748: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/07/31(火) 04:09:00.99 ID:ARCu+TYOo
 ■   □   ■


 暫しの間を置いて、再度二人は向き合う。
 咳を一つ払ってから、まずフレンダは始める。

フレンダ「こほん……とっ、当麻っ!? どうしてここにいるってわけよ!?」

上条「え? えっと……俺はただ散歩っつーか、周りから逃げてきただけつーか……」
                 テイク・ツー
 リプレイ、これぞ世に聞く『やり直し』。
 どうやら彼彼女はつい先程見せた失態をなかったものとして扱うらしい。

フレンダ「……あの量のガールフレンドから? 当麻も中々隅に置けない、ってわけよ」

上条「ガールフレンドってそんなんじゃ……いや、合ってる、のか?」

 日本で言うガールフレンドとは懇意にしている女の子、つまり憎からず思っている女の子や彼女のことを指すのだろう。
 が、一歩外に出てみるとその意味はたちまち、直訳した女友達、というなんとも面白みのない言葉に早変わりする。
 フレンダの外見から察するに、本来の意味で使っている可能性が高い……と、英語知識の浅い上条は思った。
 いや、それよりも。

上条「……ん? あの量の?」

フレンダ「全く当麻も罪づくりな男なわけよね。 アレだけの量の女の子に一気に手を出してるなんて」

 やれやれ、と言った、呆れた面持ちで嘆息する。
 軽くジト目が入っているのは恐らく気のせいではないのだろう。

上条「ちょっ、ちょーっと待て! フレンダさんは一体どこで何を見たり聞いたりしていたのでせうか!?」

関連作品
フレンダ「結局、全部幻想だった、って訳よ」 その1

004
749: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/07/31(火) 04:34:33.42 ID:ARCu+TYOo
フレンダ「どこでって、今日一日当麻を追っかけててだけど」

 さらりと告げる。
 別に取り立てて隠すようなことでもなし、フレンダ的にはこの程度はどうでもいいのだ。
 どうでもいいと、思っていたのだが。

上条「今日一日って……」

 軽くストーカーじゃないか?なんてそんな言葉はさておき。

上条「お前、自分の競技はどうしたんだ? っていうかフレンダの学校って俺知らないんだけど」

フレンダ「……あー」

 上条のつい口からついてでた言葉(別に不利な追求から話題を転換しようとしたわけではない)にフレンダは口を閉口する。
 そういう意味でないのに、と思うのが二割と、しまった、と思うのが残り。
 上条のお節介スキルは筋金入りだし、うまく切り抜けるにはどうしたって彼を納得させる言い訳が必要なわけだが。

フレンダ(……駄目だ、結局、何も思いつかないわけよ)

 何通りかの解答は思いつく。『自分の出てる競技以外の時に見てた』、だとか『実は学校に通っていない』だとか。
 それでもその後の言及は避けられない。こういう状況での適当な答えは後々の関係で自分を縛り付けることになる。
 だったら、下手に小細工をするよりは真実を。但し、隠すことは隠し、誤魔化すところはうまく誤魔化して。
 少女は纏っているスカートの端をぴら、とだけ持ち上げる。

フレンダ「えーっと……実はね、一応この制服の学校に籍はあるんだけど、諸事情で通ってない、ってわけよ」

上条「通ってないって……」

 学園都市で不登校になる理由など、外に比べてそう多くはない。
 レベルに応じてとはいえ給料よろしくお金が自動的に入金されるのだ、教科書代などは勿論別だが、教育費は全て無料という状況になっている。
 故に金銭面での不登校、休学はありえない。だから他の理由となれば割と簡単に絞ることが出来る。
 あくまで、闇に触れていない物の発想なので絶対に届くことはないが。

764: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2012/08/17(金) 22:44:01.68 ID:isX5dwvto
上条「……虐め、とかか?」

