先生こそ」

互いを認めあい、フフフと笑みを交わす二人。

八幡「おいそこの一児の母!! 教師として小学生の娘をもつ母親として、今の自分の姿に疑問を感じろよ!!」

335: 1 2012/04/18(水) 19:16:01.87 ID:J+7GjulSO
鶴見「…ということで、早速、ラストシーンを演るわよ」

八幡「…え、ラストシーンて…まさか…」

海老名「ヒロインのキスで、主人公が変身する場面ですね!!」

逃げようとする八幡の肩を、葉山と戸部がいつの間にかガッチリ押さえていた。

八幡「…お前ら、いつ魂を悪魔に売った?!」

葉山「…これも、劇の成功の為だから」

いつもの爽やかな微笑みの裏に、黒いものを感じずにはいられない。

戸部「…比企谷くんさぁ、最近ちょっとモテすぎだべ?」

戸部の方はストレートに黒かった。

八幡「…ま、待て、話せばわかる!!」

337: 1 2012/04/18(水) 19:27:24.45 ID:J+7GjulSO
葉山「…君は良い友人だったが、戯れに剣豪将軍ル-トを選んだ読者が悪いんだよ」

八幡「…謀ったな、葉山ァァ!!」

戸部「…我らの同志となれ、そうすれば海老名さんも喜ぶ」

八幡「魂まで腐ったか、戸部ェェ!!」


必死で抵抗するが、ガッチリ押さえこまれて動けない。


いつの間にか小田原たちの手で女装させられた材木座が近づいてきた。


材木座「…るふぅ、この沸き上がる未知の感覚、人よ命よ始まりをみる…」


八幡「…ぎゃあああ!!」


その姿はまさに野獣である。被捕食者の本能に駆られ、必死のスペースラナウェイ八幡にジリジリとせまる美女という名のモンスター

338: 1 2012/04/18(水) 19:32:47.32 ID:J+7GjulSO
八幡「…や、やめろ。頬を染めるな。目を閉じるな。顔を近づけるな!! や、やめ、や…」


ヤ ッ ク デ カ ル チ ャ - ☆


八幡「…うぎゃあああああ!!!」

339: 1 2012/04/18(水) 19:36:53.42 ID:J+7GjulSO
…気がつくと、自室のベッドの上だった。

八幡「…ゆ、夢か………良かった。本当に良かった」


いろいろ煮詰まっていたせいで、悪夢をみたらしい。あまりのインパクトに、意識を失う直前に考えていた内容は吹っ飛んでしまった。

344: 1 2012/04/18(水) 21:01:00.93 ID:J+7GjulSO
次回作以降のネタをちょっと。

八幡が小学生時代に雪乃、静先生と出会っていたIFの世界(メインヒロインは静先生、あとゆきのんだけど、八幡はぼっちのくせにモテモテ)

奉仕部が、生徒会選挙でリア充組と対決する作品(ヒロイン未定。クズ格好いい八幡)


四年後の奉仕部(ガハマさんヒロイン予定)

プロットだけならこんだけある。でもそのまえに、この作品も多分まだ半分くらいなんですよね…

気長にお付き合いくださいませ

352: 1 2012/04/21(土) 15:01:34.80 ID:8CejWQdU0
さすがに、あのような夢を見た後では寝なおす気になれず、予定外の早起きをすることになった。試験期間でもないのに連日の睡眠不足が身に堪える。

結局、いつもより1時間近く早く家を出ることにした。

小町「わわ、お兄ちゃんが早起きしてる!! どういう風の吹き回し?!」

ママレードとマーガリンを塗ったトーストとMAXコーヒーの朝食をとり終え、制服を着たところで、ようやく起きてきた小町が目を丸くして八幡を見ている。

八幡「なんでもねぇよ。お前はゆっくり準備しとけ」

そう言い残し、背後で小町がバタバタ自分の登校の準備をしている音をききながら玄関へ向かう。

八幡「はぁ、眠み…」

あくび交じりに靴を履く。外は快晴だ。靴を履き終え、カバンを持ってドアを開けたところで、八幡の動きが止まる。

八幡「…ゆ、雪乃?」

雪乃「お、おはよう、比企谷くん///」

353: 1 2012/04/21(土) 15:19:56.83 ID:8CejWQdU0
八幡・雪乃「「……………」」

制服姿の雪ノ下雪乃がそこにいた。頬をわずかに染めた顔は可憐だったが、片手を中途半端に上げようとして固まった姿はちょっと挙動不審である。

八幡と雪乃は、互いに目を合わせた瞬間の姿勢のままで、たっぷり十秒間、固まっていた。


小町「どうしたのお兄ちゃ…はわっ! 雪乃さん?!」

玄関で固まっている兄の様子を不審に思い、小町がひょいっと背後から顔を覗かせる。兄と同じく、予想外の光景に驚いて奇声をあげた。

355: 1 2012/04/23(月) 01:57:07.90 ID:50Nr9ul/0
雪乃「…一緒に登校、しようと思って。でも、いつ、出るのかわからなかったから、少し早めに…」

八幡「お、おう…」

雪乃「め、迷惑…だった?」

八幡「…あ、いや」

小町「…お兄ちゃん!!」
呆然としている兄を、小町が後ろからどやしつけた。

八幡「…別に、迷惑じゃないぞ。俺も今日は、早く出る気分だったんだ…わざわざあんがとな」

何すんだ…と背後の妹を恨めしそうに見ながら返事をする八幡。

八幡「じゃ、一緒に登校するか」

雪乃「…ええ!」

二カッと微笑む八幡の笑顔に、頬を染めぱぁっと目を輝かせる雪乃。

362: 1 2012/04/24(火) 00:19:16.18 ID:CQlVc9S40
八幡「…にしてもさぁ、さすがにちょっと早く来すぎじゃね?」

自転車をこぎながら八幡が背後に語りかける。

雪乃「…だって、比企谷くんがいつ登校するか、わからなかったんだもの…」

自転車の後ろにちょこんと座り、八幡にしがみついた姿勢で雪乃が答える。さすがに恥ずかしいのか、声が小さい。

八幡の位置からは、雪乃の表情は見えない。

早朝の風が火照った頬に心地よい。今自分は、どんな顔をしているのだろう。雪乃の位置からも自分の顔は見えないだろうことは、多少の安心材料にはなった。

ええい、くそ、なんだこれ。なんだこのシチュエーション。こんなの、こんなのなぁ… 爆発しちゃうだろ、畜生!!!

ペダルを踏む足に力がこもる。二人乗りの重さを感じさせない勢いで自転車が早朝の街を加速していく。

363: 1 2012/04/24(火) 00:33:53.98 ID:CQlVc9S40
雪乃「…大丈夫?」

少し心配そうな声。

八幡「あん? 何ともねぇよ。しょっちゅう小町の奴を乗せてるしな …むしろお前、ちょっと軽すぎないか? ちゃんとメシくえメシ!」

八幡の声には、明らかに照れ隠しの成分が混じっていた。後ろは振り返らない。

雪乃「…必要な栄養素とカロリーは摂取してるもの」

しがみつく腕の力が、きゅっとわずかに強まった。制服越しに触れ合う部分を意識してしまう。

八幡「…お、おう」

ああ、いや、うん。そりゃあ、静先生や結衣には及ばないとはいえですね、まぁ、なんだ。将来性に期待というかなんというか。姉ちゃんはアレなわけだし。


雪乃「…比企谷くん? 今なにを考えたのかしら?」

やべぇ、心の声を聴かれた!! 雪乃の冷たい声に、戦慄する八幡。

八幡「イイエナニモ」カクカク

雪乃「…今のうちに素直に言えば、温情判決もあり得るわよ?」

あくまで優しいが、「温情」という言葉にひどく違和感を感じる声音だった。やだこわい…

364: 1 2012/04/24(火) 00:38:34.03 ID:CQlVc9S40
八幡「~~♪」

思わず、口笛を吹いて誤魔化す八幡。

雪乃「陳腐な誤魔化し方を… ふむ、この曲は『Country Road』ね?」

365: 1 2012/04/24(火) 00:45:05.74 ID:CQlVc9S40
言われて気づいた。どうやら、今の自分たちの状況から、つい某ジ●リアニメを連想してしまったらしい。

歌詞が思い出せないが、どんなだったっけ? 八幡が記憶を検索していると、雪乃が八幡にだけ聞こえるような小さな声で口ずさみだした。

雪乃「…I dreamed of living Alone but fearless Secret longings

366: 1 2012/04/24(火) 00:50:01.63 ID:CQlVc9S40
雪乃「…loneliness kept bottled up inside Just reveal your brave face they'll never know you lied♪」

背後の美声に、口笛の伴奏で応える。 リズムに合わせ、軽快にペダルを踏んでゆく。

367: 1 2012/04/24(火) 00:59:17.73 ID:CQlVc9S40
日本語の歌詞を思い出した。

「ひとりぼっち おそれずに 生きようと 夢見てた さみしさ 押し込めて 強い自分を 守っていこ…」

…今、雪乃はどんな表情で、この歌を歌っているのだろう。

雪乃「…I'll never stop to share a tear that I've shed, But now I have to walk so fast, Running, sprinting to forget, What is lodged in my head♪

(どんな挫けそうな時だって 決して 涙は見せないで 心なしか 歩調が速くなっていく 思い出 消すため)」


368: 1 2012/04/24(火) 01:07:05.69 ID:CQlVc9S40
学校に到着するまで顔見知りに遭遇しなかったのは、幸運というべきだろうか。校門から20mほど手前の交差点で自転車から降り、歩きながら自転車を引く。

隣同士に並びながら、互いに無言だ。雪乃は、八幡の整復の裾を、ちょこんとつまんでいる。八幡は、なんとなくそっぽを向いていた。やっぱ、恥ずかしいだろそりゃ…


380: 1 2012/04/26(木) 00:54:33.72 ID:D8kiF+HB0
??「わん! わん!」

八幡「……ん、犬?」

校門のすぐ前で、リードを首輪につけたままの犬が八幡めがけてまっしぐらに走ってきた。どこか、見覚えがあるような…

雪乃「………!」

雪乃は反射的に八幡の後ろに身を隠す。犬は八幡の足元に駆け寄ってくると、尻尾を激しく振りながら嬉しそうにまとわりつく。

八幡「やたら懐いてんな…ん、この首輪…おまえもしかして」

たしかに覚えがある。自分が、数か月前に誕生日プレゼントとしてある少女に贈ったものだ。

視線を、犬が走ってきた方向に向けた。

八幡「…よう、おはよう」

視線の先で、硬直している少女に朝の挨拶をする。

381: 1 2012/04/26(木) 01:20:20.90 ID:D8kiF+HB0
結衣「あ…やー、はは…ヒッキー、ゆきのん、おはよ…」

雪乃「……おはよう、由比ヶ浜さん」

結衣は、表情をこわばらせながらも手を振り返してきた。雪乃の声も何やら硬いが、背後の表情はみえない。


結衣「…きょ、今日はいつもより、登校早いんだね」

八幡「あー、なんか早く目が覚めたんだよ。夢見が最悪でな…また授業中に寝ちまいそうだわ。

   そっちは早朝からサボレーの散歩か?」

結衣「サブレだし! ひとの犬に変な名前つけないでよもう!」

八幡「はは、ネーミングセンスについちゃお互い様だろ。ほれ、リード。気をつけろよな、また事故に遭うぞ
    
   …にしても、よくよくこの場所に縁があるよな俺ら」

犬をじゃらしながら、結衣にリードを差し出す八幡。

結衣「ん、うん…」

雪乃「……………」

結衣がちらりと、八幡の背後をみやる。雪乃は無言だった。


382: 1 2012/04/26(木) 01:24:55.45 ID:D8kiF+HB0
雪乃「…私は、先に教室に行くわね」

八幡「ん、ああ…じゃあ、また後でな」

雪乃「…ええ」

雪乃が、場を離れる。すれ違いざま、誰に対してか「…ごめんなさい」とつぶやく声が聞こえた。

結衣と視線はかわしていない。


しばらく、八幡も結衣も無言だった。サブレは、リードを預けたままはっはっと嬉しそうに八幡の周りを飛び跳ねて尻尾を振っている。

383: 1 2012/04/26(木) 01:40:48.63 ID:D8kiF+HB0
結衣「…ゆきのんとは、たまたま会ったの?」

八幡「……いや。なんか、家に迎えに来られたんで、一緒に登校した」


結衣「ん…そっか…」

八幡「ああ……」


結衣「…………」

八幡「…………」


視線を合わせないまま、サブレをわしゃわしゃする結衣と、それを見ている八幡。サブレは嬉しそうに鼻を鳴らす。



結衣「ねぇ、ヒッキーはさ…」

き~んこ~んか~ん…

結衣の言葉を遮るように、授業まであと30分を告げるチャイムの音が鳴る。


八幡「…お、いつの間にかもうこんな時間か」

ぼつぼつ、登校する生徒の姿もそこかしこにみえている。時折、ちらちらと視線を感じた。


八幡「…家に一度戻らないとマズいんじゃないか?」

結衣「ん、そだね…そうする。 また、あとでね」

結衣の微笑はまだ、少し硬かった。

386: 1 2012/04/26(木) 22:21:59.86 ID:D8kiF+HB0
休み時間は寝て過ごした。時折、誰かの視線や話しかけようとする気配を感じたが、なにせ寝ていたからよくわからない。

人間、本能には勝てない。これもひとえに寝不足が悪いのだ。


しかし、昼休みともなると三大欲求のもう一つを占める食欲が睡眠欲に勝った。もちろん、弁当は今日も用意していない。

購買にいくか…


欠伸しながらのそりと席から立ち上がると、こちらに近づいてくる結衣と視線が合った。海老名と…三浦も後ろにいる。オイオイ!


八幡「…よう」



387: 1 2012/04/26(木) 22:45:33.64 ID:D8kiF+HB0
海老名「あははー、おはよう比企谷くん。よく寝てたねぇ」

八幡「…身長をもう少し伸ばそうと思ってな。寝る子は育つっていうだろ、うん」

海老名「そんな育ちざかりの欠食児童な比企谷くんに、嬉しいニュースがあるよ。今日もお弁当の差し入れでーす! ほら、結衣」

結衣「う、うん…あの、ヒッキー、よかったら…」

三浦「いいに決まってるよな?」

八幡「お、おう…」


前に押し出され、もじもじしている結衣の手には、今日も弁当箱がある。背後から虎のような目で睨んでいる三浦の存在がなければ、心ときめく光景であろう。その視線にびびって、八幡の周囲の席からも人がいつのまにか消えていた。数百万人にひとりといわれる覇王色の覇気の持ち主がまさかこんなところに! 千葉の高校でくすぶってないで、とっとと新世界にでもいってくれよ…懸賞金何億ベリーだお前。

388: 1 2012/04/26(木) 22:56:59.19 ID:D8kiF+HB0
これは、逃げられない。なんか脳内で、ボス戦のBGMが流れてるし。

それに昨日「また作ってくれ」といったのは自分だ。翌日早速とは思わなかったが、結衣のけなげな努力を無碍にはできない。

八幡「すまん…今日も弁当なかったんだ。正直たすかる」

結衣「…うん!」

拝む仕草をする八幡に、結衣の顔がようやくほころぶ。

391: 1 2012/04/26(木) 23:14:26.65 ID:D8kiF+HB0
美少女3人とテーブルを接して弁当を広げる八幡。なんででしょう、傍目にはハーレムなのに、捕虜の心境なんですけど。

今日は、おにぎりだった。多少ゆがんでいるが、十分、形にはなっている。海苔ととろろ昆布を巻いて、おかずはきんぴら、卵焼き、タコ(に似せようとしたと思われる)ウインナー。デザートは今日も桃缶だった。

八幡「…いただきます」

緊張した顔の結衣、にこやかな海老名、睨みつけている三浦。…お前ら、そんなに見られたら食べにくいんですけど。

395: 1 2012/04/26(木) 23:42:32.33 ID:D8kiF+HB0
おにぎりの中身は、おかかと梅干し。スタンダードだがそれがいい。

ほかのものも、味が若干濃かったり、見栄えがやや不格好だったりしたが、十分に美味しかった。

結衣の研鑽がしのばれる。

八幡「ごちそうさま」

海老名「御感想は?」2828

八幡「正直、うまかったよ。進歩の跡が著しいな」


397: 1 2012/04/27(金) 00:35:34.67 ID:lbjIGLL20
結衣「…えへへ」

はにかみながら小さくガッツポーズをとる結衣

三浦も、そんな八幡の態度を見て「まぁ、よかろう」とばかりに鷹揚に頷いている。

400: 1 2012/04/27(金) 01:21:10.85 ID:MC3zr8qSO
八幡「…にしても、今日は葉山たちは一緒じゃないのか? クラスの綺麗どころを独り占めしてるせいで周囲の嫉妬の視線がイタいんだが…」

チラッと三浦の方を見ながら問う。

三浦「…あん? 誰が見てるって?」

ジロッと三浦が周囲を見渡すと、好奇の目でこちらを伺っていた教室内の視線がサッと散る。どんだけ恐れられてんだよ…

海老名「あはは、なんか、サッカー部のミーティングがあるんだってさ」

海老名が苦笑しながら説明する。


八幡「は-…成る程ね。たしか新部長なんだっけか?」


ちなみに大和や大岡はそれぞれ同じ部の仲間といるようだ。グループ内の微妙な距離感が垣間見える。


海老名「そうそう。あ、そういえば、昨日の演劇の話、結構乗り気だったみたいだよ?」


結衣「うん、隼人くんと、あと戸部くんも期待していいかも」

415: 2012/05/02(水) 23:58:55.67 ID:vn9qL+LX0
八幡「おお、昨日、あの後そんな話が… 部活も忙しいだろうに、よく手伝ってくれる気になってくれたもんだ。まぁ、俺が言うのもなんだけど」

結衣「去年も確か、バンドをやってたんだよ。隼人くん、ギターもすごい上手なの」

八幡「うへぇ…」

三浦「…何か文句あんの?」ギロ

八幡「ないない。なーんもないです。さすが葉山センセイ、リア充の鑑」フルフル

結衣「ヒッキー、知らなかったの?」

八幡「去年の文化祭、サボってたんでな」

海老名「そ、そりゃ何でまた…」

416: 2012/05/03(木) 00:08:29.49 ID:Ag69Gbeg0
八幡「ちょっと持病の発作でな。病名はリア充アレルギー」

結衣「病気かぁ、ヒッキー可哀そう… ってウソでしょ! そんな病気絶対ないし!!」

八幡「いやホントホント。症状は、初々しいカップルのいちゃつく様子とかクラスの団結とか、『青春』を想起させるもの一般に対して激しい拒否反応が出てな…」

結衣「ひ、卑屈すぎる!」

八幡「抑えられない殺意の衝動から、奇声を上げたり、時に直接的なテロ行為に及ぶことも」

海老名「うーん、それが本当ならなかなかに迷惑な病気だね」

八幡「そんなわけで、皆に迷惑をかけないため、泣く泣く自主休校したんだよ。大丈夫、家で文化活動に勤しんでたから。アニメ鑑賞だけど」

417: 2012/05/03(木) 00:26:14.51 ID:Ag69Gbeg0
結衣「うわぁ…」

結衣の表情はドン引きである。教室の隅で、川崎沙希がこちらを見て、呆れ顔で何やら呟いているのが目に入った。聞かなくても分かる。「バカじゃないの…」と言っているに違いない。


海老名「あはは、比企谷くんはホント、おもしろいなぁ。んー、でもさ? もうその病気、治ってるんじゃない?」

海老名が、にこやかに問いかける。

八幡「な、何を根拠にそんなことを言うのかねキミは…」

海老名「だって、最近の比企谷くん、誰が見てもリア充じゃない」

八幡「ぐほぁ?!」

自分でも気にしていたことを、ズバリと指摘されてしまった。しかも、見ればクラスのそこかしこで聞き耳を立てていた連中が頷いている。


結衣「………………」

海老名「治ってなかったら、今頃アナフィラキシーショックだよ。聞いたんだけど今朝も…」

八幡「待って、ちょっと待って。今、そのショック状態だから。心臓、止まりそうだから」

にこやかにトドメを刺しに来る海老名にストップをかける八幡。


418: 2012/05/03(木) 00:38:07.57 ID:Ag69Gbeg0
三浦「…ヒキオ、最近あの女とも仲良くしてるらしいじゃん。今朝もなんか、一緒に登校してたんだって?」

しばらく黙っていた三浦が、八幡を睨み付けながら問い質す。

八幡「あ、あの女とはどなたのことでせうか…」

視線が定まらず、明らかに挙動不審の八幡。秋にもかかわらず発汗が著しい。

海老名「あははー、惚けちゃって。雪ノ下さんに決まってるじゃない」

三浦「ネタはあがってんだよ。おとなしく吐け」

八幡「う、うげぇ…」

教室内にどよめきが走る。それを見て、ますます八幡の顔色が青ざめた。昨日の事と言い、このままじゃとんでもない噂が全校に広まってしまう。

結衣のほうをちらっと見ると、すまなそうに両手を合わせていた。情報源はやはり結衣か…オウ、ジーザス

419: 1 2012/05/03(木) 01:05:43.84 ID:Yh/HTXrSO
海老名「…ズバリ、二人はもう、付き合ってるの?」

八幡「…オイ、勘弁してくれよこんなとこで」ハァ

以前より更に死んだ魚のようになった瞳で溜息をつく八幡。


三浦「いまさらとぼけんな。さっさと吐けよテメェ」

八幡の胸倉を掴んで締め上げる。


八幡「やめて、今食べた弁当を吐いちゃう…」ウゲゲ

海老名「優美子、まぁまぁ… ゴメンね比企谷くん。でも、どうしてもハッキリ聞きたいな、比企谷くんの口から」

海老名の表情はあくまで微笑んでいるが、声音はいつになく真剣味があった。

八幡「…まったく」ゲホゲホ

結衣「………」

俯いて、身体を固くしている結衣の方をチラッと見た。


八幡「…今のとこ、告白したとかされたとかはねえよ。そういうことが聞きたいんならな。悪いが、これ以上は何聞かれてもノ-コメントだ」

420: 1 2012/05/03(木) 01:21:53.19 ID:Yh/HTXrSO
海老名「…ん、そっか。ありがとう。 …ゴメンね」

結衣「………」ホッ


海老名が苦笑しつつ詫びる。結衣は安堵の表情を浮かべていた。三浦はまだ、何やら納得していない顔で八幡を睨めつけている。

聞き耳をたてていた連中もそこかしこで何やらヒソヒソ話している。中には、メールを打っている奴もいる。オイ、どんな話を流すつもりだ…


八幡は、とても大きな溜息をついた。

423: 1 2012/05/03(木) 14:22:50.33 ID:Yh/HTXrSO
三浦「…んで、これからどうすんの?」

八幡「これから? 今はとりあえず、お前らから逃げようと考えてるが…」

海老名「あはは、なかなか正直だね比企谷くん」

三浦の詰問に、いささかうんざりした表情で返す八幡。海老名は苦笑し、結衣はハラハラした表情で見守っている。

三浦「逃がさね-し。言いたいこと、わかんでしょ?」

結衣「…………」

八幡「……それ、お前らに言うことか?」

424: 1 2012/05/03(木) 15:01:12.96 ID:Yh/HTXrSO
三浦「ハッキリしろっつってんの。 ヒキオ、最近ちょっと活躍したり周りの見る目が変わったからって調子に乗ってない?」

