595: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:27:55.55 ID:vRlRO7Ho0








小学生の時の話だ。


当時はまだぼっちなんて言葉を知らなくて、一人ぼっちだった時の話だ。

小学生の頃の事など、もうあまり覚えちゃいないが、いくつか覚えている事がある。
……まぁ、ほぼ嫌な思い出なんだけどな。


けどその時の事は別にトラウマでもなんでもなく、ただ、なんとなく覚えていた。


小学生の頃俺は、当時通っていた小学校まで徒歩で通学していた。
別に珍しい事でもない。むしろ割合としては一番多い通学方法だろう。
まぁ、今はモンスターペアレントなんてのもいるらしいし、車で送る家庭も増えているのかもしれないが。


とにかく。俺は当時徒歩通学であった。


別に特別遠いわけでも、めちゃくちゃ近かったわけでもない。至って普通の、小学生が歩いていける距離。


そんな通学路で、ある一カ所。横断歩道があった。

関連作品
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」 その1

002

597: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:29:47.75 ID:vRlRO7Ho0

もちろん横断歩道なんていくらでもある。通学路にも当然いくつかあった。
しかしその横断歩道はあまり車の通らない路地にあり、ほぼあって無いようなもの。
誰しもが思った事があるであろう、「ここ、信号必要なの?」という交差点。


そこの横断歩道であった。


ここで繰り返すが、俺は当時小学生であった。正直学年はあやふやだ。
しかし当時の俺たちは、純真無垢な子供から、思春期の少年少女へと変わりつつあったのだ。


成長とは、何も良い事だけではない。
得るものは何も、良い事ばかりではないのだ。

この時、この横断歩道を通る小学生。

いつからだろうか。


車が通らないなら、と。小学生が信号を待たなくなったのは。


別に命に関わるような問題でもない。
確かにそこの交差点は車の通りがほとんど無いし、実際小学校を卒業するまで、事故なんてものも聞いた事が無かった。
その小学生たちだって、他の横断歩道では信号が青になるのを待つだろう。


けれど。いつからか小学生は、信号を無視するようになったのだ。


598: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:31:31.61 ID:vRlRO7Ho0

俺はその当時も一人ぼっちであった。
小町が通うようになるまで、俺は一人で通学していた。


そんな時、ある光景を見たんだ。


3人~4人の集団下校する同級生たち。
見かけたのは例の横断歩道。別に車は通っていない。

楽しそうに騒ぎながら、話しながら渡っていく小学生たち。信号は赤。


その中で、一人だけ躊躇う少年がいた。


他が気にせず渡っていく中、その少年は躊躇した。


けれど、それも一瞬の事だった。


赤信号、皆で渡れば怖くない、ってか。
俺はその言葉を、何年後かに知る事になるが……正直、嫌いな言葉だ。

当時の俺は、信号を待たずに渡った“皆”よりも。



“皆”がやるなら、と自分を曲げた少年の方が、



カッコ悪いと、思ってしまったのだ。




599: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:32:44.61 ID:vRlRO7Ho0

しかし、言ってしまえばたったそれだけの事。
今そんな光景を見た所で何とも思わないし、気にも留めないだろう。


けど、何故かその時の事は覚えている。


……そういえば、律儀に信号待ってたら、女子に「何アイツ、あんな所で一人で突っ立って……キモっ」って言われた事があったな。





八幡「……やっぱ嫌な思い出じゃねーか。何トラウマ思い出してんだ、俺……」





早朝6時。

割と最悪な目覚めであった。



600: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:33:59.62 ID:vRlRO7Ho0







小町「ふーん。また懐かしい夢を見たねお兄ちゃん」


眼前におわすは我が妹、小町。
そして眼前に並ぶは我が妹の手料理の、朝食。

……ふむ。良い朝だ。


そんな風に目覚めの悪さを癒す朝。
例のオーディションを告げられた翌日である。

基本的にうちの親は家をあける事が多いので、こうして小町の手料理を頂く事も少なくない。その点は感謝だな。自分で作らなきゃならん時は面倒だが。



八幡「まぁな。またいらんトラウマを思い出してしまった」


601: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:35:34.49 ID:vRlRO7Ho0

小学生とは怖い生き物だ。というか子供が怖い。
なんであんなに思った事をそのまま言っちゃうの? せめて本人のいない所で言ってほしい。泣いちゃう。つーかあん時は小学生だったからホントに泣いていたんじゃ……?


と、俺が過去のトラウマに悶々とし始めていると、朝食の準備を終えた小町が向かいに座る。
そのエプロンを自然に椅子の背もたれに掛ける所が、妙に自然で、何と言うか、良いですね。

そうアホな事を考えていると、小町はクスッと笑って言ってくる。



小町「でもでも、それでもお兄ちゃんは、待つ事はやめなかったんでしょ?」


八幡「……まぁ、な」



それだけ聞くと凄い一途な人みたいだが、実際は信号待ちをしているだけだ。



小町「なら良いじゃん。お兄ちゃんのそういう所、小町は好きだよ? あ、今の小町的にポイント高ーい♪」


八幡「……あ、っそう」


602: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:37:36.49 ID:vRlRO7Ho0

そりゃこっちの台詞だ、パカタレ。
八幡ポイント高過ぎて攻コスト以外にも振り分けたくなるだろーが。

全く。そんな事を言うから、こんな立派なシスコンになっちまったんだぞ?
こりゃ、当分嫁には出せんな。うん。



そんなこんなで朝食終了。


小町が後片付けをしてくれている間にネクタイを締める。

……なんか、いつの間にかスーツにも慣れてきたな。
嫌だ嫌だ。文化祭の時もそうだったが、俺は働き始めると存外社畜っぷりを発揮してしまうらしい。
こ、このままではシンデレラプロダクションに永久就職なんて事も……!?



八幡「……いや、それは無いか」



この企画の中に、優秀な人材を発掘するという目的が少なからずあるのは薄々分かってはいた。しかしその敷居の高さは、アイドルに勝るとも劣らないだろう。

そのまま正社員に抜擢されるような人材なんて、100人中10人いたら多い方じゃないか?
確かにそう言う意味では、このプロデューサー大作戦は良い選抜方法なのかもな。より実践的に手腕を測る事が出来るのだから。もしかしたら、これこそがその企画の本当の狙いなのかもしれない……それは考え過ぎか。


ま、どちらにせよ俺には関係の無い事だ。

抜擢される事は無いだろうし、万が一されるような事になっても、断るだろう。

603: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:38:58.93 ID:vRlRO7Ho0

しかし疑問は残る。

一年後の総選挙で決められるシンデレラガール。
そのプロデューサーは、果たしてどうなるのか?

実際の所、明言はされていない。
何か表彰でもされるのか、景品が貰えるのか、もしくはーー



八幡「まさか、強制的に正社員になるって事はねぇよなぁ……?」



それは勘弁していただきたい。
まぁ、今の段階じゃ要らぬ心配か。
捕らぬ狸のなんとやらだ。そんな事は、凛がシンデレラガールになってから考えればいい。



八幡「……ん?」



今何か、違和感を感じた。
それは別に病気の予兆とか、前兆の感知なんてものでもない。俺に幻想はぶち殺せない。

何と言えば良いのか、自分自身の思考に対する違和感、とでも言えばいいのか?

うーむ謎だ。


604: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:40:22.25 ID:vRlRO7Ho0

八幡「……」

小町「およ。どうしたのお兄ちゃん。ネクタイ締めたまま固まっちゃって」



俺が思考の渦に巻き込まれていると、支度を終えた小町がやって来た。いつの間にやら、家を出る時間になっていたようだ。



八幡「なんでもねぇよ。さっさと出るか」

小町「そだね。……あ! そうだった、お兄ちゃんに言っときたい事があったんだ」



玄関に向かっている最中、急に思い出したように言う小町。なんか嫌な予感がするんですが……



小町「お兄ちゃんの担当アイドルの……えぇーっとー…凛、さん? だっけ? 今度家に連れて来てよ!」

八幡「ええー……やだよ」



いや普通に嫌だ。ハズイし。
つーか、別に呼ぶ理由なくなくない?



小町「良いじゃーん、小町も挨拶しときたいし。それに、新たな嫁候補だよ? これが会わずにしてどうしろと!」

八幡「どうもしなくていい。つーか担当アイドルと結婚するとか、そんな簡単にセーラー服は脱がせねぇんだよ!」


605: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:43:11.23 ID:vRlRO7Ho0

凛はにゃんにゃんなんてキャラじゃないしな。
ていうか何。この子、なんでこんなにテンション上がってんの? 萌えじゃなくて燃えなの?



小町「でも、結衣さんと雪乃さんとは会ったんだよね?」



そして何故知っているし。いやまぁどうせ由比ヶ浜あたりから聞いたんだろうが。
女子の情報網とはかくも恐ろしいものである。



小町「良いなー。なんで小町も呼んでくれなかったの? そんな面白そうな場面に立ち会えなかったなんて……くっ! 小町一生の不覚!」

八幡「別になんも面白くもない。つーかお前を呼ばなかった事は八幡一生の功績だったな」



もしも呼んでいたらどうなっていた事か。それならばまだ卯月や本田が一緒の方がマシである。……いや、どうだろう。それはそれでウザイな。


どうにか別の話にそらしつつ、小町と雑談しながら家を出る。

小町は学校、俺は会社へ行く為駅へ。うわぁ、なんか俺、父親になった気分だ……
どちらにせよ小町は嫁に出さんがな(迫真)。

606: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:44:45.08 ID:vRlRO7Ho0

通勤&通学している途中、ふと横断歩道にさしかかる。信号は赤。
青になるのを待っている中、思い出すのは今朝の会話。


そして、この交差点は一年前の……




小町「お兄ちゃん」



小町の一言で我に帰る。
少しばかり考え込んでしまっていたみたいだ。



八幡「どうした?」



小町の方を向くと、何故かは知らんが、笑っていた。





小町「いつか、一緒に隣で待ってくれる人と出会えるといいね」





607: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:46:18.46 ID:vRlRO7Ho0








「もちろん小町は一緒に待つけどね。だってお兄ちゃんの妹だし。あ、今の小町的にポイント高ーい☆」


そう言い残して小町は学校へ向かっていった。
今日は朝から高ポイントの連続だな。そろそろ守コストにも振り分けるか。


嫌な事も良い事もあった朝を過ごし、我がシンデレラプロダクションへと出社する。我がとか言っちゃったよ完全にリーマンじゃんオレェ……


事務所には数人のアイドルと一般Pがいた。各々が仕事のスケジュール確認や、仕事前の支度へと勤しんでいる。うむ、何故だか頭が痛くなってくるな。

そんな中を颯爽と突っ切り、自分のデスクへと向かう俺。
というか、勝手に使ってるだけなのだが。

いや、でも輝子よりマシじゃない? あいつデスクの下にキノコ栽培してんだぜ?
しかもこの間思わず蹴ってしまったら怒られたし。怖い。キノコ怖い。


608: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:47:40.99 ID:vRlRO7Ho0

事務スペースには既にちひろさんがいた。ご苦労様ですな。

……前々から思っていたのだが、こうして仕事をしているちひろさんを見ていると、なんか既視感があるんだよなぁ。何でだろう。



八幡「おはようございます」

ちひろ「あら。おはようございます比企谷くん」



動かしていた手を止めて挨拶を返してくるちひろさん。



ちひろ「昨日話したオーディションの件、考えてくれましたか?」

八幡「ええ、まぁ」



例のオーディション。
まだ出るかどうかは決めていないのだが、俺の一任では決められない。



八幡「やっぱり、本人たちの意思に任せようかと」

ちひろ「そうですねぇ……それが一番良いのかもしれません」


609: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:48:51.60 ID:vRlRO7Ho0

頷くように応じるちひろさん。
意外だな。てっきり投げやりだなんだと言われるかと思っていた。

そんな俺の気持ちが伝わったのか、ちひろさんは笑いながら補足するように話していく。



ちひろ「比企谷くんだって、ちゃんと色々と考えてその結論だったんでしょう? それくらいは分かりますよ。私だって伊達にアイドル事務所の事務員をやっていませんよ」

八幡「そんなもんですか」

ちひろ「ええ。そんなものです。デレプロ奉仕部の事だって、比企谷くんの事を信用しているから頼んだんですよ?」

八幡「ダウト」

ちひろ「残念! 本当です♪」



冗談で誤摩化す作戦だったのに、更に返されてしまった。や、やりおるなこの事務員……!
どうにか冷静を保ちつつ、なんて事ない風を装う。



八幡「……まぁ、そう言う事にしておきますよ。けど、良いんですか? 特定のアイドルに肩入れはしないって言ってたのに。席まで使わせてもらってるし」



本当に今更だが、大丈夫なのだろうか。後になってインチキとか言われたらどうしよう。

610: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:50:32.02 ID:vRlRO7Ho0

ちひろ「前にも言いましたけど、デレプロ奉仕部を請け負ってくれているお礼ですよ。むしろこれでも見返りが少ないと思っているくらいです」


これで見合ってないって、この人、この先どれだけの臨時プロデュースをさせるつもりなのだろう……
俺が戦慄していると、ちひろさんは照れたように笑った。




ちひろ「って言っても、本当には近くに置いておきたいだけなのかもしれませんね。あなたたちは、見ていて面白いから」


八幡「っ!」




ーーあぁ、そうか。


今の台詞を聞いてようやく分かった。
この人を見て既視感を覚える理由が。


似ているのだ。

我が担任であり、生活指導でもあり、俺たち総武高校奉仕部の顧問でもある。


あの人に。


611: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:52:33.18 ID:vRlRO7Ho0

ちひろ「? どうかしたんですか?」

八幡「……いえ」



性格も、容姿も、全然違うのに。

それでも、何処か似ていた。



八幡「ちひろさん」

ちひろ「はい?」

八幡「今度、ラーメンを食べに行きましょう」



おせっかいで、お人好し。
もしかしたら、ちひろさんも教師に向いているのかもな。



ちひろ「よく分かりませんが……是非♪」



その笑顔を見て、そう思った。





……あ、あと独身ってとこも似てるな。やっぱ仕事に生きているからだろうか。
これは言わないでおこう。

この人にまで手を出されるようになったら、俺の身が保たないしな。



612: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:53:49.72 ID:vRlRO7Ho0







凛「出るよ。もちろん」


即答であった。
確かに凛はそう言うだろうと思ったけど、本当に早い。どれくらい早いかってーと、野球部の返事がニンバス2000なら凛はファイアボルトくらい早い。クィディッチ出れるレベル。いや出るのはオーディションだけども。




輝子「……で、出たい、とは、思う…」


遅かった。というか曖昧だった。
大丈夫? お前の箒折れてんじゃない?
こりゃ、クィディッチには出れそうもないな。いや出るのはオーディションだけれども。




八幡「……じゃあ、二人とも出るって事で良いんだな?」


凛「うん」

輝子「う、うぅん……」



今のは返事なのか微妙な所である。

614: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:56:02.30 ID:vRlRO7Ho0

ちひろ「まぁ最初は書類選考ですし、気軽な気持ちで応募してみるのも良いと思いますよ」


ちひろさんがフォローしてくれた。
まぁ実際その通りだ。まずは書類選考、それを通った後に面接だ。一次で落ちたら話にならない。



輝子「そ、そっか……書類選考があるのか……フヒヒ」



おい。何でちょっと嬉しそうなの? 完全に落ちたら落ちたで良いと思ってるよね?
そんな輝子も心配だが、ある意味ではもう一人の少女も心配だ。



凛「……」



あからさまに緊張している。
どう見ても緊張している。誰が見ても緊張している。



八幡「……大丈夫か?」

凛「え? あ、あぁうん。大丈夫だよ」



大丈夫な奴はそんなどもらねぇよ。ソースは俺。
見ろ、こうしている今だって油断するとカタカタと手が震えてくる。たぶん営業行く前とか生まれたての子鹿みたいになっちゃうぞ。

615: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 01:59:29.35 ID:vRlRO7Ho0

八幡「あまり無理はすんなよ。頑張るのと無理するのは別物だからな」

輝子「フフフ……八幡は、良い事を言う…」

八幡「お前は多少無理をするくらいで丁度いい」



つーか、話しにくいからいい加減机の下から出てこないか? 他の人が見たら地震でも起きたのかと勘違いするぞ。もの凄く今更だが。



ちひろ「お二人ともオーディションを受けるという事なので、説明を始めたいと思いますね。お願いします助手さん♪」



え、72? 助手? ティーナでもいるの? 