フレンダ「んー、んー……当たらずも遠からず、ってとこかな」

 夜空に一つの花が咲き、その音は静寂した夜に響き渡る。
 フレンダは落下防止の柵に腰掛けて、その花に背を向けた。

フレンダ「結局さぁ、私は……なんていうのかな、合わないってわけよ。向こうだって悪気があるわけじゃなくて、いや、悪気のない虐めとか、そういうんでもなくて」

フレンダ「つまり……そう、『見ている世界が違う』。これが一番しっくり来るってわけよ」

 フレンダは、過去を振り返りながら理由を述べる。
 今籍を置いている学校には一度も通っていないが、以前上条と同じ高校には通っていたのだ、思い出すのはその時のこと。
 フレンダは友達と呼べる友達はいなかった。元々上条以外と触れ合うつもりはなかったのもあるが、たった今彼女が言ったことも、その理由の半分を占める。
 新しい学校。新しい生活。新しい友人。
 そういうものを求めてワクワクしていたクラスメート達。彼、或いは彼女らはあまりに――――

フレンダ(――――眩しすぎた、ってわけよ)

 純粋な光。
 住んでいる世界が、見ている世界が違う。
 だから、逃げた。
 関わりを持ちたくないから。眩しすぎて、彼の隣にいるのが嫌になりそうだったから。
 それらはまるでつい昨日のことかのように想起でき、フレンダはその時の何とも言えない想いを心に持ちながら言ったのだった。

上条「それは、」

 告げられた上条は逡巡する。
 そんなフレンダの深い事情まで知る由もないが、言葉をなぞるなら周りとの差異に自分が嫌になったと受け取る事が出来る。
 そんなプライベートな思いを、どうして知った口調で説得することができようか。

765: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2012/08/17(金) 23:08:10.62 ID:isX5dwvto
 だが、とも思う。
 抱えている悩みを打ち明けてくれたということは、それはつまりそのことで弱っているということではないだろうか、と。
 そうだ。目の前の少女は自分と同じ学年とはいえ、多感な時期の子供に過ぎない。
 それは自分も同じだが、だからこそ、理解してやらねばという思いに駆られる。
 ことさら、上条が故に強くそう思う。

上条「でも、それは――誰だって、同じじゃないか?」

フレンダ「…………」

 フレンダはじっと、上条の目を覗きこむ。
 しかし上条はそれに臆さず、続ける。

上条「俺だって、周りと違うって思うとこはあるぞ。勉強だってうまくいかないし、運動だって取り立てて得意なわけじゃない」

上条「一番大きいとこはあれだな。よく不幸な目にあうってことだな」

上条「俺が普段絶対に失敗するようなところで当然のように……いや、そいつらにとっては当然なんだけどさ、当然のように成功すると、違うんだなぁって思うよ」

 けど、と。
 上条は共感できると並べた言葉を、翻す。

上条「それはやっぱり、誰もが感じてることなんじゃないか?」

上条「勉強が出来ないやつだって、運動ができないやつだって。逆に高すぎる能力を持つやつだって、周囲との違いを感じてるかもしれない」

上条「誰一人同じ人間はいないんだ。感じてる差異っていうのはつまり、個性のことなんじゃないのか?」

上条「だから、」

 不意に。
 ぷっ、と。フレンダは微笑みを零した。

766: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2012/08/17(金) 23:37:13.27 ID:isX5dwvto
上条「……フレ、ンダ?」

 空気にそぐわない吹き出しに、上条は動揺する。
 ぷるぷると震える彼女は別に泣いているわけではなく。
 ただこみ上げてくる笑いに抗っているだけだ。

フレンダ「ごっ、ごめん……いやね、やっぱり、当麻は当麻なんだなぁって、思ったってわけよ」

 例え合わないまま幾数年の年月を経たとしても。
 例え記憶喪失で全ての思い出を忘れてとしても。
 上条当麻は、やはり上条当麻。
 フレンダは何度その事実を確認しても、やはり嬉しくなってしまう。

上条「あ、そ、そうか……?」

 しかし言われた本人からしてみると反応に困る言葉なのだ。
 別に馬鹿にされているわけでもなし、かといって褒められているとは言い難い。
 そんなこんなで困惑させて上条からの追求を避けるのもフレンダの目的の一つだったわけだが。