結衣「優美子、もういいから…

海老名「優美子、さすがに言い過ぎ!」


たまらず止めに入る結衣と海老名。しかし荒ぶる炎の女王は止まらない。

三浦「あんたがそんなんだから、結衣も、ううん、隼人だって……!」

結衣「優美子、お願いもうやめて!!」

結衣の必死の嘆願にようやく、口をつぐむ。しかし、未だ視線は八幡を刺している。

425: 1 2012/05/03(木) 15:14:30.89 ID:Yh/HTXrSO
教室は静まり返っている。和やかな昼休みの雰囲気は完全に消し飛んだ。

…やれやれだぜ。視界の隅で川崎が立ち上がりかけていたのを、視線で押さえた。これ以上、ややこしいのに出てこられてますますこじれたら胃に穴が開く。三浦と川崎なんて、絶対に相性最悪だろ…

無意識に何かを探す手に、温かい何かが渡された。水筒から注がれたお茶。視線を上げると、海老名が苦笑していた。

小さくサンキュと呟いて、一口啜った。

428: 1 2012/05/04(金) 20:13:44.29 ID:lHE8wW4SO
八幡「…まぁ、なんだ」

しばらくの沈黙の後、頭を掻きながら口を開く。クラス中の視線がイタい。

八幡「…周りの見方がどう変わったかは知らんけどな、俺はもともとこんな奴だぜ。これまで、青春とか恋愛とか縁はなかったしやり方も知らん。

ハッキリ言えば、外野がどう思おうと知ったこっちゃないし、訳のわからん空気なんてモノ最初から読むつもりもない」


429: 1 2012/05/04(金) 21:08:04.64 ID:lHE8wW4SO
八幡「…けどな」

また激昂し、何か言い募ろうとした三浦を真っ直ぐな視線で黙らせた。

八幡「まぁ、俺がクズだってんならそうかもしれねぇけどさ。少なくとも、雪乃や結衣…奉仕部は………………」

しばしの静寂。咳払い。

八幡「…それなりに、特別なんだよ。俺にとってもな」

結衣「…ヒッキー」

430: 1 2012/05/04(金) 21:21:14.68 ID:lHE8wW4SO
八幡「…三浦、正直に言うとお前に対しても今、少し認識を改めたところだ。やり方は俺にとっちゃ大迷惑だが、友達の為に怒るとかそんなキャラじゃないと思ってたし。そもそも俺のことなんぞ眼中にないと思ってたからな。

一応、真面目に応えてるのはお前への敬意だ」


三浦「…んだよそれ。そ-ゆ-のが調子に乗ってるって…」

気を削がれたのか、言い返しつつも語気はやや弱い。



431: 1 2012/05/04(金) 22:22:19.54 ID:lHE8wW4SO
八幡「…でもな、俺ら奉仕部のことについては、部外者のお前らにはわからないことだってあるんだよ。
…たとえば雪乃にとって、結衣がどんなに重要な存在か。こいつのお陰で、俺たちがどれほど…」


…救われたか。という後半の内容は口にしなかった。


結衣「ヒッキー……」

結衣の目が潤んでいる。
三浦も、海老名も、遠巻きに見ているクラスメートたちも無言。

432: 1 2012/05/04(金) 23:12:40.84 ID:lHE8wW4SO
八幡「…結衣はアホの子だが」

結衣「…えっ」

八幡「…優しい奴なんだよ、本当に」

三浦「…フン、そんなの、あ-しらだって知ってるし」

海老名「…まぁまぁ、優美子」

むくれる三浦を、海老名がとりなす。結衣は、顔を真っ赤にして恥じらっている。

三浦は、結衣が優しいことくらい知っていると言った。しかし、それは恐らく、自分とは意味が違うだろうと八幡は思う。

安全地帯から、慈悲で恵まれる優しさではなく。弱いくせに、誰より孤立を恐れているくせに、ときに自分の立場を危険にさらしてまで、結衣は「優し」かった。

それは…

433: 1 2012/05/05(土) 00:11:24.18 ID:8zqrbkvSO
八幡「…じゃあ、雪乃が凄い奴だってのも、別にいまさら語る必要はないよな。雪乃は…「本物」だ。あいつほど強い人間を、俺は他に知らない。

…正直に言えば」

八幡は一旦、言葉を切った。ひとつ息を吐いて、懺悔するような口調で続ける。

八幡「…結衣も雪乃も、俺には眩し過ぎる。 どうしていいかわかんねぇ。
結衣と雪乃を信じられないんじゃない。俺は…」

434: 1 2012/05/05(土) 00:35:08.51 ID:8zqrbkvSO
八幡「…俺自身の価値が信じられねぇんだよ。こいつらのことを尊敬はしても、好意を受けるような大それたことはした覚えがない。俺にとっちゃ俺が一番大事だが、これまでついてた市場価格はプライスレスだ。 たまたま河原に落ちてた石ころを、宝石と交換してくれって持ち掛けられたらどう思う? しかも相手が引き換えにするのは、差し出す宝石だけじゃないかもしれないんだぜ…」


435: 1 2012/05/05(土) 01:14:22.50 ID:8zqrbkvSO
三浦「……………」

三浦はまだ何か言いたげだが、口をつぐんでいる。海老名は何か考え込んでいた。結衣は羞恥や悲哀、様々な感情の入り組んだ複雑な表情で八幡を見て、かける言葉を探している。川崎も、何やら痛ましそうな視線をこちらに向けていた。

八幡「…ま、不甲斐ないのは自覚してるけどな。態度を今すぐハッキリさせろって言うなら俺は…」


??「…もう、いいわ比企谷くん」

445: 1 2012/05/05(土) 22:04:09.07 ID:dZrLUmw50
三浦「…ッ 雪ノ下!」

結衣「ゆきのん…どうしてここに?」

八幡「…おい、ここF組の教室だぞ、雪乃」

いつの間にか、雪ノ下雪乃が八幡の背後に立っていた。

さらに教室の入り口をみると、他クラスの生徒まで集まってきている。

…おおおおい、待てよ、ちょっと待て。何なのこのギャラリーども?!


海老名「…あー、あはは… 雪ノ下さん、いつから聞いてたの?」

海老名が笑顔を引きつらせながら雪乃に問う。


雪乃「『ズバリ、二人はもう、付き合ってるの?』のあたりから聞こえてたわ」

ニッコリと笑いながら答える雪乃。

海老名「あー…そ、そうなんだ」

おい、ほぼ全部聞いてたのかよ…

446: 1 2012/05/05(土) 22:44:25.19 ID:dZrLUmw50
三浦「…………」

雪乃「…三浦さん、まだ何か言いたいことがあるの?」

敵意も露わに宿敵を睨みつける三浦を、雪乃は冷然と見下ろしている。


おい、頼むから喧嘩すんなよお前ら…

三浦「…あんた、どういうつもりよ」

雪乃「…質問の意味がよくわからないわね。はっきり言ってくれないかしら?」

三浦「…ヒキオにちょっかいだしてんのはどういうつもりかって聞いてんだけど」

雪乃「…部外者のあなたに答える筋合いはないわね」

三浦「……ッ、あんたね!」

結衣「優美子、やめてってば…」

雪乃「…でも、この際だからはっきりさせたほうがいいかもしれないわね。私は…」

八幡「…雪乃!!」

447: 1 2012/05/05(土) 22:57:00.71 ID:dZrLUmw50
雪乃「………」

八幡「…頼むから、ここは退いてくれ。三浦もだ」

結衣「ヒッキー…」

雪乃「…わかったわ」

三浦「…ふん。指図すんなっての」


八幡「…さすがにもう、いいだろ。行かせてくれ」

この日何度目になるかわからない溜息を吐き、椅子から立ち上がる。

448: 1 2012/05/05(土) 23:06:35.80 ID:dZrLUmw50
八幡「おい、そこのギャラリーども、見世物じゃねぇんだよ。散れ散れ」

見物人を威嚇しながら教室から出て行こうとする八幡に、結衣と雪乃も目を合わせてから無言で追随しようとするが

八幡「…悪い、しばらく一人にしてくれ」

といわれて立ち止まる。


教室と廊下の生徒たちが、道を開けた。

海老名「…比企谷くん」

八幡「………?」

立ち去る八幡の背中に、海老名が声をかける。返事はないが一瞬、歩みが止まった。

海老名「…優美子はああ言ってたけど。私は逆に、比企谷くんはもっと調子に乗るべきだと思う」

八幡「…そうかい。どーも」

一言つぶやくと、早足で歩き去る。その背を追うものはいなかった。


449: 1 2012/05/05(土) 23:44:46.44 ID:dZrLUmw50
午後の授業中にも、しばしば好奇の視線やひそひそと噂されているのを感じたが、もう気にするのはやめることにした。

そら、噂もされるわ…自分が昼休みにやらかしたことを思い返して、今更ながら頭を抱える八幡。

すべてが煩わしい。頼むから、頼むから、どいつもこいつもこんな石ころのことなんて放っといてくれよ。

元のぼっちに戻りたい。分不相応にもほどがある。体質的に受け付けないんだって…

…たぶん、俺、根本的に恋愛とか向いてないんじゃねぇかな。いまさらだけど。


どんどん、ネガティブな方向に思考が向かう。


…そもそも、あいつら、俺のどこがいいってんだ? また、壮大な勘違いとか夢オチとかじゃないのかこれ…

451: 1 2012/05/06(日) 00:18:51.21 ID:NtDuYYoR0
結衣「…え? ええと…その…優しいところ、かな」

顔を赤らめながらはにかむ友人の反応をみて、八幡のどこが好きなのかを問うた海老名は苦笑する。

海老名「そっか……まぁ私は否定しないけど…」

彼のことを『優しい』って評価は少数派かもね。心の中でそう続ける。今、にわかに女生徒からの人気を集めている八幡だが
その評価は、容姿や「クールで格好いい」といったものが多い。


結衣「…ヒッキーは、人から誤解されやすいんだよ。それに、自分から人を遠ざけてるし…」

海老名「うん…確かにそうかも」

結衣「…あたしも、きっかけがなかったら、きっと気付かなかったと思う。サブレを入学式のときに助けてもらってから、ずっと、気になって目で追っかけてたの。ヒッキーは…」




452: 1 2012/05/06(日) 00:41:48.61 ID:NtDuYYoR0
結衣「…いつも他人を遠ざけようとしているし、口ではクズっぽいことばかり言ってるけど…本当はすごいお人好しなんだよ。なんだかんだで困っている人から頼られたら助けようとするし、いざとなったら自分から泥をかぶったり、危険を引き受けたりする。でも、人から言われたら、『好きなようにやってるだけだから感謝される筋合いじゃない』とか嫌がるけど」

海老名「んー…なんか、ツンデレっぽいね」

結衣「そうかも…攻略難度高すぎ」

二人で、あははと笑い合う。

海老名「…比企谷くんも、ユイのこと優しいって言ってたね。あたしも、そう思うよ。あんたたちは、どっちも優しい。だから、お互いの優しさが分かるのかもね」

結衣「ん…そ、そうかな」テレ

453: 1 2012/05/06(日) 00:51:52.79 ID:NtDuYYoR0
海老名「…雪ノ下さんも、同じなのかな?」

結衣「…ん、わかんないよ……」

海老名「なんていうか、彼女も敵ながらすごいね…火が付いたら、一直線のまっしぐらだもん。アウェーに単騎乗り込むなんて、三国志の武将みたいだよ…あそこで比企谷くんが止めなかったら、どうなってたんだろ」

結衣「…………敵、なのかな」

海老名「うーん…恋敵って意味では多分、そうじゃないかな。…ユイはどう思ってるの?」

結衣「………ん、恋敵……かもしれないけど…あたしは…」

454: 1 2012/05/06(日) 00:57:28.09 ID:NtDuYYoR0
三浦「……あんた、ヒキオのどこがいいの」

雪乃「…部外者に答える筋合いはないわ。さっきも言ったけれど」

三浦「…あーしほどじゃなくても、男なんて選び放題でしょ。 弱みでも握られてるのか、それともよっぽど趣味が悪いん…?!」

ほとんど凍り付くような視線と殺気を浴びせられて、嘲弄の言葉が途切れた。


雪乃「……あなたに言っても理解できるとは思えないけれど、ひとつだけ教えてあげるわ」

455: 1 2012/05/06(日) 01:10:32.51 ID:NtDuYYoR0
雪乃「……彼は、確かに欠点も多いし、私もこれまでクズ呼ばわりしてきたけれど」

三浦「…………」

雪乃「ひとつ、信頼できる点がある。それは…彼は、比企谷八幡は、周囲にどう思われようと、
他人に迎合して自分の魂を売り渡したりはしない人間だということよ。

たとえ集団から孤立しようが納得できないルールは受け入れないし、泥の中を這いまわることになっても
自分の決めたルールに沿ってなら受け入れる。 彼は…そういう人間よ。愚昧ではあっても、意志のない人形ではないわ」

458: 1 2012/05/06(日) 19:02:23.19 ID:fQaPh5hSO
三浦「は…何それ。意味わかんないし。買い被りじゃないの」

雪乃「…だから、話しても理解できないと言ったでしょう。いずれにせよ、他人のあなたには関係のない話よ」

三浦「…ユイの気持ちは知ってんでしょ。それも、関係ないってワケ?」

雪乃「……それ、は」

冷然と自分を見下ろす宿敵を憎々しげに睨みながら、三浦は雪乃を糾弾する。雪乃は、そこで初めて、声を詰まらせた。

459: 1 2012/05/06(日) 19:33:59.62 ID:fQaPh5hSO
「…今日は、受診の日だから。悪いけど、とりあえず準備は進めといてくれ」

八幡は、そう言って部活の不参加を告げた。方便ではなく、未だ記憶喪失のフォローのために週一回の通院を続けている。

一度来いと言われていたのを思い出し、下校前に職員室に顔を出すことにした。

462: 1 2012/05/06(日) 20:20:48.79 ID:fQaPh5hSO
八幡「…ッス」

何やら話していた平塚と鶴見、それに小田原が一斉にこちらを見た。それに会釈を返し、職員室に入る。

八幡「…来ましたけど、なんの話っすか?」

平塚「ふむ、まぁ、少し手狭だから場所を変えようか。何、劇の台本とキャスティングの相談だよ」

職員室の隅にある、テ-ブルとソファに移動する。

鶴見「君には、主人公を演ってもらいます」

八幡「え…いきなり決定?! ボクできたら、村人Aとか路傍の木とかにしてもらいたいんスけど…」

夢を思い出し、顔を引き攣らせる八幡。

小田原「却下よ。このキャスティングだけは悪いけど動かないわ。今回の劇は奉仕部への依頼だし、男子の正式な奉仕部員は君だけでしょう? それに君は、今いろいろと注目の的だからね。話題性も充分だし」

八幡は、ニヤリと笑う前演劇部長を戦慄とともに見つめた。この女、今日のことを知って……?!

平塚「そうだな。それに、そもそもの言い出しっぺは君だ。潔く、責任をとりたまえ」

静がニヤリと笑いかける。どうやら、逃れる術はないらしい…

八幡「…わかった、わかりましたよチキショウ…」

463: 1 2012/05/06(日) 20:37:58.20 ID:fQaPh5hSO
渡された台本をペラペラとめくる。美女と野獣。

平塚「何、難しく考えるな。なかなか適役だと思うぞ」

八幡「人事だと思って…」

くっくっと笑う顧問にジト目を向ける。

八幡「…それで、他のキャストは?」

あれは夢だ。まさか、材木座がヒロインてこともなかろう…

鶴見「ヒロインに部長の雪ノ下さん、ヒロインの父親が由比ヶ浜さん、あとは、助っ人の子たちから考えてるわ」

八幡「…そうですか」

464: 1 2012/05/06(日) 21:00:17.50 ID:fQaPh5hSO
部長がヒロイン、唯一の男子が主人公、というキャスティングなら文句は出にくいだろう。それに事前に役を決めて貰っていたほうが、揉めずに済むかもしれない。今の雪乃なら、ヒロインの演技にも不安はない。

…とにかく、これ以上人間関係がギクシャクすれのはゴメンだ。三角関係なんて、まったく冗談じゃ……

…そういえば、辞めた演劇部員たちも三角関係でおかしくなったって言ってたな。

チラッと小田原の方をみる。噂は真実なのだろうか?

465: 1 2012/05/06(日) 21:07:50.75 ID:fQaPh5hSO
…すんません。やはり、今日完結は無理かも(^-^;
なんかまだ、思ったより先に話がいきそうなんです。何人かほぼオリのサブキャラもでる予定ですし…あくまでモブですが。

しばらく、最終的にはゆきのんル-ト回収方向でシリアス路線が続きます。しんどくならないよう、合間にギャグも挟むようにしますが、感想や要望あればできる範囲でとりいれていきます、よろしくお願いします。

466: 1 2012/05/06(日) 21:26:47.19 ID:fQaPh5hSO
視線に気づき、訝しむ小田原に 何でもないですと手を振る。まぁ、他人のことはどうでもいい。同じ轍を踏むのだけは避けたいが。

台本は受けとり、予定どおり下校する。途中、戸塚と顔を合わせた。奉仕部の部室に呼ばれているのだという。夜に電話で話をする約束をし、校舎を出た。

471: 1 2012/05/07(月) 00:33:58.24 ID:yIhAESwSO
診察を終えて外に出ると、すでに月が出ていた。

経過には大きな問題はない。今、頭を悩ませているいろいろなイロイロは、医学的な問題とは関係ない事柄だ。医者に話しても、どうなるものでもない…しつこく聞き出されたけど。

…にしても、主治医…厚木という女医…がやたらと、学校内のことに詳しかったんだが、どこかにスパイでもいるのか?…まさかな。

いつか、雪乃と遭遇した交差点。さすがに今日はいないだろう。

信号を待ちながら、月を見上げる。今日は、ずいぶん綺麗に見えた。 優しく淡い光が心を癒してくれるようで、手を伸ばせば、触れられそうな気さえする。

…わかっている。もちろん、錯覚だ。

月は、ただ太陽の光を反射しているだけで、自ら輝いたりはしていない。手を伸ばしても、追いかけても決して38万㌔の距離には届かない。

手を伸ばして、背伸びして、ジャンプしても決して手にはいらず。しまいに転んで泣きわめく。
そんな子供も、時が経てば道理を知り、自分が愚かで未熟だったと苦笑しながら理解するのだ。

……あのときの自分も、思えばそんな子供と一緒だった。

472: 1 2012/05/07(月) 00:56:26.81 ID:yIhAESwSO
脳裏を掠める、淡く苦い思い出。優しい、女の子だった。勘違い。告白。「友達じゃ、だめかなぁ?」 その後は、卒業まで口を利かなかった。今頃は、どうしているか…

気付くと、信号はもう変わっていた。チィ、つまらんことを思い出しちまったクソ! 早足で横断歩道を渡る。

478: 1 2012/05/08(火) 00:15:09.23 ID:hD9Uf0xN0
八幡「…まだちょっと時間があるな」

少し寄り道をするのもいいかもしれない。TSUTA●Aに寄っていくことにした。

劇の役作りのために、DVDでも探してみよう。

ディズニーの「美女と野獣」…あった。なんか、あと1本しかないけど。スペシャル・リミテッド・エディション。

サイドストーリーのDVDもあんのな…これは知らなかった。最後に本編見たのは何年前だったっけなぁ…


せっかくなので、ほかのDVDも借りることにした今日は懐かしモノの作品でまとめてみるか。

「STAND BY ME」スティーブン・キング原作 ロブ・ライナー監督

あとアニメもなんか借りるか…

479: 1 2012/05/08(火) 00:25:17.28 ID:hD9Uf0xN0
ディズニーもいいけどやっぱりアニメは日本。7泊8日の旧作コーナーを物色していると、見知った顔があった。

材木座「…お?」

八幡「…げっ」


しまった。目が合った上に反応してしまった。

材木座「はっはっはっはっはっ八幡ではないか!」

やめろ、這い寄ってくんな。あと声がでけぇ。名前を呼ぶな。

某LOVEるをまとめ借りしようとしてる奴と知り合いだと思われたくねぇ。

いや、矢●先生は偉大ですけどね。

八幡「い、いや人違いで…」

顔を隠して逃げようとしたが、忽ち追いつかれる。

材木座「こんなところで会うとは奇遇だな八幡! ぬ、どうしたのだ八幡! どこへいくというのだ八幡!」


480: 1 2012/05/08(火) 00:35:29.51 ID:hD9Uf0xN0
八幡「…うるせぇぇ!! 人の名前連呼してんじゃねぇ!!」

材木座「ぬふぅ、やはり貴様ではないか」


ああ…ここでも注目を集めてる。しかも悪い意味で。何て日だ畜生。もういいやさっさと借りて出よう。

材木座を無視してレジへ向かうが、当然のように後ろについてきた。オイ、なんでパッケージごと持ってきてんだよ。

旧作値引き中だからって某LOVEるに加えてかの●んもかよ! どんだけだお前!