卯月「はーい♪ 助手の島村卯月です!」



違った。むしろ83だった。

いきなり現れた島村はどっからかホワイトボードを引っ張ってくる。
そのホワイトボードには、大きく「オーディション概要」と書いてあった。

お前、プロデューサーいないからって普段こんな事やってんのか……なんか涙が出てきた。



ちひろ「まず最初に言っておくと、このオーディションはシンデレラプロダクション、つまりウチの会社にのみ持ってこられたお仕事です」

616: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:01:54.41 ID:vRlRO7Ho0

ちひろさんが説明をすると、島村がホワイトボードにかいつまんだ内容を書いて行く。すげぇ丸文字だ。



ちひろ「要は“プロデューサー大作戦”に便乗して、話題を作るために回して頂いた仕事なわけですね。こっちとしても採用されれば知名度は一気に上がるし、向こうとしても会社のPRには持ってこいです。win-winな関係って事ですね♪」



出たwin-win。なんかこういう仕事ってその言葉よく使いそうだよな。
けど俺から言わせてもらえば、そんなの厳密にはあり得ないと思うけどな。
自分の利益と相手の利益が完全に一致する事など無い。どこかでどちらかは妥協しているのだ。それが無ければそんな関係など出来っこない。

それって、本当に“自分も勝ち、相手も勝つ”と言えるのだろうか。


いや今はそんな事はどうでもいい、オーディションだオーディション。



ちひろ「ここで重要なのが、他のプロダクションのライバルはいないという事です。これは若手ばかりのウチとしては大変良い事なのですが、裏を返せば、同じプロダクションの子がライバルという事でもあります」



力強く「ライバル!」と書く島村。ドヤ顔可愛い。



ちひろ「勝っても負けても恨みっこナシ! 大きな仕事としては、これがプロデューサー大作戦が始まって初の対決になりますかね~。ここまでで何か質問はありますか?」

617: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:03:31.56 ID:vRlRO7Ho0

凛「はい」


隣の凛が手を挙げた。
もう気分は学校の授業である。ホントに先生になっちゃったねちひろさん。



ちひろ「はい、凛ちゃん」

凛「今の所、オーディションを受ける人数はどれくらいですか?」



ちひろ「そうですねぇ……ざっと30人くらいですかね」



へぇ、意外だな。もっといるかと思ってた。
シンデレラプロダクションには100人以上のアイドルが所属している。つまりこのオーディションに参加しようとしているのは、全体の三分の一以下という事になる。



ちひろ「まぁ、その実態はプロデューサー不足というのもありますが……やっぱりアイドルの方向性を考えているんでしょうね。イメージタレントの募集ですから、厳密にはアイドルの仕事とは違いますし」

八幡「はぁ……成る程」



違いがよう分からんな。



ちひろ「お二人はもちろん、受けるからにはこの会社の事はある程度調べているんですよね?」

凛「うん。食品会社だよね」

輝子「フヒヒ…ここのお吸い物は美味しい……松茸」

618: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:05:26.27 ID:vRlRO7Ho0

そう。今回受けるこの会社は食品会社だ。
主にインスタント食品や冷凍食品。スーパーによく売られているあーゆーのである。



ちひろ「その通り。つまりこの会社のイメージタレントという事は、食品関係のPRをするのが仕事になるわけです。CMとかで「この冷凍食品、冷凍とは思えない☆」なんて風にね」



妙に芝居がかってたな今。ちょっとやりたいんじゃないの?
ちひろさん、普通に見た目は奇麗だからなぁ。
あと島村、その台詞は別に書かなくていいから。



ちひろ「なので、そういう方面に向いてないと判断する所もあるって事ですね」

凛「……私たちって、どうなのかな」



出るって言った後にそれ言う?
まぁ何事にも挑戦するってのは良い事なのかもしれんが。
あまり深くは考えてなかったらしい。俺も。



八幡「良いんじゃないか。今は兎に角色々やってみるのも」

ちひろ「そうですね。無駄な経験なんてありません。自分の可能性を広げるという意味でも悪くないかと」

輝子「……」


619: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:09:14.15 ID:vRlRO7Ho0

あのー輝子さん? 黙りこくってると怖いんですが……

ま、まぁ、色々思う所もあるのだろう。今はたくさん悩ませとこう。



八幡「んじゃ、オーディションは出るっつう事で。書類は出しておくから、お前らは一次通った時の為に面接練習しとけよ」

凛「うん。わかった」

輝子「……」

ちひろ「それじゃあ、私が面接官役でお相手しますよ。他のアイドルの子たちも一緒に練習しようと思っていたので」



着々と準備が進んでいく。

さて、俺は少しでも有利になるように、会社の事でも調べますかね。



とりあえず最初は『○○会社 ブラック』で検索だな。



620: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:11:34.02 ID:vRlRO7Ho0








八幡「足りない心を~♪ 満たしたくて駆け出す~♪」



帰宅なう。
夕方の千葉は良い。思わず歌いたくなる程な。

オーディションまで一週間程。
しばらくはその対策に追われそうだ。
あいつらも頑張ってるし、俺も挨拶回りに……


……また違和感だ。何なんだ一体?


自分で自分に違和感を感じるとか、情緒不安定なのか俺は。

ま、考えたってしょうがない。早く帰って風呂にでも入ろう。




八幡「見上げた空から~♪ 跡辿っt…」

「あれ? 比企谷か?」

八幡「…ッ!」

621: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:13:19.27 ID:vRlRO7Ho0

ま、また歌ってる所を聴かれてしまった。
今度は何、765プロにでもスカウトされるの? やよいちゃんに会えるならそれもやむなし。

しかしそんな事はもちろん無く、その上、聴かれたのは知り合いだった。



「やけに上機嫌だな。良い事でもあったのか?」

八幡「……別にそんなんじゃねぇよ。葉山」




葉山隼人が、そこにいた。




葉山「ハハ、悪い悪い。別にからかうつもりはなかったんだ。ただ……」



苦笑混じりに話す葉山。どこか躊躇っているようにも見える。



葉山「元気にやってるみたいで、安心したよ」

八幡「……お前」

葉山「……ごめん、平塚先生に聞いたんだ。あのテレビでやってた、プロデューサーやってるんだろう?」


622: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:16:26.20 ID:vRlRO7Ho0

あ、あの人、言ってやがったのか!
雪ノ下と由比ヶ浜には言ってないんじゃなかったの? もしかして面白がって黙ってたのか……



葉山「俺には教えとくって、言ってくれたんだ。安心してくれ、他の皆には言い触らしたりしてないから」

八幡「……そうかよ」



まぁ、別にそこは心配していない。コイツの事だ。特に口止めなんてしなくても、黙っているだろう。



葉山「なぁ、比企谷」



急に神妙な顔つきで話しかけてくる葉山。
な、なんだよ。イケメンがそんな顔するときゅんとしちゃうだろ。





葉山「どうして、プロデューサーなんてやってるんだ?」




八幡「…………あ?」






思わず呆けてしまう俺を見て、葉山は慌てて取り繕うに言う。



葉山「ああいや、別に嫌な意味で言ったんじゃないんだ。ただ、なんて言うか……不思議だったんだ」

八幡「不思議?」

葉山「あぁ。……俺としては、比企谷がそうやって物事に前向きに取り組んでるの良い事だと思ったし、嬉しいと思った」


623: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:18:23.00 ID:vRlRO7Ho0

お前は俺の親か。
思わずツッコミそうになったが、堪えて続きを待つ。



葉山「けど何か……らしくない、とも思ったんだ。言っちゃ悪いが、お前は進んでそういう事をする柄じゃないだろう?」



本当に言っちゃ悪いな。
確かに自分でもそんな柄ではないと思うけども。



葉山「だから気になったんだ。比企谷。どうしてプロデューサーなんてやっているんだ?」



葉山はさっきと同じ質問を繰り返した。


どうして、俺はプロデューサーをやっている?




八幡「……」




あぁ、そうか。


違和感の正体はこれか。


葉山のおかげで分かった。
俺はずっと引っかかっていたんだ。

いつの間にか、プロデュースする事を当然だと思っている自分に。


624: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:21:20.86 ID:vRlRO7Ho0



なんで、俺はプロデューサーをやっている?


社長にスカウトされたから?

平塚先生に勧められたから?

担当アイドルが付いたから?



どれも、違う。



ならなんで、俺は……










「今は、私の隣にいて」









ふと、思い出す。



625: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:22:28.06 ID:vRlRO7Ho0











「隣で私のこと……見ててね」










ーーそっか。


そういう、事か。





八幡「……裏切られても良いと思ったんだ」


葉山「え?」



626: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:25:28.97 ID:vRlRO7Ho0



自惚れかもしれない。過信かもしれない。いつもの、勘違いかもしれない。



それでも。



俺は確かにあの時、彼女の言葉を嬉しく思った。

彼女の思いに、応えたいと思ってしまった。

例えそれがいつもの勘違いで、いつのものように俺が傷つく事になったとしても。




俺は、凛をプロデュースしたいと思った。




彼女を信じずに、彼女が傷つくくらいなら。

俺が裏切られて、俺が傷つく方がマシだ。



627: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:27:49.45 ID:vRlRO7Ho0



八幡「頼られてるなんて不覚にも思っちまったから、やるんだよ。それが勘違いだったんなら、俺がダメージ負うだけですむからな」



だから、俺はやりたいようにやるだけだ。



葉山「……そうか」



ぽつりと言葉を零す。
葉山は何かを諦めたような、そんな表情を浮かべていた。




葉山「君は変わらないな。相変わらず好きにはなれそうにない。けど…」


八幡「……」


葉山「嫌いにも、なれそうにない」



それでも、何処か清々しさを感じさせる笑みだった。



八幡「……俺もだよ。馬鹿野郎」



628: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:30:17.91 ID:vRlRO7Ho0



その後無言で帰る。

つーか、お前もこっちの道なのかよ。
葉山は部活の帰りらしかった。



八幡「ん……」



人通りも、車の通りもない交差点。
そこの横断歩道の前。

信号は、赤だった。



葉山「っと、赤か……」



少しばかり気づくのが遅れたのか、後ずさるように止まる葉山。
思わず、その様子をジッと見てしまった。


629: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/09(金) 02:33:03.09 ID:vRlRO7Ho0



八幡「……」


葉山「どうしたんだ比企谷? そんな意外そうな顔して」


八幡「……いや。信号、待つんだな」


葉山「? 赤なんだから当たり前だろ?」




ホントに不思議そうな顔をする葉山。

……んだよ、俺が変みてぇじゃねぇか。




葉山「比企谷?」


八幡「……何でもねぇよ」




苦笑と共に、ため息をもらす。

俺が足を踏み出すと、葉山が慌てて追いかけてくる。




信号は、青だった。






684: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:34:46.32 ID:VInTqWuT0










人間とは、後悔する生き物である。

その時その場で選択をし、その積み重ねを経て生きて行く。
そうやって生きて行く過程で、後悔しない事などありえない。

もし、たら、れば。
大きさは違えど、いくつもの分岐点を通過して。

仮想の未来を浮かべずにはいられない。


そして後悔という行為には、心を休ませる効果があるらしい。
後悔していれば、昔の自分を責め、今の自分から目を背けることが出来るから。
そうやって、心を保つのだそうだ。


人は、後悔せずにはいられない。


685: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:36:37.10 ID:VInTqWuT0

よく後悔をしないように生きる、なんて言葉を聞くが、実際そんな事は無理だ。

人は後悔して、葛藤して、焦燥して、生きて行く。



けれど、だからこそ俺は言おう。

それでも俺は、過去を変えたいとは思わないーーと。





八幡「…………うーむ……」

凛「プロデューサー? どうしたのそんなに唸って」



おお、良い所に来たな。
実は今行き詰まっていてな。



八幡「いや……ウチの担任から渡された課題が難しくてよ」

凛「仕事関係だと思ったら宿題だった!?」




題:もしもあなたが過去へ戻れるのならどうしたい?


平塚先生鉄板の作文制作でった。


686: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:37:55.12 ID:VInTqWuT0

凛「……なんだ、ただの作文か」



呆れたようにジト目で見てくる俺の担当アイドル。
ただのって何だ、ただのって。



八幡「お前、大学言ったらそんな事言えんぞ? まぁあっちは作文というよりはレポートだが。もしも文系目指すんなら今の内に勉強しとけ」

凛「プロデューサーだってまだ高校生じゃん……」

八幡「細けぇこたぁ(ry」



ペンをカリカリと走らせ、続きを書いていく。
ちなみに使っているのは勿論いつものデスクだ。ぶっちゃけ愛着すら湧いてきた。

しかし……最近は何だか、前に比べて筆が進まなくなった気がすんな。文章を作るのは得意だと思ってたのに。
つーか、仕事あるってのに宿題とか出すなよなあの先生……


「提出するのは次来た時でいい。ゆっくりやりたまえ」


なんて良い笑顔で言っていたが、そんな事言ったらもう二度と学校には顔出さんかもわからんぞ!


687: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:39:13.42 ID:VInTqWuT0

作文とにらめっこしていると、痺れを切らしたかのように凛が隣から横やりを入れてくる。
いやまぁこの時間に宿題やってる俺が悪いんですけどね。



凛「宿題もいいけど、そろそろ始めない?」

八幡「ん。そうだな……って、いつも通りだけど輝子は?」



周りには見当たらない。デスクの下にも……いない、だと?
ここにいないって、後は自宅かスーパーのキノコ売り場くらいじゃないか? どちらにせよ外かい。
そんな事を考えていると、凛がキョロキョロと辺りを見渡し始める。



凛「輝子なら……あ」



そして一点を見つめたかと思うと、窓際の方のあたりを指差す。



凛「あそこでカーテンに包まってるよ」

八幡「よし。連行しようか」




連行中。




凛「プロデューサー。連行完了したよ」

八幡「うむ。ご苦労」

輝子「フ、フヒヒ……もう、面接練習は嫌……」涙目


688: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:40:42.81 ID:VInTqWuT0

と涙目で正座している輝子だが、座っているのは相も変わらずデスクの下だ。
そこで正座されても反省の色が全く感じられないから不思議である。

例のオーディションだが、二人とも書類選考は突破したらしい。
それに伴って面接練習も本格的に始めたらしいのだが……



八幡「そんなに練習したのか?」

凛「うーんと……」



ここ最近は○○会社について調べていたので、俺は面接練習には参加していなかった。今日あたりからちひろさんと一緒に見てみようかと思っていたんだが……凛の歯切れの悪さを見て嫌な予感がしてくる。



凛「なんて言ったらいいのかな……い、色々あったよ?」



苦笑いしながら目をそらす凛。
色々ってなんだ色々って。その中にはどれだけ危険なものが含まれてるんだ? なんか訊くの怖くなってきちゃったぞ。



ちひろ「おぉっと、そこから先は私に任せてもらいましょうか」


689: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:41:53.30 ID:VInTqWuT0

といきなりシュタッと現れるちひろさん。やけにかっこいいなオイ。
そういや今までいなかったな。デレプロ奉仕部顧問としての自覚が足りていないぞ。……あ! デレプロって略しちまった!



ちひろ「何があったかは、実際にご覧になった方が早いかと。というわけで面接練習の方に移りましょうか♪」



そしてやけにノリノリだなこの人。

それに比べウチのアイドルを見ると、カタカタと震える輝子に、それを励ます凛。



……大丈夫なのか?




690: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:43:13.84 ID:VInTqWuT0










場所は変わって応接室。

ここを面接練習の部屋として使っているらしい。
部屋の奥に長テーブルが置いてあり、そこの席にちひろさんと俺が座っている。要は面接官だ。

と言ってもメインはちひろさんがやってくれる。俺も一応いくつか質問は用意しているが……なんか、こっちはこっちで微妙に緊張すんな。


そして目の前には四つの椅子がある。
二つは凛と輝子だとして……あと二人は誰だ?

ちひろさんは「後になってのお楽しみです♪」なんて言ってはいたが。
……まさか、なぁ?


俺が嫌な予感を感じていると、コンコンと扉がノックされる。きたか。


691: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:44:45.15 ID:VInTqWuT0

ちひろ「どうぞ」


ちひろさんが部屋への入室を許可する。
こうして見ていると、妙に手慣れた印象を受けるな。
あ、つーか実際に面接官やってんのか。アイドル事務所の事務員だしな。

そんな素朴な俺の感想は放っておいて、一拍おいた後、扉がゆっくりと開かれた。



卯月「失礼します! 島村卯月、15歳です♪」



やっぱりお前かよ! つーか自己紹介早過ぎるよ!



卯月「趣味は友達と長電話で、出身地は…」

ちひろ「卯月ちゃん、とりあえず席にね」



そのまま続けようとする島村を制し、席へ促すちひろさん。思わず素に戻ってしまっている。
まぁそりゃな。入室して2秒で年齢言う奴とか始めて見たもん。

さっそくの先制攻撃に俺がやられていると、次のアイドルが入室してくる。
島村が来たって事はやっぱり……


692: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:46:28.81 ID:VInTqWuT0


未央「し、失礼しましゅ!」カタカタ



うん。来ると思ってた。来ると思ってたよ。
でもまさかそんなに緊張するキャラだとは思ってなかったなー。パーカー裏返しになってるよ?

ってか絶対わざとだろ! そんなミス家出る前からやるわけねぇし!



ちひろ「未央ちゃん? そういうのはいいから…」

未央「あ、そうですか?」けろっ



しかもやめちゃうのかよ!
あとここでパーカー着直すな。目のやり場に困る。


つーかやっぱこいつらだったか……
何? ヒマなの? なんかこっちが申し訳ない気持ちになってくるんですけど……

俺が早速げんなりしていると、いよいよ本命がやってきた。


693: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:47:42.90 ID:VInTqWuT0


凛「し、失礼します」



担当アイドルの凛。

いささか緊張している様子ではあるが、未央程ではないな。そもそもあっち演技だし。
あと、よく見るとピアスをしていない。別に面接って言っても就活してるわけじゃないんだから、大丈夫な気もするが……どうなんだろうね。


そして遂にやってきた。一番の不安の種。

頑張れ! キノ子!!









八幡「……」

ちひろ「……」

凛「……」

未央「……」

卯月「~♪」









…………あれ。



694: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:48:38.03 ID:VInTqWuT0

いくら待てどもやってこない。
トイレ?