フレンダ「……当麻の言いたいことはわかるよ。でも、今はそんなことはどうでもいいってわけよ」

フレンダ「だって、さ」

 フレンダは柵から腰を上げて、ズイッ、と上条に接近する。
 数メートルの距離からいきなり数十センチになって上条はややのけぞるが、フレンダは弁えているのかそれ以上は近づかず。
 優しげな、儚げともとれる笑みを浮かべて告げる。

フレンダ「今は、当麻が一緒にいてくれるんだから」

 遠くで、一際大きな花火が彼らを照らし。
 少し遅れて轟音が闇夜の静寂を引き裂いた。

804: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 01:23:16.01 ID:HmMgeG8so
 ■   □   ■


 悩みがあって夜も眠れない。
 そんなことはないだろう、考えに深ければいつしか眠りに落ちているに違いない。
 そう思っていた上条だったが、その考えは間違いだったことを身を持って知った。
 いや、厳密に言えば数時間は眠ったわけだが、いざ眠りにつこうとしたそれから二時間弱、寝付けなかったのだ。

上条「ふぁ……」

 故に今の彼は寝不足である。大きな欠伸がそれを証明した。
 とはいっても、本日の競技は朝一番、それが終わればもうやることなどない。
 ので、それが終わった今、閉会式まで羽を伸ばすことの出来る最高の時間なのだが。
 彼の心はまったくもって晴れない。

上条「……どういうこと、なんだろうな」

 それは誰に言うでもなく。
 思い出すのは、昨日のこと。

上条「去年、フレンダは同じ学校に通ってたって?」

 意味がわからない。
 フレンダはつい四日前にそこらの事情を話してくれたばかりだ。
 自分と一緒に居られればそれでいい、なんて少しばかりドキッとする台詞も吐かれた。
 なのに、だ。
 昨年はクラスこそ違えど、同じ学校に通っていたという。
 情報が錯綜している、と思うのは彼が今の彼である所以だろう。

 記憶喪失。
 その重要なファクターも含めて鑑みると、その情報は恐らく正しいのだろうと思えてくる。

805: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 01:49:05.30 ID:HmMgeG8so
 そこには、一つの直面しがたい事実が存在する。

 それは、フレンダは上条が記憶喪失になったことを知っている、ということ。
 当然だ、昨年同じ学び舎だったとしたら、同学年で顔を合わせて居ない筈がない。なにせアレほどに目立つ外見なのだから。
 加えて両親の証言によると、その両親をほっぽって、ナイトパレードを二人で楽しむの仲だったらしい。 これで記憶喪失になっていないことが知れてないのがおかしいだろう。

 だとすれば。
 よほど残酷なことをフレンダにしてしまった、と上条は思う。

 あの日、病室で初めて会った時。
 幼稚園で一緒だったというフレンダに対して、上条は『覚えていない』と言ってしまった。
 本来なら、それより最近に会っているというのに。
 上条当麻は、フレンダ=セイヴェルンのことを忘れてしまっていたのだ。
 二人でデートもするほどの、もしかしたら好いた惚れたの仲であったかもしれない、幼馴染のことを。

 そして彼女は、つい数日前になんといっただろうか。
 『自分が一人なんてことはどうでもいい』、と。
 『今は当麻が一緒にいてくれるから』、と。
 彼女は、知っていて。
 少年が記憶喪失であることを知っていて。
 知っていて、尚、その言葉を告げたのだ。
 ――そう、笑顔で。

 そこにどれほどの想いが秘められていたことだろう。
 想像に難くない。 否、想像すら絶する。
 少女がどのような心を持ってして自分との邂逅を繰り返し、笑っていたのか、など。
 上条には想像もつかない。

806: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/29(土) 02:01:55.41 ID:HmMgeG8so
 ……さて。
 だがここで、幾つかの疑問が沸き起こる。

 一つ。 何故フレンダは記憶喪失を知っていることを黙っているのか。
 一つ。 何故フレンダは昨年のことを言ってこないのか。
 一つ。 何故フレンダは学校を転校してしまったのか。
 何故、何故、何故。
 考えれば考えるほど、疑問の海に溺れていく。