481: 1 2012/05/08(火) 00:43:01.50 ID:hD9Uf0xN0
八幡「…どこまでついてくる気だお前…もう、帰るんだが」

桃鉄の貧乏神のようにTSUTAY●から出てもついてくる材木座にうんざりしながら声をかける。

材木座「貴様と我の仲ではないか、つれないことを言うな。どうせ方向は同じであろうが」

真剣に、遠回りで帰ることを検討していると、携帯電話が鳴る。表示は…小町からだ。

八幡「おう、もしもし?」

482: 1 2012/05/08(火) 00:50:03.12 ID:hD9Uf0xN0
小町「あ、お兄ちゃん? 今どこ?」

八幡「まだ●●駅の近くだが…どうした?」

小町「実はね…」

何でも、両親の仕事の都合で帰りが今日は遅くなるため、食事は二人で外食してくるように言われたそうだ。


八幡「んー、そっか…じゃあ、お前もこっちに来るか?」

小町「行く行くー♪ どこで食べる?」

八幡「つっても、夕食代はあとで貰うにしても手持ちがそんなねぇからな…サイゼでいいか?」

小町「いいよー、じゃあ、直接いくから、先に場所とっといて!」

八幡「OK、んじゃまた、後でな」ピッ

483: 1 2012/05/08(火) 00:54:29.43 ID:hD9Uf0xN0
八幡「…つぅわけでだ、予定が変わった。ここでお別れだな」

材木座のほうを振り向いて告げる。

材木座「くっくっくっく…八幡、いや、ここは敢えて兄上と呼ぼう」

八幡「断る。とっとと帰れ。つか、死ね」

材木座「…まだ何も言っていないのだが」

484: 1 2012/05/08(火) 01:08:27.57 ID:hD9Uf0xN0
数分後

八幡「ええい鬱陶しい! 放せ! なんで兄妹水入らずの外食にお前を招かなきゃいけねぇんだよ!」

材木座「たーのーむーよーハチえもーん!!」


駅前で服の裾をつかんで駄々をこねる同級生(イメージアニマル:熊。意外にも豚ではない)を持てあます。

ひたすらにウザい。またなんかギャラリーが遠巻きに集まってきたし…ド畜生、人目がなければ道路に突き飛ばしてやるのに。

八幡は、この日ほんとうに何度目になるかわからない大きな溜息を吐いた。


八幡「…わかった、ただし条件がある」

材木座「ぶひ?」

八幡「お前だけ来るのはさすがにNGだ。戸塚にも連絡を取ってみるから、戸塚もOKなら考える」

材木座「うむ、よきにはからえ」

八幡「なんで上から目線だ…あと、これだけは覚えとけよ。小町になんかしたら、ホ ン ト に 殺 す ぞ」

材木座「…お、おう」

490: 1 2012/05/09(水) 23:25:34.77 ID:4gYEEK3SO
戸塚「うん、いいよ。現地集合でいい?」

八幡「急な呼び出しでスマン!」

戸塚「あはは、気にしないでいいってば。劇のこととかも相談しないといけないし、小町ちゃんに会えるのも楽しみだし」

八幡「ああ、じゃ、また後で」


どうやら来られるらしい。戸塚だけならなぁ……

小躍りしているお邪魔虫をジト目で見るが、気付く様子はない。

小町にも連絡しないと…

八幡「あ、小町か? 実はな…」

491: 1 2012/05/09(水) 23:32:07.97 ID:4gYEEK3SO
小町も、戸塚が来ると聞いて、無邪気に喜んでいた。 なんかコイツら、仲いいな…

目的地のサイゼはすぐ近く。どうやら近隣の高校生の溜まり場になっているらしく、同年代の姿がちらほら見える。

幸い、前のグループと入れ替わりですぐに四人席を確保できた。とりあえずドリンクバーを二つ注文し、 ほか二人の到着を待つ。

492: 1 2012/05/09(水) 23:42:42.82 ID:4gYEEK3SO
材木座「ぬふぅ、ドリンクはどうする?」

八幡「任せるから、お前なんか適当に持ってきてくれ。てかむしろ、せめてそんくらい働けこの野郎」

材木座「ふん…まあよかろう。我の広大な度量に感謝するのだな」

八幡「……2、3、5、7、11」ビキビキ

八幡が素数を数えて殺意を押さえている間に、材木座が席を離れる。

気を落ち着けて、時間つぶしに学校で受け取った台本を取り出し、パラパラめくる。 主役だけあって覚える台詞もかなり多い。こりゃ骨が折れそうだな…

493: 1 2012/05/10(木) 00:27:21.73 ID:IVAMkuKSO
材木座「ぬ、それは台本か。我も持ってる」ハイ

八幡「お前も? …ああ、お前も今日のミ-ティング来てたのか…一応サンキュ」

戻ってきた材木座から、コ-ヒ-らしい飲み物の入ったコップを受け取る。

材木座「然り。我の役柄は、お城の仲間たちその1よ。いささか我には役不足ではあるがな…」

八幡「…役不足の用例として誤用ではない、だと…」

密かに戦慄する。まぁ、本人の意図はともかく内容はおこがましいが。

494: 1 2012/05/10(木) 00:34:31.91 ID:IVAMkuKSO
八幡「…じゃせっかくだから、今あるんならお前も台本だせよ。そういや、戸塚の役は知ってるか?」

材木座「うむ、確か戸塚氏もお城の仲間だったはずだ。我らが同輩よ」ゴソゴソ

八幡「そうか…これこそ役不足だよな。ヒロインも余裕の人材だというのに」

むしろ、誰より似合いそうだ。

495: 1 2012/05/10(木) 23:29:45.62 ID:GyduSnjN0
八幡「…………」

ペラ…ペラ…

しばらく無言でページをめくる。周囲の喧騒も意識から遮断。材木座は何やらごそごそやっている。


基本的には、アニメの「美女と野獣」を下敷きにしたそのままの筋書きだ。まさに王道のラブストーリー。

…改めて、「美女と野獣」のストーリーに思いをはせる。

ふん…「真実の愛」か。わざわざ姿を怪物に変えておいてからこんな条件を出すとは、無茶振りにもほどがあるよな …改めて自分が演じる立場で考えると。

外見がバケモノの時点で、人間とまともなコミュニケーションができる可能性すらほとんどない。

初期設定の時点でほとんど詰んでるじゃねぇか、何というクソゲー。 いや、これこそが人生か…


496: 1 2012/05/10(木) 23:38:54.69 ID:GyduSnjN0
この魔女は、最初から野獣を人間に戻すつもりがなかったとしか思えない。最初から呪いを解除不能にするのではなく、クリア不可能な条件を課したのは、より苦しめ絶望させるためではないか。

…どんだけ恨みを買ってんだよ。いったい、魔女に何をしたんだ元王子(現野獣)

八幡「…そういや、魔女役は誰なんだ?」

材木座「んむ? 特別出演で平塚先生が演じるらしいぞ」

八幡「…ああ、なるほど」


わかった。多分、年齢の話題でも出したんだなきっと…

497: 1 2012/05/11(金) 00:58:30.75 ID:nASBglmm0
八幡「…なんか、頭痛がしてきたぜ」

台本を閉じる。演じる立場で改めてストーリーを読み返すと、いろいろ余計なことを考えてしまう。

野獣の絶望感への共感と、ご都合主義な展開を嗤う気持ちと、その反対の憧れの気持ちと。


…もし、醜い姿のままでも愛してくれるひとが現れたなら。変わることができるのだろうか?

…アホらしい。これはおとぎ話だっての


498: 1 2012/05/11(金) 01:12:22.16 ID:nASBglmm0
材木座「ふむ、温くなる前に、我の持ってきたコーヒーをのむがよい」

八幡「おお、そうだった。たまには気が利く…ぶふぅ?!」

勧められるままに珈琲を口に含んだ次の瞬間、吐き出す。


八幡「…げほげほ! なんじゃこりゃあ?!」

明らかに異常な味がした。そしてここのところ、コーヒーを吹き出しすぎである。

材木座「ふはははは、お気に召さなかったか…八幡、もしかして珈琲にはタバスコ入れない派?」

テーブル備え付けのタバスコを片手にゲラゲラ笑う材木座。

八幡「てめぇ、なんかごそごそしてると思ったら! どこの国のコーヒーにタバスコがはいってるんだよ! もうマジで殺す!!」

珈琲に練乳が入っている県なら日本の関東地方にあるが。いったい、どういう状況でそんな発想に至ったのだろう。


材木座は攻撃を読んでいたらしくゲラゲラ笑いながら八幡の手をすり抜けて脱出した。ドリンクバーの向こうで、ちらちらこちらを伺っている。

いちいち追いかけるのもめんどくせぇ…ウザいという点に関しては、他の追随をゆるさないキャラである。

499: 1 2012/05/11(金) 01:18:08.20 ID:nASBglmm0
もはや、無視することにした。材木座の荷物も、席から放り出す。

やり過ぎたとわかったのか卑屈にもみ手をしながら戻ってこようとする材木座を目で威嚇する。

そうしていると、入り口から声が聞こえてきた。


店員「申し訳ありません、席が埋まっておりまして…」

??「えー。なんとかならない? ほら、あそこの席空いてるじゃない」

507: 1 2012/05/14(月) 01:38:18.77 ID:O2KXZSNM0
顔を向けると、近隣の高校の制服をきた女子高生の3人組が入り口で店員と話している。

先ほどの声の主が指差しているのは…オイ、このテーブルだよ。なんか、近づいてきた。


??「あの、すいません。ちょっとよろしいですか?」ニコ

508: 1 2012/05/14(月) 01:59:21.67 ID:O2KXZSNM0
目の前に立っている、同年代の女生徒に話しかけられる。結構、可愛い顔立ちだが面識は…多分、ない。

八幡「…ん、えーと、俺?」

以前は、女子に話しかけられることなど皆無であったため、思わず左右を見て確認してしまう。


女生徒A「はい、そうです、その制服、総武高のですよね? カッコイイ! …実はあたしたち、3人でご飯を食べに来たんだけど席が埋まってて… よかったら、相席お願いできませんか?」

手を合わせらてたのまれる。 …まいったな。頭を掻きながら溜息。


八幡「…あー、いや、悪いんだけどさ」

待ち合わせしてるから…と続けようとしたところで


??「そうだよ、山下さん… ほかの店にいくか、おとなしく待ちましょう?」

その声の方向に視線を向け、動きが止まった。



…放課後、二人きりの教室。傾いた日差し。今でも思い出すあの声。

『友達じゃダメかなぁ?』


512: 1 2012/05/15(火) 01:37:50.80 ID:Oy6iBnu50
目が合った。数秒の沈黙。彼女の表情の変化を見た。 見覚えがある、誰だっけ…? という疑問の表情。思い至った理解の表情。驚愕。ひきつった顔は嫌悪と恐怖からか。それを作り笑いで覆い隠そうとする努力。

見てしまった。見たくなかった。できれば。


「あ…ひさしぶり…だね。こんなところで会うなんて偶然…」

目を微妙にそらしながら彼女が言う。


八幡「……ああ、そうだな」

再会の味はとってもビター。


山下「ん、なになに? かおり、この人と知り合いだったの?」

かおり「あ…うん…中学の、同級生…」

513: 1 2012/05/15(火) 01:47:00.38 ID:Oy6iBnu50
山下「へぇ、ホントにすごい偶然だね! ねぇねぇ、せっかくだから紹介してよ! あ、私、この娘の高校の同級生で、山下っていいます。あっちは島村です」ニコニコ

しまった、断るタイミングを逸した。いつのまにかテーブルが占拠されている。山下さんは、さっきの表情やかおりの微妙な態度には気付いていないようだ。


かおり「…あ、うん。ええと…」




524: 1 2012/05/21(月) 01:21:51.51 ID://QDl7NSO
山下「あ、なんか、その反応は怪しいな。ひょっとして元カレとか?」

困惑するかおりをからかう山下をみて、助け舟をだす。

八幡「…まあ、そんなに会話とかもなかったし、名前も覚えてないんじゃないかな。俺は中学の頃から影が薄かったから」

いやホント、あの後は徹底的に避けられてたしね。

かおり「…あ、うん。実はそうなの。…ゴメンね?」

上目遣いの視線で、こちらをチラッとみながら謝ってくる。先程の反応を見れば、忘れたというのは明らかに嘘だろうが…

525: 1 2012/05/21(月) 01:28:15.27 ID://QDl7NSO
八幡「別にいいよ。お互い様だ」

軽く肩を竦めて笑ってみせた。口調も態度も、不自然にはなっていない…はずだ。

島村「へぇ、そうなんですか。なんかもったいないなぁ…」

どうやら、他所へ行ってくれるつもりはないらしい。

526: 1 2012/05/21(月) 01:38:23.72 ID://QDl7NSO
そのとき、かおりの携帯電話が着メロを鳴らす。

かおり「あ、ちょっとゴメンね? むこうで、電話してくるね」

離れていくかおりの表情には、安堵の色があった。

八幡「………」

山下「…あれ、きっと彼氏からですね」

山下が、声を低くして囁いてきた。

八幡「…へぇ、彼氏ができたんだ」

大丈夫、動揺はしていない。声も震えてない。

山下「ええ、中学の頃からの付き合いらしいですよ?」

527: 1 2012/05/21(月) 01:54:26.90 ID://QDl7NSO
八幡「そうか、全然知らなかった」

山下「バスケ部のエ-スと付き合ってたんだけど周囲には隠してたんですって」

初対面の男によくしゃべるなコイツ…

島村「なんか、隠してたら、クラスのキモい男子に付きまとわれて困ったとか言ってたよね」クスクス

八幡「………ああ、なるほど」

山下「ああ、あの○○中の伝説の? ナルヶ谷くんだっけ。すごいよね、○○中の子から、未だに笑いのネタにされてるし(笑)
お兄さんも知ってます?」

八幡「…ああ、ナルヶ谷ね。よく知ってる。直接の知り合いじゃないけど(笑)」

なにせ本人だからな。

528: 1 2012/05/21(月) 02:06:31.62 ID://QDl7NSO
材木座「モフンモフン!! やあ、ブラザー。そこの女の子たちはおぬしの友達かな? よかったら我にも紹介してもらえまいか」

いつの間にか、背後に材木座が忍びよっていた。

山下と島村が、奇異なものをみる視線を向ける。

島村「…あの、お友達ですか?」

材木座「左様、我はこやつの親友の…」

八幡「いや、違います」

材木座「はちまぁぁん?!」

……鬱陶しい。

八幡「…まぁ、顔見知りかな」

529: 1 2012/05/21(月) 02:22:45.32 ID://QDl7NSO
八幡「…材木座、話がややこしくなるから、ちょっとあっち行ってろ」

材木座「ブヒ… わかった」

女の子たちの冷たい視線に怯んだのか、素直に引き下がる背中に哀愁が漂う。

山下「八幡さんっていうんだ、珍しい苗字ですね」

材木座が去ると、今の一幕が何もなかったかのように再び話かけてきた。

八幡「…まぁな」

島村「なんだか、ク-ルな感じですね。頭よさそう-」

なんか、胃のあたりがムカムカする。さっきのタバスココ-ヒ-のせいだろう。

530: 1 2012/05/21(月) 02:31:46.82 ID://QDl7NSO
二人が話かけてくるのを、適当に相槌を打って聞き流している。ぼうっとして、何を言われているのかよくわからない。早くどっか行ってくれねぇかな…

島村「…やっぱり、友達って選ぶべきですよね。ランク低い人と付き合ってると、自分までそういう目で見られちゃうし」

山下「そうだよね-、そういうのは、自覚して話しかけるの自重してほしいよね(笑)」


……こいつら

539: 1 2012/05/24(木) 00:08:40.14 ID:qUSxtuqA0
誰かを貶めて笑いを共有し、距離を縮める…よくある話だ。八幡にも覚えがあった。

もっとも、もっぱらネタにされる側としてだが。

山下と島村は、親しげに話しかけてくる。以前なら考えられない事態。別に、記憶喪失中の自分を見ていたわけでもあるまいに。

やはり今の自分はアレ以降、すこし雰囲気が変わっているらしい。だが、正直…


山下「えーと、すいません。ちょっとあつかましかった、かな?」

島村「…もしかして、気分を悪くされました?」


八幡「いや、べつに。興味深く聞いてるよ」


とりあえず、我慢強く微笑んで見せた。

気分が悪いのは確かだが、たぶん、変なモノを飲まされたせいだろう。

で、なんの話だっけ?

540: 1 2012/05/24(木) 00:18:17.46 ID:qUSxtuqA0
かおりは戻ってこない。山下と島村はどこかへ行ってくれそうもない。

…仕方がない。これ以上は、どうやらムリだ。


八幡「…ところで、ちょっと言いそびれてたんだけどさ。これから、待ち合わせなんだ。

   …この席は使っていいよ。俺は、ここで失礼させてもらうから。せっかく知り合えたのに悪いね」


返事をきかずに伝票をもって立ち上がった。店内に視線を走らせると、ドリンクバーの付近で半べそをかいている材木座と視線が合った。

無言で出口のほうを示すジェスチャー。材木座の顔が輝く。 …ああウザい。

544: 1 2012/05/24(木) 00:49:23.04 ID:qUSxtuqA0
後ろから、せっかくだからメアドの交換をーとか聞こえてくるが

八幡「…いや、遠慮しとく。たぶん、もう会わないだろうしね。短い時間だったけど、話せて楽しかったよ」

とりあえず、笑顔で振り返って じゃあね、と別れを告げた。材木座が荷物をあわただしくつかんで駆け寄ってくる。

視界の隅でそれを確認し、レジのほうへ歩いていく。


???「お、マジでナルヶ谷じゃん!! すげー、ひさしぶりーw」

そんな、男の声を聞いて、足が止まった。

545: 1 2012/05/24(木) 01:05:41.70 ID:qUSxtuqA0
急に立ち止まった八幡の背中にぶつかり、材木座が転んだようだ。荷物をぶちまける音がした。


みると入り口から、制服姿の男子が数人、入ってくるところだった。かおりたちと同じ、この近隣の学校の制服だ。

いくつかの顔には見覚えがあった。先ほどの発言をした男子生徒は、色黒で少しチャラチャラしたイケメンだ。名前は思い出せない。

イラつくリア充オーラ。顔立ちは整っていたが、葉山隼人のような爽やかさを欠いているように思えた。

いつのまにか、かおりがそいつのすぐ隣にいた。ベタベタした距離感。表情には安堵が浮かんでいる。するとこいつがそうか、例のバスケ部の彼とやらか。


八幡「……久しぶり、かな。悪い、誰だっけ。名前が…や、同じ中学だった気はすんだけどさ」

546: 1 2012/05/24(木) 01:21:49.90 ID:qUSxtuqA0
八幡が正直にそういうと、その集団がなぜか爆笑した。

???「俺だよ、おれ、おれー」ゲラゲラ

八幡「オレオレなんて奴はしらねーよ。振込はお断りだぜ?」

肩を竦め、材木座のほうを振り返る。

八幡「まだか? さっさといくぞ」

材木座「ぶひ、まって、もうすこし」

一度飛び出たDVDが、袋に入りきらなくて四苦八苦していた。

547: 1 2012/05/24(木) 01:33:18.12 ID:qUSxtuqA0
??「伊勢原だよ、いーせーはーら。思い出した?」

八幡「…ああ、なんか、うん。いたような気はする。…ひさしぶり?」

バスケ部とかにいたかも。そういえば。もちろん、会話とかした覚えはない。

とりあえず、足元に落ちていた「美女と野獣」の台本を拾った。


八幡「で、伊勢原、悪いんだけどどいてくんね? 俺ら、移動すんだよ」

伊勢原「まぁまぁ、せっかくだからさ。最近、どうしてるのか教えてくれよ…
    
    お、『美女と野獣』? それ台本だよな。なっつかしー! もしかして演劇部とかやってんの?」

八幡「…ま、演劇部じゃないけどな。今度、やるんだよ。もういいだろ?」


548: 1 2012/05/24(木) 01:45:10.33 ID:qUSxtuqA0
いつのまにか、山下と島村もこちらにきていた。ねぇ、どういうこと? と事情を周囲にきいている。

八幡が伝説の正体ときいて、えー、うそー! みえなーい! などと驚き、盛り上がっていた。…特に感慨はない。


伊勢原「まぁ待ってくれよ、せっかくだから、この際、謝っときたいことがあってさぁ…」ニヤニヤ

八幡「…謝る?」


549: 1 2012/05/24(木) 01:56:14.51 ID:qUSxtuqA0
伊勢原「いや、ゴメンな? 中学のときのほら、その劇でさ。なんか、舞台装置が壊れてたことがあったろ? アレ実は、俺たちだったんだわwww」

八幡「……は?」

何この展開。


伊勢原「いやー、その前の日さ、誰もいないときに、隠れて二人で会ってたとき、うっかりさw」

いまさら前篇の伏線回収とか。何言ってんのかわかんねぇ。つーか、二人で会って壊れるほどナニしてたんだよ。

壊れるほどに愛しても 3分の1も伝わらない。 


かおり「…そうだったの、ゴメンね?」テヘペロ

伊勢原「でさ、なぜか比企谷くんが壊したことになって、劇の前日一人で修理させられてたべ? ばれると困るし、打ち上げからハブったりさぁ…」

八幡「………ああ、なるほど」

かおり「…ほんとにゴメンね、さすがに、ひどいとは思ってたんだよ? だからちょっと、さ…」

伊勢原「わりぃわりぃw 俺たち付き合ってるの隠してたしさ。あのあと、かおりがちょっと優しかっただろ? それで勘違いさせちゃったみたいでゴメンな?」

周りの連中までもが爆笑しながら、ひでー、そりゃねーわw だの囃し立てている。

550: 1 2012/05/24(木) 02:02:17.11 ID:qUSxtuqA0
伊勢原「や、でもさ、メールの微妙な反応とかの時点で気付くっしょ? フツーさww それでもあえて告白とかパないわーw さすが伝説」

ここでまた大爆笑。


伊勢原「でさ、俺もあの頃若かったもんでさぁ。ちょっとムカついて、その後の球技大会で、手をまわして試合からハブったりとかしてさ。なんか、ずいぶん練習してたって噂もきいたけどマジごめーん!」

まさかの伏線回収その2。謎はすべて解けた! 何もかも、つながっていたんだよ!!