ちひろ「……はぁ、またですか」

八幡「え? また?」



隣でちひろさんが嘆息している。
またってどういう事だ。



ちひろ「逃げましたね」



逃げた?
逃げたって、え?
escape?



ちひろ「卯月ちゃん! 凛ちゃん! 未央ちゃん!」

卯月「はい!」

未央「まかせて!」

凛「……全く、輝子ったら…」


695: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:50:08.30 ID:VInTqWuT0

俺が状況を飲み込めずにキョロキョロしていると、ちひろさんの呼び声で三人が部屋を颯爽と出て行く。え、何この展開。どっかにカメラでもあんの?


とりあえずついていけないので、俺は部屋で待機。すると程なくして、どこからか輝子の叫び声が聞こえてくる。




「輝子。また逃げ出したらデスクの下のキノコたちは、私たちで美味しく頂くよ?」


「ノォー! マイフレーンズ!!」





……輝子に、合掌。





696: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:51:48.11 ID:VInTqWuT0










ちひろ「とまぁこんな感じで、大体の面接練習は逃げ出したり、ずっと黙っていたりで、上手く進まなかったわけです」



場所は戻ってきて事務スペース。
いつもの反省会の位置である。



八幡「なるほど……」



色々ってのは、そういう意味ね。

予想はしていたが、やはり中々輝子にはハードルが高いらしい。
それを言ったら俺だって難しいけどな。
今はプロデューサーやってるが、面接必要だったらやってなかっただろうし。



凛「けど私も人の事は言えないかな。結構緊張してミスしてばっかりなんだ」


697: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:53:03.05 ID:VInTqWuT0

苦笑いしながら言う凛。
実際彼女の言う事はその通りなんだろうが、きっと輝子に対するフォローも含まれているのだろう。良い娘である。



輝子「フ、フヒヒ……そ、そんな事ない。り、凛ちゃんに比べたら、私は……」



それでも、今の輝子には届かないようだ。

慰めは、時に人を傷つける。
もちろん当人にそのつもりはなくても、傷つけてしまう事はあるのだ。

人に、人の気持ちは分からない。



輝子「……わ、私……昔演劇部に入ってた事があったんだ…」



ぽつりぽつりと言葉を発し始める輝子。
え、演劇部とな。
何だろう。木ノコ役とかあったんだろうか。


698: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:54:24.61 ID:VInTqWuT0

輝子「で、でも、私目立たないから……木の役とか、大道具の係ばっかりで……」



oh…

冗談だったのに真実だった……
なんか、ゴメン。胸が痛いや……



輝子「そ、それでも一度だけ、役を任された事があった……主役ではないけど、台詞もちゃんとある役…」

八幡「……」

輝子「正直、最初は断ろうかと思った……ぜ、絶対噛むし、上手く出来っこないから……」



その時の光景が、妙に鮮明に浮かんだ。
きっとその時の輝子も、今のように不安な表情だったんだろう。



輝子「でも、こ、後悔したく、なかったから……やってみた」

八幡「で、どうだったんだ?」

輝子「失敗した」

699: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:55:37.41 ID:VInTqWuT0

即答だった。
お前、こんな時だけ即答ってどうなの? 悲し過ぎるぞ……



輝子「や、やっぱり台詞は噛み噛みだったし、劇中で何度も転んだし、他の部員には陰口言われまくるし……フ、フフ…散々だった……」


凛「……」

ちひろ「……」



さすがの凛もちひろさんも言葉を失っている。
というより、気安く話しかけられないのだろう。
ぼっちはデリケートなのである。



輝子「そ、それが中学一年の頃……結局その劇が終わったら、やめちゃった……」



輝子の目は、先程の不安の色ではなく、諦めの色を見せていた。


700: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:57:11.60 ID:VInTqWuT0

輝子「やらずに後悔するより、やって後悔する方が良いなんて言うけど……あ、あれは嘘」

八幡「……」

輝子「け、結局、後悔するかもって思ってる時点で……後悔するのは分かってる。だったら、やらずに後悔していた方が、楽。その方が、傷つかずにすむから…」



何もせずに後悔していれば、昔ああしていればなーと希望を持っていられる。

けれど、やって後悔する事だってもちろんある。
やって良かったなどと言えるのは、成功した者だけだ。

そうやって行動することで状況を悪くする事も、必ずある。



輝子「だから、きっと今回も……どっちにしろ後悔する……」



輝子の言ってる事は間違っちゃいない。
俺だってその通りだと思う。


けどーー




八幡「後悔して、何が悪いんだ?」




やはり、気に入らない。


701: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 02:59:32.81 ID:VInTqWuT0


輝子「……八幡…?」

八幡「いいか輝子。今から、俺の知り合いの友達の兄貴の話をしてやる」

凛「……ねぇ、それって…」



凛がまさかという表情で見てくる。
感の良い子は嫌いだよ。



凛「それって、プロデューサーの…」

八幡「いいから聞いとけ。為になる話だぞ?」

凛「……分かった。とりあえず突っ込まずに聞いておく」



渋々といった様子で聞きに入る凛。凛だけに。
うむ。聞き分けの良い子は好きだぞ。




八幡「そいつには、魔法少女の知り合いがいたんだそうだ」

凛「絶対嘘でしょ!?」



言った側から突っ込まれた。
おいおいまだ一言目だぞ。


702: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:01:16.42 ID:VInTqWuT0


ちひろ「まぁまぁ、聞くだけ聞いてみましょう?」

凛「はぁ…」



酷い言われようである。
まぁいい。続きだ。



八幡「その魔法少女はな、ある願いを叶える為に魔法少女になったんだ」

輝子「ね、願い……?」

八幡「あぁ。想い人の、動かなくなった腕を治す為にな」



ここまで聞いた所で、凛が何か思い当たったような表情をする。なに、知ってんの? ネタバレはしない方向でお願いします。



八幡「その想い人の腕は無事治った。けど、そのおかげで少女は、毎日命がけで戦う日々を送るはめになった」

輝子「……」

八幡「しかも、想い人は何やら他の女と良い雰囲気になってるし、自分は戦う為に人間離れした身体になってるし、踏んだり蹴ったりだ」


703: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:02:43.63 ID:VInTqWuT0

ちひろ「うわぁ……」



何とも言えない表情をするちひろさん。
今度DVD貸してあげますよ。



八幡「結局、少女は最後に後悔してる自分に絶望して、身を滅ぼした。想いを告げる事も無く、な」

輝子「……」


八幡「俺は、はっきり言ってその少女が嫌いだった」




俺は、輝子に向かって言う。




八幡「確かに結果的に彼女は後悔した。正義の為にとか言っておきながら、結局は自分の為だったんだと。後悔している自分が、誰よりも許せなかった。……けどな」

輝子「……?」


八幡「それがどうした?」




俺は、彼女が自分の事を肯定してやれないのが許せない。




八幡「例えそれが結果的に自分の為だったんだとして、やった事に後悔したとして、それでも、彼女がやったことは正しい事だったんだ。誰にでも出来ない事をやったんだよ」


704: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:04:27.02 ID:VInTqWuT0

下心があった。あわよくばと思った。
それでも、悪い事をしたわけじゃない。絶対に良い事をしたんだ。
恥じる事なんてない。胸を張っていい。

彼女は確かに、正しい事をした。



八幡「大体、あんな男の為に何であそこまで……!」

凛「プロデューサー、ホントはそのキャラ好きでしょ」



当たり前だ。魔法少女に嫌いな奴なんていない。
ていうか、キャラって言うなキャラって。

……話が逸れたな。




八幡「とにかく、別に後悔したっていいんだよ。輝子」

輝子「……え…?」


八幡「確かに失敗しかもしれん。けどお前は挑戦した。噛み噛みでも、転びまくっても、お前はやったんだよ」




不安で、怖くて、やめようかと何度も思ったのだろう。
それでも、彼女は劇に出た。
後悔したくないと、行動した。


705: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:06:45.39 ID:VInTqWuT0


八幡「お前は出来る事をやったんだ。後悔したとしても、その時のお前を否定するな。お前は、胸を張っていいんだよ」



否定するな。過去の自分を、肯定してやれ。


お前は、頑張ったんだ。




輝子「…ッ……八…幡」




俯きながら震えている様子の輝子。

……え? ちょっ! お前何泣いてんだ!?




凛「……あーあー…」

ちひろ「比企谷くん、泣ーかせたー」



ジト目をこちらを責めてくる女子二人。
やめて! そんな小学生みたいな煽り方しないで! 昔のトラウマ思い出しちまうだろ!


俺がどうしていいか分からずにおどおどしていると、輝子がデスクの下から出てくる。


706: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:09:54.79 ID:VInTqWuT0


輝子「……八幡」


八幡「お、おう」



澄んだ声に、思わずたじろぐ。



輝子「わ、私、やってみる……」


八幡「!」




……なんだよ、そんな顔も出来るんじゃねぇか。


キノコは、置いていた。

いつもの頼りない笑みはそこには無く。



アイドルとして立つ、一人の少女の顔だった。




707: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:11:00.14 ID:VInTqWuT0



八幡「……んじゃ、早速練習始めるか」

凛「…うんっ。そうだね」

ちひろ「それじゃあ、待機してもらってる二人にも準備してもらいますね♪」



あの二人ずっと待っててもらってたのかよ……
もうなんか、本当、ごめんなさい。



輝子「あ、あの……」

八幡「ん? どうした?」



遠慮がちに申し出る輝子。
そういう所は変わらんね。まぁ輝子らしいが。



輝子「れ、練習だけど、私、明日から出られない……」

八幡「出られない? それってどういう…」

輝子「準備が……ある」

八幡「……」


708: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:12:53.20 ID:VInTqWuT0

オーディション本番まであと三日たらず。
はっきり言って今の状態で面接練習無しは相当ヤバいだろう。
……けど。



八幡「分かった。本番のオーディションには遅れるなよ」

凛「いいの? プロデューサー」



不安げな表情で訊いてくる凛。



八幡「何か考えあっての事なんだろ。だったら、止めるわけにもいかねぇだろ」



輝子の顔見りゃ分かる。
あれはもう、逃げたりしない。……たぶん。



凛「……そうだね」



頷く凛。
けどなんか、俺に対する含み笑いを感じる。なんだよおい。



ちひろ「なんて言うか、らしくなってきましたね、比企谷くん」



ニッコニコーと笑いながら俺を見るちひろさん。
ほっとけ。こっちにも色々あったんだよ。

さて、覚悟は決まった。
果たしてどうなる、オーディション。



709: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:14:00.04 ID:VInTqWuT0










オーディション、当日ですよ! 当日!

というわけで当日なのだが……輝子がまだ来てません。
俺と凛は会社の外の広場で待機中。
あと15分程で集合時間なのだが、大丈夫だろうか。

凛はと言うと、さっきからその辺をウロウロしながらケータイをしきりに弄っている。落ち着け。



凛「遅いな輝子……まさか事故にあったりとかしてるんじゃ…」



そんな思い詰めた表情で不吉な事を言わんでくれ……
けど、逃げたんじゃないかと思わないあたりは輝子を信じてるのが見て取れる。



八幡「とりあえず座っとけ。お前が慌てても何も変わらん」

凛「……そう、だね」


710: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:15:58.81 ID:VInTqWuT0

俺が座るよう促すと、凛は俺が座っているベンチに腰掛ける。すぐ隣に。
何? なんでそんな近くに座るの? どこのガハラさんだよお前は。

今度は俺が慌てるはめになった。
とりあえず落ち着くため、さっき買ったMAXコーヒーを飲む。

……うむ。この甘さが俺を癒してくれる。

すると凛がこちらを見ている事に気づく。なんぞ。




凛「……喉乾いたから、一口貰える?」


八幡「え? いや、まぁ、良いけど……」




良いわけねぇだろ! 思わず了承しちゃったけど、良いわけねぇだろ!
心の中でとはいえ、二回も言ってしまった。大事なことだからね。

そんな俺の気持ちも知ってか知らずか、コーヒーを受け取った凛は缶を一秒程見つめた後、一口飲む。
つーかお前、前に飲んだ時甘いとか言って不味そうな顔してなかったっけ? 喉乾いたんならジュースくらい買ってやんぞ。もう遅いけど。


711: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:17:22.11 ID:VInTqWuT0


凛「……ん。ありがと」



コーヒーを返してくる凛。どうせなら全部飲み干してほしかった……飲み辛いだろーが。
しかしここで捨てるのも勿体無いし、何より凛に良い印象を与えないだろう。

くっ……仕方ねぇか……!

俺は、迷いを振り払うかのように一気に口へと運んだ。





凛「あっ!」


八幡「ブゥーーーーッ!!」





飲んだ瞬間に凛が声を上げるので、思わず吹き出す。

な、なに、やっぱ不味かった!?



八幡「え、あぁ、い、いや、ゴメン! でも勿体なかったし! ほら、食べ物を祖末にするのはいけないと言いますか、飲み物だけどと言いますか……」オロオロ

凛「なに言ってるの……? それよりも、ほら、あれ輝子じゃない?」



どうやらさっきの声は俺に対するものではなかったらしい。紛らわしいからやめてよね!


712: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:19:16.47 ID:VInTqWuT0
気を取り直して凛が指差す方向を見る。
すると一台のタクシーが止まる所だった。



八幡「あぁ。たぶんそうだな」



もう時間もあまり無いし、おそらく間違いないだろう。
俺たちはタクシーの近くまで寄り、人が降りてくるのを待つ。

そして、彼女は降りてきた。



八幡「遅かったな、輝k…」








輝子「ヒャッハァァァァァァ!!!! 待たせたな二人共ォッ!!」







八幡「」

凛「」









……だれ?





713: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:20:51.96 ID:VInTqWuT0



輝子「フヒヒヒフハハハハアッハッハァーッ!!! これが! 私の! 真の姿だぁ!! ……あ、お代ですね。すいません今出します…」




輝子だった。


お代を受け取るとすぐさま走り去っていくタクシー。
まぁそりゃさっさと降ろしていきたいよなぁ……コイツは。


今の輝子の格好は……何と言うか、一言で言うなら、パンク? 

黒を基調とした世紀末を想像させる派手な衣装。
灰色の長髪には赤と青のメッシュが入っており、顔にはカラーペイント。

ヘビメタのバンドでボーカルをやってそうである。

ど、どうしてこうなった……




輝子「フ、フヒヒ……ど、どうかな……八幡」


714: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:22:45.06 ID:VInTqWuT0

しかし中身はちゃんと輝子のようだった。

まさか、お前にこんな一面があったとはな。プロデューサーびっくり。
つーか、準備ってこういう事だったのね……



八幡「う、うん。良いんじゃないか? め、目立つし」



俺が苦し紛れにそう言うと、輝子は目を輝かせて喜ぶ。輝子だけに。



輝子「目立ててる? 目立ててる? フフ…」



そ、そんなに目立ててるのが嬉しいのか。
なるほど。この格好にはそういって輝子の思いが現れてるんだな。

そんで、凛さんはどう思います?




凛「」




まだ固まってた。



輝子「り、凛ちゃん」

凛「ふぇっ!? あ、な、何?」

輝子「ど、どう。これ……?」


715: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:24:46.62 ID:VInTqWuT0

困った顔で俺を見る凛。
安心しろ。俺も大分困ってる。



凛「……輝子は、どう思ってるの?」



逆に凛がそう訊くと、輝子は一瞬驚いたような顔を見せた後、微笑んだ。




輝子「こ、こういうの、ちょっとだけ憧れてた。周りの目なんて気にしないで、思いっきり自分を表現してるみたいで……フフ……や、やっぱり、変かな…?」


凛「……ううん。そんな事ない」




凛は首を振った後、輝子の手を握る。



凛「正直最初は驚いたけど……輝子が、自分が好きでそうしてるんなら、私は良いと思うよ」

輝子「り、凛ちゃん……」

凛「プロデューサーもそう思うでしょ?」



そこで俺に振るんかい。

まぁ、でもあれだな。大体の事は凛に言われちゃったし、俺から言える事は一つだな。


716: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:26:04.20 ID:VInTqWuT0

八幡「当たり前だろ。お前らはお前らのやりたいようにやれ。俺はそれを応援してやる。……プロデューサーだからな」



言わせんな、恥ずかしい。



凛「あはは、デレたね」

輝子「フヒヒ、うん……デレた」



うるせぇよ。



八幡「ほら、もう時間ギリギリだから行くぞ!」

凛「あ、待ってよプロデューサー!」

輝子「フハハハ!! やるぜぇ! オーディション!!」



会社の中へと歩んでいく三人。
正直上手くいく予感なんて全然しないが……

けど妙に自信満々で、俺たちはオーディションに向かったのだった。





717: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:27:08.68 ID:VInTqWuT0










八幡「さぁ、久々に反省会やるぞー」

凛「う、うん」

輝子「フ、フヒヒ……」

ちひろ「まぁ結果は残念だったんですけどね……」



そんなハッキリ言わんでください。

そう、結果は惨敗。二人とも面接で落とされてしまった。


まぁなぁ……ぶっちゃけそんな気はしてた。
面接が終わるのを待っている間、俺は廊下で待機していたんだが……


「アッハッハッハ!! シイタケ! エリンギ! ブナシメジ! キノコ!」


って聞こえてきた瞬間に「あ、これダメだな」って思ったもん。


718: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:28:33.99 ID:VInTqWuT0

輝子「フヒヒ……お題がお吸い物じゃなかったのは盲点だった……」

凛「敗因はそこなんだね……」



けど、落ちたというのに輝子はどこか嬉しそうだ。
オーディションに挑んだ自分に、胸を張っているよう見えた。

……それだけで、今回は儲けもんだったな。


あと、何気に凛が普通に落ちた事に落ち込んでいた。
まぁこれからチャンスはいくらでもある。始めから上手くはいかないだろう。



八幡「次があるってのは、それだけで恵まれてんだ。落ち込んでるヒマなんてねぇぞ」

凛「……うん。ありがと、プロデューサー」



いや、何もお礼を言われるような事は言ってないんだが……
深読みすんなよ。俺はそんなキャラじゃない。


719: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:30:03.79 ID:VInTqWuT0

ちひろ「さて、これでお仕事は一回終わったので、臨時プロデュースは終了ですね。お疲れ様でした」



ちひろさんが場を取り締めるように言う。

なに、臨時プロデュースってそういうルールあったの?
けど確かに島村と本田の時も宣材写真一回で終わりだったな。仕事と言えるかは微妙だけど。



輝子「フフフ……い、今まで、お疲れ様でした……」



深々と頭を下げる輝子。
やめろ、デスクの下でそんな事されると女の子に土下座させてるように見えちゃうだろうが。
つーか、最後までお前はそこだったな。
輝子らしいっちゃ、輝子らしいが。



八幡「……大丈夫か?」

輝子「……うん。プロデューサーがつくまで、な、なんとか頑張る……それに」


八幡「それに?」



輝子「プロデューサーじゃなくなっても、八幡は……と、友達だから」



720: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:31:31.31 ID:VInTqWuT0

珍しく照れたように言う輝子。
あぁくそ、可愛いな!