 気がついたら、朝だった。
 上条は睡眠寸前のぼやけた思考を引っ張りだして、覚醒している頭でそれを咀嚼する。

上条「…………わからねぇよ」

 それでも、わからない。
 まったくもって、理解できない。

 嗚呼、記憶喪失の我が身が恨めしい。
 思い出がないが故に少女の秘めた苦しみ一つ開放できないのだ。
 かくなる上は。

上条「問いただす、しかないのか……?」

 一番手っ取り早い方法がそれだ。
 けれどそれは、踏みにじることになる。
 フレンダが様々なものを隠して誤魔化して保ち続けたこの関係を、ぐしゃぐしゃに蹴散らすこととなる。
 それは果たして、許されることなのか?
 散々気が付かなかった自分が今更それをして、まかり通るものなのか?

 上条当麻は昨夜に続き、人の波の中で思考に耽る。

816: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 01:04:22.52 ID:qq5BMiuBo
 ヌッ、と。
 思考に耽る上条に背後から影が忍び寄る。
 音を立てず、人混みを縫い。

 少年は何やら考え事をしているようだ、と近づきつつ観察する。
 しかし、そんな深刻なことなのだろうか?
 いや、あの少年に限って、難しい問題があるだのそんなのあるわけがあるまい。 少女はそう自分の中で結論付ける。
 そして遂に少年の真後ろまで辿り着き――――

 ドンッ、と衝撃。
 同時に上条は心臓が飛び出るかと思った。
 それは叩かれるのが強い力だったとかそういうわけではなく、あまりに突然だったからだ。
 そして上条はもしや、と思う。
 背後から突然来るのは、今悩んでいた少女の接触行動ではなかったか、と。

 しかしそう考えるも遅い、反射的に上条は背後を振り返り。
 その人物を、確認する。
 そうして上条は、心より安堵した。

上条「……なんだ御坂か」

御坂「なんだとは何よ失礼ね。 敵同士とはいえ今日まで一緒に戦ってきた知り合いに労いの言葉一つないわけ?」

 上条のその溜息混じりの言葉はどうやら落胆したかのように見えたらしい。
 背後から奇襲をかけてきた御坂美琴はあからさまな不満な態度を示しながら言う。

上条「んで、お前はこんなトコでなにしてるわけ? トイレでも探してるのか?」

御坂「んなわけ無いでしょうが! ちょっと昼ご飯に屋台でも回ろうと思っただけよ」

817: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 01:20:49.04 ID:qq5BMiuBo
 デリカシーのない発言に嘆息を吐きつつ。
 美琴は腕を組んで片目を閉じ、もう片目で上条を流し見る。

御坂「逆にアンタこそ何してんのよ? アンタも昼ご飯?」

 もしそうなら一緒にゴニョゴニョと聞こえない言葉はさておき。
 上条は『あー』だの、『うー』だの、歯切れの悪い生返事を並べ、まぁいいか、とでもいうように口を開く。

上条「いや、ちょっと考え事」

御坂「アンタが? 珍しいこともあるもんね」

上条「失礼な! 上条さんだって極普通の男子高校生、そりゃあ悩み事の一つや二つありますとも!」

 別に美琴は上条に悩みがないといっているわけではなく、悩みがあったとしても後先考えずに突進しそうだと言いたいだけなのだが。
 それを言ったところで場が乱れるだけだしと胸の奥にそっと閉まっておく。