555: 1 2012/05/25(金) 00:33:03.00 ID:JUa9PwEk0
八幡「……ま、過ぎたことだ。謝罪とやらはそれで終わりか? なら、行かせてもらうぜ」

軽く肩を竦め、淡々と言う。

伊勢原「どこいくの? まさか、彼女と待ち合わせとか?」ニヤニヤ ゲラゲラ

八幡「可愛い妹と、可愛いクラスメートとさ。あらかじめ言っとくが紹介は勘弁してくれよ」

心のキレイなあいつらに、汚いものをみせたくないんでな。



かおり「伊勢原くん、ちょっとあんまりじゃない?」

彼女なんて、いるわけないじゃない、とでも言いたげな口ぶり。周囲の笑いもそれに同調する。

伊勢原「わりぃわりぃ、モテない奴には目の毒だったな。あ、それとも、高校じゃもしかしてモテモテとか?」

これまでで最大の爆笑。んなわけねーだろ! とヤジが飛ぶ。


八幡「ああ、よく知ってるな。モテすぎて、最近困ってんだよこれが」

556: 1 2012/05/25(金) 01:09:09.18 ID:JUa9PwEk0
伊勢原「はぁ?! おいおい、ずいぶんと冗談が…」

八幡「おい、材木座?」

もはや伊勢原たちにかまわず、背後で相変わらず四苦八苦している材木座に声をかける。

材木座「ぐ、くぬ、もうちょっと…の、のぉう?!」

無理矢理に詰め込もうとして大参事。ふたたび、床にDVD(合計8枚)をばらまくことになった。先ほどより派手に。


八幡「何やってんだ…安いからって借り過ぎだっての」

がっくりと肩をおとし溜息をつく。


足元にとんできたアニメDVDを、女子たちが拾い上げ、叫んだ。

島村「やだ、なにこれ、気持ち悪い!!」



557: 1 2012/05/25(金) 01:20:53.23 ID:JUa9PwEk0
半裸の二次元女子のイラストをみれば、その反応もむべなるかなであるが…男子もそれをみて、再び爆笑で盛り上がる

伊勢原「うっわーw こりゃいてぇわwww こいつ、比企谷くんの友達? こういうの何てったっけ。目くそ鼻くそ?」

たぶん、類友とか言いたいんだろう。目くそ鼻くそだと、お前が目くそになるぞ。

八幡は、打ちひしがれ泣きそうになっている材木座を手伝い、無言で床に散らばったDVDを拾い集めた。嘲弄の視線や笑い声は無視する。


伊勢原「あ、モテモテってもしかして、二次元の世界でとか? それなら納得だわww にしても、友達は選ぼうぜ? 」

集めたものを材木座に渡し、伊勢原に視線をむける。す…と掌を顔の前にかざした。動作としてはただそれだけ。一言、静かに告げる


八幡「……笑うな」


不思議とその声はよく通った。笑い声が、す…と止んだ。なぜ、沈黙したのか、当人たちもよくわからず困惑した視線をかわす。


八幡「ひとの好きなものを、笑うなよ。いいだろ、人それぞれで」

559: 1 2012/05/25(金) 01:27:21.77 ID:JUa9PwEk0
呆気にとられた表情の伊勢原の手から、DVDをとる。材木座に渡した。

八幡「もう落とすなよ」

材木座「は、はぢばん…!」ズズッ

八幡「涙と鼻水を拭け」

材木座「すまぬ、すまぬ…お前にも全部コピーしてやるからな!」

八幡「いらん。やめろ。しね」

守ろう著作権。


560: 1 2012/05/25(金) 01:33:51.94 ID:JUa9PwEk0
伊勢原「は…なんだよ気持ち悪いな相変わらず!! どうせ、彼女なんていやしねぇんだろ。いるんなら見せてみろっての。総武高なんて行っても、しょせん…」

???「何をしているの? 比企谷くん」

562: 1 2012/05/25(金) 02:22:36.86 ID:JUa9PwEk0
八幡「…雪乃。なんでここに?」

雪乃「小町さんからメールがきたのよ。それで、急いで送ってもらったのだけれど…」

周囲の絶句など知らぬ顔で、可愛らしく小首をかしげる雪乃。制服ではなく私服だ。一度自宅に帰ったらしい。

顔見知りでなければ、芸能人と間違えたかもしれない。容姿というより、オーラからして違う。


八幡「あのお節介め…おい、ここまであのリムジンできたのかよ」

入り口の向こうに、見覚えのある車体がみえた。なんか脛が痛い。


雪乃「…たまたま、家族と一緒だったの」

八幡「お、おい…よかったのか? その…」

さらに目を凝らすと、見覚えのある美人と視線が合った。あちらも気づいたのか、にこやかに手を振っている。

八幡「………うあ」

頬が引きつるのを自覚した。陽乃さん…収拾がつかなくなるから降りてこないでくれよ? オイ(汗)

569: 1 2012/05/25(金) 22:42:20.58 ID:JUa9PwEk0
雪乃「…問題ないわ」

微笑んでみせる。だが返答までに、一瞬の間があった。雪ノ下家の歪な家族関係について、多少は八幡も知っている。

今、この場にいる代償に、雪乃は何かを犠牲にしたのではないか…そんな考えが脳裏をかすめる。

だが、口には出さない。雪ノ下雪乃は、そんなふうに気をまわされることを屈辱と感じる人格の持ち主だ。

八幡「…そっか。ま、何つーか、わざわざ来てくれてサンキューな」

ただ、その笑顔の貴さを胸に刻んだ。

雪乃「…ところで、これはどういう状況なのかしら」


リムジンが走り去る。先ほどまで下卑た笑い声をあげていた伊勢原たちグループは、呆然としている。


…何者? なんか、すげぇ車に送られてきたぞ… 
…すっげぇ可愛い…アイドルじゃね?
…お、おい、比企谷のやつ、普通に会話してるぞ


伊勢原とかおりは、混乱し愕然とした表情。

山下と島村は…顔面蒼白になって震えていた。


山下「…ゆ…雪ノ下…」

島村「雪乃?! うそ…なんで…」






571: 1 2012/05/25(金) 22:57:14.37 ID:JUa9PwEk0
雪乃「……あら、お久しぶりね、山下さん、それに島村さん」

八幡「あれ…知り合いか?」

雪乃「ええ、中学校の同級生なの」

晴れ晴れとした声。どうやら、旧知の仲だったらしい。 

…ただ、それにしては雰囲気が殺伐すぎる。どうみても親しく旧交を温める空気じゃない。

二人の様子は蛇に睨まれたカエルのようであり、雪乃は…

オイ、口元は笑ってるけど、あれ、屠殺場のブタを見る目だよ!! お前ら過去に何があったの…

前に雪乃が言ってた話からだいたいのいきさつは想像がつく。クラスの女子グループが目障りな美少女を排除しようとし、結果…

容赦なく、全力で返り討ちにされたのだろう。そりゃあ、一生モノのトラウマを刻み込むようなやり方で叩き潰したに違いない。

『悲鳴をあげろ ブタのような』 怖すぎる。

572: 1 2012/05/25(金) 23:10:51.48 ID:JUa9PwEk0
雪乃「…この人たちは比企谷くんの知り合い?」

伊勢原たちのほうを一瞥する。

八幡「…こっちは、俺の中学の同級生だよ。つっても、俺には温めるような旧交は最初からないけどな」

苦笑する。それに対して雪乃は簡潔な頷きを返した。

雪乃「……そう」

だいたいの経緯を把握したらしい。


八幡「昔のファンにたまたま再会して、根掘り葉掘り近況を聞かれてたトコだ。まったく、人気者はツラいよな」

573: 1 2012/05/25(金) 23:28:21.29 ID:JUa9PwEk0
自虐的なジョークに対して、数人が散発的な笑い声をあげる。しかし、先ほどの嵩にかかった勢いはない。

やはり、雪乃……突然目の前に現れた、八幡と親しげにしている超絶美少女……の存在に戸惑っているようだ。


伊勢原「ど、どーもー、こんばんは、おねえさん」

伊勢原が、イケメンに似合わぬどこか卑屈な笑み…雪乃の美貌とオーラに無意識に気圧されているのだろう…で話しかける。

…まぁその勇気は買ってもいいけどな。


雪乃「誰? …あなたのような弟を持った覚えはないのだけれど。気安く話しかけないでくれるかしら」

予想通りの瞬殺。先ほどの、山下たちに向けていたものと同質の視線だった。今度は口元の笑みもない。

575: 1 2012/05/25(金) 23:55:19.53 ID:JUa9PwEk0
伊勢原の顔が屈辱に引きつり、青ざめた。存外、打たれ弱い。女子からこのような扱いをうけたことはないのかもしれない。

かおり「わ、わたしたち、比企谷くんの昔の友達なんです。高校で、こんな素敵な知り合いができてたことに驚いちゃって… あの、比企谷くんとはどんな関係なんですか?」

かおりが引きつりながらもけなげにフォローした。友達ね…そういえば『友達じゃだめかなぁ』って言ってたよな。その後無視されてたけど。

周囲の連中も、雪乃に気圧されながらもこの質問の答えには興味しんしんらしい。固唾をのんで答えを待っている。


雪乃「………」

一瞬、八幡のほうをみて小首を傾げる。どう答えたものか思案しているようだが、相変わらずひとつひとつの動作が絵になる…

すぐには答えず、視線でス…と一同の面上を一撫でした。本能的に男子は赤面し、女子は怯む。


雪乃「そうね…恋人として、近い将来結ばれる予定だけれど?」

ちょ、オマ……!!

一同「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!!」」」」」

その大胆さに愕然とする八幡。聞いていた者たちの悲鳴じみた反応。



それらを余所に雪乃は八幡の持っていた脚本をさっと取り上げると、悪戯っぽくウインクしてみせた。

あ、恋人って…劇での話かよ!! ウソじゃないけどさぁ!!

577: 1 2012/05/26(土) 00:36:49.87 ID:ArT3GNeF0
八幡はウインクに苦笑いを返し、事態の収拾をはかることにした。

八幡「…まぁ、実際のところが知りたきゃ、今度、総武高の学園祭にきてくれ。余所の生徒や父兄にもオープンになってるから。講堂で、劇をやってるはずだ」

宣伝、宣伝。雪乃のほうを見ると、なぜか「むぅ」と少し唇を尖らせていた。どうやら反応が物足りなかったようだ。


???「…んだよ。……けやがって…ふざけやがって。ふざけやがって!!」

呪詛じみた声に、振り向く。

伊勢原「総武高の学園祭に来いだ? 調子にのってんじゃねぇぞナルヶ谷の分際で!!」

おい、今のやり取りでなんでキレる…?!

578: 1 2012/05/26(土) 00:51:09.41 ID:ArT3GNeF0
伊勢原「俺だってな、当日に風邪さえひいてなきゃ、あんなとこくらい余裕で合格できてたんだよ! 上から見てんじゃねぇよ!! くそ、親父もお前も、人を負け犬扱いしやがって」

………ああ、こいつ……総武高、受験して落ちてたのか。 そんで、いまさら俺を目の敵にしてたのか。

伊勢原「おいあんた! こいつの中学時代のことしらねぇんだろ?! 絶対だまされてるぜ!! すっげぇキモくて有名だったんだぜこいつ。あだ名がナルヶ谷とかいろいろあって…」

周囲の仲間にさえヒかれていることにも気付かない。

伊勢原「しってっか? こいつ昔、身の程もわきまえずにこのかおりに告白してフられてやがんだよw で、そのあとずっと無視されてんの。まぁ、俺が命令したんだけどな!」

かおり「伊勢原くん、やめて…!!」

かおりの制止も耳に入らないのか

伊勢原「クズは、どこまでいってもクズなんだよ。あんたも、こんなやつと付き合ってたらクズがうつ…」


雪乃「……黙りなさい」


山下・島村「「ひぃぃぃ?!!」」


586: 1 2012/05/26(土) 20:58:25.86 ID:AQx74whSO
一言で、伊勢原を黙らせた。その温度は氷点下。 さほど大声ではないが、含まれた殺気と視線だけでその場の全員を黙らせた。山下と島村は、呼吸まで止まっている…オイ大丈夫か?! 痙攣起こしかけてるみたいだけど…

ボスキャラ氷の女王 多分、ヒャド系のほかにザラキとかもつかう。この視線に遭遇したら、パーティー全滅を覚悟である。

いや、現実逃避してる場合じゃねぇ、止めないと!

587: 1 2012/05/26(土) 21:05:28.45 ID:AQx74whSO
八幡「雪…

雪乃「確かに比企谷くんはクズだけれど」

………オイ

雪乃「あなたみたいな人間が、彼を薄汚い性根で卑下することは赦さないわ…決して、ね」


………………………

588: 1 2012/05/26(土) 21:18:02.86 ID:AQx74whSO
顔を引き攣らせながら後ずさる伊勢原を無視して、かおりの方を向いた。

雪乃「……かおりさん、と言ったかしら」

かおり「ひ、は……はい!!?」

雪乃「……若気の至りで、中身の腐ったゴミを掴んだみたいね、ご愁傷様」

凄絶な冷笑とともに、あまりに辛辣な台詞。

伊勢原「……な?!」

かおり「ひ、ひどいです、いくらなんでも!!」

590: 1 2012/05/26(土) 21:45:39.54 ID:AQx74whSO
雪乃「ひどい? 先程までの自分たちの言動を棚にあげて? 先に人をクズ呼ばわりしたのはどちらなのかしら」

かおり「う…」

伊勢原「そ、そいつはマジでクズなんだぞ? 騙されてるのを教えてやろうと…」

雪乃「黙りなさい、と言ったのが聞こえなかったのかしら?」

591: 1 2012/05/26(土) 22:04:48.21 ID:AQx74whSO
雪乃……お前が、そんなに怒ってくれなくてもいいんだ。 こんな程度の悪意くらい、嘲笑くらい、なんてことはない。これまでずっと受けてきたもので、いまさら傷ついたりなんかしない。だから…

八幡はそう言おうとして、なぜか動けなかった。


雪乃「…彼が何者かを、あなたたちに教えてもらう必要はないわ。私は比企谷八幡を十分に知っているもの」

……雪、乃……

雪乃「孤独に生きてきたことも、周囲から孤立していたことも、多くの痛々しい失敗も、何ひとつ彼の価値をおとしめたりはしない。そんな過去、彼は最初から隠そうともしていないわ」


592: 1 2012/05/26(土) 22:26:12.84 ID:AQx74whSO
伊勢原「じゃ、じゃあそ、そいつのどこがそんなにいいんだよ」

雪乃「…彼は、愚かでも、痛々しくとも、自分の意思を持っている。孤独の痛みを知りながら、怖れず受け止めることができる。傷を受けても他人に転嫁せず、逆に他人のために平然と泥を被ることができる……彼はそんな人間よ」


…心の中で、何かが、長年、自分の周囲を覆っていた、のしかかり縛りつけ閉じこめていた何かが…


伊勢原「な、なんだよ、それ…ワケわかんねぇし」

嘲笑おうという意図は、自らの顔面の筋肉にも場の空気にも裏切られていた。

593: 1 2012/05/26(土) 22:46:13.57 ID:AQx74whSO
雪乃「ええ、あなたたちには理解できないでしょう。…集団でいなければ自分を保てない、自分を高めるより他人をこき下ろすことでしか自分の価値を認識できない、自分の失敗すら、正面から受け止めることができない、そんな人たちには、何ひとつ。…一応指摘しておくわね? 彼が総武高に合格してあなたが失敗したのは、あなたの努力と学力が彼に劣っていたからでしょう」

もはや言葉もなく、伊勢原は赤グロい顔で酸欠の金魚のように口をパクパクさせていた。周囲も静まりかえっている。

正論はときに暴力である。

594: 1 2012/05/26(土) 23:09:05.00 ID:AQx74whSO
まったく容赦がない。こういったところは、以前と変わりなかった。伊勢原を見る視線は、屠殺場のブタどころか、普段の材木座を見るそれである。オイ、材の字 普段からブタ以下かよ…

山下と島村は、トラウマがフラッシュバックしたのか隅のほうで、頭を抱えてひたすら「ゴメンなさい、ゴメンなさい」と繰り返している。都市伝説の黄色い救急車がいるんじゃないのかコレ…

まさに大虐殺。

595: 1 2012/05/26(土) 23:38:10.77 ID:AQx74whSO
雪乃「…あなたたちが理解できなくても、私は理解している…いえ、知っているわ。比企谷八幡という人間を、そのどうしようもない愚かさも含めて。そして、その上で…」

雪乃はそこで一度、言葉を切った。八幡の方を振り向き、微笑む。それはひどく眩しく…

八幡「…!!」

またずくん、と胸の奥が脈動する。

なんだ、この感覚…

はがれおちた心のカラの隙間から、ヒカリが差し込む。

602: 1 2012/05/27(日) 01:12:26.40 ID:PtDc9IhSO
目を閉じ、胸に手を重ねて、雪乃は…幸せそうにその言葉を紡いだ。


603: 1 2012/05/27(日) 01:13:05.56 ID:PtDc9IhSO
雪乃「私は彼の、そのすべてを…愛しいと思っているわ」

605: 1 2012/05/27(日) 01:26:51.59 ID:PtDc9IhSO
ばりん、という音を耳の奥で聞いたと思った。
何かが剥がれ落ち、急に世界が生まれ変わったような…いや、違う世界に一瞬前に転送されて生まれ変わったような奇妙な感覚に戸惑う。周囲の恐慌じみた反応も耳に入らないほどの衝撃。心臓の鼓動を感じる。胸に…暖かさが充ちる。それをもたらしたのは…


621: 1 2012/05/27(日) 23:14:20.23 ID:DDIIoXPi0
八幡は、雪乃の顔を見た。まるで、初めてそうするように。

ずっと迷い、求め続けてきた何かを、今ようやく見つけ出したかのように。

神に仕える修道士が、長年の求道の果てに信仰を見出し、跪くように。

その、慈愛に輝く笑顔を、みた。

622: 1 2012/05/27(日) 23:23:40.05 ID:DDIIoXPi0
数秒の放心から醒めると、伊勢原が何やら喚き散らしていた。すがりつくかおりを突き飛ばし、雪乃に殴りかかろうとしている。

雪乃は目を細めると重心を沈め、すかさず迎撃の体制に入っている。しかし、伊勢原の拳は彼女に届かない。

動作の途中で、八幡の右手が手首をつかんでいた。


八幡「………よせ」

血走った眼で睨みつけてくる伊勢原の視線を、静かに受け止めた。

623: 1 2012/05/27(日) 23:38:05.41 ID:DDIIoXPi0
伊勢原「…あああ!!」

右腕を掴まれたまま、左手で殴りかかってくる。バラバラな動作で放たれたパンチを、八幡は敢えてよけなかった。

べちっと音をたてて、右の頬にあたる。何の痛みもない。悲しいほどに軽いパンチだった。


八幡「……気はすんだか」

静かに見返しながら、言う。左の頬まで向けてやるつもりはない。

伊勢原はしばらく睨みつけていたが、やがて弱弱しく目を伏せると座り込み、ちくしょう、ちくしょう…と呻いている。

八幡はその様子をしばらく無言で見下ろしてから、右手を放した。


かおりが、上目使いでこちらの様子を気にしながら、伊勢原のそばに戻ってくる。

取り巻きたちは、少し距離をとって無言で気まずそうに視線を互いに交わしている。


材木座がいつの間にか立ち上がって八幡の隣に立ち。腕を組みながら「うむ、これにて一件落着。正義は勝つ」などと呟いていた。

…もうこいつ、どうしようかな。

624: 1 2012/05/27(日) 23:50:52.33 ID:DDIIoXPi0
店員「あの、申し訳ありません、ほかのお客様の迷惑になりますので…」

ここにきて初めての店側の介入。つか、これまで見てたのかよ。ふつう、もっと早くに止めないか常識的に考えて…

内心でツッコみながら頭を下げる。

さっさとレジをすませて外に出ようと入り口のほうをみると、見知った顔が揃っていた。


結衣「や…やっはろー」

少し引きつりながら挨拶する結衣、その隣に海老名。

小町と戸塚もいつの間にか到着しており、ハラハラした表情でこちらの様子を伺っていた。


八幡「…あー……よう」

なんとなく反応に困って、中途半端に手を挙げて挨拶を返す。

小町のやつ…結衣まで呼んでたのかよ。

625: 1 2012/05/28(月) 00:05:09.38 ID:COphpy900
店内に入ってきた4人(見た目美少女×4)を見て、さらに驚きの表情を浮かべる中学の同級生たち。

存在感的に完全にモブと化していたが、小町は、中の何人かと面識があるらしい。あ、ども…などと少し気まずげに会釈を交わしていた。


海老名「ゴメン、お邪魔だったかな? 妹さんからユイにメールがきたところにあたしも居合わせてて、ご一緒させてもらったんだけど」

八幡「…いや、それは問題ないけど。ただ、ちょっとご覧のとおりトラブルに見舞われてさ。場所を変えるトコなんだ」

海老名「…ふーーーん。なんだかいろいろ複雑な事情がありそうだね☆ たった今来たところだから細かいところはわかんないけど、比企谷くん、恰好よかったよ」

ニコニコ笑いながらいう海老名に、戸惑いながらいや…などとあいまいに返事をする。

たった今、ということは、さっきの雪乃の言葉は聞いていないのだろうか。

626: 1 2012/05/28(月) 00:29:47.08 ID:COphpy900
結衣のほうをみる。

結衣「ヒッキー…大丈夫?」

心配そうに、殴られた頬を撫でてくる。

苦笑しながら、心配ないと告げる。


戸塚と小町も、その言葉をきいて安心したのか笑顔で寄ってくる。

雪乃が、隣に並んで八幡の手を取った。

雪乃「…では、いきましょう」

微笑む雪乃の顔をみて…また一瞬、動きがとまってしまう。先ほどの感覚を思い出す。


雪乃「…比企谷くん?」

八幡「あ、ああ、なんでもない。じゃあ、いこうか」

627: 1 2012/05/28(月) 00:40:33.58 ID:COphpy900
「…比企谷くん!!」

何人もの美少女を引きつれて立ち去ろうとする八幡の背中に、誰かが声をかけた。

相変わらずうずくまったままの伊勢原でも、呆然と口を開けているその取り巻きの男子どもでもない。

山下と島村も放心していた。雪ノ下雪乃があんなことを言うなんて…と呟いている。

声をかけたのは、かおりだった。


かおり「比企谷くん…許してもらえるとは思わないけど、ごめんなさい!」

628: 1 2012/05/28(月) 00:50:13.90 ID:COphpy900
八幡「……かおりちゃん」

かおり「私たち…あなたに本当にひどいことを…」

八幡「…いいんだ」

もう、本当に終わったことだ。放課後の教室。返ってこないメール。どれももう、思い出すことはない。

優しい女の子は嫌いだった。夜中に見上げた月みたいに、どこまでもついてくるくせに手が届かない。

629: 1 2012/05/28(月) 01:01:32.79 ID:COphpy900
手を伸ばして、滑稽に飛び跳ねて。転んでは泣きわめき、地面に涙の水たまりを作ったこともあった。

だけどもう、夜空を見上げて手を伸ばすことはないだろう。見下ろした涙の水たまりの中に、あれほど

欲しがっていた月があった。掬い取れば、手の中に残った。自分はもう、自分だけのお月さまを手に入れた。

もうこれ以上、何もいらない。

631: 1 2012/05/28(月) 01:11:55.20 ID:COphpy900
…君の優しさに、一時の救いを感じたこともあった。たとえそれが、同情と罪悪感からくる偽りのものでも。恨みは何もない。

八幡「…たぶん、もう会うことはないと思う。元気でな」

かおりが、泣きそうな顔で頷いた。ほかの誰も、何も言わなかった。


そして、比企谷八幡はかつての同級生たちの前から去った。過去と訣別し、別れた道を行く。

剥がれおちたものをその場に残し、軽くなった足取りで。もう、振り返ることはないだろう。

632: 1 2012/05/28(月) 01:34:38.04 ID:COphpy900
別のファミレスで、友人たちと和気藹々と食事をした。兄妹二人きりのはずが、すっかり大げさになってしまった。

しかし、今は素直に楽しいと感じられる…

雪乃と結衣の間には、自分が知らないうちにある種の協定が結ばれていたらしい。表面上、普段通りの仲睦まじい様子だった。

いずれ、どんな会話があったのか知る機会もあるだろうか…


雪乃の顔を、先ほどからまともに見られない。そのくせ、気が付くとつい、雪乃のほうを見てしまう。

こちらに気付くと、微笑を返してくれる雪乃に、あいまいにおう、などと言いながら視線を外す。そんなことを何度か繰り返した。

…くそ、しっかりしろよ、俺!