八幡「ま、前にも言ったが、俺はお願いされて友達には…」

輝子「うん。だから、勝手になる」




輝子は、どもりもせず、キョドりもせず、ハッキリと言った。





輝子「私は、八幡の事、親友だと……思ってるから」





その目にはもう、不安の色も、諦めの色も、無かった。




八幡「……勝手にしろ」


輝子「うん。勝手にする……フヒヒ」




畜生。
まさか俺が、輝子に言い負かされるなんてな……


721: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:32:56.13 ID:VInTqWuT0


輝子「も、もちろん凛ちゃんの事は親友だとずっと思ってたけどな……フヒッ」

凛「輝子……」



輝子「……また、キノコ食べ放題行こう…」

凛「それは嫌かな」




そこは嫌なんですね。
凄い感動した顔をしていたのに、その話題になった途端にこれである。
余程あのキノコ地獄が効いたと見える。



ちひろ「よぉーし! それならばオーディションの打ち上げって事で、焼き肉行きましょうか! デレプロ奉仕部顧問として、私奢りますよ!」

凛「えっ!?」

輝子「ヒャッハァーー!! テンション上がってキターーーーッ!!!」



やっぱりちひろさん顧問だったんですね。
つーか、あんたが飲みたいだけでしょそれ……


722: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 03:34:48.43 ID:VInTqWuT0

ちひろ「いやー久々に美味しいビールが飲めそうです♪」

輝子「フヒヒハハハ……何から食べよう……シイタケ…?」

凛「ねぇ、行くのは焼き肉だよね? そうだよね!?」


八幡「……やれやれ」



騒がしく姦しい。

けれどこの環境に、慣れてしまっている自分がいる。
それでも、気分は悪くない。


この感じは、奉仕部を通して出会った連中と一緒にいる時と、何処か似ている。

プロデューサーになって、疲れる事や嫌になる事も多い。


けど、それでもーー




後悔なんて、していなかった。





790: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:07:12.83 ID:O4k8Uddd0











とある日の深夜。

時刻は既に10時を過ぎ、男子高校生にとってはここからが本番という時間である。
しかも今日は花の金曜日。明日は休日。これがテンションが上がらずにどうするというのか。

本来なら今の俺にとって休日とは不定期なものなのだが、今回ばかりは運良く週末に重なってくれた。これはあれですかね。金曜ロードショーを見ろという神のおつげですかね。

そういえば小町が「お兄ちゃん! 今日はラピュタだよ! 早くお風呂に入ってバルスの準備しなくちゃ!」って俺が帰ってきたら凄いテンションで言ってた な。なんだよバルスの準備って。お前ネラーだったの? そう言えば昔買ってたな、飛行石のペンダント。小町が飛んでる所見た事ないけど。

だが気持ちは分かる。いくつになってもジブリは良い。そんな俺は紅の豚派。


791: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:08:31.64 ID:O4k8Uddd0

そんなわけで俺は、仕事の疲れを小町の手料理と風呂で洗い流し、今リビングにて小町とラピュタを視聴中なのであった。ドーラさんマジかっけぇ。

なんかドーラさんってウチの担任にどっか似てるよなー、と本人にバレたら問答無用でアイアンクローされそうな事を考えていたら、俺のケータイが震える。寂しいのは俺も一緒だよ。

見ると、デレプロ奉仕部(略すのは諦めた)顧問からであった。



八幡「もしもーし。どうかしたんすか」

ちひろ『あ! 比企谷くん!? 比企谷くんですよね!? 間違ってないれすよね!?』



俺のケータイに他に誰が出るというんだ。
つーか妙にテンションが高いな。まだバルスには早いぞ。
なんか呂律も若干怪しいし、酔ってんのか?



八幡「間違ってないですよ。で、何か用すか? 俺今ラピュタ見てて忙しいんですけど」

ちひろ『あれ! ラピュタって今日でしたっけ? てっきりトトロかと』

八幡「それは先週です。今三周連続ジブリやってるんで」


792: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:10:07.40 ID:O4k8Uddd0

ちなみに来週は千と千尋の神隠しである。ついでにウチのちひろも神隠しになってはくれないだろうか。主にドリンクの押し売り時に。



ちひろ『あーそうらったんですかー。私は平成狸合戦ぽんぽこ好きなんですけどねぇ……小さい頃映画館で見て…』

八幡「その辺でやめといた方が良いですよ。年齢がバレます」



つーか渋いなチョイスが……俺も嫌いじゃないけども。



八幡「それよりも、何の用なんですか? 用が無いんなら切りますよ」



そろそろラピュタのエンディングも近い。
ほら、ムスカが高笑いしてるよ。



ちひろ『いやそれなんですけどね、前に話したじゃないですか。明日は休みだし、折角なんで今日はどうだろうなーって思いましてですね』

八幡「? 何をですか?」



何だろう。何か話しただろうか。
俺が記憶を辿っていると、ちひろさんがやけに元気よく宣言すると同時に、テレビ画面が目に入る。あっ。



ちひろ『ラーメンですよ! ラーメン!』



バルス見逃したぁ!?




793: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:11:51.35 ID:O4k8Uddd0










ちひろ「比企谷くーん! こっちですよこっちー!」ブンブン


遠目に大きく手を振る独身事務員を目印に、軽く早足で飲み屋の前まで向かう。時刻はもうじき日付が変わるところまで来ていた。



ちひろ「遅いですよ比企谷くん! 酔いも覚めちゃったじゃないですか」



むしろそっちの方が良いじゃねーか。
前に焼き肉行った時とか酷かったんだからな? 一人だけグデングデンに酔っぱらって、俺がタクシー呼んで送るはめになるし、凛と輝子はそそくさと逃げるし。いやホントいつの間にか帰っててビックリした。



八幡「遅いのは時間ですよ。高校生をこんな時間に連れ回していいんですか」

ちひろ「いいんですよ、さっきまで同じ職場にいましたし、私もいるので保護者同伴って事で!」



それ全然良くないと思うんだが。
つーか、こんな保護者嫌だ……せめてその頭に巻いたネクタイを取ってから言ってくれ。


794: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:13:53.26 ID:O4k8Uddd0

どうやらちひろさんも明日は久々にお休みを頂いてるそうで、今日は仕事終わりに飲みに行っていたらしい。その締めでラーメンか。なんつーか発想がオッs(ry


と、俺が普通に失礼な事を考えながらちひろさんの頭のネクタイを取ってあげていると、店の中から誰かが出てくる。他の客だろうと思い、俺は特に気にもとめなかった。

がーー






「あら……もしかして、あなたが…比企谷くん?」


八幡「ッ!? 雪ノ…し…た……?」





聞き慣れた声に思わず振り返る。
だがそこにいたのは氷の女王ではなくーー





「初めまして。シンデレラプロダクションに所属しています……高垣楓です」





20代前半くらいだろう、大人の女性であった。

no title

796: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:16:38.56 ID:O4k8Uddd0


八幡「……」



完全に勘違いしてしまった。

いやいやいやいや、今のはしょうがないだろ。
だって、声が似てるなんてもんじゃない。アテレコしてるんじゃないかってくらいのレベルだ。


しかし確かに声は似ているが、見てみれば容姿はだいぶ違っている。

灰色に近い茶髪のボブカットで、身長は高め。おそらく俺とそう変わらない。
ゆったりとした黒のワンピースを着ていて、何と言うか、大人って感じである(小並感)。

ただ一つ言える事は、この高垣楓なる女性もまた、雪ノ下に勝るとも劣らない美人であるという事だった。


思わず、見蕩れるくらいには。




ちひろ「痛い! 比企谷くん痛いですよ! ネクタイ締まってますって!」


八幡「! す、すいません」

ちひろ「全く……あ、もう自己紹介したでしょうけど。今日一緒に飲んでた楓さんです」

楓「……」ぺこ

八幡「あ、どうも……比企谷八幡です」ぺこ



軽く会釈をしてくる高垣さん。思わず俺も返してしまう。なんだこの緊張感。


797: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:18:24.88 ID:O4k8Uddd0

ちひろ「折角なんで、楓さんも一緒にラーメンを…」

八幡「ちひろさん。ちょっといいですか」

ちひろ「え? ちょちょっ……!」



ちひろさんを引き寄せ、耳打ちするように話しかける。



八幡「聞いてないですよ連れがいるなんて。気まずさMAXじゃないですか!」

ちひろ「えー別に良いじゃないですか。ていうか、飲みの後の時点で誰か一緒なのは予想出来てたでしょう?」

八幡「いや、てっきりちひろさんの事なんで一人で飲んでるのかと」

ちひろ「ぐはッ!」



地味に俺の言葉がクリティカルヒット。そのままよよよ…としゃがみ込んでしまう。なに、俺が悪いの? 悪いか。



楓「あの、やっぱりお邪魔だったでしょうか……?」

八幡「へ? あぁ、いや、別にそんなわけでは……」


798: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:19:51.31 ID:O4k8Uddd0

むぐぐ……どうも調子が狂うな。

この声もそうだが、こう下手に出られるとどうしていいか分からず動揺してしまう。基本的に俺の周りの女共は上からくるからな。そういう意味ではあまり居ないキャラと言える。お、大人だ……


しかしなるほど。今思い返してみると確かに高圧的な女性が周りに多い。
また一つ戸塚が天使な理由が分かったな。

新たな発見をしている俺を他所に、悪魔が目の前を凄い勢いで通り過ぎる。



ちひろ「お邪魔なんてとんでもない! 楓さんも一緒にラーメン食べに行きましょう!」



復活早いな。
早速高垣さんの手を引いて歩き始めるちひろさん。
高垣さんも戸惑っているようだが、悪い気はしていないようだった。ラーメンが食べたかったのかね。



八幡「はぁ……行くのは分かりましたけど、どこで食べるんですか?」



千葉ならともかく、この辺の土地勘は俺にはあまり無い。まぁちひろさんも考えてはいるだろうと思い、訊いてみる。


799: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:21:44.26 ID:O4k8Uddd0

ちひろ「ふっふーん♪ 実は良い穴場を知ってるんですよ!」

楓「穴場……という事は、有名なお店ではないんですか?」



首を傾げるように訊く高垣さん。
くっ、大人の女性がやるとまた違った魅力のある仕草だ……!

そしてやっぱ声似てんな畜生!



ちひろ「そうですねぇ。あまり知られてはいないと思いますよ」

八幡「ちなみに、何て名前のラーメン屋なんですか?」

ちひろ「面屋“哀道流”です」

八幡「なんつう地雷臭だ……」



絶対有名にはなれないだろそのお店。きたなトランとかになら出てきそう。



ちひろ「すぐそこなんで、歩いていけますよ♪」

楓「……哀道流、空いとるますかね…ふふ」

八幡「……え?」

ちひろ「あ! あそこですあそこ!」


800: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:23:26.59 ID:O4k8Uddd0

あれ、スルーなの? 今なにか……え?



楓「小さいですけど、風情のあるお店ですね」



こ、コレは触れない方が良い流れなのか……聞かなかった事にしよう。



八幡「つーか、ラーメン屋って屋台だったんですね……」

ちひろ「だからこその穴場なんですよ! 味はお墨付きですよ♪」



飲み屋が並ぶ通りから少しばかり外れた路地にある、古ぼけた屋台。
暖簾には、“哀道流”の文字。
なるほど、穴場というだけある。一人だったら絶対入らねぇ自信がある。

やはり屋台なだけに席は少なく、四人までしか座る事が出来ないようだ。
ん? つーか、既に一人座ってんな。まぁどうせリーマンだろ。


端から順にちひろさん、高垣さん、俺の順番で座る。しくじった、めちゃくちゃ気まずいぞ。なんだか、胸がドキドキする。これって恋?


801: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:26:09.28 ID:O4k8Uddd0

しかも空いてる方から座っていったので、必然的に俺が先客の隣の席となる。
とりあえず、会釈しつつ隣の席に失礼する。ん?

ふと隣を見ると、リーマンかと思いきや若い女性であった。中々お目にかかれない奇麗な長髪で、何処かで見覚えが……?



八幡「……あッ! あんたは……!?」



「……」



ちひろ・楓「「?」」























平塚「お姫ちんだと思った? 残念! 静ちゃんでした!」



八幡「なんでいるんだよ!?」ガーン





いやホントに何してんだあんた。
色んな意味でがっかりだよ……


802: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:29:11.04 ID:O4k8Uddd0

平塚「久しぶりじゃないか比企谷~? 寂しかったぞ私は~?」グイッ

八幡「むぐっ!?」



驚きも束の間、何故か居た平塚先生は俺を抱き寄せる。
お、おお……これは幸せな気分に……ならねぇ! 酒臭ぇ! あと煙草臭ぇ!
完全にたちの悪い酔っぱらいじゃねぇか!



八幡「ぶはっ! ちょ、なんで先生がいるんすか」



なんとか馬鹿力を振り解き、目の前の酔っぱらいに抗議する。



ちひろ「あ、私が呼んだんです~」



後ろの酔っぱらいが原因だった。



平塚「いやー私も丁度さっきまで飲んでてな。そしたら千川さんから連絡があって、比企谷とラーメンを食いに行くっておっしゃるじゃないか。これは行くしかないだろう?」


803: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:30:39.69 ID:O4k8Uddd0

楽しそうに言う平塚先生。こりゃ相当酔ってんな。
あと飲んでたってあれですかね、やっぱり一人で飲んでたんですかね。



平塚「比企谷?」ニッコリ

八幡「なんでもありません! マム!」



俺がビシッと敬礼すると、隣に座っていた高垣さんがクスッと笑う。
なんか恥ずかしいな……これが大人の余裕という奴か。
まぁあと約二名、大人(笑)な女性がいるんですがね。



ちひろ「平塚さんは、もう先に?」

平塚「いえいえ、まだですよ。皆さんが来るのを待とうと思いまして」

ちひろ「そんなに気にしなくても~」

平塚「私だけ先に、というのは申し訳ないですし」


諭すように言う平塚先生。ふむ。



八幡「婚期の話ですか?」

平塚「懲りてないぞ比企谷♪」ギリギリ

八幡「割れます割れます頭蓋骨割れちゃいます」ミシミシ


804: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:31:59.06 ID:O4k8Uddd0

今のは我ながらナイスなお茶目だったと思うのだが、彼女たちには笑えない問題だったらしい。まぁわざと言ったんだが。



ちひろ「比企谷くん! 独り身の女性の前でそんな事言っちゃダメですよ? 只でさえ三人もいるんですから」

八幡「は? 三人?」



何を言ってんだこの悪魔は。

俺はわざとらしくちひろさんを見て、その後平塚先生を見て、店主を見る。男だ。
そんな俺の行動にまたもクスクス笑った後、高垣さんが口を開いた。




楓「私、今年で25になるんです」


八幡「な……!?」




ば、ばんな……そかな……!?