御坂「それで?」

 はぁ、とまたもや溜息を吐きつつ言われたそれに、上条は『?』を頭上へ浮かべる。

上条「それで……って?」

御坂「だから、その悩みの話よ。 相談ぐらいなら乗るわよ」

 一応世話になってるし、と小さく付け足す。
 しかしやはり都合よく聞こえなかった上条は美琴の言葉の意図を探り、ハッとする。

上条「まさか相談に乗ってやるから昼飯を奢れと!? 自慢じゃないがこの上条当麻、財布の寂しさには自身がありますとのことよ!?」

御坂「誰もそんな事言っとらんだろうが! 勝手に暴走すんなやゴルァ!!」

 バチバチ! と電気が飛び散り、辺りの観光客や生徒は騒然とする。
 一番近くの上条はといえば、やはりさり気なく右手で電撃を打ち消し、無傷でいた。

821: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 12:18:56.39 ID:qq5BMiuBo
 防がれ、防がれ、防がれ。
 傷ひとつ負わせられない美琴には更に苛々が募るばかりであり。

御坂「あーもうなんなのよアンタ! こういう時は適当に電撃を受けてその辺に転がるのがフツーでしょうがッ!」

上条「そんなこと御坂が切れるたびにしてたら俺の身がもたないからな!?」

 尻もちをついて、こわー!この人こわー!と慄く上条。
 美琴の方はもはや色々と吹っ切れたようで(しかし頭の冷えた数分後に顔を真赤にすることは明白だが)、ずんずん、と上条の傍に近寄り手を差し伸ばす。

美琴「ほら! アンタに奢ってなんか貰わなくてもアンタ一人ぐらいの食事を賄えるってトコ見せてやるわ!」

上条「いや流石に自分の分くらいは自分でっておわっ!?」

 手を伸ばした瞬間に手首を捕まれて力強く引っ張られ、思わず情けない声が出てしまう。

美琴「四の五の言わないで、さっさといくわよ! 目指せ全制覇!」

上条「それってどこのインデックスですか御坂さん!?」

 やけっぱちになっている御坂美琴に手を引かれ。
 上条は美味しそうな匂いの漂う屋台エリアへと繰り出すのだった。

822: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 12:49:04.65 ID:qq5BMiuBo
御坂「それで、アンタは何が食べたいの? 真面目な話、一つや二つぐらいならこのミコトサマが奢ってあげないこともないわよ」

上条「男子高校生が女子中学生に奢ってもらうって正直どうかと思うけどどうぞよろしくお願いいたします」

 一瞬の迷いもなく頭を下げる。食欲と金銭問題は、男子高校生のプライドに勝る。
 ぶっちゃけ上条家の家計は赤字なのだ火の車なのだ。
 イギリス清教にインデックスの食費を何時か請求してやると心に秘めている上条ではあるが、その何時かすら見えない。
 故にもらえる時には貰っておく。 食うもの全部奢ってもらうというのは心苦しいから却下だが、一個二個なら超能力者である美琴の財布は痛まないだろう。

御坂「よろしい。 それで、どうするわけ?」

上条「そうだな、なるべくなら安くて量の多いものがいいけど……」

 屋台の食べ物の値段というのは、雰囲気代も含んでいる。
 上条の言う安くて量の多いものも確かにあるが、それは全体の半分にも満たないだろう。
 故に探すのはほんの少しばかり面倒になるわけだが……
 はぁ、と美琴はこれ見よがしに溜息を吐く。

御坂「……アンタ、まだ私の財力わかってないわけ? 私の財産全部合わせたら、『書庫』の機材に届くか届かないかレベルにはなるんだけど」

上条「…………差別だ」

 上条はその財力の差に愕然とする。
 お金とは数だ。 数とは力だ。 力とは強さだ。
 金を持つものと持たざるものには絶対的な壁が存在するのだ。
 『書庫』一つ買える程のお金など、上条の生活ならば半生どころか一生分の資金になり得るだろう。

御坂「差別って何よ失礼ね。 私だって頑張ってレベル5になって、その結果お金を手に入れてるんだから当然じゃない」

 美琴はレベル1からレベル5になった極めて模範的な能力進化の可能性を示した能力者である。
 逆に言えば、彼女が居なければレベル1、2で心折れた人も数多くいたに違いない。
 真実を知らねば、彼女がその事に胸を張るのは当然である。

823: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 13:12:53.52 ID:qq5BMiuBo
上条「……あいわかった! じゃあ上条さんも遠慮せず、高いものを奢ってもらうことにしましょう!」