内心で舌打ちをする。

633: 1 2012/05/28(月) 01:40:36.61 ID:COphpy900
食事が終わり、解散となった。

マンションまで独りで帰るという雪乃を、送っていくことにした。先ほどのこともある。

まさか、今更妙な真似はするまいと思うが、万が一ということもあるから、というと、雪乃は素直に、嬉しそうに頷いた。


しばし、互いに無言で夜道を歩く。気まずさは感じなかった。手は繋がっている。心も、きっと繋がっていると感じていた。

話しかけたのは、八幡が先だった。


八幡「…なぁ」

雪乃「…何かしら?」

634: 1 2012/05/28(月) 01:51:56.37 ID:COphpy900
八幡「その、さ…さっき、嬉しかったけど。危ないから、男をあんまり挑発すんなよ。俺なんかのために、お前を危険な目にあわせたくない」

雪乃「…約束はできないわね。比企谷くんに対してまた、同じようなことを言われたら、また同様のことを言うと思うわ」

八幡「…お前な」

雪乃「…それに、そのおかげで今こうして一緒に歩けるのだもの。悪いことばかりではないわ」


……………………ああ、ほんとうに…………このひとは…………


八幡「…また、友達なくしちゃうぞ。最近、親しみやすくなってきたって評判もあるのに」

雪乃「………あなたと同じ道を歩けるなら、孤独も孤立も望むところよ」

くすくすと笑う雪乃の顔をみた。

635: 1 2012/05/28(月) 01:55:23.25 ID:COphpy900
先ほどの感覚が、また胸によみがえる。ぽっかりと白くなった頭に、不意に、その言葉が浮かんできた。

「ああ…俺は…

636: 1 2012/05/28(月) 01:57:06.52 ID:COphpy900
雪乃「…比企谷くん? どうしたの、あなた…」


 …このひとのことが


雪乃「…なぜ、泣いているの?」

 
     …このひとのことが、すきだ」

637: 1 2012/05/28(月) 02:01:02.48 ID:COphpy900
八幡「……え?」

雪乃にいわれて、自分の頬に手をやった。確かに、濡れている。

八幡「な、なんだこれ」

気づけば、八幡は泣いていた。両目から、次々に涙があふれ出てくる。

悲しいわけでも、痛いわけでもないのに。なぜ自分は泣いているのか。

638: 1 2012/05/28(月) 02:08:52.55 ID:COphpy900
八幡「あれ、くそ、なんでだ? 何ともないのに…何でもないのに…」

ごしごしとこする。戸惑いをよそに、涙は止まらない。

雪乃「…比企谷くん、大丈夫?」

八幡「ああ…本当に、何でもないんだよ。くそ、みっともないな…!」

雪乃「…みっともなくなんてないわ。それに、私もこの前、あなたに泣き顔を見られたもの。これで、おあいこね」

雪乃が優しく微笑む。

ああ…くそ…俺は…俺は本当に…

639: 1 2012/05/28(月) 02:18:45.65 ID:COphpy900
マンションの前についた。自分では落ち着いているつもりだが、涙はまだ止まらない。

心配して、上がって休んでいかないかという雪乃の誘いを、八幡は固辞した。理由は色々ある。

少し残念そうに「そう」という雪乃は、本当に純粋に心配して言ってくれたのだろう。

八幡は、最後にこれだけは言っておこうと思った。


八幡「雪乃」

雪乃「…なに?比企谷くん」

八幡「俺は…俺は本当に…」

雪乃「…………」

八幡「俺は、本当にお前に出会えて…お前に出会えて、よかった…!」


640: 1 2012/05/28(月) 02:23:23.33 ID:COphpy900
雪乃は、一瞬、驚いたように目を見開く。だが、すぐに微笑むと、こう言った。

雪乃「……ええ、私も…私も、そう思っているわ」


泣き笑いで じゃあ、また明日。おやすみなさい。と別れの挨拶を交わし…八幡は、走り去った。

この顔では、人前に出られない。どこかで、気を落ち着かせよう。

641: 1 2012/05/28(月) 02:33:46.63 ID:COphpy900
どこかの公園にでた。水飲み場で顔を洗う。

芝生に横になった。人は誰もいない。虫の声だけがどこかから聞こえてくる。

空の星が、よく見えた。


 …もし、醜い姿のままでも愛してくれるひとが現れたなら。変わることができるのだろうか?


先ほど、劇の台本を読んでいた時に脳裏をよぎった疑問。


 「私は彼の、そのすべてを…愛しいと思っているわ」


今の自分には、野獣の気持ちが分かる。

かつてのように、絶望からではなく。痛みからではなく。八幡は喜びと幸福に咽び泣いた。

明るい月が、優しく照らしていた。
 

658: 1 2012/05/30(水) 00:10:07.17 ID:/vXnT+1q0
…八幡は知らない。同時刻に、自分を想って失恋の痛みに泣く少女がいたことを。

八幡は知らない。自分を照らす同じ月にむなしく手を伸ばし、溜息をついていた少年のことを。

659: 1 2012/05/30(水) 00:13:48.59 ID:/vXnT+1q0
少女は、呟いた。

「…本当は、いつかこうなるんじゃないか…って、思ってはいたんだ」

少年は、思った。

「…実際、こうなるだろう、と予測はしていた」


「でも」

「だけど」

661: 1 2012/05/30(水) 00:24:48.93 ID:/vXnT+1q0
数日後、キャストもすべて決定し、劇の練習が始まっていた。

葉山隼人やそのグループである戸部、大和、大岡らも敵役とその取り巻きの役柄で参加している。

三浦優美子は、「自分に合う役がない」と役不足を理由に不参加。雪乃がヒロインで自分が端役というのはプライドが許さないらしい。どこの大物女優だ…

とはいえ、葉山隼人を目当てにしばしば練習には顔をだし、時折雪乃と遭遇して険悪な空気をつくっている。


662: 1 2012/05/30(水) 00:29:16.77 ID:/vXnT+1q0
また、見習いとして1年生の女子が4人、新たに参加していた。先日の球技大会のあと、奉仕部への入部希望をしていた生徒たちである。

演劇にも興味があるとのことで、雪乃の判断により、今回の劇にもそれぞれ端役ではあるが出演を許可してもらった。

664: 1 2012/05/30(水) 20:53:03.47 ID:2YIhnz4SO
講堂で、それぞれパ-トごとに別れて練習している。今は、八幡は雪乃と合わせていた。

雪乃「ウフフ…」

八幡「アハハ…」

爽やかな笑顔が交差する。

665: 1 2012/05/30(水) 20:59:18.80 ID:2YIhnz4SO
雪乃「このくらいの台詞も覚えきれないなんて、比企谷くんは、本当にクズね」

かがやくような笑顔のままで、雪乃が心をえぐる台詞を吐いた。


八幡「ははは、雪乃はきついなぁ…… って、お前、いくらなんでもガチ過ぎねぇ?あと俺に厳しすぎねぇ?そろそろ本気で泣きそうなんですけど」

八幡の笑顔はよくみると引き攣っていた。

666: 1 2012/05/30(水) 21:17:04.87 ID:2YIhnz4SO
この間のはなんだったんだ…と思わずぼやく八幡に、雪乃はすまして答えた。

雪乃「あら、私は虚言を弄したつもりはないわ。そんなどうしようもなく愚かな比企谷くんを、私は愛しく思っているわよ? それをこうして調き…指導する愉しみも込みでね」クスクス


八幡「…最悪すぎる!! お前それといま、調教って言いかけたろ?!」

俺は犬か!!と憤慨する八幡。

雪乃「気のせいよ、比企谷犬」

八幡「オイいま、くんじゃなかったろ。犬つったろ絶対?!」

なんだよ比企谷犬って。どんな犬だよ。

多分、目が死んでて、しかも絶対人に懐かない。需要あるかそれ?

667: 1 2012/05/30(水) 21:47:35.30 ID:/vXnT+1q0
雪乃「噛んだだけよ」シレッ

八幡「犬だけに…ってやかましいわ!」

雪乃「………うざ」

氷点下の眼差し。もしドMなら絶頂に達するところだ。


八幡「ひでぇ!!…いや確かに自分でもやっちゃったとは思ったけどな。てかさっきから絶対わざとだろ。わざとだよな? 

   ちくしょう、あの夜の俺の涙をかえせ!!」

これじゃ、ぜんぜん今までどおりじゃないかよぅ……


雪乃「…それはムリね。ごめんなさい、本当のことを言うわね? 比企谷くん…」

八幡「…お、おう」

急にしおらしい態度になった雪乃にドギマギする。


668: 1 2012/05/30(水) 21:52:28.91 ID:/vXnT+1q0
雪乃「実は、この間の比企谷くんの涙にときめいたから、また、泣いてるところが見たくて…」ゾクゾク

八幡「」

いややめて、その恍惚とした表情…まさかの性癖開花だよ。

開いちゃいけない扉を開いちゃった!!

669: 1 2012/05/30(水) 22:05:29.86 ID:/vXnT+1q0
雪乃「…大丈夫よ」

八幡「…えーと、何が?」

雪乃「泣かせてしまったら、そのあとは優しくしてあげる…」ニコ

八幡「…ぐはぁ!!」

 や、やべぇ。言ってる内容はどうかと思うが、この笑顔は問答無用で破壊力が高すぎる。

このままじゃ、こっちまで変な性癖に目覚めてしまう。

670: 1 2012/05/31(木) 08:15:35.60 ID:HJim/GgSO
雪乃「調…教育の基本は飴と鞭ですものね」

八幡「なんかもう、取り繕うことすらほぼ放棄してんな…いいけどさ。飴って何だよ」

671: 1 2012/05/31(木) 08:39:19.81 ID:HJim/GgSO
雪乃「そうね…頭を撫でてあげましょうか? それとも、骨がいい?」


八幡「だから犬かっての!! そもそも、お前 犬は苦手じゃなかったのか?」

672: 1 2012/05/31(木) 13:08:28.03 ID:HJim/GgSO
雪乃「…そうね。でも、苦手なものを放置しておくのも気にいらないの。だからまず、比企谷くんから始めようと思って」


八幡「前後のつながりがさっぱりわからないよ!

…ふん、まぁ、言ってろよ。可愛らしい犬と見えて実はオオカミだから。そのうち噛み付いてやるからな」

雪乃「オオカミ? それはないわね。せいぜい、狐といったところかしら。あと可愛らしくもないし」


ガルルと歯を剥いて威嚇する八幡を軽くいなす雪乃。



674: 1 2012/05/31(木) 19:37:18.92 ID:+L5m55we0
八幡「ふっ、男はみんな孤独なオオカミなんだよ。まぁキツネも嫌いじゃないけどな」

雪乃「オオカミは、実際は孤独ではなく群れで狩りをする社会性をもった動物なのだけれどね。ああ、比企谷くんが孤独なのは認めるわよ?」ニコ

八幡「…人のことが言えるか! もういいよキツネで。いつかエキノコックスをうつしてやる…」

雪乃「……エキノコックス対策のために、年間1万頭以上のキタキツネが駆除されているらしいわね」

八幡「…ごめん、俺が悪かった。謝るから、ひとのことをそのハンターの目で見るのをやめてくださいユキペディアさん…」

八幡が後ずさる。三つ星ハンタークラスの威圧感。絶対ヤバい念能力もってる。性格的に理屈屋でマイペースな操作系とみた。

679: 1 2012/05/31(木) 21:10:36.73 ID:1g0974Vi0
雪乃「安心して、比企谷くん…」ニコ

八幡「…えーと、何が? ってさっきもやったなこんなやり取り…」アセ

雪乃「イギリスなどでは、キツネ狩りは貴族の嗜みであり、最高のステイタスとされているわ」

八幡「この流れでそれを聞いてどう安心しろってんだよ! ここ日本だし。それにそのイギリスでも何年か前に法律で禁じられたはずだろ」

雪乃「…雪ノ下家は伝統を尊ぶ家系なの」

八幡「や、野蛮さの否定こそ文明の進歩だと思うぜ? だからその目をやめろ」

雪乃「害獣を駆除することなしに、人類の文明の進歩がありえたかしら?」

八幡「『ごんぎつね』って悲しい話だと思わないか?」

雪乃「そうね、人と獣は、しょせん理解することはできないのね…悲しいことに」

八幡「おい、お前いま、『美女と野獣』のヒロインが絶対言っちゃいけないことを言ったぞ…」

雪乃「…そうだったかしら?」

687: 1 2012/06/01(金) 07:00:50.59 ID:MsBI/So20
軽口を叩き合い…傍目には息のあった掛け合いをしながら練習する二人に、周囲の人間はそれぞれさまざまな感情の籠もった視線を向けている。

雪乃はすでに、台詞も全て完璧暗記しており、指導を受ける側ではなく行う側に回っていた。

容赦のないスパルタ指導で、ごんぎつね…というよりゴンさん(使用後)のように消耗しつくしてへたり込んでいる八幡に、雪乃がようやく労いの言葉をかけた。

雪乃「お疲れ様。ずいぶんと良くなったと思うわ」ニコ

688: 1 2012/06/01(金) 12:21:55.44 ID:Gso6dsJSO
八幡「…おお」

雪乃「…また目が腐ってるわ。最近はもう、普通にしてたら美男子で通るのに。…そんなに辛かった?」

雪乃が心配そうに聞いてくる。少しやり過ぎたかと思ったらしい。

八幡「ふ…野獣の役作りしてんだよ。気にすんな。
…なぁ、それより聞いていいか?」

雪乃「…何かしら?」

隣に座ってくる雪乃に、八幡が問うた。

八幡「…今回の依頼、いつになくやる気に見えるんだが、何か理由があるのか?」

689: 1 2012/06/01(金) 20:44:39.36 ID:Gso6dsJSO
雪乃「……そうね、確かにそうかもしれない」

八幡「…演劇部に思い入れがある、ってわけじゃないよな」

雪乃「ええ。きっと私にとって意味があるのは、あなた達と今、ここにこうして一つの目標に邁進しているということ…

自分でも意外なのだけれど、私は初めて…こうした活動を「楽しい」と感じているのかもしれない」

八幡「…雪乃」

690: 1 2012/06/01(金) 20:53:07.11 ID:Gso6dsJSO
八幡が目を見開く。

雪乃「…自分のプライドや、何かを証明するためではなく…ただ純粋に、いい舞台に仕上げて、あなた達と成功の喜びを分かち合いたいの」ニコ

八幡「ふ…ははは…」

驚きがおさまると、自分でも何故かわからないが、笑いが込み上げてきた。


雪乃「…何よ、そんなにおかしい?」

雪乃が少し口を尖らせ、拗ねたような目で見てくる。


八幡「…や、悪い悪い。そうじゃないんだ」クスクス

697: 1 2012/06/05(火) 00:20:46.77 ID:MF37pz2i0
かつての雪乃からは、絶対出てこないであろう台詞。少し前の自分であれば、欺瞞と断じ唾棄したであろう言葉。

それを…八幡はいま、ひどく爽快な気分で聞いた。雪乃の内面の変化は、自分自身の写し鏡でもあった。

人は…変わってゆく。

698: 1 2012/06/05(火) 00:54:04.35 ID:MF37pz2i0
いまの自分を、八幡は肯定する。同時に、過去の孤独な自分を、八幡は肯定する。

自分と雪乃は、互いの孤独ゆえに互いを理解した。反発し合い、惹かれあった。

その過程のすべてを、八幡は肯定する。


699: 1 2012/06/05(火) 01:01:34.24 ID:MF37pz2i0
いつかまた、雪乃とも道は分かたれ、再び孤独に陥ることがあるかもしれない。それはそれでいい。

いま、ここにこうして…同じ方向を見て、隣同士を歩いていることに感謝しよう。自分も…全力を尽くそう。


八幡「…雪乃」

雪乃「…なに?」

700: 1 2012/06/05(火) 01:07:32.23 ID:MF37pz2i0
八幡「いい舞台にしよう。俺も、やる気が湧いてきた」

雪乃「…ひ、比企谷くんらしからぬ台詞と表情ね」

綺麗な眼差しで、穏やかに微笑む八幡から赤面しつつ目をそらす雪乃。


八幡「…お前な、らしくないのはお互い様だろ。いいこと言ってるんだから素直に褒めろよ」

その様子に八幡は苦笑する。

701: 1 2012/06/05(火) 01:13:26.73 ID:MF37pz2i0
雪乃「…そうね。ありがとう」ニコ

八幡「礼はいいさ。俺も自分の意志でそうしたいと思ったんだ」

雪乃「…ええ、じゃあ言い直すわ。一緒に、頑張りましょう」

八幡「…ああ、よろしくな」

互いに、照れを含んだ笑みを交わし合う。


雪乃「では、手始めに、今の場面をあと100回やりましょうか」

八幡「…ひ、ひゃく?! さすがにそれは多くね?!!」

702: 1 2012/06/05(火) 01:23:23.51 ID:MF37pz2i0
八幡の顔が引きつる

雪乃「ダメよ。男なら自分の言葉に責任を持ちなさい」

対して、雪乃は上機嫌だった。

八幡「…わかった、やるよ! 6ページめからな?」

八幡が立ち上がる。

雪乃「もちろん、台本は見ないでね? 間違えたら回数がその分追加されるわよ」

八幡「…鬼」ボソ

雪乃「…よく聞こえなかったのだけれど、120回にしてほしいって言ったのかしら?」

八幡「…いえ、何も。すいませんでした部長!」

705: 1 2012/06/07(木) 21:48:44.54 ID:F0DTjgFC0
そんな八幡達の様子を見つめる不穏な視線

???「おのれうらぎりものめ・・・ぜったいにゆるさない・・・」

707: 1 2012/06/07(木) 22:17:12.33 ID:F0DTjgFC0
戸塚「…えと、何やってるの? 材木座くん」

戸塚彩加が目をぱちくりさせながら声をかける。その先では、材木座義輝が珍妙なポーズをとりつつ

八幡と雪乃の方を睨みつけていた。

材木座「ふっ、しれたこと…漢の友情を捨て、女に走ったリア充の裏切り者を全力で呪っているのだ!!
    
    おのれ八幡…貴様と我とは互いに認め合った強敵と書いて「とも」と読む、ともにぼっちの道を歩むと誓った戦友であったはず! 
    
    女に魂を抜かれて腑抜けおって…今の貴様は見るに堪えん!! ていうかうらやましい! ねたましい! もげろ! ばくはつしろ!

    我にもその幸せを分け与えろ!!」


きょええええええ!!と奇声を上げ、掌から呪いの念を送る材木座。

708: 1 2012/06/07(木) 22:28:16.35 ID:F0DTjgFC0
戸塚「…えーっと」

戸塚は、困ったような笑顔でその奇行を見守っている。幸い、八幡たちにはこちらの様子は見えていないようだ。

あるいは、敢えて無視しているのだろうか。 …おそらくそうだろう。


川崎「…バカじゃないの」

川崎沙希がいつもの台詞とともに溜息を吐いた。彼女も、戸塚や材木座と同じく、お城の住人の役を充てられている。


「はいはい、やっかまないの材木座くん。主人公とヒロインがやる気を出しているのは、いいことじゃない。こちらも、がんばりましょう」

演劇部元部長の小田原が笑いながら声をかけた。

709: 1 2012/06/07(木) 22:43:10.26 ID:F0DTjgFC0
小田原「…キミには期待しているわよ? ここまで演技をみてきたけど、結構才能があると思うわ」

材木座「?!」

材木座が、その言葉をきいてびくっと振り向く。

材木座「…さ、才能? 我に演劇の才能があると申されるか?」

小田原「ええ、これはお世辞じゃなくて本心」

小田原が頷く。実のところ、材木座は今回集められた臨時の助っ人たちの中でも、舞台上では特異な存在感を放っていた。


美男美女が多い中、ずんぐりして一際冴えない容姿と奇行。八幡がそんな材木座を小田原たちに紹介したときは

八幡「…まぁ、枯れ木も山のにぎわいというし、本人がえらく乗り気なんで…」

と本人が聞けばますます噴飯モノの評価であったが、

710: 1 2012/06/07(木) 22:56:37.33 ID:F0DTjgFC0
オマケ扱いが実はかなりの拾い物だったな…と小田原は本当に思っていた。

よく響く大声、コミカルでユーモラスともいえる容姿、あつかましさと鬱陶しいほどの存在感…

それらは、舞台上では決してマイナスにばかり働く要素ではない。役者に不可欠の『個性』を材木座義輝は持っており、

また、八幡がいうように(方向性はともかく)モチベーションも高かった。劇の台本には付箋やト書きが日々増えていっている。


711: 1 2012/06/07(木) 23:09:47.45 ID:F0DTjgFC0
あとは、本番で開き直れるかどうかだ。こればかりは、実際見てみないとわからない…特に初心者であれば。練習では完璧でも、当日の舞台で頭が真っ白になる人間は少なくない。

小田原「だから、事前の練習が大事なの。積み重ねたリハーサルの回数が、本番で自分を支えてくれるわ。実力を出し切るために今、がんばりましょう?」

にこりと笑いながら温かく声をかけてくれる先輩に

材木座「は、ははーっ! しょ、精進つかまつりまするぅ!!」

背筋を伸ばし、感涙しながら敬礼を返す材木座。

723: 1 2012/06/14(木) 00:52:42.13 ID:XztGu5dX0
結衣「…………」

海老名「…大丈夫? 結衣」

ぼんやりとして溜息をついている結衣に、海老名が声をかける。

結衣「…あ、ご、ごめんね! 何ページだっけ?!」

あわててパラパラと台本をめくるが、練習にまったく集中できていないのは明白だった。


葉山「…すこし、休憩を入れようか」

葉山が苦笑しながらフォローを入れる。結衣はこの数日、ずっとこの調子だった。否、だんだんひどくなっている。

海老名には、その原因ははっきりとわかっていた。

724: 1 2012/06/14(木) 00:59:54.30 ID:XztGu5dX0
…数日前の、ファミレスでの雪乃の告白を、海老名も、また結衣も見ていたのだ。

あのとき、結衣は悟ったのだろう。自分は、勝てないと。比企谷八幡は、雪ノ下雪乃と結ばれるだろうと。

海老名には、結衣の今の気持ちがわかった。親友だから。これまで、相談を受けていたから。

そして、自分も実は同じだったから。

725: 1 2012/06/14(木) 01:12:51.91 ID:XztGu5dX0
葉山「飲み物でも買ってこようか。何がいい?」

葉山の言葉に、一同が歓声をあげる。

三浦「あ、あーしは炭酸系がいいな☆」キャピ

なぜか、練習場にきていた三浦が真っ先に手を挙げる。次いで、戸部や大岡、大和らがそれぞれ同伴を申し出た。

葉山は苦笑しつつ応じる。

葉山「…いや、全員で行くのも大袈裟だな。結衣、いっしょに来てくれないか?」




726: 1 2012/06/14(木) 01:17:50.19 ID:XztGu5dX0
結衣「ほえ、あたし?」

結衣が目をぱちくりさせる。

葉山「ああ、一人じゃさすがに持ちきれそうもないしさ」

気分転換に外の空気を吸いに行こう… 言外の意味を結衣も汲み取った。その好意に素直に甘えることにする。

結衣「…ん、そだね。じゃあ、一緒に行くよ」

何とか笑顔を浮かべ、立ち上がる。

727: 1 2012/06/14(木) 01:24:36.02 ID:XztGu5dX0
葉山「………つらいよな」

自販機まで歩いていく途中、隣の結衣に葉山が呟く。視線は前を向いたまま。

外は夕陽。窓の外から、野球部の打撃翌練習の音と掛け声が聞こえてくる。


結衣「…………うん」

少し間をあけて、結衣は頷きを返した。視線は、下を向いている。

728: 1 2012/06/14(木) 01:29:42.54 ID:XztGu5dX0
結衣「………隼人くんも?」

隼人「………ああ」


覚悟は、できているつもりだった。だが、それでも……

隼人「そう簡単には、割り切れない」

744: 1 2012/06/23(土) 01:01:30.70 ID:oiySYy9v0
結衣「……そんなにつらいんならさ、なんでわざわざ時間を割いて劇に協力してくれてるの?」