この見た目で25だと? 年齢詐称もいい所だ。ぶっちゃけまだ十代と言われても通用する。
そう言えば、ちひろさんと飲んでいたというのにちっとも酔っている様子がない。単に飲んでいないだけかもしれないが、お酒に強いのかもしれんな。お、大人だ……


805: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:33:36.20 ID:O4k8Uddd0


楓「やっぱり、見えませんか……? よく、子供っぽいって言われるんです」

八幡「はぁ……」



少しだけしょんぼりした感じで言う高垣さん(可愛い)。

子供っぽいというか、あどけなさが残っていると言った方が正しいか。
しかしそういう所も逆に良い。有り体に言えばギャップ萌えって奴だな。



八幡「別に、良いんじゃないですかね」

楓「え……?」

八幡「っぽさってのは何も悪い意味だけじゃないですし、それが魅力になる事もあります。そんな悲観するような事じゃないですよ」



途中から何となく気恥ずかしくなり、顔を背けながら言う。すると平塚先生と目が合った。何をニヤニヤしてるんだオイ。



楓「……ふふ…そっか。……ありがとう、比企谷くん」



お礼を言われてしまった。
しかし、この人の笑い方は微笑むという表現がピタリと当て嵌まるな。
奇麗な笑い方、とでも言えばいいか。


806: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:34:59.81 ID:O4k8Uddd0

そして明るい所に移ってから気づいたが、瞳の色が左右で若干違う。右目が緑色、左目が青色がかっている。
こういうのを確かオッドアイと呼ぶんだったか。

思わずその双眸に、見入ってしまう。



楓「お世辞でも、嬉しいです」

八幡「……別にお世辞なんかじゃないですよ。俺にそんな器用な真似は出来ません」



もしも出来ていたら、ぼっちなんてやってないしな。



八幡「俺は自分の為に嘘はついても、他人の為に嘘はつきませんからね」



お世辞も、煽ても、アホらしい。
そんなモノで維持する関係など、俺はいらない。
まぁ、仕事ではそんな事言えないんだろうけどな。プライベートでまでそんな上辺を塗りたくって生活したくはない。むしろすっぴん推奨まである。

しかしそんな皮肉も、高垣さんには通用しないようで、



楓「ふふふ……本当に聞いていた通り、面白い人ですね」



普通なら今の所は呆れられる筈なんだが、軽く流されてしまった。お、大人だ……(決まり文句)


807: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:36:41.62 ID:O4k8Uddd0

つーか、一体何を聞いてたんだ。どうせちひろさんだろうが、いらん事言ってないだろうな。



平塚「……相変わらずだな、君は」



平塚先生が嘆息し、微笑む。



平塚「けれど、そうやって自分の本音を直接言えるようになった点は、成長したと言うべきかな」

八幡「俺は、前から思った事は言ってましたけどね」

平塚「だがそれでも、善意を直接相手に伝えるような事はしなかった。君は、いつだって回りくどかっただろう?」

八幡「何せ捻くれ者ですから」

平塚「そう茶化すな。君は変わらない事は悪い事ではないと言うがな」



平塚先生は、そっと俺の肩にを手を置く。



平塚「変わる事もまた、悪い事ばかりではないと私は思うよ」



それはいつもの鉄拳制裁よりも、ある意味じゃ重みがあったように思えた。


808: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:38:16.18 ID:O4k8Uddd0



平塚「しかしこう良い方向に向かえているのは、やはりプロデュース業のおかげなのかな」

ちひろ「そうですね……でも比企谷くんのおかげで良い方向に向かっているアイドルも、慕っている子も、ちゃーんといますよ♪」

平塚「ほほう、それは是非聞きたいですねぇ」

楓「ふふ……モテモテですね、比企谷くん」

比企谷「……そんなんじゃないですよ」

店主「(コイツ等いつになったらラーメン頼むんだ……)」



その後ようやく店主の怪訝な目に気づいた俺たちはラーメンを頼み、雑談と共にごちそうになった。

ラーメンは……まぁ、確かに旨かったな。





午前1時を回ろうかという頃。ようやく解散と相成った。

とりあえず三人共お酒が入っているので、俺がタクシーを呼んで帰らせる。
これでようやく帰れるな。ラピュタがもう昨日の事のようだ。あ、実際昨日か。


809: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:40:36.42 ID:O4k8Uddd0

平塚「それじゃ比企谷。次はいつ会えるか分からんが、たまには学校に来たまえ。雪ノ下と由比ヶ浜も待っているしな」

ちひろ「私は来週また会えますけど、週末はゆっくり休んでくださいね」



そう言い残して二人は同じタクシーで去っていった。方向が近いらしい。

学校ね……そう言えば最近行ってないな。まぁ、その内嫌でも行くはめになりそうな気もするが。
あと、ゆっくりしてほしいんならもう少し早く解放してほしかったですね。


そして最後に高垣さんをタクシーに乗せる。
とは言っても、この人はこの人で全然酔ってる感じがしない。お、おとn(ty



八幡「それじゃ、お疲れ様でした高垣さん」

楓「ええ。また事務所で会った時に。……それと」

八幡「?」

楓「楓でいいですよ。なんだか、名字で呼ばれるのって慣れてなくて……」



照れたように言う高垣さん。

うむ。来たな恒例の名前呼び。
しかし俺もプロデューサーになって早一ヶ月近くたつ。これしきじゃもう動揺はしまい。



八幡「……分かりました。……か、楓さん」


810: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:42:27.01 ID:O4k8Uddd0


うおおおおお!! やっぱハズイっ!! 全然慣れない!!!


俺が心の中で悶絶していると、満足そうに微笑んでいた楓さんが思い出したように言う。



楓「あとそれと、これは特にどうってわけじゃないんですが……」



今度はなんだ。
俺のライフはもう0よ!
そんな俺の心配も知らずにか、楓さんは勿体ぶったようにまた微笑んだ。






楓「私も……プロデューサーついてないんですよ?」


八幡「…………へ?」


楓「ふふ……それじゃあ、また事務所で♪」






そう謎の言葉を言い残し、楓さんを乗せたタクシーは走り去っていった。

……どういう意味だったんだ。今のは。


811: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:44:10.32 ID:O4k8Uddd0

俺が思考の渦に巻き込まれていると、ふと、肩を叩かれる。誰ぞ。




店主「お客さん、お代まだ貰ってないんだけど」

八幡「マジか」




タクシー呼んでる間に払ってくれてるもんだと思ってたぜ。あの悪魔!!
どうやら皆素で忘れていたらしい。お酒って怖いね。



八幡「ったくごちそうしてくれるんじゃなかったのかよ……」ブツブツ



残された屋台で一人寂しく財布をあさる俺。良かった、一応多めに持ってきたのが功を奏した。
ホントは持ってこなくても良かったんだけどなー等とみみっちい事を考えながらお金を出していると、新しいお客さんが来たようだ。ちょっとだけズレて席を譲る。



「これは、申し訳ありません」



律儀に返される。
しかし奇麗な人だな。このラーメン屋はそういう女性が集まるジンクスでもあんのかね。


812: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:46:11.52 ID:O4k8Uddd0

思わず見入ってしまいそうな銀色のウェーブのかかった長髪。
男心をくすぐる抜群のスタイル。モデル体型と言ってもいい。
隣に座ったので顔はよく見えないが、横顔を見るに相当美人だろう。



まるで、アイドルでもやっていそうだ。



しかし、どこかで見た事あるような気もすんな……どこでだっけ?


そんな考え事をしながらお金を数える。
しかし悲しいかな。隣に美人がいると思うと、男というのは思わずチラ見してしまう生き物なのである。俺は悪くねぇ!

あといくらかなーと思いつつも、ちらっと先程の女性を見る。するとなにやら顔を青くしていた。




「……ありません」

八幡「はい?」

「財布が……ないのです」




思わず呟きに聞き返してしまったが、財布が無いってのは……


813: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:47:56.16 ID:O4k8Uddd0

八幡「どっかに落としたとか…」

「いえ、恐らくは自宅に置いてきたのでしょう。今思い返すと、てぇぶるの上に置いたままだった記憶がありますので」



それは良かったんだが、何だこの喋り方は。いつの時代の生まれだあんたは。
その銀髪じゃあむしろ日本人かも疑わしいってのに、古風な話し方をする人だった。

しかし落としたわけでもないというのに、随分と落ち込んだ様子だ。背景にズーンという文字まで見える気がしてくる。そ、そんなにラーメンが食いたかったのか?



「らぁめん……」


八幡「……親父さん」

店主「ん?」



先程の会話を聞いていたのか、いたたまれない顔をしていた店主に、人数分のお金を渡す。



八幡「んじゃ、ごっそーさん」

店主「あぁ、まいど……ってお客さん、一人分多い……!」



呼び止められたが、無視して店を出て行く。
まぁ、あの分じゃ気づいてたみたいだし、大丈夫だろ。このままカッコつけて帰らせてくれ。


814: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:50:16.84 ID:O4k8Uddd0



もうとっくに終電もないので、タクシーを拾おうかと通りを歩く。

しかし大きな通りでもない為、中々タクシーが見当たらない。
ふむ。これなら電話で呼んだ方が早いかね。

と、俺が電話しようか迷っていると、後ろから足音が聞こえてくる。

な、なんだ。通り魔とかじゃねぇよな。でも東京って危ないって聞くし……
俺がどんどん悪い方向へと妄想を膨らませていると、気配が俺の後ろで止まる。




「そこのあなた」


八幡「はいぃっ!?」ビックーン




めちゃくちゃ情けない声を出してしまった。
恐る恐る振り返ってみると、そこには先程の女性が立っている。何だよ、びっくりさせんなよ、もう……



八幡「あれ? つーかラーメン食ってたんじゃ…」

「? もう食べ終えたので、こちらに来たのですが」



早っ! いやさっきから10分もたってないぞ!?
ラーメンが出来る時間も計算に入れたら、5分以下だろう。どんだけのスピードで完食してんだよ……男ならともかく女性だぞ……


815: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:52:00.63 ID:O4k8Uddd0

俺が半ば呆れていると、彼女は畏まったように告げる。



「先程は、真にありがとうございました。このらぁめんの恩は忘れません」



その上いきなり深々とお辞儀をしてくる。
道が暗いため表情は分からないが、形でお礼を言っているわけではないのは伝わってきた。

俺、ラーメン奢っただけなんだが……


しかし別に俺はお礼を言われたくてお金を払ったわけじゃない。ただカッコつけたかっただけだ。恩着せがましくお礼を頂戴するよりも、このままクールに去った方がカッコいい(当社比)。



八幡「……何の事か分かんないっすね」

「はて? あなたがお代を払って…」

八幡「たぶん間違って多く払っちまったから、店主が気を利かせてくれたんですよ。お礼ならあの店主に」



渋めの顔をした店主が目に浮かぶ。
しかしちゃんと俺の気持ちを汲んでくれたようだ。ラーメンも旨いし、また機会があったら行くとしよう。絶対有名にならないとか言ってごめんなさい。哀道流。


816: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:54:09.89 ID:O4k8Uddd0


「……」



銀髪の女性は、黙ったままこちらをジッと見ている。
な、なんか怖いな。よく見えないけど、たぶん無表情だし。



八幡「じゃ、じゃあ俺はこれで」

「……あなたは」

八幡「?」



さっさと去ろうとした俺を、彼女の声が引き止める。
その表情を見ようと顔を向ける、今まで雲に隠れていた月明かりが、彼女を照らした。





「あなたは……人の為に嘘をつくのですね」


八幡「……ッ!」





月の光に照らされて、キラキラと輝く銀髪。
その端正な顔立ちは見覚えがあるどころではなく、知っている。
知らない筈がない。彼女はーー






八幡「四条…貴音……!?」






そこに佇むは、

今最もトップアイドルに近いであろうプロダクションに所属する、銀色の王女であった。

no title


817: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:56:31.21 ID:O4k8Uddd0


貴音「私の事を存じていますか。名を知って頂けるというのは、真、喜ばしいことです」



俺が知っていた事が嬉しいのか、静かに微笑む四条貴音。

いや、あんた自分がどれだけ有名か分かってないだろ。765プロの人気は伊達じゃない。
もしも前の俺なら、あの四条貴音に会えたと喜び、キョドり、引かれていただろうが、もうそんな気楽に構えてはいられない。つーか引かれちゃうのかよ。

俺は今はプロデューサーだ。言わば彼女は商売敵。凛の超えるべき壁だ。
まぁ、まだまだ比較すら出来ない差があるがな。天と地。まさに月と……スッポンは言い過ぎか。月と道端の花くらいで。そんくらいの差があるだろう。


だが俺がこうして冷静でいられるのは、それだけが理由ではない。
先程の、発言だ。




八幡「……どういう意味だよ」



俺が、人の為に嘘をつく、だと?



八幡「俺は、自分の為にしか嘘はつかん」



楓さんにも言ったが、俺はそういう人間だ。
お世辞も、煽ても、俺はしない。


818: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 22:57:53.22 ID:O4k8Uddd0


貴音「それも、嘘、ですね」

八幡「あ?」


貴音「そうしてあなたは、“自分”に嘘をついているのではありませんか?」



目の前の王女は、言葉を紡ぐ。
それはもはや、断罪とも言える程に。




貴音「人の為に己が泥を被り、傷を負う。それは酷く痛ましく、醜く、儚い優しさです。ですが、それ故に誰しもが目を背けてしまう」




俺がその人の言葉に突っかかってしまった理由。
それは発言の内容もさることながら、何よりもその目だ。何故ーー





貴音「あなたがそうやって自分に嘘をつく事で、救われる者もいるでしょう。しかし……同時に悲しむ者もいる事を、どうかお忘れなきようお願いします」





何故そうも、見透かしたような目をしている?



819: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:00:26.78 ID:O4k8Uddd0


八幡「……」

貴音「……」



あー……しかし、あれだな。





俺、ラーメン奢っただけでなんでこんな事言われてんの?



飛躍ってレベルじゃない。アグモンどころかボタモンからウォーグレイモンまでワープ進化出来るレベルだ。




八幡「はぁ……肝に銘じておきます」



しかも折れちゃったし。
だってあんな凄まれたら納得するしかないでしょ? なんかこの人歯に衣着せぬオーラ纏ってるから、上手いこと誤摩化せも出来ないんだよ。




貴音「そうですか。それならば私も安心です」



そして再び微笑む。

一体何が安心なんだ。あんたは俺のカーチャンか。
しかしこんな人が母親だったらマザコンになる自信があるな。絶対あり得ないけどね!

820: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:02:12.80 ID:O4k8Uddd0


貴音「それでは、らぁめんのご恩はいつか必ず」スッ



ゆっくりと背を向け、去ろうとする四条貴音。

いいのか? このままで。
あれだけ言いたい事言われて、このまま帰していいのか?



……いいわけねぇだろ。




八幡「渋谷凛」


貴音「はい?」ピタッ


八幡「渋谷凛っていう女の子を、知ってるか?」




呼び止める。
別にさっきの仕返しってわけじゃない。けど、言われっぱなしも趣味じゃない。
ならば、俺も言いたい事を言うまでだ。



貴「……申し訳ありませんが、存じません」

八幡「だろうな」


821: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:05:24.16 ID:O4k8Uddd0

思わず苦笑する。自分で訊いておきながら、その答えは分かりきっていた。
しかし何も、俺はそんな事を確認したかったわけじゃない。



八幡「覚えといてくれ。いつか、その渋谷凛がーー」



これは宣言だ。
目の前にいる、大きな壁への。




八幡「あんたをーーあんた達を、超える」




何より、自分自身への。





八幡「俺が、トップアイドルにしてみせる。……………………たぶん」





けど、やっぱり自信はそう簡単にはつかないらしい。



822: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:07:29.06 ID:O4k8Uddd0

ぼっちは基本的に自信が無いのだ。後押ししてくれる人がいないから。

というかよく考えたら、俺がアイドルのプロデューサーやってる事を相手は当然知らない。完全に変人だ。ただのアイドルオタクだと思われてるまである。


しかしそんな心配は杞憂だったらしく、彼女はポカンとした表情から一転、楽しそうに笑う。




貴音「ふふっ、ならば私も、負けてはいられませんね」




さながらそれは、王女の風格。





貴音「いつか来るその日を、楽しみにしております」





ホント、一体全体どこのお姫様だよ。

ただのアイドルじゃない、何か別のモノを感じさせる笑みだった。


それとなく、何者なのかを訊いてみる。
彼女は、それこそ俺をからかうような大人の微笑で、質問に答えた。





貴音「それは、とっぷしぃくれっと……ですよ。ふふっ」






823: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:08:54.32 ID:O4k8Uddd0











地獄の月曜日がやってきたぜ……! へへ……


思わずそんな妙なテンションにもなる月曜日。俺は事務所へと足を運ぶ。
うむ。今日も今日とて忙しそうだ。働きたくねぇなぁ!


そんな風に腐…じゃなくて負のオーラを纏いながら歩を進める。
向かうはいつもの事務スペース。もう抵抗は皆無になってきたな。

しかし何やらテレビのある休憩スペースの方が騒がしい。この声は……



未央「うーんやっぱりミキミキは可愛いなぁ♪ 今日もキラキラしてる!」

卯月「プロジェクトフェアリーかぁ……いいなぁ。私も早くライブに出たいなぁ」



やはりお前等か。
プロデューサーがいないのにこうして毎日来てるのは偉いと思うがな。うん。皆まで言うまい……


824: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:10:26.79 ID:O4k8Uddd0


未央「そういえば、しまむーは765プロで誰が好きなの?」

卯月「私? 私はもちろん天海春香さん! 同い年だけど凄い活躍してるし、尊敬しちゃうな~。あと、どこか親近感を感じるんだよね」

未央「へ、へぇ~そうなんだ。あはは…」




おおぅ……あの本田が何とも言えん表情をしている。

だが気持ちは分かるぞ。そりゃ個性が無い同士のシンパシーだよ! なんて言えるわけもない。





八幡「個性が無い同士のシンパシーじゃないか?」


卯月「そ、そんな!」ガーン


未央「ぷ、プロデューサー!?」




825: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:11:52.15 ID:O4k8Uddd0

しまった。
堪え切れずに言ってしまった。



卯月「そっか……私、個性が無かったんだ……確かに薄々…」ブツブツ

輝子「フヒヒ……新しいお隣さん……?」


未央「あぁもうほら! プロデューサーのせいで、しまむーが机の下で体育座りしてるよ!」

八幡「すまん。出来心だったんだ」



まさかあそこまで落ち込むとは。
輝子と一緒にキノコ数え始めてるし……

うーむ仕方あるまい。



八幡「いいか島村。個性ってのは考えるもんじゃない。最初からあるもんなんだ」

島村「最初……から?」

八幡「そうだ。お前が普段通りに振る舞って、普段通りに笑っていれば、それはもうお前の個性で、魅力なんだよ」



昨日楓さんにも同じような事を言った気がするが、別に焼き増しじゃないぞ。ここ重要。


826: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:13:25.87 ID:O4k8Uddd0


卯月「プロデューサー……!」パァァ



ようやっと机の下から出てくる島村。
うむ。お前はそうやって笑顔でいるのが一番だ。あざと可愛いってのも個性。



八幡「ちなみに俺の個性はぼっちな。最初からあって最後まである(予定)」

輝子「フヒッ……上に同じ…」

未央「台無しだよ……」



ほっとけ。これが俺のアイデンティティー。墓場まで共にする所存である。え? それって魅力って呼べるのかって? 察しろバカ!