御坂「早速遠慮なくなったわねアンタは。 まぁ屋台だからどれだけ高くても万は超えることはないけど」

 したがって美琴は値段には拘らず、美味しさで判断する。
 お嬢様料理ばかりで舌が肥えている、というわけでもないが美味しいに越したことはない。
 そして仮に量が少なかったとしても、個数を買えばそれも賄える。
 まさに金持ちの発想である。

御坂「んと……それじゃあそことか、結構人が並んでて良い感じ、じゃ…………」

 行列のできている一つの屋台を指して。
 その方向を見たまま美琴は固まった。

上条「? 御坂?」

 問いかける。
 が、当の美琴には全く耳に届いていないようで、ブツブツと呟いていた。

御坂「……いつ…………してこんな…………また何か企んで…………」

 上条も美琴の視線の先を追う。
 そこにはたこ焼き屋があった。
 行列の出来ているたこ焼き屋、大玉八つで五百円。 比較的良心的な屋台。
 そしてその一番前、丁度注文したたこ焼きを受け取ろうと手を伸すのは。
 紛うことなき、金髪の少女。

824: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 13:22:52.33 ID:qq5BMiuBo
上条「――――ッ」

 瞬間、フラッシュバッグする。 ドクン、と心臓が跳ね上がる。
 病室で、道端で、街中で。
 ナイトパレードを一緒に見て、笑顔を見せてくれて。
 そして両親の言葉。

 フレンダは上条や美琴に気が付かず、二つのパックを受け取って笑みを浮かべつつ人混みへ去っていく。
 その笑みが、重なる。
 全く質の違うものだけれど、重なってしまう。
 自分へと向けていた、笑顔。
 心から楽しそうな、その表情に。

 思ってしまうのだ。
 その笑顔を奪いたくない、と。
 記憶を失っていることを知られたことを上条が知ってしまった、という事実を知られたくない、と。


 ――――笑っていて欲しい。


 上条は覚えているような気がしたのだ。
 脳ではなく。 身体でもなく。
 心で、心に。

 だから、隣で動く気配がした瞬間に上条当麻は。
 その腕を掴んで、止めていたのだ。
 もし御坂美琴が彼女を追いかけたのだとしたら、きっと自分も追いかけることになるだろうと思ったから。

825: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 13:37:13.86 ID:qq5BMiuBo
御坂「――――っ、離し…………!」

上条「嫌だ」

 グッ、と右手に強く力を入れる。
 抑えるためだけだから力は然程はいっていない筈だ。 美琴の反応からもそれが伺える。

御坂「っ……なんでよ…………!」

上条「だって……ここでお前を行かせたら…………」

 ごくり、と美琴は唾を飲む。
 そして上条はカッ! と目を見開き、叫ぶ。

上条「御坂に奢ってもらえなくなるだろ!?」

御坂「…………」

 御坂美琴は。
 このバカに、猛烈に数億ボルトの電流を流してやりたい衝動に見舞われた。
 しかし最初に奢ると言ったのはこの自分だ。

御坂「はぁー……わかったわよ、ちゃんと奢るわよ」

 もう一度いうが、確かに初めに奢ると言ったのは美琴の方だ。
 だが何か急用がありそうだった人を引き止めてまでそれを主張するのは高校生として、いや男としてどうなのだろうか。
 まぁいいか、と。
 何かあるのだとしたらこの区だろうし、そうしたらまた出会うこともあるだろう。
 その時こそ、あの金、

上条「金髪」

御坂「っ」

 心臓が跳ね上がるのは、今度は美琴の方だった。
 知っているわけがないのだ。 いや、この少年ならば知っていてもおかしくないが、知らないはずなのだ。
 自分がつい先ほど、あの少女を見ていたことなど、知りようのないことだったのだ。

826: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 13:51:56.07 ID:qq5BMiuBo
上条「綺麗だよな」