葉山「……そうだな」

沈みかけている夕日に、視線を向けた。

葉山「…きっと、ただの自己満足なんだろう。 ずっと、引きずっている後悔がひとつあるんだ」

結衣「……後悔? 隼人くんが?」

結衣は思わず、葉山の横顔をまじまじと見てしまう。

葉山「……ああ。何だよ、そんなに意外だったか?」

その視線に苦笑を返す葉山。

745: 1 2012/06/23(土) 01:18:00.71 ID:oiySYy9v0
結衣「……うん、えっと、ごめん」

バツが悪そうに、たははと笑う結衣。

葉山「…ずいぶんと買い被られてるな。俺はそこまで完璧な人間じゃないよ」

肩を竦めてみせる。 …そうだ。思い通りにならないことなんて、いくらでもある。


結衣「……何をしたことを後悔してるのか、訊いてもいい?」

束の間、問うてよいものか逡巡していたが、好奇心には勝てずその質問を投げかけた。

葉山「いや、そうじゃない」

答えは、すぐに返ってきた。その声に、不機嫌な響きはないが…しかし、「そうじゃない」とは? 結衣は首を傾げる。


葉山「『したこと』じゃない…あのとき、『何もしなかった』 そのことを…何年も、ずっと悔いている」

746: 1 2012/06/23(土) 01:28:57.49 ID:oiySYy9v0
去りゆく残照を惜しむような表情で呟いた言葉は、目の前の結衣にではなく、ここにいない誰かへの懺悔のようだった。

思い出す。何もできず手をこまねいているだけだった幼い自分。絶望し、心を凍らせていく幼なじみ。ずっと好きだった女の子。

もう、取り戻せないと気付いたのはいつだったか。彼女が海外に留学した時か。久しぶりに再会した自分に向ける視線を見た時だろうか。

いや…おそらくは

747: 1 2012/06/23(土) 01:39:59.45 ID:oiySYy9v0
彼女の、あの笑顔…数年ぶりに見た、心の底から楽しそうな。それは、自分以外の男に向けられていた。

あの笑顔をみたときに、自分は悟ったのだろう。 取り戻せない時間。取り戻せない失敗。取り戻せない…初恋。

あの笑顔を何年も凍りつかせたのは、自分のせいだった。 凍てついた心を再び溶かすことができたのは…自分ではなかった。

自分では…なかった。

748: 1 2012/06/23(土) 02:00:29.46 ID:oiySYy9v0
葉山「…でも、ただそれだけのことだ」

そう、大事なのは彼女がまた、心から笑えるようになったという事実。その重要性の前には自分の立場なんて些細なことだ。

それを守る足しに少しでもなるというなら、喜んで演じよう。悪役でも、ピエロの役でも。

…そんなことで、あのときの後悔をすべて取り戻せはしないとわかっていても。

755: 1 2012/06/24(日) 01:01:19.32 ID:xYFurZ4T0
結衣「…何もしなかったこと、かぁ」

葉山「…さっきも言ったけど、結局は自己満足のためだよ。 結末がどうあれ見届けて、最後に納得していたいんだ。

   …逃げたら、あとできっともっとつらくなる。 また、何年も後悔をひきずるのは嫌だからさ」

自販機にコインを投入しながら、淡々と言葉を紡ぐ。


結衣「…隼人くんは、強いね、やっぱり」

取り出した大量のジュースの容器を抱えながら、何か吹っ切れたように笑う結衣。

葉山「…重いだろ、こっちの分は俺が持つよ」

返答の代わりに、軽く肩を竦めてみせ、結衣の右手に抱えた分をひょいひょいと自分の手の中に取っていく。


葉山「」


756: 1 2012/06/24(日) 01:07:03.02 ID:xYFurZ4T0
結衣「あ、これくらいの重さなら大丈夫だよ?」


??「自分では平気なつもりでも、手の中に重い荷物を抱えてたら、前が見えなくなるし転んじゃうよ?」

757: 1 2012/06/24(日) 01:19:58.69 ID:xYFurZ4T0
結衣「あ…姫菜!」

海老名「やー。全員分のジュースの買い出しなら、もう一人くらいいたほうがいいと思って」

いつのまにか海老名姫菜が背後に立ち、にこやかに笑っていた。


葉山「…助かる。じゃあ、ちょっと手を借りようかな」

絶妙のタイミングでの登場に、葉山がやや苦笑気味に応じた。荷物を分配していく。


海老名「ユイは優しいから、放っておくとほかの人の重荷まで抱え込んじゃうんだよね。

    …もうちょっと、わがままになっても許されると思うよ、ユイはさ」

結衣「………ん…そうかな」


答える声は、ちいさい。

759: 1 2012/06/24(日) 01:58:34.88 ID:xYFurZ4T0
パートを入れ替えつつ、その日の練習は月が上るまで続いた。 

途中、雪乃は家の門限のため、心残りを見せながらも途中で抜ける。ここしばらく、雪乃は実家から通学していた。

それでも参加者の意気は高く、結衣も後半少し落ち着きを取り戻した。

発表に向け、仕上がりはまずまずといえよう。

762: 1 2012/06/24(日) 02:25:56.09 ID:xYFurZ4T0
八幡「……じゃあ、気をつけて帰れよ」

結衣「…うん。またね、ヒッキー」

三浦「…フン」

講堂を出る結衣を見送る。練習中、様子のおかしかった結衣の状態が心配だったが、

八幡は部長の雪乃の代わりに戸締りなどをすることになっていた。

…それに、自分よりこの場合は三浦の方が送り役としては適任だろう(ボディーガード的な意味でさえ)。


二人が出ていき、講堂のドアが音を立てて閉まった。

…八幡は、自分だけが中に残った講堂のバルコニーに上がり

八幡「…もう少しだけ、練習するか」

と呟いた。


764: 1 2012/06/24(日) 02:35:43.05 ID:xYFurZ4T0
??「や、精が出るね比企谷くん」

八幡「……?!」

765: 1 2012/06/24(日) 02:40:25.26 ID:xYFurZ4T0
検校屋敷の友六である。もとい、兼業作家の渡●である。でもなく

海老名「せっかくだから、何か手伝おっか?」

帰ったはずの海老名姫菜であった。

770: 1 2012/06/25(月) 00:37:49.16 ID:NSFpRNQq0
八幡「…海老名さんか。 帰ったかと思ってたぜ」

驚いた…と呟き、息を吐く八幡。

海老名「ん、ちょっと忘れ物してね。もどってきたら、比企谷くんがまだいたから、こっちもびっくりしたよ」

八幡「…ま、折角だからもうちょっと練習しとこうと思ってな。戸締りも任されてるし」

海老名「雪ノ下さんにあれだけしごかれた後でまだやるんだ…タフだねぇ」

いやいや感服しました…と仰々しく首を振る海老名に、やや憮然としながら答える。

八幡「自分でもキャラじゃねぇのはわかってるよ…けどまぁ、しょうがないだろ。まがりなりにも、主役引き受けちゃったんだからさぁ」

海老名「あ、違うってば。茶化してるんじゃなくて、本当に感心してるの。それに、キャラじゃないとも思わないし」

八幡「……そうか? ん…そりゃすまん」

軽く頭を下げる。

771: 1 2012/06/25(月) 00:58:46.71 ID:NSFpRNQq0
海老名「根は結構、真面目で熱血だよね。 …その心意気に感じて、あたしも何か手伝おうかと」

八幡「その評価には異議がある。 …まぁそれはともかく、もうだいぶ遅いんだ。海老名さんも早く帰った方がいいと思うぜ?

   …気持ちはありがたく貰っとくけどな。腐っても女の子なんだし」

ぽりぽりと頬を掻きながら、微妙に目をそらして突き放す言葉。しかし、海老名は動じなかった。

海老名「ん、お気遣いどうも。まぁ、家は近いし、家族にも遅くなることは言ってあるからもうちょっとは大丈夫だよ。あたしも、適当なところで帰るから」

八幡「…そうかい。んじゃ、ちょっと台詞のチェックとか頼むよ」

溜息をひとつ吐き、苦笑しつつ海老名の申し出を受け入れた。正直、ありがたくはある。

772: 1 2012/06/25(月) 01:18:33.72 ID:NSFpRNQq0
……………

八幡「どうだった?」

海老名「台詞を間違えたのは2箇所だね。演技はかなり、よくなってると思うよ? もともと演劇部員だったって言われても信じるかな」

八幡「…そうか。 と、悪い! 予想より遅くなっちまったけど大丈夫か?」

ほっとした後、時計をみてその時刻に慌てる八幡。

海老名「あはは、平気平気」

八幡「…悪いな。今度、何か埋め合わせするよ」

海老名「ん~~…じゃあさ、ひとつだけ、質問に答えてくれる?」

八幡「………答えられる内容ならな」

786: 1 2012/06/25(月) 23:24:48.65 ID:NSFpRNQq0
海老名「OK、じゃあ黙秘権はありで。それじゃあ早速第一問…」

八幡「ちょっと待て。ひとつだけってさっき言ったよな?!」

海老名「言ったけど? 黙秘権ありにしたからルールが変わったんだよ」

八幡「…………」

絶句する八幡。ニコニコ笑いながら理不尽を言う。食えない女だ、伊達に腐ってねぇ…

海老名「政宗×小十郎hshs」ボソリ

八幡「…今何か言ったか?」

海老名「ううん? 何も?」

あくまでにこやかな海老名姫菜

八幡「…そうだな、まさかな」

頭の中を読まれてるのかと…

海老名「自分で思ってるほど上手くないと思う」ボソ

八幡「…オイ?!」

海老名「気のせい、気のせい」

787: 1 2012/06/25(月) 23:39:47.37 ID:NSFpRNQq0
八幡「…もういい、わかった。好きなだけ聞けよ。答えられるやつだけ答えるから。
   でも、ここはもう閉めるぜ? 送ってくから、話の続きは道々な」

八幡は息をひとつ吐いて講堂の鍵を取り出した。

海老名「おや、私の家に興味があるの? でも残念、今日は家族が…」

八幡「ねーよ」

海老名の私室などむしろ、絶対に見たくない。SAN値がゴリゴリ削られそうだ。

八幡「ねーよ!」

大事なことなので二度言いました。

海老名「その反応はさすがに傷つくなぁ…」

ちょっと口を尖らせて、ジト目で見てくる海老名。




788: 1 2012/06/26(火) 00:00:42.27 ID:525MBqSA0
八幡「…いや、悪かったな。ちゃんと送ってくよ」

講堂内の片づけが終わり、戸締まりを済ませてから、先に校門前に出ていた海老名に追いつく。

外は街灯があるとはいえ、今夜の月は雲に覆われており、すっかり暗くなっていた。

海老名「…やっぱり、変なとこ真面目だよね、比企谷くんは」

クスリと微笑む顔さえ暗くてよく見えない。

八幡「前から言おうと思ってたが、海老名さんは俺のことだいぶ誤解してると思うぜ…」

海老名「そうかな?」

789: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) 2012/06/26(火) 00:15:21.66 ID:525MBqSA0
八幡「ああ」

だいぶ買いかぶられてる気がする。俺はただのどこにでもいるぼっちだってのに…

海老名「誤解してる…誤解してたのは、周囲だと思うな。少なくとも、どこにでもいたりはしないよ。比企谷くんみたいな人は」

八幡「……え?」

海老名「まぁ、ぼっちだったのは、たまに独り言を呟いたりしてるのにも原因があるかも?」

八幡「うっそ、俺、今、頭の中で考えたことしゃべってた? マジで?!」

海老名「うん、注意して聞いてると、たまにやってるよ?」

八幡「」

790: 1 2012/06/26(火) 00:38:03.96 ID:525MBqSA0
海老名「ほらほら、落ち込まない。クセならこれから直せばいいんだからさ」

八幡「ぼっちになると独り言が多くなり、それがますます孤立を深める…なんというデフレスパイラル…」

海老名「困るよねぇ…『秘せずは花なるべからず』だっけ」

八幡「」

くすくす笑いながら、以前八幡が言った言葉を返してくる海老名。閉口するとはまさにこれ。

791: 1 2012/06/26(火) 00:55:22.50 ID:525MBqSA0
海老名「でも誤解があるというなら、それをそのままにしておく手はないよね。マイノリティ同志、相互理解を深めるべきだと思うの」

八幡「マイノリティ同士の合従が生産的な結果に至った事例なんて殆ど知らないけどな…」

ぼっちと腐女子、まさかのコラボ。腐った瞳と腐った趣味が重なるとき、一体何が始まるのか。

海老名「そういうネガティブな話じゃなくて、言葉のキャッチボールをしようって誘ってるんだよ。せっかくの機会なんだからさ」

八幡「キャッチボールか…」

792: 1 2012/06/26(火) 01:02:48.57 ID:525MBqSA0
確かに、一人で投げて一人うつ(鬱とかけている)、言葉の一人野球よりは生産的だろう。

八幡「ま、それもいいかもな。で、何の話をする? そういえば、さっきの質問を結局聞きそびれてたな」

海老名「そうそう! そのさっきの第一問ね」

八幡「うん」

自転車を引き、海老名と並んで歩きながら、その問いを待つ。

海老名「比企谷くんはさ、男の子同志の恋愛ってどう思う?」

がごん!←側溝に自転車の前輪がハマった音

798: 1 2012/06/26(火) 22:54:58.86 ID:525MBqSA0
海老名「あらら、大丈夫?」

八幡「…おかしいな、和やかなキャッチボールのはずなのに、初球から全力でビーンボールが飛んできてるんだけど」

受け損ねたら死ねるレベルの。

海老名「平気平気、『名手』比企谷選手なら余裕余裕!」

八幡「誰が名手だよ。全盛期のイチローでもこれは持て余すわ!」

海老名「…川●宗×選手とイチロー選手ってやっぱr」

八幡「OK、話を戻そう。で、なんだって?」

799: 1 2012/06/26(火) 23:13:09.59 ID:525MBqSA0
海老名「男の子同士の恋愛について。ほら、比企谷くんって、正統派美少女の雪ノ下さんやユイから妹さん、戸塚くん、材木座くんまで守備範囲が広いじゃない? 含蓄のある意見が聞けそうだと思って」

八幡「ねぇよ! 特に最後だけは!!」

海老名「他はあるの? 妹さんとか」

八幡「た、確かにシスコンだが性的な意味はねぇぞ…」

海老名「戸塚くんは?」

八幡「戸塚彩加という生き物は、男という枠にカテゴライズするにはあまりにも可愛いすぎる。男子・女子・戸塚で分けて考えるべき。
   それにまだ、誰も本当に戸塚の性別を確認した奴はいない! もしかしたらという夢は残されてるだろ!」

夢は見るもんじゃない、いつかこの手でつかむものさ!
…夢追い人は旅路の果てで いったい何を手にするんだろう。

800: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) 2012/06/26(火) 23:26:04.85 ID:525MBqSA0
海老名「そういえば、留美ちゃんも守備範囲だって言ってたよね」

八幡「あくまで将来性に期待してるだけだ。今手を出してカレー鍋で煮こまれるつもりはない」

海老名「平塚先生はどう?」

八幡「…どう答えても詰むだろその質問。 ノーコメントでお願いします」

今、背筋を寒いものが走ったぞ。まさか聞いてるはずはないんだが…(汗


海老名「…やっぱり十分、守備範囲広いと思うけどなぁ」クスクス

八幡「そんなゴールデングラブ賞はいらねぇ。謹んで返上します」

海老名「ボールとバットで十分か。ふむ、誘い受けだと思ってたけど、攻撃専門だったとは意外だね…」

八幡「…もうやだこのひと」

801: 1 2012/06/26(火) 23:40:56.72 ID:525MBqSA0
海老名「で、結局?」

八幡「…いや、人の趣味をどうこういうつもりはねぇよ。自分が巻き込まれない限りはな」

海老名「意訳すると、新たな世界に興味津々てことでいい?」

八幡「惜しい、正解は『お前、気は確かか?』だ」

海老名「フフフ、狂気の沙汰ほど、面白い…」

ざわ… ざわ…


海老名「ちなみに私のイチオシは『隼人×八幡』なんだけど…」

八幡「とりあえず、俺と葉山に謝れよ」

803: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) 2012/06/26(火) 23:54:35.44 ID:525MBqSA0
八幡「…まぁ、あれだ」

しばしの沈黙の後、咳払い

八幡「人からどう思われようと、堂々と『これが好きだ』と言い切れる何かがあるってのは、正直すげぇと思うしちょっと尊敬もする」

海老名「…………えっ?」


821: 1 2012/06/27(水) 22:29:30.16 ID:l1lE2mcE0
八幡「…いや、何でそこでそっちが絶句すんだよ」

海老名「…あ、いや、だって、不意打ちで変なこと言うんだもん」

初めて、狼狽した様子をみせる海老名。暗いせいで、顔がよく見えないのが惜しまれる。照れているのか?

…意外と素は純情だったりしてな。

海老名「…もう、声に出てるってば」

八幡「…そりゃすまん」

会話が途切れた。

822: 1 2012/06/27(水) 22:41:52.61 ID:l1lE2mcE0
八幡「ん、ああ…キャッチボールというからには、俺が質問を投げる番だよな? じゃあこの際だから聞きたいんだが…」

海老名「…うん、いいよ。何かな?」

八幡「そのテの作品が好きだろうと別にいいとは思うが、クラスでうまく人付き合いしてく上では表に出さないほうが色々と
   捗るのは自分でも分かってるだろ? あえて前面に押し出してるのは何か理由があるのかと思ってさ」

海老名「…あはは、そっちも結構キツい球を投げてくるよね」

八幡「そう言ってもらえて嬉しいね」

一矢報いて、くっくっと忍び笑いが漏れる。

823: 1 2012/06/27(水) 23:07:28.92 ID:l1lE2mcE0
八幡「…男避けのために予防線を張ってるのかと想像したんだが、穿ちすぎか?」

海老名「…ちょっとね。まったく見当違いってわけじゃないけど」

八幡「…あー、答えにくかったら、そっちにも黙秘権はあるぜ。ルールは対等でなきゃな」

あさっての方向を見ながらなんか、すまん。とモゴモゴ 口の中で呟く八幡。

海老名「ううん、いいんだよ。 …まぁ、昔ちょっと、いろいろあってね」

八幡「………うん」

海老名「自分を偽って、周りからちやほやされて。本性がバレて、それまで友人と思ってた人達にまで距離を置かれたり…」

八幡「………そっか」

海老名「……結局、前にも言ったみたいに、ネットの交流やイベントに参加して、自分が孤独じゃないって分かったから立ち直れたけど。ちょっとトラウマになってるんだ」

八幡「……なるほどな。それで…」

海老名「うん…またあんな思いを繰り返すくらいなら、最初から自分の本性を隠さずにいたほうがマシだって思ったの。『予防線』ていうのは正しいかな」

824: 1 2012/06/27(水) 23:31:02.40 ID:l1lE2mcE0
海老名「…比企谷くんの方こそ、多分私を買い被ってると思う。私は、比企谷くんが言ってくれるほど強くも優しくもないよ。
    …臆病で、身勝手で。本音をごまかしながら、いろいろ計算して、相手に探りを入れてる。さっきの質問もそう」

八幡「…まぁ、人間の本音なんてそんな単純にざっくり割り切れるもんじゃねぇだろ。俺が言うのも何だが、あまり自分の本性は
   こうだなんて決めつけないほうがいいぜ。 …で、さっきの質問が何だって?」


街灯に惹きつけられた蛾が、必死で光に近づこうと羽ばたいているのがふと視界に入った。


825: 1 2012/06/27(水) 23:43:36.43 ID:l1lE2mcE0
海老名「冗談に紛らわせて、比企谷くんの反応を観察してた。 …本気でヒかれたりしてないか。気持ち悪いものを見るような目で見られてないかって。
    比企谷くん、『気は確かか』なんて言いながら、本気で気持ち悪がったり私を拒絶しようとはしてなかったよね」

比企谷「んー、別に…まぁ、逆なら慣れてるんだけどな」

海老名「あはは、それで自然体でいられるのって本当にすごいよね」

くすくすと笑う海老名。

826: 1 2012/06/28(木) 00:10:00.28 ID:6hY/uWcZ0
海老名「…あとね、もう一つ理由はあるんだ」

八幡「ほほう」

海老名「自分の、本性。『普通』の人が見たら、敬遠されるってわかってる様な部分をみせて…それでも自分を
    受け入れてくれる人。その部分も含めて、自分を愛してくれるような人がいつか現れてくれないかって。
    …そんな都合のいい夢をみてる」

八幡「……ああ、気持ちは、わかる」

都合のいい夢…確かにそうかもしれない。だが八幡は思う。それは、誰もが抱く願いではないのか。
考えが幼い、やり方が拙いということはできるだろう。だがありのままの自分を愛してほしいという欲求を、
自分のエゴを自覚しつつ奇跡を期待してしまう心情を嗤うことは、今の八幡にはできない。 

自分の中にあった同質の願いを、自覚していたから。そんな奇跡に出会った感動を、記憶していたから。

828: 1 2012/06/28(木) 00:50:51.78 ID:6hY/uWcZ0
海老名「…ありがとう。比企谷くんなら、分かってくれそうな気がしたの。私たち、結構似た者同士だって思わない?
    ところで次の第二問、そろそろ訊いてもいいかな」

八幡「…ま、不本意だけどな。第二問、どうぞ」

海老名「うん…比企谷くんは、男女の友情って成立すると思う?」


829: 1 2012/06/28(木) 00:54:04.76 ID:6hY/uWcZ0
八幡「…こりゃまた古典的なクエスチョンだな」

がしがしと頭を掻く。

海老名「ふふ、それだけ普遍的な命題だってことだよ」

八幡「…一応訊くけど、存在を無視して会話もしないのは友達に含まれる?」

海老名「…過去に何があったのかな?」

八幡「すまん、今のはナシで。追求しないでくれると嬉しい。
   
   …ま、そうだな。あるんじゃねぇの」

830: 1 2012/06/28(木) 01:13:21.41 ID:6hY/uWcZ0
海老名「そう考える理由を訊いてもいい? 比企谷くんの過去に何があったのかもちょっと気になるけど…」