八幡「大体、俺は個性って言葉事態嫌いなんだよ!」

未央「いきなり何!?」

卯月「私、プロデューサーについて行きます!」キラキラ

未央「しまむーが懐柔された!?」ガーン

八幡「あ、それはお断りで」

未央「しかもそこは断るんだ!?」ガガーン


827: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:16:01.34 ID:O4k8Uddd0

当たり前だ。これ以上担当アイドル増やしたくないんだよ。

まぁ、どうせデレプロ奉仕部として臨時プロデュースする事にはなるんだろうがな。
……そういえば、こいつらはいるのにあいつの姿がないな。まだ来てないのか?


何となく朝から疲れたし、俺の担当アイドルも来ていないのでソファに座って休む事にする。ちなみに出社して10分足らず。ゆとりだね。

ふとテレビを見ると、765プロのユニットであるプロジェクトフェアリーが朝からテレビ出演していた。その中には、あの夜に出会った銀髪の少女の姿も。




『では次に、四条貴音さんにインタビューしていきたいと思います!』

貴音『よろしくお願いします』



八幡「……」

未央「なになに、そんなに真剣に見ちゃって。もしかして貴音さんのファンなの?」

八幡「ちげーよ。それに俺はやよいちゃんのファンだ」

未央「……」

卯月「へ~! やよいちゃん可愛いですもんね!」

黙るなよオイ。何か俺が変な発言したみたいじゃねーか。
やよいちゃんは良いぞ? 心が暖かくなる。

828: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:18:15.64 ID:O4k8Uddd0

そして何この子素直可愛いんだけど。
もしかして時代はしまむーなのか……?

そんなやり取りをしていたら、テレビのインタビュアーが最後の質問に移る。




『では最後にお聞きします……ズバリ! 今貴音さんが注目しているアイドルは!?』


貴音『注目している、アイドルですか……?』


『はい! 今勢いの止まらない765プロですが、貴音さんはこの子には負けられない! というアイドルはいますか? なんなら同じプロダクションの子でもOKです』


貴音『ふむ……それならば、確かにおります』


『おー! やっぱり、同じ765プロのアイドルですか?』


貴音『いえ。違います』


『ほぉ! それじゃあ一体どこの所属の……?』


貴音『分かりません』


『へ?』



830: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:21:24.30 ID:O4k8Uddd0


貴音『所属も、顔も、私は知りません。名前は……まだ、言う時ではないでしょう』


『え? え?』


貴音『ですが、その方のプロデューサーは知っています』



八幡「……」



貴音『あの方のアイドルならば、きっと素晴らしい方なのでしょう。……お会い出来る日が、楽しみです』




本当に楽しそうに笑う姿を最後に、インタビューは終わった。あの分じゃ、インタビュアーも訳分かんなかっただろうな。



未央「へぇ、あの貴音さんに注目されてるアイドルかぁ」

卯月「どんな人なんだろうね」

八幡「さぁな。……けど、案外身近な奴なのかもな」


831: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:22:53.23 ID:O4k8Uddd0

俺なんかを信じてくれる、あの真っ直ぐなーー






「プロデューサー?」


八幡「ッ!」ビクッ






噂をすれば何とやら。

もう聞き慣れたその澄んだ声は、しかし何処か語調が強い。
背後を振り向くと、そこにはやはり、我が担当アイドルがいた。






凛「おはよう。プロデューサー」ニッコリ






何故だか、怒った様子で。




八幡「お、おう。凛。おはよう…」



な、何だ、俺なんかしたか?
表情は笑顔なのに、目が笑っていない。怖い!


833: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:24:57.33 ID:O4k8Uddd0


凛「……プロデューサー、金曜日の夜は何してた?」

八幡「き、金曜日か? そんなら家でラピュタ見て…」

凛「ラーメン、食べに行ったんでしょ?」ズイッ



近い! 怖い! 良い匂い!



八幡「く、食いには行ったけど、それがどうs…」



凛「なんで私も連れてってくれなかったの!?」



卯月・未央「(わー……)」





見ると、島村と本田が何とも言えない表情をしている。

くっ、まさかそこまでラーメンを食べたかったとは。
まぁ確かに自分だけ除け者は良い気はしまい。ソースは俺。

しかし念の為ちひろさんには口止めしておいたんだがな。平塚先生と繋がってるはずもないし……まさか。

834: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:28:15.45 ID:O4k8Uddd0


八幡「……ちなみに、誰から聞いたんだ?」

凛「楓さん」

楓「ラーメン、美味しかったですね、比企谷くん」



おおぉぉぉい25歳児ぃ!!!



八幡「ちょ、楓さん、何で言うんですか」

凛「楓、さん?」ピクっ



そこにいちいち反応しないで。怖い。



楓「? 言っては拙かったですか……?」

八幡「拙いと言いますか、約一名拗ねてる子がいますと言いますか…」

凛「べ、別に拗ねてるわけじゃないから!」



ちひろ「これはこれは中々どうして面白い展開ですねぇ」ニヤニヤ

未央「ですねぇ」ニヤニヤ

卯月「?? う~んと……仲が良いですね!」


835: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:30:01.40 ID:O4k8Uddd0

どっから湧いて出たこの悪魔!
あぁくそ、あの悪魔共に水をぶっかけたい! そのまま着替えてくればいい!
やっぱり、時代は島村さんなんですかね。天使に見えてきたよ。アホ可愛い。



凛「はぁ……もういいよ。プロデューサーだし」



おいなんだその妥協した感じは。
俺だって生きてるんだぞ! いい加減にしろ(泣)!



凛「それよりもプロデューサー」

八幡「今度は何だよ」



まだ何かあるというのか。俺、そろそろ新しい世界に目覚めるかも分からんぞ?

しかし、凛の様子はさっきと打って変わって陰鬱そうな表情になる。



凛「プロデューサーに、お願いがあるんだ」

八幡「お願い?」

凛「うん。実は…」


836: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:31:29.48 ID:O4k8Uddd0

と、凛が何かを言いかけた所で事務所の電話が鳴る。
あまりにもタイミングが合っていたので、凛も押し黙ってしまった。



ちひろ「はいこちらシンデレラプロダクションの千川です」ヒュバッ



そしてすかさず取るちひろさん。さすがだ。



ちひろ「あ! この間はどーも、お疲れ様です~。比企谷くんですね。ちょっとお待ちください。比企谷くん! 電話ですよ!」

八幡「え、俺?」



まさか自分にとは思ってなかったので、思わず聞き返してしまう。
誰だろう。まだ得意先に名前覚えられてるわけないし、俺に電話する人と言えば……

驚く俺に受話器を差し出しながら、ちひろさんは微笑む。




ちひろ「平塚先生からです♪」




837: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:32:42.30 ID:O4k8Uddd0











仕事が終わったら、放課後学校まで来てほしい。

それが平塚先生からの用件であった。
まぁ今日はレッスンしかなかったからそんなに遅くならなかったが、そうじゃなかったらどうするつもりだったのだろうか。つーかスーツで学校ってスゲェ嫌だな……超目立つ。

そう言えば、結局あの時聞きそびれた凛のお願いとやらは何だったのだろうか。ラーメン? 違うか。


考え事で気を紛らわせつつ、奇異の目を振り払い職員室へ向かう。するといつものデスクで平塚先生が出迎えてくれた。



平塚「まさか、こんなに早く会う事になるとはな」



そう言ってクックッと笑う平塚先生。それは俺の台詞だ。



平塚「スーツ、中々似合っているぞ?」



ええいその生暖かい視線をやめろ!
やっぱ一回返って着替えてくるんだった!


838: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:34:25.32 ID:O4k8Uddd0


八幡「それよりも、用件って何なんですか? 着いたら教えるって言ってましたけど」

平塚「うむ。その事なんだが、奉仕部の部室に行ってから話そうと思う」

八幡「は?」



奉仕部の部室だと?
それってつまり……



八幡「依頼……って事ですか?」

平塚「まぁ、そういう事になるな」

八幡「いやいや、それなら雪ノ下と由比ヶ浜がいるじゃないですか。俺、一応働いてる身ですよ?」



プロデュース活動したまま本家の奉仕部の活動にも参加するとか、身が保たないに決まっている。マジもんの社畜やでぇ……



平塚「そこなんだがな、比企谷。今回の依頼は奉仕部に来たものだが、それと同時にデレプロ支部……つまり君への依頼とも言えるんだ」


839: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:35:55.85 ID:O4k8Uddd0

奉仕部への依頼であり、デレプロ支部への依頼でもある? どういう意味だ?
つーか何気に平塚先生もデレプロ支部って略しているんだが……気にしない方向でいこう。



平塚「まぁとりあえず着いて来たまえ」



そう言って職員室を出て行く先生。奉仕部の部室へ向かったのだろう。
俺、スーツのままなんですけど……


仕方なく平塚先生の後を追い、部室まで行く。
しかし奉仕部へ出向くのも久しぶりだな。シールはどれだけ増えているだろう。雪ノ下に怒られていないといいが。


程なくして部室へ着いた。

なんか、久々だから妙に緊張するな。
俺のそんな心配も知らず、平塚先生は相変わらずノックもせずに扉を開く。



平塚「失礼する」



扉を開いたその先。

そこには、三人の少女がいた。



840: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:39:44.84 ID:O4k8Uddd0


一人は雪ノ下雪乃。


一人は由比ヶ浜結衣。


そして一人は…………誰だ?




平塚「おっ、居たな。比企谷、彼女が今回の依頼人だ」




平塚先生に言われると、その少女はこちらへと身体を向ける。


雪ノ下や由比ヶ浜と同じ、総武高校の制服に身を包むその少女。

茶髪のお団子ロングに、前髪パッツン。眉は若干太め。
少しばかり勝ち気そうなその目は、真っ直ぐに俺を射抜いている。

ふむ。雪ノ下や由比ヶ浜とは違った意味での可愛さだな。そう、アレだ。




ツンデレっぽい。




そんな俺の考えを断ち切るように、彼女はきつめの口調で言う。


842: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:41:12.99 ID:O4k8Uddd0



「し、シンデレラプロダクションに所属してる、神谷奈緒だ。あんたが、凛のプロデューサーだな……?」


八幡「……あ?」





シンデレラプロダクション……所属? つまりなんだ、こいつも……アイドル? つーか今、凛って……


いきなりの情報量に、頭が整理出来ない。

しかしそんな俺に、彼女は更に続けて言った。


それは、懇願するように。






奈緒「頼む……あんたに、プロデュースしてほしい子がいるんだ……!」







843: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/15(木) 23:42:06.63 ID:O4k8Uddd0



× × ×








東京にあるとある病院。




医者「うん。この分なら、あと2~3日で退院できるね。安静にしているように」

「本当ですか? 良かった……」




個人用の病室に、明るい茶髪ロングの少女がベッドに上体を起こして掛けている。

医者が出て行くのを確認した後、少女は窓際に置いてある写真立てへと手を伸ばす。





「……今日は、お見舞いに来てくれるかな」





その写真には、笑顔を振りまく、仲睦まじい三人の少女が写っていた。






919: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:02:30.37 ID:1X0zj+JH0











神谷奈緒。

それが今回奉仕部、及びデレプロ支部へと訪ねてきた依頼人である。

シンデレラプロダクションに所属しているアイドルであり、我が総武高校に在学している学生でもある。学年は二年。つまり同い年だ。
正直に言うと見覚えは皆無なのだが、そこは俺。ぶっちゃけ同じクラスでも覚えていない自信がある。
まぁもっとも、それは向こうにしてみても言える事だがな。俺の事など知らないだろうし、仮に知っていたとしても、こんなぼっちの事など気にも留めないだろう。

そんな彼女の依頼。それはーー





八幡「北条加蓮っつう子の臨時プロデュース……って事でいいのか?」


奈緒「……」コク

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920: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:03:58.73 ID:1X0zj+JH0

奉仕部の部室で、俺の問いに頷く神谷。

何故かは知らんが、妙に緊張している風に見える。
まぁ、面識の無い奴ら三人に囲まれればそうもなるか。



今俺たちは奉仕部の部室にて依頼内容を聞いている。

いつもの定位置に座る雪ノ下に由比ヶ浜。
少し離れた位置に座る俺。
そして向かい会うように更に少し離れた位置に座る神谷……といった具合だ。

ちなみに平塚先生は紹介するだけして出て行った。「後は若い者同士に任せるよ」なんて言っていたが、それを言われなきゃいけないのは先生じゃ(ry ※その後俺は鉄拳制裁を喰らいました。

しかし、こうして奉仕部にいるのも久しぶりだな。
正直、懐かしさを感じずにはいられない。
そうか……よく考えたら俺一ヶ月近くプロデューサーやってたんだな。時の流れは速い。

思わず感慨に耽りたくなったが、今は依頼を聞いている最中だ。雪ノ下に久方ぶりに罵られるのも嫌だからな。集中集中。

……そうは思っているのだが、どうも落ち着かん。その理由はーー



由比ヶ浜「……」ちらっちらっ



こいつだ。


921: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:06:09.07 ID:1X0zj+JH0


八幡「……おい」


由比ヶ浜「えっ!? な、何? どうかした?」


八幡「それはこっちの台詞だ。さっきから何チラチラ見てんだよ」


由比ヶ浜「なっ…! ち、チラチラなんて見てないし! ヒッキー自意識過剰過ぎ!」



どもっていたかと思うと、急に顔を赤くして反論してくる由比ヶ浜。

おーおーそりゃどうもすいませんねぇ。こちとら勘違いをさせたら右に出る者はいない青春を送ってきたんでな。しかしもう騙されない。騙されないったら騙されない。再確認させてくれてありがとう!

しかし怒鳴り返してきたかと思ったら、今度は一転モジモジし始める。相変わらず表情が忙しい奴だ。それと、そのスカートの裾をいじいじするのを止めて頂きたい。今度は俺がチラチラ見ちゃう。



由比ヶ浜「た、ただちょっと、スーツ姿なのが珍しいなーって、に、似合ってる、とも思ったり思わなかったり……」モジモジ



どっちなんだよ。
確かに最近着慣れてはきたが、ぶっちゃけウチの高校ブレザーだし、そんな変わんなくないか?
……まぁ、嬉しくないこともないが。危うく騙されちゃう所だったぜ。早いなおい。

俺が気恥ずかしさを紛らわせるように目を逸らすと、今度は雪ノ下と目が合った。


922: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:08:29.07 ID:1X0zj+JH0


雪ノ下「そうね。確かにどうせあなたがスーツを着ても、如何わしいセールスマンにしか見えないと思っていたけど……中々様になっているわね。関心したわ」



お前はお前で素直に褒める事は出来んのか。
けどまぁ、一応受け取っておこう。

その目を逸らしながら言う様子だけで、何となく察したからな。



奈緒「……なぁ、本題に戻ってもいいか?」



とここで呆れた声音の神谷が入ってくる。おほん。……気を取り直すとしよう(キリッ)。



八幡「んんッ! ……まぁ臨時プロデュースしてほしいってのは分かった。けど、一つ確認しておきたい」

奈緒「確認?」

八幡「ああ。なんでその依頼を、お前がしてきたのかって事だ」



こういった臨時プロデュースの依頼であれば、普通は本人がしてくるものだ。もしくは、何か別の事情があってひちろさんに頼まれる、とかな。


923: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:09:56.56 ID:1X0zj+JH0

今にして思えば、輝子の時が後者だったのだろう。ずっとデスクの下にいた輝子を見かねて、デレプロ支部への依頼として俺に話を通した、と。そんな感じか。

しかし今回はそのどちらでもない。

同じプロダクションに所属している他のアイドルからの依頼。
自分ではなく、他のアイドルをプロデュースしてほしい。
その理由はなんだ?



奈緒「……加蓮とは、友達なんだ」



ぼつりと言葉を零し始める神谷。
友達。その単語に、自然と眉をひそめてしまう自分がいる。



奈緒「いや違うな。加蓮と……凛と、あたしたち三人は友達なんだ」

八幡「凛と?」

奈緒「うん……凛から何か聞いてないか?」



何かって言われても、あいつの交友関係なんて特には……


924: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:12:19.33 ID:1X0zj+JH0



八幡「……あ」



そう言えば、確かに何か言っていたよう、な?
それも、かなり始めの頃に。



八幡「…………あー……お前、千葉出身?」

奈緒「? この高校に通ってるんだから当たり前だろ?」



何を言っているんだコイツは? という表情で見てくる神谷。

まさにその通りである。
そっか、凛が言ってた千葉出身の仲の良いアイドルって神谷の事だったのか。そういや、今にして思えば北条の事もなんか言ってたような気もする。わ、忘れてたわけじゃないよ?