御坂「……へ?」

 思わず呆けた声を出してしまった。
 だから、と上条は続ける。

上条「一番前の金髪。 御坂もあいつ見てたんじゃないのか?」

御坂「え、う、うん、そうだけど……」

上条「フレンダの髪、綺麗だよな……インデックスのも銀髪だけど、上条さん的にはフレンダの方が……」

御坂「ちょっ、ちょーっと待ちなさい! フレンダって、アイツのこと!? アンタ、アイツのこと知ってるの!?」

 それを聞くのは、本来逆だ。
 美琴は上条のカマかけと誘導に引っかかったことに気が付かない。

上条「ああ、アイツは、フレンダは、学園都市に来る前の幼馴染だ」

御坂「はぁっ!?」

 美琴の混乱が頂点を突き抜けた。
 屋台でいきなり『絶対能力進化』に関係していた金髪を発見し。
 思っていたことを言い当てられたかのように錯覚して。
 情報が散乱しているところに、その金髪が想い人の幼馴染だと判明。
 これで困惑しないほうがおかしい。

827: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/14(日) 14:21:09.79 ID:qq5BMiuBo
 上条は引っかかった、と思った。
 美琴が見ていたのがフレンダでなければそれはそれでよかったのだが、フレンダだったのなら逆に話を聞くことが出来る。

上条「御坂は、フレンダのこと知ってるのか?」

御坂「ふぇっ!?」

 混乱する御坂はその言葉で目まぐるしく思考を加速させる。
 反応から見るに、上条はフレンダの仕事のことを知らないのだ。
 幼馴染というのだから仲はそれなりに親しいに違いない。
 上条は大なり小なりショックを受けるだろう。 それは美琴の本意ではない。
 故に美琴は。

御坂「ええと、それはあれよ! その、なんかよく見たことがあるなって思ってただけよ! 目立つし!」

上条「確かに目立つよなあれは」

御坂「うん、だからその、それだけ! うん!」

 まだ混乱を引きずっているが、言葉を選ぶ余裕はあるようだった。
 あの時の反応から何か知ってはいそうだった。 が、これ以上無理には聞き出せまい。
 そう考えた上条は、そっか、とだけ返して。
 ふと、それが目に入った。

上条「……おっ、そういや来客者ナンバーズの結果って今日じゃん」

美琴「……そういえばそうね。 アンタ、買ったの?」

上条「適当だけどな。 まぁ当たらないとは思うけど、見るだけ見に行ってみるか」

 そうして上条当麻は、日常へと返ってゆく。

839: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/28(日) 01:32:36.35 ID:pFazFNpco
 ■   □   ■


 時間は未来から過去に向かって流れてくる、と誰かが言っていた気がする。
 が、上条当麻にとっては時間とは後ろから自分を追ってくるもの以外の何者でもなく、いつも背中を叩かれている気がするのだ。
 で、あるからして。

上条「不幸だー」

小萌「もー、何が不幸なのですか上条ちゃん!」

 ばんばん、と自らのデスクを叩くのは月詠小萌その人だ。
 それの端を見ると灰皿の上に吸い終わった煙草が山の様に積んであり、少しばかり健康が心配になってくる。
 というか吸ってはダメではないだろうか。 年齢的にではなく、見た目的に。

上条「だって、だって! この上条当麻、生まれてこの方職員室に呼ばれていいことがあった試しなどないんですよ!?」

小萌「大丈夫です、悪いようにはしませんので」

 そう言いつつ、小萌先生がデスクの引き出しから取り出すのは、一つのプリントの束。
 それの一番上にはこう綴ってある。
 『地力アップ特製問題集――上条ちゃん用――』。

 脱兎の如く逃げ出す上条当麻は丁度行き先に居た黄泉川愛穂にぶつかると同時に腕の関節を決められた。
 手加減は心得ているのか俺はしなかったが、それでも痛いことには変わりなく短い悲鳴を上げてしまう。

黄泉川「おっとっと、すまんすまん。 つい反射的に決めちゃったじゃん」

上条「つい反射で関節決めるって酷くないですか!?」

小萌「黄泉川先生、そのまま取り押さえていて欲しいのですよ。 あまり痛くしない程度に」

 しまったこれは罠だ!? と思うより早く小萌先生は上条の目前に立っていた。

840: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/28(日) 01:52:23.85 ID:pFazFNpco
小萌「上条ちゃんったら、もー。 何も逃げることはないじゃないですかー」