八幡「何でもかんでも恋愛に結び付ける思考法が気に入らないだけだよ。バカバカしいし面倒くさいだろそんなの。
   …まぁ、女子の『友達でいましょう』って定番の台詞は、古今東西の史上、イラっとくる文句ランキングでTOP3には入るけどな」

海老名「ああ、うん…大体わかったよ。なんていうか、ゴメン」

八幡「ば…バッカ、ちげぇし! 俺が言われたとかいう話じゃねぇし! 
   …そもそも、質問する相手を間違ってるんだよ。人生即ぼっち歴だぞ俺? 男女の友情以前に、男女問わず友達いなかったっての」

843: 1 2012/06/28(木) 23:29:36.20 ID:6hY/uWcZ0
海老名「…以前はそうだったかもしれないけど…でも、今はそうじゃないんでしょ?」

穏やかな声で、海老名が問う。

八幡「……………まぁ、そうかもな」

何人かの顔が脳裏をよぎる。奉仕部の面々。戸塚、かなり不本意だが材木座…
彼らのことを「赤の他人」と切り捨てることは、もうできなかった。

海老名「私は、比企谷くんにとって…友達かな?」

八幡「……以前の俺なら、ただのクラスメート、赤の他人、もしくはリア充すなわち敵…と突き放すところだが」

海老名「…ところだが?」

八幡「今となっては、多少の親近感というか、仲間意識というか、そういったカテゴリーに類する感情を、多少なり抱いていることも否定できないということを肯定するのも吝かではないかもしれないと思ったりすることもあるような気がする今日この頃…」

海老名「えっと…つまりどういうことかな?」

八幡「……………友達だってことだ。言わせんな恥ずかしい!」

そっぽを向きながら、怒ったような声で吐き捨てる八幡。海老名はくすくす笑っている。

海老名「ふふ…ありがとう。比企谷くんは、本当にツンデレだなぁ」

八幡「いや、やめてくんない?そういう風に人を安易に記号化してカテゴライズするの。マジでやめてくんない」

海老名「おや、ツンデレは気に入らなかった? じゃあやっぱり『ヘタレ受け』で」

八幡「人の話を聞けっつってんだろこの腐女子メガネ!!」

844: 1 2012/06/28(木) 23:45:54.92 ID:6hY/uWcZ0
海老名「ふふ…じゃあ、次は比企谷くんの番かな?」

八幡「よし、ちょっと待ってて。今、すんごい嫌がらせのセクハラ質問考えてるから」

海老名「…ふうん? 別にいいけど。あ、ちなみに先回りして答えておくと、私、処女だから」

がごごぎん!!←側溝に自転車の前輪と後輪がはまり込んだ音

八幡「…お、おま…まだ何も訊いてもないのに、さらっと何をカミングアウトしてんの?!」

勢い余って、自転車の上に倒れこんだ八幡が海老名を見上げながらツッコむ。

海老名「え? …別に、この年でバージンて普通じゃないの? 比企谷くんもそうでしょ?」

比企谷「え、あ、いや、ど、どどどどど」

ドは童○のドー♪

海老名「ド、がどうしたの?」

落ち着き払ってニコニコ微笑んでいる海老名。

八幡「の、ノーコメント、で」

自転車を引き起こし、がっくりと肩を落とす八幡であった。

845: 1 2012/06/29(金) 00:06:57.01 ID:z4Z6RQYm0
海老名「じゃあ、比企谷くんはパスでいいの?」

八幡「ああ、もういいわ。そして、クラスのリア充グループの意外に高かった未経験率にちょっと吃驚だわ」

男子では童貞風見鶏の大岡(推定)、女子では結衣と海老名が処女。これで実は三浦までそうだったりしたら…

海老名「…ん、知りたいの? 本人に聞いてみたら?」

八幡「俺に死ねと?! …て、おい。今のはさすがに口に出してないよな?」

冷や汗が流れる。

海老名「いや、なんとなく考えてることが読めたからカマをかけてみたの。どうやら想像どおり?」

ダメだ。勝てる気がしねぇ

846: 1 2012/06/29(金) 00:24:41.96 ID:z4Z6RQYm0
海老名「…じゃあ、第三問…最後の質問、いいかな?」

八幡「ああ、もう何でも訊けよ…」

海老名「ん…じゃあ…比企谷くんは…」

そろそろ、目的地に近づいてきたようだ。

海老名「三角関係、についてどう思う?」

本命の質問。自転車を引く、足が止まった。


854: 1 2012/07/01(日) 02:08:53.16 ID:A3mOYuaa0
八幡「どう思うって言われてもな…ちなみにこの場合の三角関係の定義は?」

微妙に目をそらしながらつぶやく八幡

海老名「そうだね…全員が友達や知人同士の人間関係内で、二人…以上が同時に同じ異性を好きになること、ってとこでどうかな」

八幡「…他人事としていうなら、恋愛脳の弊害だな。年中 発情期のネズミじゃあるまいし。好いただの惚れただの、大抵は若気の至りで、ただの錯覚だ。現実には面倒くさいことこの上ないだろ」

海老名「…ふうん。じゃあ、比企谷くんが『もし』、その当事者になったらって立場で考えると? …比企谷くんはどうするのかな」

855: 1 2012/07/01(日) 02:22:05.74 ID:A3mOYuaa0
八幡「…仮定の質問には答えられない、と言いたいところだが」

どうやら、韜晦が許される雰囲気ではないらしい

八幡「…何通りかのやり方があるな。まず、全員がその『好き』とかいう気持ちを抑え込んで、気づかない振りをすることだ。少なくとも人間関係の現状維持はできる」

海老名「…『秘すれば花なり秘せずは花なるべからず』だっけ?」

八幡「ま、そういうことだな。そうして無視できる程度の気持ちなら、最初からただの気の迷いだ。時間がたてば自然に問題は解消されてるだろ」

海老名「…なるほど。じゃあ、抑え込めない、無視できないくらいにその気持ちが強くなったら?」

一瞬、月が雲の間から顔を出した。

856: 1 2012/07/01(日) 02:39:04.01 ID:A3mOYuaa0
月の光に照らされた海老名姫菜の顔はひどく真剣な表情で、八幡の顔をまっすぐに見つめていた。

海老名「その気持ちを…向けられる立場として考えてみて。比企谷くんなら、どうする?」

八幡「…そいつ自身の気持ちってのが条件に含まれてなくて、人間関係を極力維持するのが目的なら」

その視線を、正面から受け止められない。

八幡「…平等に、嫌われればいい。さっきも言ったが、好いただの惚れただのは大抵、相手を頭の中で勝手に美化した錯覚だ。もしくは、強迫観念や雰囲気に酔ってるだけだ。
   素の醜い部分をみれば、目が覚めるだろ。取り合うほどの価値もないとわかればそれ以上の争いはおこらないんじゃねぇか?」



857: 1 2012/07/01(日) 02:50:39.07 ID:A3mOYuaa0
海老名「…なら、その人自身も、どうしようもなく、抑えきれないくらいにどちらかを好きになってしまったら? そしてそれを自覚してしまったら…どうすればいいの?」

八幡「…………そうだな。そのときは…そうなってしまったら」

地面に落ちた影を見ながら、数秒の沈黙の後。 八幡は、視線を上げた。海老名の目を見ながら、静かにその結論を口にする。

八幡「どうやっても、抑え込めない気持ちを全員が自覚してしまったのなら。互いの醜い部分も理解しあって、傷つくことも傷つけられることも含めてあらゆる覚悟を決めたのなら」

風が吹き、また雲が月にかかろうとする。


858: 1 2012/07/01(日) 03:10:32.68 ID:A3mOYuaa0
八幡「…その気持ちに従って行動するしかないだろ… 青春も恋愛ももとより嘘とエゴに満ちているモノとはいえ、
   全員が気持ちをごまかして我慢することで成り立つ馴れ合いも不健全さではどっこいどっこい、というよりなおひどい。
   そんな欺瞞、どのみち長持ちはしねぇよ。一度すっきりぶっ壊して再構築したほうがいい」

海老名「……そう」

再び、雲の闇に隠れた海老名の表情はよく見えない。だが、声は確かに笑っていた。

868: 1 2012/07/01(日) 23:09:18.80 ID:A3mOYuaa0
海老名「送ってくれてありがとう。もう、そこが家だからここまででいいよ」

八幡「…ん。了解」

海老名「……やり方は比企谷くんにまかせるけど…ユイのこと、お願いね。あの子は、知ってると思うけど、本当に優しい子だから。
    …雪ノ下さんのことも、比企谷くんのことも、何があろうと大好きで、大切な仲間だと思ってるって、そう言ってたから」

八幡「……ああ、わかった」


海老名「…じゃあ、また明日、ね!」

微笑み、殊更 普段の軽い調子を意識した声で、別れの挨拶。

八幡「おう、またな」

八幡も、軽く笑って手を振り、背中を向けた。


海老名「…比企谷くん!」

自転車に跨って走り去ろうとする背に自分の名を呼ぶ声を聞き、八幡は再び振り返った。

869: 1 2012/07/01(日) 23:39:13.86 ID:A3mOYuaa0
海老名姫菜の瞳が揺れていた。互いに沈黙したまま。

何か、ひどく重要で決定的な言葉を告げようと手を伸ばし、口を開きかけ……そして結局。


海老名「…あはは、ごめんね。やっぱり、いいや。帰り道、気を付けてね」

八幡「…わかった。わざわざサンキュ」

笑顔でうなずき、八幡はそのまま走り去った。


その背中が見えなくなってから、海老名はぽつりと呟いた。

海老名「…『恋の至極は忍恋』、か」

結局、自分にははっきりと思いを告げられなかった。答えは最初から分かっていた。自分が告白すれば…
今の八幡は、誠実に受け止めたうえで…はっきり断ってくれただろう。

でも、それはユイに対する裏切りで、八幡にも余計なストレスを与えるだけだ。それは本意ではない。

…いや、誤魔化すのはやめよう。結局、自分には勇気がなかっただけだ。今のポジションを失うリスクを、恐れた。

海老名「…『恋死なん、後の思いに、それと知れ、ついに洩らさぬ中の思いは』なんてね。
    あーあ、やっぱり私…」

少し悔しそうに、しかしさばさばとした表情で、海老名姫菜は月を見上げた。


870: 1 2012/07/01(日) 23:45:54.71 ID:A3mOYuaa0
「ユイ…本当にこのままでいいの? このままじゃ、あの女にヒキオ、とられちゃうよ」

「…………」

「あの女、ユイの想いを知ってて、あいつに手を出したんだよ。そんなの、はっきり言って裏切りでしょ」

「………やめて、もう」

「自分でも『絶交されても仕方ない』って言ってたし。そんなら、ユイも遠慮することないじゃん。恋愛なんて、結局やったもん勝ちでしょ」

「……でも、あたし…どうしていいかわかんないよ」

「ユイにその気があるなら…あーしがなんとかしてやるよ」

878: 1 2012/07/04(水) 00:04:54.39 ID:pil+QAXR0
雪乃「…どうしたの? 比企谷くん」

雪乃に声をかけられて、我に返った。

雪乃「そんなにじっと見つめられると、さすがに少し恥ずかしいのだけれど。私の顔に…何かついているの?」

八幡「ん…あ?! いや。ほら、アレだ。劇の、劇のイメージトレーニングだ、うん」

雪乃「そ…そう。それなら、仕方ないわね。好きなだけ見ていいわ」

昼休みの、奉仕部の部室。雪乃は早口で弁解する八幡を見てくすくす笑っている。しかし、よく見ると頬が赤くなっているあたり、こちらも見かけよりはテンパっていそうだ。


879: 1 2012/07/04(水) 00:35:29.27 ID:pil+QAXR0
視線が、合う。雪乃も、こちらの目を真っ直ぐ見ていた。思わず、見つめ合うような形になった。

誰もが認めるであろう美少女に隣から見つめられ、心拍数が上昇するのを感じる。

互いに無言。どれだけの時間が経ったのか。10秒? 20秒? 1分? もっと長いような気もするし、ずっと短いような気もする。どちらから近づいているのか、意識的か、無意識にか、互いの距離が少しずつ接近しているような…


部屋の前の廊下を移動する誰かの足音を聞き、二人で同時に我に返る。ドアの方を見ながらしばし硬直していると、足音はどこかに去って行った。

八幡「…あ、いや、なんでお前までこっちをじっと見てるんだよ」

いまさら、思わず視線をそらしてしまう。

雪乃「……なんとなく、視線を逸らしたら負けな気がしたの。今のは同時だったから、引き分けにしておいてあげるわ」

八幡「お前、それ野生動物の論理じゃね? もしくはヤンキー」

雪乃「野獣が相手なのだから、むしろピッタリじゃない。 なんなら、もう一度勝負しましょうか?」 

照れ隠しに、いつものように軽口をたたき合う。

880: 1 2012/07/04(水) 00:48:27.59 ID:pil+QAXR0
雪乃「…ところで、目を逸らさせたら勝ちというのなら、比企谷くんは
   そういう世界で生きる才能があるのではないかしら」

八幡「…一応聞くが、その心は?」

雪乃「普段のあなた、目が腐っていて常人には直視に耐えないもの」

八幡「まだそのネタ引っ張るのかよ… つうか、それならお前の方がよっぽど才能あるだろ。俺、お前に突然路地裏であっていつもの氷の視線で睨みつけられたら、思わず財布差し出しちゃう自信あるもん」

雪乃「……………」

八幡「…ごめんなさい、ホントに300円しかもってないんです。お札はないですから、勘弁してください」

口元だけは優しく微笑みながら絶対零度の視線を向けられ、ぶるぶる震えて顔を伏せながら財布をポケットから取り出す八幡。


雪乃「…はぁ、もういいわ。しまいなさい」

881: 1 2012/07/05(木) 00:03:18.18 ID:az5jcQlSO
一見、罵り合いと見えて八幡にせよ雪乃にせよ、無論本気ではない。予定調和のじゃれ合いの会話。

それが、何とも心地よかった。

互いに理解し合っているという確信がありつつ、これまでの人生で経験したことのない状態への戸惑いと羞恥が急激な接近にブレーキをかけてもいる。

だが、そんなもどかしさを抱えながらする以前と同様のやり取りが、何とも心地良かった。

882: 1 2012/07/05(木) 00:09:52.54 ID:az5jcQlSO
だが表面上、今まで通りのように振る舞っていても …日に日に、その気持ちが大きくなっていくのがわかる。好きになっていくのを、止められない。その気持ちを、互いに自覚してしまえば、もう…

先日の、海老名姫菜との会話が脳裏をよぎる。

八幡「…雪乃」

883: 1 2012/07/05(木) 00:26:33.30 ID:kgSKGV0/0
雪乃「ど、どうしたの。急に真剣な顔をして・・・」

八幡「・・・お前に、ちゃんと自分の言葉で、はっきりと伝えたいことがあるんだ」

雪乃「・・・・・・・・・・・・えっ」

雪乃の瞳が見開かれ、頬が真っ赤に染まる。


八幡「・・・ああ、今回はその予想で間違ってない、はずだ。 でも、ごめん。それは今じゃない。 
   ・・・その前に、ちゃんとけじめをつけなきゃいけないから。だから、もう少しだけ待ってくれ。
   文化祭が終わったら、はっきりと、俺の気持ちを・・・伝えるから」

主人公の不器用な言葉に


雪乃「・・・・・・・・・・・・・・・そう、わかった。 楽しみに、待っているわ」


とても幸せそうに、ヒロインは微笑みを返した。

884: 1 2012/07/05(木) 00:31:50.68 ID:kgSKGV0/0
…由比ヶ浜結衣は、部室の入り口の前で、そのやり取りを聞いていた。指に絆創膏が巻かれた手の中には、3人分の弁当箱。

声をださず、ごしごしと袖で自分の両眼を拭う。 …涙は止まってくれなかった。

結局、ドアをあけることなく、結衣は立ち去った。手の中に、開かれなかった弁当箱を持ったまま。

894: 1 2012/07/09(月) 00:23:39.38 ID:Aj6XuROz0
雪乃「…それでね、あの比企谷くんが、すごく真剣な顔で…」

川崎「はいはい。よかったわね」

電話口の向こうで、弾んだ声で報告する友人に、川崎沙希は苦笑気味に相槌を返す。

川崎「『文化祭が終わったら、伝えたいことがある』…って言ってくれたんでしょ? もう、合計3回目よその話」

雪乃「そ、そうだったかしら///」

川崎「あいつがそんなこと言ってる顔なんて、ちょっと想像はつかないけどね」

雪乃「…確かに、普段は死んだ魚みたいな目をしているけれど、本気のときは恰好いいのよ」

川崎「ふーん、そういえば、球技大会の後は結構話題になってたみたいね。写真も出回ってたらしいけど…」

あの雪乃が、こうも惚気るようになるとは…人間、変わるものだ。川崎は、くすくすと笑いながら応じる。


雪乃「…川崎さん」

川崎「どうしたの?」

雪乃「…そ、その写真って、まだ手に入るかしら? どこに注文すればいいの?!」

川崎「…知らないわよ!!」

いくらなんでも、これは変わりすぎではないのか。

895: 1 2012/07/09(月) 00:44:53.33 ID:Aj6XuROz0
川崎「もう、恋人同士なんでしょ? 写真くらい、お願いすればいくらでも撮らせてもらえるでしょうに」

雪乃「…で、でもまだ、はっきりと告白してもらったわけじゃないし。それに…恥ずかしいし」

川崎「ああもう! そこまできて『伝えたいこと』なんて、いくらあいつでも愛の告白以外はありえないでしょ!」

雪乃「そ、そうかしら? …やっぱり、そうよね?」

この調子で、先ほどから延々と話がループしている。それに付き合う自分も、随分と人の好いことだ…川崎は、心中で苦笑した。

898: 1 2012/07/09(月) 01:17:42.23 ID:Aj6XuROz0
川崎「とにかく、上手くいきそうで安心したわ。相談役もそろそろお役御免かしらね」

雪乃「そ、そんなこと…無事、付き合うことになっても私、どういう風にしたらいいのかわからないし」

川崎「…私も、これまで男子と付き合ったことなんてないんだけど」

雪乃「お願い…話を聞いてくれるだけでもいいから」

川崎「…はぁ、わかったわよ。 まったく、いつも自信満々なのに、恋愛方面ではこんなに奥手だなんて思ってなかったわ。正直、意外にも程がある」

雪乃「仕方ないじゃない…一方的に告白されたりすることは何度もあったけれど、自分からす、好きになるなんてこと、なかったもの///」

…まったく、あの果報者め。川崎は脳裡に、八幡の顔を思い浮かべる。


川崎「ともかく、本人が文化祭の後でって言ってるんだから、今はそれを待つだけね。 いい雰囲気で告白できるように、劇の方を盛り上げていくってトコかな」

雪乃「…そうね。あの、川崎さん…」

川崎「どうしたの?」

雪乃「川崎さんは…劇に参加することを、負担に感じていない?」

川崎「…ああ」

なんだ…そんなことを気にしていたのか。

899: 1 2012/07/09(月) 01:36:43.91 ID:Aj6XuROz0
少し、驚いた。これも、以前の雪乃ならばあり得なかった気遣いだろう。

川崎「…心配しないで。それなりに楽しんでるし、家の方も今のところ問題ないから」

心配そうな声音の雪乃に、笑みを含んだ声で返答した。

雪乃「そう…よかった」

川崎「気にしなくていいよ。参加を決めたのは自分の意志だし、正直…貴女には感謝してるくらい」

雪乃「…感謝?」

川崎「ええ。自分の高校生活でこんな風に友達と一緒に、何かの活動に取り組むことなんてないと思っていたから」

誘ってくれて、ありがとう …と少し小さな声で付け加えた。 

雪乃「…川崎、さん」

川崎「…私も、せっかくだからいい舞台にしたいって思ってる。頑張りましょう」

雪乃「ありがとう…ええ。頑張りましょう!」


911: 1 2012/07/14(土) 23:19:10.43 ID:Rd4W4SQt0
戸塚「八幡て、結構器用だね」

八幡「…ん、そうか? お前の可愛さには及ばないがな」

戸塚「か…からかわないでよ、もう、いつもそうやってさ///」


上演も間近となった、週末。八幡たちは、休日を返上して学校に集まっていた。

むろん、発表の準備のためだ。 

猛練習の甲斐あり、八幡自身はすでに台詞を完璧に暗記している。

全体としての経過はまずまず良好といってよいが、一部の役者の演技の仕上がりが遅れているのが懸念材料。

また、問題はそれだけでもない。 いくら演技がうまくなっても、役者だけでは上演はできないのだ。

セットや衣装の準備や、照明など裏方のスタッフの仕事も山ほどあった。

小田原ほか引退した3年生の演劇部員や一部有志のボランティアが力を貸してくれているが、人手は有るほどよいのだ。

(…まったく、3人の部活でよく、こんなことやろうなんて口に出したよな、あのときの俺)

頭の中でひとりごちながら、学校近くのホームセンターで購入したベニヤ板に鋸をいれていく。

912: 1 2012/07/14(土) 23:35:54.26 ID:Rd4W4SQt0
八幡「…日曜大工は俺の108の特技のひとつだ」

戸塚「そうなんだ! …ほかにはなにがあるの?」

八幡「えーと…射撃とか、あやとりとか?」

ちなみに家には未来からきた青ダヌキはいない。いるのは狸っぽい妹だけだ。


八幡「…まぁ、実際のところはこの手の裏方仕事に慣れてるだけだよ。どっちかといえば、慣れない主役
   なんぞよりこっちのほうがはるかに性に合ってる」

さらに性にあってるのは、何もしないで傍観者を決め込むことなのだが。 

そんな内心の思いとは相反して、八幡の働きぶりは甲斐甲斐しかった。

自らの役者としての練習だけでなく、合間を縫って裏方の仕事や…

八幡「…おい、そこの1年! 金槌の使い方気をつけろよ。その持ち方じゃ、釘じゃなくて指を打つぞ!!」

(離れたところでガン!という音とともに悲鳴)

   …ああもう、いわんこっちゃない」

舌打ちして、悲鳴の上がった方に向かう八幡。

914: 1 2012/07/15(日) 01:14:24.03 ID:vOtRQQJi0
八幡「…まったく、近頃の若いのは金槌も使えないのか。手首をもっと柔らかく、スナップを効かすんだよ。 …こんな感じで。釘もそれじゃ不安定だろ…こうやるんだ。 
   わかったか? とりあえず、ここのとこだけやっとくから。 痛みが取れるまでしばらく休んでろ。ホレ、絆創膏。 自分で貼れるな?」