雪ノ下「その様子じゃ、渋谷さんには何かしら聞いていたようね……」

由比ヶ浜「ヒッキー、忘れてたんだ……」



忘れてました。
ジトーっという音が聞こえてきそうな目線を俺に向けてくる女子二人。いやだってそれ聞いたの凛に初めて会った時よ? こっちだっていっぱいいっぱいだったんだから。


925: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:14:11.71 ID:1X0zj+JH0


八幡「た、確かに仲が良い~って感じの事は聞いたが、それだけだ。詳しい事情は知らん」



我ながら苦し紛れだが、これは本当にそうなのだから仕方ない。



雪ノ下「まぁ比企谷くんのお粗末な記憶力は今更だから仕方ないとして」



息を吐くように暴言を吐く雪ノ下。
これを聞くと、帰ってきたんだなぁと実感するから不思議である。いや別に変態じゃないからね。



雪ノ下「けれどその様子じゃ、ただお友達だからお願いしているってわけではなさそうね」



雪ノ下がそう言うと、神谷は苦虫を噛み潰したような表情をする。
確かに何か事情が無ければ、こんな顔はしないだろう。

その表情に、既視感を覚える。



奈緒「……加蓮は、昔身体が弱かったんだ」

八幡「身体が弱かった?」


926: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:16:04.77 ID:1X0zj+JH0


奈緒「うん……それでも、命に関わる程じゃないらしい。今では普通に生活出来てるし、普通の女子高生だ。けど……」

由比ヶ浜「けど?」

奈緒「身体が弱かった事もあって、あまり体力に自信が無いみたいなんだ。だからレッスンについてくるのも大変で、最近体調を崩してさ……」



痛ましい表情で話す神谷。きっと本当にその北条の事を心配しているのだろう。
そんな神谷の様子を見て、ふと、その表情が重なる。

今朝の、凛の顔を思い出した。



『加蓮と……凛と、あたしたち三人は友達なんだ』



……そうか、あいつの言ってたお願いって、そういう事か。



奈緒「大事はないみたいなんだけど、少しの間入院って事になって……それであいつ、随分落ち込んでるみたいなんだよ。折角、アイドルになれたのにって……もう、辞めちゃおうかなって言ってた」

由比ヶ浜「そんな……」

八幡「……」


927: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:19:24.20 ID:1X0zj+JH0


奈緒「だから、あんたに頼みにきたんだ。臨時プロデュースしてくれれば、加蓮も、アイドルを辞めずに頑張れるんじゃないかって……!」



神谷の言いたい事は分かった。
このまま大切な友人が夢を諦めるのを、見過ごせないのだろう。
それはきっと本当の思いやりで、正しい考えなのだろう。

ならば、それを聞いて俺はどうする?

俺は、どうしたい?




雪ノ下「これが奉仕部への依頼でないのなら、私は深入りするべきではないと思うわね」




俺が何かを話す前に、雪ノ下が口を開く。
その言葉には、少しばかりの冷淡さが感じられた。



雪ノ下「その北条加蓮という子の事はよく知らないけれど、本人が自分の意思で決めた事なら、私はそれを尊重した方が良いと思うわ。例え、それが諦めや妥協だとしてもね」


神谷「けど……!」

928: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:22:45.53 ID:1X0zj+JH0


雪ノ下「もちろん彼女が努力をしていないなんて言うつもりは無いわ。もしかしたら、本当に続けるのが困難な状態なのかもしれない。けれどここで辞めてしまうのようなら、所詮はその程度の気持ちという事よ」

神谷「……ッ」

由比ヶ浜「ゆきのん……」




さすがは、雪ノ下雪乃だ。

どんな事情があろうとも、彼女のかける言葉は変わらない。

上を見ない人間には、手を差し伸ばしたりは決してしない。




雪ノ下「……けれど」



しかし、雪ノ下はちゃんと言っていた。

“これが奉仕部への依頼でないのなら”、と。



雪ノ下「これは奉仕部への依頼。なら、私は手を貸しましょう。助けたりはしない。ただ、手を貸すだけ」


929: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:24:23.31 ID:1X0zj+JH0

彼女は直接助けたりはしない。
自立を促し、自らの助かる手段と方法を教える。その手伝い。

飢えた人がいるなば、魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える。
それが、奉仕部。

上を見ようとしている人間には、手を差し伸べる。

それが、雪ノ下雪乃だ。




由比ヶ浜「……!! ゆっきのーん♪」

雪ノ下「ちょっ……由比ヶ浜さん、離れなさい」



雪ノ下が手伝うと言ったのが余程嬉しかったのか、抱きついていく由比ヶ浜。
うむ。やはりジャパニーズ・ユリは最高だな。



由比ヶ浜「やっぱりゆきのん、優しいね」

雪ノ下「べ、別に善意で言ったわけじゃないわ。あくまで依頼を受けたから。これでもしも本人にやる気が無いのなら、私は手伝ったりしないわ」

由比ヶ浜「んふふー。分かってる分かってる♪」

雪ノ下「……何故だか、癪に障る笑い方ね」


930: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:26:07.22 ID:1X0zj+JH0

相変わらず、雪ノ下は由比ヶ浜に弱いようだ。
そのデレのちょっとでも俺に分けてほしいものである。


すると今度は、由比ヶ浜が神谷に向けて言う。



由比ヶ浜「あたしも、手伝いたい。だって勿体無いよ! アイドルっていうのは女の子の憧れで、夢なんだから」



そんな由比ヶ浜の目には、夢見る乙女の色だけではなく、僅かばかりの羨望が見て取れた。



由比ヶ浜「それに、友達の為のお願いを断るなんて出来ないじゃん?」



しかしそれも一瞬の事で、すぐにいつもの満面の笑みになる。
きっと夢を追う彼女らが羨ましくて、だからこそ諦めてほしくないのだろう。
由比ヶ浜は、そういう奴だ。



神谷「……ありがとう」



少しだけ俯いた後に、微笑む神谷。
……うん。ギャップ萌えギャップ萌え。


931: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:28:06.41 ID:1X0zj+JH0


雪ノ下「お礼を言うには早いわね。まだ活動どころか、この依頼を引き受けるかどうかも決まっていないのに」



とここで空気を読まない雪ノ下。
その発言にさっきまでの感動ムードも何処へやら。神谷は面食らった顔になる。



奈緒「え? でも、さっき手伝うって…」

雪ノ下「それで、どうするの比企谷くん」

八幡「は?」



今度は俺が面食らった。え、俺?



雪ノ下「総武高校の奉仕部を経由したとはいえ、内容からするとこれはあなたへの依頼よ。私たちには決定権がない」

八幡「……なるほどな。そういう意味か」



確かに結局の所、以来内容は臨時プロデュースだ。主に実行するのは俺。むしろ雪ノ下や由比ヶ浜に出番はないだろう。まさかコイツらがプロデュースするわけでもあるまいし。


932: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:29:56.67 ID:1X0zj+JH0


八幡「けど、それなら何でこっちの奉仕部へ依頼を持って来たんだ? デレプロ支部に直接言やぁ良かったものを」

神谷「それは……」



俺が訪ねると、言いにくそうにもごもごし始める神谷。



神谷「そうしようかとも思ったんだけど……凛に、迷惑はかけたくないし」

八幡「あー……そういう事ね」



つまり、俺に担当アイドルが増える事で、凛へのプロデュースが疎かになるのを器具したってことか。
友達の為への依頼で、友達に迷惑をかけたくないと。
この分じゃ、今回の依頼の事も凛には言ってないのだろう。
北条にも、な。



八幡「でもこっちに依頼したら、結局俺が引き受けるんだから意味なくないか?」



俺が当然の疑問を口にすると、神谷は呆れたように言う。



神谷「ウチの高校の奉仕部っていう部活にプロデューサーがいる、って噂を聞いてあたしはここに来たんだ。まさか、凛のプロデューサーと同一人物だとは思わなかったんだよ」

八幡「なーる……ってちょっと待て。噂、だと?」

神谷「知らなかったのか?」


933: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:31:30.91 ID:1X0zj+JH0

知らなかった。
つーかほとんど学校にいなかったんだから当たり前だ。



由比ヶ浜「あ、あたしは誰にも言ってないよ!?」



別に何も言ってないのに突然弁解し始める由比ヶ浜。逆に怪しいぞオイ。



雪ノ下「疑ってもいないでしょうけど、私も言っていないわ」

八幡「ああ。そこは信じてた。言う相手がいないもんな」

雪ノ下「あなたにだけは言われたくないのだけれど……」



残念。俺には小町がいるんだな! 悔しければお前も陽乃さんに言ってみろ! ……すいませんやっぱりあの人には言わないでください。大変な事になります。俺が。



由比ヶ浜「けどそれじゃあ、どうしてバレちゃったんだろうね」

八幡「ま、色々とバレる要素はあったからな。時間の問題だったんだろ」



職員室でプロデュース活動について話す俺と平塚先生。
突然登校しなくなり、スーツでうろつく学生。

目撃されて噂になるような光景はいくつもあった。それで噂が広まったとしても不思議じゃない。

934: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:34:37.28 ID:1X0zj+JH0

まぁ平塚先生や葉山が言ったという可能性もあるが、その線は薄いだろう。
……いや、平塚先生なら割とあり得そうか。



奈緒「元々、奉仕部自体が噂みたいなもんだったけどな。平塚先生に相談してみて、始めて実在するって知ったんだ。そこからここに案内されて…」

雪ノ下「私たちが、比企谷くんの事を紹介したのよ」



これが事の顛末、ってわけか。

しかし雪ノ下たちが俺を紹介、ねぇ……
アレだ、凄く気になる。
どうせボロクソ言われていたんだろうけど、気になる。怖いもの見たさとはこの事か。

しかしそんな事よりも、今は決めなければならない事があるようだ。



奈緒「それで、引き受けて、くれるのか?」



躊躇いがちに訊いてくる神谷。
その顔を見れば、どれだけ友達の事を思っているかが分かる。

友達……か。


935: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:35:49.58 ID:1X0zj+JH0


八幡「……俺も雪ノ下と同意見だ。依頼を聞いた以上は引き受ける。ま、北条にその意思が無いならその限りじゃないがな」


奈緒「それじゃあ……!」

八幡「ただし」



俺は神谷の目を、真っ直ぐに見据える。



八幡「条件がある」

奈緒「条件……?」

八幡「ああ。……お前の、神谷の本音を聞かせろ」



これは、これだけは確認しておかなければならない。
誰の気持ちでもない、この依頼を持って来た、神谷の気持ちを。



奈緒「あたしの本音って……加蓮に、アイドルを辞めてほしくないってさっき…」

八幡「本当にそれだけか?」


936: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:37:24.65 ID:1X0zj+JH0


奈緒「……どういう意味だよ」

八幡「北条にアイドルを続けてほしいってのは分かった。それも本心だろうな。けど、それだけでいいのか?」

奈緒「だから、どういう…」

八幡「北条がアイドルを辞めなかったら、お前はそれだけで良いのかって訊いてんだ」



友達が夢を諦めるのを見たくはない。
それは彼女の本音なんだろう。
素晴らしい事だ。友達思いで、心の底から切に願ってる。

けど、そこに神谷自身の事は入っているのか?



八幡「俺が北条をプロデュースして、アイドルを続けて、それでお前はどうしたい? 友達が夢を叶えてハッピーエンドじゃねぇだろう? お前は、終わっていいのかよ」

奈緒「あ、あたしは……」



神谷は俯いたまま、目を閉じて言葉を零す。
けどそれは、目を逸らしたわけじゃない。向き合うためだ。
自分の中の、本心と。


937: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:39:18.75 ID:1X0zj+JH0




奈緒「……あたしは、三人でアイドルを目指すのが楽しかったんだ」




神谷は、ゆっくりと目を開き、顔を上げた。




奈緒「最初スカウトされた時は、アイドルなんて無理に決まってるって、バカみたいだと思ってた。けど……いつからかそうやって三人で頑張るのが楽しいって、思ってたんだ。だから…」




その目には、確かな意志が込められているように思えた。
もう、下は向いていない。




奈緒「だから……あたしはアイドルになりたい。加蓮と、凛と! 一緒にアイドルになりたい!」


八幡「……そうか」




それが聞ければ、充分だ。


938: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:40:48.50 ID:1X0zj+JH0


ったく、最初からそう言えよな。

友達を理由に使うな、とは言わない。夢を諦めてほしくない気持ちも、きっと本当だから。
けど、だからって自分を蔑ろにする必要もない。
アイドルやりたいなら、そう言え。



八幡「そんなら、俺はプロデュースするだけだ」

奈緒「え……?」

八幡「今更、二人だろーが三人だろーが変わりゃしねぇしな」



これも奉仕部デレプロ支部の勤め、だ。



八幡「だから、今回の事も二人にちゃんと話しとけよ」



きっと言ってほしいだろ。友達ならな。



奈緒「あ、あたしもプロデュースしてくれるのか?」

八幡「そう言ってんだよ」



言わせんな恥ずかしい。


939: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:45:35.87 ID:1X0zj+JH0


奈緒「い、いやでも、あたしは、その…ほら、ええーっと…」アタフタ



何故だか面白いくらい動揺している。
いや、アイドルなりたいんじゃないの? え、俺なんかミスった?



奈緒「…………よ、よろしく、頼む……」カァァ



目を逸らしつつ言う神谷。

……うむ、アレだ。そうやって赤面しながら言われると……うん。



俺がどうしていいか分からず顔を背けると、こちらを見ている二人に気づく。
雪ノ下と由比ヶ浜は……何と言うか、表現のし辛い複雑な表情をしている。



雪ノ下「驚いたわね……」

八幡「何がだよ」

雪ノ下「あなたが、そうやって捻くれずに物を言う事によ」



目を丸くする雪ノ下に、ストレートに言われてしまう。

なに、平塚先生にも言われたけど、そんなに俺変わった?
不変がモットーな俺としては、いささか複雑なのだが。


940: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:47:04.26 ID:1X0zj+JH0


由比ヶ浜「ヒッキーがまともになるのは嬉しいけど……むー…なんかなぁ」



対してこちらは何故か膨れっ面。
全然嬉しそうに見えない不思議だ。つーか、今までまともじゃないと思ってたのかよ。ちょっと傷ついちゃうだろ。



八幡「……ほっとけ。どうせ一時の気の迷いだよ」



それでも。
もし変わったんだとしたら、それは彼女のおかげだろうか。
俺の隣に立つ、彼女の。



八幡「……うし。そんじゃ早速その北条とやらに会いに行くか。確か今は病院だったな」

奈緒「う、うん。けど、いきなりだな」

八幡「そうこうしている内に辞められても困るからな。早い方がいい」


941: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:49:53.66 ID:1X0zj+JH0

しかし、そうすっとお見舞いになるのか? ……何か用意した方がいいんだろうか。
とりあえず凛も呼んで、ついでにあいつの家の花を持って来てもらって…

とこれからの算段を整えていると、雪ノ下と由比ヶ浜が申し訳なさそうに言う。



雪ノ下「ここから先は、比企谷くんに任せる事になるわね」

由比ヶ浜「うん……頑張ってね、ヒッキー!」


八幡「……もしも」


由比ヶ浜「え?」



八幡「もしも手が必要になる時があったら……その、なんだ、頼むわ」


雪ノ下・由比ヶ浜「…………」




気恥ずかしさを堪えつつ二人に言ってはみたが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で固まっている。
そ、そんなに変な事言ったか俺?


942: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:51:17.15 ID:1X0zj+JH0


雪ノ下「……ふふ」

由比ヶ浜「……あははっ」



と今度は二人して笑い出す。



由比ヶ浜「だってよ、ゆきのん!」

雪ノ下「そうね。なら、引き受けるしかないわね」



クスクスと笑いながら俺を見てくる二人。
ええいくそっ! やっぱ言うんじゃなかった! 恥ずかしい!

俺が一人ぐぬぬとしていると、気を良くした由比ヶ浜が声を上げる。



由比ヶ浜「よーし! アイドル目指して頑張ろう! なおちん!」

奈緒「な、なおちん!?」

雪ノ下「あなたがアイドルを目指すわけじゃないでしょう……それと、あだ名は気にしないで頂戴」


943: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 01:52:56.32 ID:1X0zj+JH0



久方ぶりの奉仕部。

といっても、結局は俺の臨時プロデュースなのだが……
ま、たまには二人を頼ってみてもいいのかもしれん。


もしかしたら、この考え自体が変わったと言われる要因なのかもな。
























由比ヶ浜「そう言えばヒッキー! 平塚先生に聞いたけどデレプロ支部って何!?」

雪ノ下「詳しく、話を聞きたいわね」

八幡「……勘弁してくれ」





726: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:42:57.99 ID:VInTqWuT0

オマケ

「やはり俺の誕生日サプライズはまちがっている。」





ある夏の日。

シンデレラプロダクションの事務スペース。
そこに二人はいた。



八幡「……あちぃな」

凛「……うん」



私こと比企谷八幡と、その担当アイドル渋谷凛である。



凛「プロデューサーは、何やってるの?」



いつものカーディガンを脱ぎ、ネクタイを緩め、シャツの襟口をパタパタとしている凛。
やめてくれませんかね。目のやり場に困る。



八幡「一般Pのやる定時報告書だよ。やっとかねぇと後がうるせぇんだ」


727: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:45:33.61 ID:VInTqWuT0

主に前の席に座っている鬼とかな。
ちなみにその鬼は用事にていない。



八幡「これが終わったら、その後は帰るよ」

凛「……ふーん」



興味無さげに応える凛。ホントに興味無さそうだな……



八幡「お前こそ、今日は仕事もレッスンも無いだろ。何してんだ?」

凛「別に。ただ何となく、ヒマだったから」

八幡「そうか」



ここにいる方がヒマな気もするけどな。
ま、それは言わぬが花だろう。



八幡「……」カタカタ(パソコンを打つ音)

凛「……」

八幡「……」カタカタ

凛「……ねぇ」


728: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:46:51.10 ID:VInTqWuT0

手持ち無沙汰なのか、話しかけてくる凛。
俺、一応作業中なのだが。



八幡「なんだ?」カタカタ

凛「今日って、何の日か知ってる?」

八幡「……いや」カタカタ

凛「……そう」



それで会話終了。
凛、若干膨れっ面の様子。

なんなんだ一体……



八幡「……」カタカタ

凛「……」

八幡「……」カタカタ

凛「……ねぇ」


729: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:48:18.17 ID:VInTqWuT0

今度はなんだ。
頼むから答えやすい話題にしてくれ。



八幡「どうした?」カタカタ

凛「プロデューサー、私のプロフィールとか読んでる?」

八幡「まぁ、一応」カタカタ

凛「……あ、そう」



またも会話終了。
凛、目に見えて不機嫌なご様子。

ホントなんなんだ……



八幡「それがどうしたんだ?」カタカタ

凛「別に、何でもないよ」



あからさまに何でもなくねぇだろ。
そんなムスッとした顔して。お団子でも入ってるんですか?


730: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:50:03.25 ID:VInTqWuT0

凛「……もういい」

八幡「え?」カタk

凛「帰る。じゃあね」



そう言ってスタスタと去っていく凛。

いや、ちょっ、あぁもう!



八幡「ちょっと待った」

凛「…ッ!」



直ぐさま回り込んで、凛を制する。
ったく、もうちょいだったってのによ。



八幡「ほら、これ」

凛「え?」

八幡「プレゼントだよ。……誕生日おめでとう」



顔を背けながら、ポケットに入っていた小包を渡してやる。
凛は最初面食らっていたようだが、その後顔を赤くして取り繕う。


731: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:51:14.14 ID:VInTqWuT0


凛「誕生日? あぁ、そっか。ふーん、プロデューサーもお祝いしてくれるんだ…ありがと」



何今思い出しましたみたいな顔してんだよ。さっきまで気づいてほしいアピールびんびんだったじゃねーか。



凛「…あらためてお祝いされると、変な感じだね」

八幡「本当はもう少ししたら、ちひろさんたちがプレゼント用意して押し掛けてくる予定だったんだよ。それをお前が帰ろうとするから……」

凛「だ、だってプロデューサーが……」ブツブツ

八幡「あ?」

凛「何でも無い!」



またもそっぽを向く凛。
喜んだり不機嫌になったり、忙しい奴だな。



凛「……これ」

八幡「へ?」

凛「……プレゼント。二日遅れちゃったけど、誕生日おめでとうプロデューサー」


732: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:52:37.30 ID:VInTqWuT0

お返しとばかりに小包を渡されてしまう。あ、誕生日って、そっか。



凛「二日前はお休みで会えなかったから、今日渡そうと思って……プロデューサー?」

八幡「あぁいや、そうか……俺もう誕生日過ぎてたんだな」

凛「忘れてたの!?」



だってここ最近忙しかったし、特に誰にもお祝いされなかったし……いかん涙が出て来た。



八幡「ま、まぁとにかく……ありがとな、凛」

凛「……うん。どういたしまして」



笑顔で応じる凛。
……やっぱ、笑ってる顔が一番良いな、お前は。



凛「そうだ。プロデューサー、来年は8月9日にお祝いしようよ」

八幡「はぁ? なんでだよ」

凛「……だって」


733: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:53:32.16 ID:VInTqWuT0


凛は少しだけ言い淀んだ後、髪をかき上げ、照れたようにまた笑みを浮かべる。




凛「それなら、二人で誕生日を祝えるでしょ? 間をとってさ」




……ホント、勘違いするからやめてくれ。



八幡「……今度からお前の事は、ぼっちキラーと呼ぼう」

凛「なんで!?」



お互いに交わす、他愛の無い会話。

来年もこうしてお互い祝えるような関係でいられるのだろうか。
それは分からない。

けどそれでも、今は隣にいる。


なら、今はそれで良いか。


734: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/11(日) 04:55:07.17 ID:VInTqWuT0


ちなみに俺が貰ったのは、ネクタイピンだった。

こんなオシャレアイテム、俺に似合うか心配だったが、凛が選んでくれたからな。
使わない理由はない。つーかこれと小町のネクタイが合わさって最強コンボじゃね?


そして俺があげたのは、アイオライトのネックレス。
決して高価なものではないが、凛は喜んでくれたし、まぁいいか。




アイオライト。

夢や目標、自分らしさへと導く石。




何だか気恥ずかしいので意味は言わなかったが……
ま、しばらくは黙っておくとしよう。

少なくとも、来年までは、な。





おわり

959: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:16:21.78 ID:1X0zj+JH0

番外編
蘭子「やはり私の青春模様にまちがいはない。」


中二病。


友人によると私はそういった病にかかっているらしい。

病と言っても別に病気とかそういう類いのものではなく、思春期にありがちなちょっと背伸びした振る舞い。
そういったものを指すらしい。

しかしその中でも私は特殊な分類に分けられるようで。


邪気眼系、というらしい。


意味はよく知らないけど……フフ、中々良い響きね。

……今のがそうなのかな。





蘭子「…………カッコいいなら、それで良いと思うけどなぁ」




私の呟きに、答える者はいない。

でも、お母さんのご飯が出来たという声は聞こえた。

no title


960: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:17:27.18 ID:1X0zj+JH0










友達「おはようー」

蘭子「煩わしい太陽ね(トモちゃんおはよう!)」

友達「……」



いつも通りに登校し、いつも通りに教室に入って挨拶する。
うん! 今日も一日頑張ろー!



蘭子「今宵は血が疼く……私の真の能力を見せる時が来たようね(今日テストだねー、頑張らなくちゃ)」

友達「……ふんッ!」マカチョップ!

蘭子「ソウルっ!?(痛いっ!?)」



いつもの朝のやり取りをしていると思ったら、いきなり教科書の角を頭頂部に振り下ろしてくるトモちゃん。か、角は本当にヤバイよ……


961: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:18:29.23 ID:1X0zj+JH0


蘭子「うう……痛いよトモちゃん……」さすりさすり

友達「それはこっちの台詞よ。色んな意味で痛いわ」



やけにイライラした様子で言うトモちゃん。
ど、どうしたんだろう。そんなに今日のテストが不安なのかな?



蘭子「……フッ、安心せよ我が下僕よ。呪文の事なら私が…(大丈夫だよ! 国語なら私得意だから教えてあげ…)」

友達「ふんぬッ!!」脳天直撃死神チョップ!!

蘭子「イーターッ!?(痛いッ!?)」



今度は直接手刀を振り下ろされちゃった。
でも何故かさっきより痛い気がする……なんでだろう。


962: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:20:30.93 ID:1X0zj+JH0


蘭子「うう……さっきからどうしたのトモちゃん?」さすりさすり

友達「だからそりゃこっちの台詞だってば。その中二言葉止めてよね」ハァ…

蘭子「うっ…」

友達「あんた可愛いから許されてるけど、それでブッサイクだったら殴ってるわよ?」

蘭子「もう殴ってるよ……」



ダメだ……あの痛みを味わうと迂闊に堕天使形態(※中二モードの事。蘭子ちゃん命名)になれないよ。



友達「それと、その眼帯」

蘭子「え? 変かな?」


963: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:21:24.65 ID:1X0zj+JH0


友達「目悪いの?」

蘭子「……」

友達「……」

蘭子「……ククク、我が邪王真眼を見せる時が……あ、ごめんなさい嘘です嘘ですだからお願いだから振りかぶらないで!」



トモちゃんが怖かったので仕方なく眼帯は取りました(震え声)。



友達「ホントなら、その腕に巻いてある包帯も剥ぎ取りたいところだけど…」

蘭子「……ッ!」キッ

友達「そんな親の敵を見るような目で見なくてもいいじゃない。……分かったわよ、それは見逃してあげる」

蘭子「トモちゃん……!」キラキラ


964: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:22:28.64 ID:1X0zj+JH0

















先生「どうした神崎ー、腕、怪我でもしたかー」(※HR中)


蘭子「~~ッ!」カァァ

友達「~~ッ!!」(笑いを堪えている)





次の休み時間、私は包帯を取りました。





965: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:23:24.53 ID:1X0zj+JH0


蘭子「は、恥ずかしかった……」

友達「だから言ったじゃない。これに懲りたら、もうそんな真似しない事ね」

蘭子「……」



やっぱり私はカッコいいと思っても、他の人は気持ち悪がっちゃうのかな。

トモちゃんも、別に私に悪気があるわけじゃない。
むしろ心配してるからこそ、止めるよう言ってくれているんだろう。

…………でも……なぁ。



テストは、あまり集中出来なかった。



966: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:24:30.32 ID:1X0zj+JH0












蘭子「何度も僕ら~♪ 高く星追いかけて~♪」



紅蓮の道を往き、我が理想郷へと羽ばたこう(夕日の中、私の家へと帰宅しています)。

……やっぱり、心の中じゃつまんないな。
でも口にしたら、きっと周りの人に白い目で見られる。トモちゃんが言っていたように、変な人だと思われる。それは、嫌だ。


けど、なぁ……



967: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:26:08.56 ID:1X0zj+JH0

ついつい気持ちが暗い方に行っちゃうな。
こういう時は、歌って気分を晴らすのが一番だよね!
(※蘭子ちゃんは天然だから、歌いながら帰ってる時点で変な人だと思われる事に気づいていません)


そう言えば、今日はM○テで貴音さんが歌うんだった! 帰って録画しないと!
……アイドルは良いなぁ、自分を思いっきり出す事が出来て…



蘭子「信じてr……ん?」



少しだけ早足で歩いていると、交差点である物に目が止まる。
物というか、者だったけど。


それは私より少し年上だろう男子学生の二人組で、何と言うか、目立っていた。




「るふんるふん! 八幡、中々の戦果だったな! ここまで来たかいがあったというものだ!」

「ここで広げんじゃねーよ、周りの目が痛いだろうが。つか、俺は偶々居合わせただけだ。付き添いみたいに言うのやめてくんない?」


968: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:28:04.96 ID:1X0zj+JH0

一人は恰幅の良い眼鏡の男子で、学校の制服の上に何故かコートを羽織っている。そしてその両手にはいっぱいの紙袋。プリントされているイラストを見ても分かるけど、正にその筋の人だった。


……でも、実は私もそこのお店の常連だったりする。
だ、だって心引かれるものがたくさんあるんだもん!


そしてもう一人は、同じ高校の制服を来ている標準的な体格の男子。顔は……か、カッコいい方だと思う。
特にその目。全てを威圧し、達観しているようなその瞳は、邪王真眼を持つ私を多いに引きつけて……はっ! もしや彼の者がダークフレイm(ry


と私が妄想に陥りそうにしていると、隣で信号を待っている女子高生から声が聞こえてきた。



「やだーちょっと見てよ、あれがオタクってやつ?」クスクス

「ホント、マジきもいんだけど」ケラケラ



蘭子「……っ!」


969: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:30:14.90 ID:1X0zj+JH0

それはほとんど隠す気のない、陰口とも言えない悪口。
この距離だ。あの人たちにも勿論聞こえているだろう。


……何でかな。


私が言われてるわけじゃないのに、胸が、痛い。

思わずその場から去りたい衝動に駆られながら、二人の男子を恐る恐る見る。


すると思った通りか、眼鏡の男子は冷や汗を流しながら居心地悪そうにしている。


当たり前だ。私だって、同じ状況だったらそうなるだろう。
むしろ、泣きながら逃げるかもしれない。



けれど、もう一人の男子は……何も変わっていなかった。



もしかして聞こえてなかったんじゃ、と私が考えていたら、その男子は動いた。
眼鏡の男子が持っている袋と同じ、自分の持っている袋(ただし数は圧倒的に少ない)を、おもむろに開き始める。


970: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:33:29.99 ID:1X0zj+JH0

取り出したのは、一冊の本。大きさ的にたぶん漫画かな。

すると、彼は突然切り出した。




「やっぱ、ゆのっち一択だよな。何あの笑顔、眩し過ぎてもはや見れないぜ。宮子との絡みとか微笑ましくて微笑ましくて、この間呼んでたら小町にキモイって言われちまったよ。そんな顔緩んでたんかね」


「八幡……?」

「お前はどーよ材木座。あれか。大穴で吉野家先生か」

「……ふっ、愚問だな。我はもちろん、なずな殿だ!!」

「予想通り過ぎてきめぇ!」



いきなり漫画トークが始まる。
その会話はどんどん熱を帯びていき、いつの間にやらお互い掴み掛からんばかりの熱弁になっていた。
でも、私にはそんな二人が凄く楽しそうに見えた。

羨ましいくらいに。


971: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:34:55.84 ID:1X0zj+JH0


「うわ、なにアイツら急に……」

「……キモっ、早くいこ?」



先程の女子高生は、あからさまに引いた様子で去って行く。

よく見ると、周りにいた他の人たちもいつの間にかいなくなっている。
これが、世間の風当たりってやつなのね……




「……ふう、あーあまた黒歴史を増やしちまった…」



見ると、先程の男子が本当に疲れたといった様子でため息を吐いている。
まさか、演技……?

……いや、それはない。
私には分かる。さっきのは本音だった(同類の勘)。


972: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:36:37.39 ID:1X0zj+JH0


「む? どうした八幡。もっと我とKRコミックスについて語り合おうではないか」

「いやいいから。俺は帰って漫画と一対一で語り合うから。ゆのっちがひだまり荘で待ってくれてるから」



やっぱり本音みたいだった。



「……まぁけど、その方がお前らしいわ」

「八幡……まさか貴様……」

「オタク上等くらいがお前には丁度いい。そっちの方がまだウジウジしてるよかマシだ」



要はあの男の子は、眼鏡の男子に発破をかけたのだろう。

オタクなら、もっと、堂々としてろと。
そういう意味だったのだろう。


973: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:37:41.93 ID:1X0zj+JH0


「……くくく、流石は我が半身。我の事なら全てお見通しというわけか」

「いや違うから。その一心同体みたいな言い方気持ち悪いからやめてくんない」



そしてあの眼鏡の男子からは同じ匂いを感じる……!
……そっか、端から見るとあんな風なんだ私。



「しかしなハチえもん。女子にああいう事を言われると、どうしてもな。最悪泣いちゃうぞ我」

「まぁ気持ちは分かるがな……俺だってそうだ」



心底同意したくないといった様子の彼。



「けど、今は別に周りなんてどうでもいい。好きなもんくらい、好きって言いたいからな」


蘭子「っ!」


974: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:38:43.95 ID:1X0zj+JH0



「周りの目ぇ見て、周りの顔色伺って、その上好きなものまで犠牲にして、そんなのは……俺は真っ平だ」




その言葉は、深く深く、私の中に突き刺さった。

好きなものを、自分を隠して、それで、本当に胸を張れるの?

私は……





「うむ……そうだな。それでこそ我の相棒! 剣豪将軍義輝の相棒だ!!」

「いやそういうのはいいから。ぶっちゃけそれは本当にキモイ」


975: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:39:58.05 ID:1X0zj+JH0

わいわいと騒がしく、その二人は去っていった。

堂々と、自分を偽らないその姿がカッコよくて。

私はーー





















蘭子「クックック、我が眷属よ、闇に飲まれよ!!(トモちゃん、テスト勉強お疲れさま!)」
(※ノーマルの特訓前の格好。もちろん傘もさしてるよ)



友達「悪化したッ!!」







976: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:41:33.70 ID:1X0zj+JH0


その後なんやかんやあり、トモちゃんは渋々ながらも私のこの病を黙認してくれた。

「見ている分には面白いしね」って言っていたけれど、せめてツッコミはもう少し優しくしてほしいかな。


けどもちろん、快く思わない人たちもいる。

親は宇宙人でも見るような目で見てくるし、外を出歩けば異端扱い。
担任の先生には泣かれちゃったりもした。……さすがに迷惑かけ過ぎました。



でも、私はやめるつもりはない。

私が好きで、カッコいいと思って、やっている事だから。



中二病は、きっと私の青春なのだ。




977: ◆iX3BLKpVR6 2013/08/21(水) 23:42:56.38 ID:1X0zj+JH0

だからきっと、まちがってなどいない。
そう胸を張って、今は言える。


……あの人に、また会ってお礼を言いたいな。





「ちょっとそこのキミ……ティンときた!」


蘭子「はい?」





その後彼と彼女が事務所で再び出会う事になるのは、また別のお話。





蘭子「やはり私の青春模様はまちがっていない。」

おわり


八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374344089/)