戸塚「すごいなぁ…本職の大工さんみたいだ」

八幡「いやムリムリ。大工とか人間関係とか煩そうだし、ストレスで死ぬ。たぶん3日くらいで」

将来の夢=専業主夫。比企谷八幡です。まぁ、戸塚とのスイートホームを建てる仕事なら耐えられるかもしれないが。


川崎「おつかれ…あんたって、そんな面倒見のいいヤツだったっけ?」

指導を終えて戻ってきた八幡に、川崎沙希がねぎらいとともに不審の言葉をかける。

八幡「川崎か…いま、雪乃がいないからな。不本意だけど、立場上、多少は頑張らざるを得ないだろ」

雪乃は家庭の事情でいろいろあるらしく、今日はまだ来ていない。遅くなると昨日、メールで連絡があった。

部長の雪乃がおらず、結衣は自分の演技練習で精いっぱい、それにまだ少し、調子が戻り切っていないのか挙動不審な様子だ。

モットーには反するが、隅っこで全体の状況に知らん顔はしてられない。

916: 1 2012/07/15(日) 02:10:36.07 ID:vOtRQQJi0
まぁ、雪乃が仮にいれば、もっと指導は容赦のないものだったろうが。

川崎「そういえば、あんたお兄ちゃんだったわね。 むしろ、面倒見がいいのが普段の姿なの? もしかして」

八幡「だったら、教室でぼっちになってるワケねーだろ…いや、そういやお前もお姉ちゃんだったな」

川崎「…なんか文句あんの」

八幡「…お願いだよぅ、怖い目で睨むのはやめて、お姉ちゃ …ぐほぁ?!」

上目使いの半笑いで甘えた声を出した次の瞬間、八幡の鳩尾を、川崎の正拳が打ち抜いていた。

川崎「…次に気持ち悪い声だしたら、●タマ潰す」

八幡「…ど、どのタマだって?」ゲホゲホ

川崎「…どれがいい?」

見下ろす目の光はガチだった。


八幡「わ、わかった自重する…しかしお前、殴るのに躊躇なさすぎだろ…せめて最初は警告の寸止めとかにしろよ」

920: 1 2012/07/16(月) 21:48:45.11 ID:ot7TbuwU0
川崎「大げさね。手加減はしたわよ」

八幡「…なんとなく、家でどんな姉ちゃんだか想像ついた」

大志は優しいお姉ちゃんだったと言っていたが、絶対ウソだと思う。こいつが俺の姉ちゃんだったら、毎日殴られてるな…姉DVDもとい姉DV。よかった、こいつが血縁じゃなくて。

川崎「…あたしだってあんたみたいな弟は真っ平よ」

あきれたような目で見下ろされながら立ち上がる。そこに、


小町「お兄ちゃん!!」

八幡「…小町、お前どうしたんだ?」

小町「休日返上で練習やってるって聞いて、様子を見に来たんだよ。どう、しっかりやってる?」

八幡「お前もヒマな奴だな…母ちゃんかっての」

小町「んふふー、照れない照れない! あ、沙希さん、戸塚さん、こんにちは!!」


戸塚「こんにちは、小町ちゃん」

川崎「…ん。どうも」

戸塚は微笑みながら、川崎はややぶっきらぼうに返事を返す。

小町「どうも、すいません。また、兄が失礼なことを言ったようで…」

八幡「なんでそうなる」


921: 1 2012/07/16(月) 22:03:31.15 ID:ot7TbuwU0
むしろ、一方的に殴られた被害者なのだが。

川崎「…まぁ、馬鹿は変わらないけど最近はちょっと心を入れ替えたみたいよ、こいつも」

戸塚「うん、もともと恰好よかったけど、最近は、真面目で面倒見もいいって後輩の子たちからも慕われてるんだよ」

小町「え……ホ、ホントですか?」

八幡「え、そうなの?」

揃って驚く兄妹。

戸塚「ホントホント! 1年生の子たちが、褒めてるのを聞いたもん」

八幡「……あー、そうか。なんつーか、まぁ買い被られてんな、すごく」

反応に困って、明後日の方をみながら頭を掻く。他人ならともかく、戸塚の言うことだ。八幡を担ごうとしているわけでもあるまい。

小町「……」(無言で眉に唾をつける)

八幡「お前、妹としてその反応はどうなんだよ…」

お兄ちゃん泣くぞ…ってか、自分でも信じられないけどな。

936: 1 2012/07/23(月) 01:22:31.43 ID:UUpsO1tO0
材木座「ふっ、すっかりリア充気取りか。そんな貴様は見たくなかった。見下げ果てたぞ八幡!!」

ずびし!!と人を指差して糾弾の声を上げるイメージアニマル熊っぽい人。いちいち動作が芝居がかっていてウザい。

八幡「また、鬱陶しいのが来やがった」

声だけは格好いいのがさらに腹立たしい。露骨にうんざりした表情で舌打ちする八幡。


八幡「誰が、いつ、リア充を気取ったって? 言いがかりも大概にしろ。自分がリア充だなんて思ったことは一度だってねぇよ」

イラつきを隠そうともせず、材木座の指摘に反駁する。

材木座「ええい、黙りや!!」

だが、材木座もくわっと目を見開き、さらに声を張り上げた。




937: 1 2012/07/23(月) 01:40:23.46 ID:UUpsO1tO0
小田原「……まぁ、確かに材木座くんが嫉むのもわからなくはないわね。今の君を傍から見ていると」

八幡「……小田原先輩、鶴見先生」

演劇部の顧問と元部長も、いつの間にか傍に来ていた。

小町「あっ、はじめまして! 比企谷八幡の妹の小町です。いつも兄がお世話に…」

小田原「はじめまして。総武高校3年で、元演劇部長の小田原です。こちらこそ、お兄さんにはお世話になっているわ」

頭を下げる小町へ微笑みながら会釈を返す小田原。彼女を含め初対面の面々に、八幡は妹を紹介することにした。


小田原「そう、来年、ウチを受験するのね」

小町「はい、そうなんです!」

鶴見「今日は、好きなだけ見学していってね。 もし、無事合格できたら来年、演劇部に来てくれたら嬉しいわ」

小町「あはは、えーと、考えておきます」

笑いながら青田刈りする鶴見に、苦笑を返す小町。苦情を述べるシスコンの兄。

八幡「先生、うちの妹をいきなり勧誘しないでください。だいたい、まだ早いですよ」

まだ合格できるかもわからないのに……という部分は口には出さない。


938: 1 2012/07/23(月) 01:53:18.09 ID:UUpsO1tO0
小田原「そう? 素質はあると思うけれど。可愛いし、物怖じしない性格のようだし」

川崎「……ま、兄貴には似ずってところね」

戸塚「うん、確かに演劇部って小町ちゃんに似合ってるかも。あ、でも、よかったらテニス部もちょっと考えてみてくれないかな」

八幡「お前らな…あんまりおだてんなっての。ほら、おまえもニヤニヤしてんじゃねぇよ。まず、合格の心配が先だろ」

笑いながら好き勝手に述べる周囲の様子に溜息をつき、照れている妹の額を軽くデコピンで弾く八幡。

小町「痛っ! ぶー、何すんのよお兄ちゃん」

良い気分に水をさされ、兄をジト目で見上げる。

939: 1 2012/07/23(月) 02:01:55.72 ID:UUpsO1tO0
八幡「ふん、しるか」

小町「あ、ヤキモチ? 可愛い妹が遠くへ行ってしまわないか心配なんでしょ」

八幡「な?! ばっか、ちげぇし!」

くすくす笑う妹と、狼狽する兄。

小町「心配しないでいいよ、小町の第一希望は、奉仕部だから」

八幡「……勝手にしろよ、物好きめ」


940: 1 2012/07/23(月) 02:22:22.69 ID:UUpsO1tO0
戸塚「あはは、相変わらず仲良しさんだね」

小町「えへへ、妹離れできない兄を持つと大変でして」

川崎「……この、シスコン」

八幡「うるせえよ、ブラコン」

材木座「この疎外感…完全に犠牲」


小田原と鶴見は、微苦笑を浮かべながらやりとりを見ている。

その視線に気づき、咳払いして向き直る八幡。

八幡「ところで…さっき言ってた、傍から見るとってどういう意味です?」

小田原「ん、言葉通りの意味だけど? 今の君は客観的に見てもモテモテで、校内の噂の中心と言ってもいいくらい。そして、この演劇の活動にも、ずいぶん真面目に熱意をもって取り組んでくれてるし、ありがたく思ってるわ」

八幡「……………」

いま、たぶん苦虫を噛み潰したような表情を自分はしているだろう。それに気づいていないのか、小田原はそのまま続ける。

小田原「そういうの、リア充って言っても間違いではないんじゃない?」

943: 1 2012/07/24(火) 22:03:43.39 ID:+ruM2dFB0
小田原「あれ、何か気に障った?」

八幡「…いえ、別に。まぁ、俺のことをどう見ようがその人の自由ですし。褒められたと思っておきます」

きょとんとした表情の小田原に、なんとか笑みを浮かべながら返す。
このもやもやとした心情をうまく説明する自信はないし、説明してもおそらく理解はされないだろう。
もちろん、悪気がないのはわかっている。

そこに、「先輩、すいませ~ん!」と八幡を呼ぶ声が響く。どうやら、またトラブルらしい。

八幡「待ってろ、今行くから!!」

皆に、「ちょっとみてくる」と言い残し、声の方向にむけて走り出した。



八幡「……ふぅ」

平塚「ご苦労様。ふふ、なかなか頑張っているようじゃないか」

八幡「静先生……と、あれ? その娘は?」

一仕事終えて息を吐く八幡のもとへ、奉仕部の顧問・平塚静が歩み寄ってきた。その隣に、小学校高学年くらいの娘が一人。

八幡「……もしかして先生の隠しg」

静の放った左ジャブの風圧で、前髪が揺れた。

八幡「……なわけないですよねー。 妹さんでしょうか? ……あれ、この娘どっかで見覚えが」


944: 1 2012/07/25(水) 03:13:26.12 ID:KnmCCKhc0
平塚「……まったく、夏休みに会っているだろう」

??「……ひさしぶり」

目を逸らして、ややつっけんどんな口調で挨拶する女子。ありていに言って、かなり可愛い。
やや、赤面しているように見えるのは緊張のせいだろうか。
おそらく小町と同じく、関係者の家族だろうが、場に不似合いなくらいめかしこんでいるように見える。
ロングTシャツとタンクトップ、デニムパンツの組み合わせ、REPIPIARMARI●というロゴはブランド名だろうか。
年齢の割にすらりとした体型によく似合っている。髪は紫がかった黒髪のロングヘアに、柔らかくウェーブをかけていた。


八幡「……もしかして、ルミルミか」

留美「……そう。私のこと忘れてたでしょ、八幡」

じとりとした視線で抗議される。


八幡「……あー、まぁアレだよ。あんまり可愛くなってたから見違えたんだ。 ……おい、そんな目で見るな、冗談だって。
   まぁ、よく似合ってるけどな。そんなにめかしこんで、これからどっか行くのか?
   てーか、むしろ、そっちが憶えてたことの方が驚きだよ。 俺になんか用だったか?」

留美「べつに……おしゃれなんてしてないし。 暇だったから、ママについてきたらたまたま、見かけただけだもん。 八幡に用なんてないし」

鶴見「……あら、どうしてもついてきたい、会ってお礼が言いたい、って駄々こねてたのは誰だったかしら」

留美「ママ、余計なこと言わないで!」

いつの間にかやってきていた母親の裏切りに、留美が慌てた声をあげる。

鶴見「鏡の前で何度も服を取り換えて……」

留美「黙ってよ、もう!!」

平塚「ふむ、さっきからずっと、離れたところで比企谷の方を見ていたのはもしかして恥ずかしがっていたのかな」

静までが笑いながら便乗してきた。

留美「やめてったら! これだからおばさんは…」

八幡「先生、こらえて! さすがに小学生に暴力はまずいっす!」

鶴見「ひ、平塚先生、ごめんなさい、あとで叱っておきますから……」

947: 1 2012/07/26(木) 03:30:13.71 ID:5h3+qsLL0
鶴見たちの計らいで、八幡と留美は二人で中庭を散策している。事前に、「娘に手を出したら…わかってるわね?」と念を押されたが。もとより、猟奇事件の犠牲者になるのは勘弁である。

八幡「……まぁ、気持ちは受け取っておくけどさ、別に俺は礼を言われるようなことはしてねぇよ」

頬を掻きながら、そっけなく応える。
小学生を脅かしてトラウマをつくり、まっとうでないやり方で人間関係をぶっ壊しただけだ。

留美「……それでも、助けてもらったのは確かだから。 ……遅くなったけどありがとう、八幡」

八幡「……まぁ、元気でやってるようで安心したよ。よかったな」

留美「~~~~~~~~ッ!!」

微笑みかける八幡に、赤面して顔を逸らす留美。

留美「八幡、なんか、感じが変わった」

八幡「ん、そうか?」

留美「うん、なんか……なんていうか」

八幡「……ま、小学生もそうだろうが、高校生になっても生きてりゃ色々あるのさ」

留美「……そっか」

苦笑交じりのそんな返答ともいえない言葉に、留美は素直に頷く。

自動販売機の前で立ち止まり、二人分のジュースを購入した。


八幡「ほらよ」

一本を留美に向かって放る。

留美「……あっ」

八幡「ささやかだが奢りだ」

留美「……ありがとう」


隣同士で芝生に腰を下ろし、しばし無言でジュースを飲む。天気は秋晴れ。吹き抜ける風が心地いい。

留美「……ねぇ」

八幡「うん?」

留美「……いつか、そのうちにさ」

八幡「ああ」

留美「……きっと、恩返しするからね」

留美の声は真剣だった。八幡は、ふっふっと少し笑ってから答える。

八幡「いちいち気にしなくていい……と言いたいが、まぁ、恩を忘れないのはいい心がけだ。気長に待ってるわ」

最後の一口を呑み、立ち上がる。そろそろ戻らなければ、鶴見たちが心配するだろう。

948: 1 2012/07/26(木) 04:20:42.00 ID:5h3+qsLL0
その後も、方々から呼ばれては相談を受け、それを解決していく。そんな兄の姿をみて、小町は目を丸くしていた。

小町「あのお兄ちゃんが……ちゃんと自分から働いてる! しかも本当に頼りにされてる」

八幡「……人聞きの悪いこというな、バカシスター」

平塚「いや、確かにかつての君を知る者からすれば、驚くべき光景だろう」

八幡「先生まで……」

平塚「……ほら、後輩たちも、明らかに尊敬の目線を向けている。以前とは、まるで別人のようだよ。成長の跡をみて、私も正直嬉しい。
   だが……まだ、『リア充』と呼ばれることには抵抗があるようだな」

八幡「…………」
無言で頭を掻く。やがて溜息をひとつ吐き、訥々と語りだした。

八幡「まぁ、以前より多少、他人への態度に余裕みたいなものは出てきたかもしれませんし、いろいろなものが受け入れられるようになってきたとは思います……でも、それでも人間の根本みたいなものはそうそう変わらないんじゃないですかね」

平塚「……ふむ」

949: 1 2012/07/26(木) 17:00:00.67 ID:5h3+qsLL0
八幡「今の自分も……周りの奴らも嫌いではないです。劇も、成功させたいと思ってます。ただ……」

平塚「ただ……何だね?」

八幡「リア充がどうとか、誰と誰がくっついたとか別れたとか……そんな格付け、勘繰り、善意の押し付け、見下したり媚びたり。空気を読んで、『高校生らしい高校生』を演じて、それを青春と称して盛り上がる。そういうのが……」

平塚「……やはり、欺瞞と感じてしまうわけか」

八幡「……ええ、まぁ。 何て言うか、そういう世界にどうしてもなじめないんですよ。 もしかしたら、周りが今、俺に
   投影しているかもしれない『イケメンリア充』なんて役柄を日常で演じるよりは、劇の野獣役のほうが何ぼか楽です。
   空気がどうとか、周りがどう思ってるかなんてどうでもいい。俺は……」

いったん、言葉を切って、呼吸しなおした。

八幡「空気に流されたり誰かに強いられて、納得もできないのに自分を売り渡すなんてのは真っ平なんです。それくらいならぼっちのままでいい」

平塚「……なるほど、確かに人間の根本というのは、そうそう変わらないようだな」

くすりと静が笑う。

平塚「まぁ、以前であれば、このように本心を素直に話すこともなかったかもしれないが」

八幡「……勘弁してください」


??「……Your time is limited, so don't waste it living someone else's life」

950: 1 2012/07/26(木) 17:21:20.15 ID:5h3+qsLL0
八幡「……葉山か。聞いてたのかよ……」

こっ恥ずかしいな……と視線を逸らす八幡。

平塚「ふむ、いまのは確か、スティーブ・ジョブスのスピーチからだったかな?」

葉山「ええ。『人生は短い、だから他人の人生を生きるような無駄なことはするな』
   ……2005年のスタンフォード大の卒業式でのスピーチの中の、有名な一節です」

八幡「なんつーか、引用からしてハイソな感じだよなお前……」

葉山「いや…ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、ちょっと感銘を受けてね」

八幡「よせよ、本当に恥ずかしいから」

葉山「……くやしいけど、そういう君だから、彼女も惹かれたのかな」

ちいさく、口の中で呟く。

八幡「……? 何て言った?いま」

そのとき、物置から持ち出した小道具を広げて検分していた戸部達から葉山を呼ぶ声がかかる。

葉山「悪い、今いくから! ……ごめん、比企谷くん、また後で。 先生、失礼します」

にこやかに八幡たちに手を振り、戸部たちの方に向かう。

八幡「お、おう……」




戸部「隼人くん、ほらこれ見てよ、ギターだぜギター!!」

葉山「こんなものまであるのか……ん、音は狂ってなさそうだな。劇では使わないかもしれないけど」

三浦「隼人~、せっかくだからなんか弾いてぇ」

葉山「……まぁ、今はちょっと。いずれ、機会があったらな」

三浦の甘ったるいねだり声に、苦笑を返す葉山



時折歓声があがるリア充グループの輪の、そんな様子を八幡は遠くから見ている。

平塚「……因果なものだな」

静が誰にともなく呟いた。

951: 1 2012/07/26(木) 17:55:21.13 ID:5h3+qsLL0
さらに仕事を続けるうち、ふと気づく。

八幡「……そういえば、さっきから結衣の姿を見てないな」

まさか、校内で迷子になることもあるまいが。

八幡「おい、材木座、悪いけどこっち替わってくれ」

材木座「ぬ? おい、貴様はどこにいくのだ、八幡?」

八幡「ちょっと探しモノだ」

傍にいた材木座に塗装用のペンキ缶と刷毛をおしつけ、八幡は小走りに駆けだす。



八幡「おーい、結衣!」

だめだ、いない。部室なども見て回ったのだが…… 今日も少し様子がおかしかったが、まさか何かあったのか。

戸部「おーい、比企谷くん」

八幡「戸部か……悪い、結衣見なかったか? さっきから探してるんだけど」

戸部「え?! いや……さぁ」

八幡「……なんで目を逸らす」

戸部「そ、それよりさ、ちょっと倉庫から、運び出したいものがあるんだよ。ちょっと手を貸してくんね?」

今それどころでは…と言いかけたが、さほどの手間でもあるまい。それに、まさかいないだろうとは思うが物置のあたりは見ていなかった。……ついでだ。

八幡「わかった。じゃあ、そのあとで、こっちの人探しも手伝ってくれよ」

戸部「お、おう」

戸部の挙動に若干の不審をおぼえつつも、倉庫へ向かう。

952: 1 2012/07/26(木) 18:03:39.53 ID:5h3+qsLL0
八幡「なんか暗いな…灯りはないのか?」

何も見えないというほどではないが……足元に注意しながら、倉庫の中に入っていく。演劇のセット類のほか、
先日スタントをきめた際に利用したクッションや体育の授業でつかうマットなどがごちゃごちゃと収納されている。
視界の隅で、何かが動いた。


八幡「誰かいるのか?」

返事はない。そちらのほうに近づくことにした。

八幡「戸部、灯りのスイッチを……」

探してくれ、と続けようとして、背後で扉が閉じる音にかき消された。途端に、さらに真っ暗になる。

八幡「おい、戸部?!」

戸部「悪い、間違ってドアを閉じちまった! ちょっと待っててくれ」

八幡「……はやくしろよ!!」

まったく……と毒づく八幡のすぐそばで、また、何かが動く気配がした。

八幡「!!」

耳を澄ませば、息遣いも感じる。

そのとき、背後で「がちゃん」と、錠の閉まる音が響いた。

974: 1 2012/08/04(土) 01:27:45.44 ID:kyHKN6ci0
黒塗りのハイヤーが、静かに総武高校の校門前に横付けされた。ロマンスグレーの運転手が運転席から降り、
スモークガラスの貼られた後部座席のドアを開ける。

雪乃「都築、ご苦労様」

車外へ降り立ち、敬礼する使用人に労いの言葉をかける雪乃。

都築「また、お帰りの際にお迎えに上がります」

雪乃「……ええ」

雪ノ下家の次女は数秒の間をおいて、少し複雑な表情で頷きを返した。


975: 1 2012/08/04(土) 01:40:31.44 ID:kyHKN6ci0
ハイヤーが静かに視界の外から消えると同時に雪乃は頭を軽く振り、校門をくぐる。
憂鬱な家の事情を意識的に脳裏から追い出した。

いけない。せめて学校にいる間は、家のことを考えるのはやめよう……。
楽しいことを考えようと意識したとき、自然に脳裏に浮かんでくるのは想い人の顔だった。

「……比企谷くんは、ちゃんとやっているかしら」

歩きながら口元が綻ぶのを自覚する。顔を見たら、どんな風にからかってやろうか…
頭の中で、会話をシミュレートする。自然と、足取りが軽くなった。
なんだか、うきうきしてきた。油断すると小声で歌でも歌ってしまいそうだ。

976: 1 2012/08/04(土) 01:49:53.78 ID:kyHKN6ci0
八幡「おい?!」

戸部「すまん、比企谷くん。悪く思うなよ!」

八幡「ちょっと、こら戸部! もしもし、戸部くん?!」

戸部「……健闘を祈る。グッドラック!!」

呆然と、走り去る足音を聞く。


八幡「……閉じ込めやがった。信じられねぇ、いきなりなんなんだいったい?!」

??「………ヒッキー」


978: 1 2012/08/04(土) 02:11:42.65 ID:kyHKN6ci0
八幡「?!」

先ほどから感じていた人の気配。すぐ背後で生じたその声に、びくっとして振り返る。
声量を押し殺した小さな呼び声に、逆に今にも切れそうに張り詰めた何かを感じた。

八幡「結衣…か? おまえをずっと探してたんだぞ。こんなところで何をやって…」

目が合った。絶句した。

結衣「探して……くれてたんだ。うれしい」

光のない、暗い倉庫の中で。熱に冒されたようなその瞳が周囲の闇よりなお昏く…爛々と輝いて、八幡を見つめていた。
その顔は、きっと笑顔を浮かべているのだろう。肩から下は、よく見えない。ぼんやりとした、素肌の輪郭しか。

続く


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続・八幡「ぼくはきれいな八幡」雪乃「」
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