 困った風にしながら、それでも嬉しそうな小萌先生。
 手のかかる生徒程可愛く見えるこの人物は真に先生向きだ。 その小学生にしか見えない体型に目を瞑れば。
 小萌は捕らえられている上条の足元に落ちた鞄の蓋を開けて、手に持っていた問題集を放り込んでからまた閉じる。

小萌「ありがとうございました、黄泉川先生。 もういいのですよー」

黄泉川「お役に立てて光栄じゃん。 ってか本当に月詠センセーんとこは楽しそうじゃん」

 言われ、すぐに手を話した黄泉川は仕事があるのか特に立ち話もせずに去ってゆく。
 関節をきめられた場所を上条は撫でるが、痛みは全くなく、これがプロの仕業か、と慄く。
 そしてもはや逃げても意味は無い。 はぁ、と溜息をつきながら小萌から鞄を受け取った。

上条「……それで、これなんなんです?」

小萌「やっぱり成績芳しくないようですので、補修の代わり、なのですよ」

 やっぱりかー、と上条は肩を落とす。
 態々『上条ちゃん用』と書いてあるところから察することは容易だった。

小萌「中間テストがなくなったからきっと期末が大変になるだろうと思っての、先生からのプレゼントなのですよー」

小萌「そもそも上条ちゃんは学校が始まってから入院とか多くて欠席できる日数も限界に近づいていてですねー……」

 唐突に始まった小萌先生の説教に上条は生返事で頷きつつ。
 この何もない平穏を噛み締めるのだった。
 ……問題集は、全力でお断りしたい所存だが。

841: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/10/28(日) 02:48:53.98 ID:pFazFNpco
 十月五日。
 上条がイタリア旅行に行った日から丁度十日。
 それだけの日にちの間にも、上条は普通の人ならもう二度と事件に巡りあう事はないだろうと思われる程の重大岐路を経験した。
 例えば、イタリアでの女王艦隊の撃墜。
 例えば、神の右席、前方のヴェントの撃破。
 どっちもがどっちとも、ともすれば世界が即戦争になったに違いない。
 後者の事件で科学と魔術に明確な確執が生まれたのは違いないが、最悪な事態にはならなかっただろうと思える。

 それはそれとして、だ。

 日常は日常、非日常は非日常でそれぞれをそれぞれで全力で生きるのが上条当麻なのだが。
 今日は少しばかり毛色が違った。
 それは『0930』事件、ヴェントとの戦いの裏にあったもう一つの事件でもあり。
 そしてつい一昨日に起こった御坂美鈴がスキルアウトに襲われた事件でもある。
 過去にも『妹達』の計画を始め、土御門元春やアステカの魔術師等にも同じ匂いを感じたことがあったが、主な原因はその二つだろう。
 学園都市の闇について。

上条「……普段なら、気にすることもないんだろうけど」

 少しだけ、気がかりなのだ。
 あの少女のことが。
 最近、とはいっても十日余りだが、会っていない気がする。
 というよりそもそも、彼女の電話番号はおろか、連絡先すら知らない。 よって、会いたくとも会えない。
 そんな尻尾を掴ませないところになんとなく、上条は『似たところ』を感じた訳だった。

上条「……って言っても、どうしようもないんだけどな」

 土御門に聞いたところで返ってくるのは『知らない方がいい』に決まっている。
 或いはフレンダとのことを探っていると感づかれて記憶喪失がバレてしまう可能性も否定出来ない。
 故に八方塞がり。
 上条は交友関係は広いが、学園都市の闇に触れられる窓口は存外に少ない。
 だから地道にやるしかなく、出来れば本人に会わずに話を進めたいところなのだが。

 やはり、不幸にも、ちらりと金髪の影が目の前を過るのだった。

860: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/10(土) 00:17:51.69 ID:yt28kcT/o
 不幸にも、というのはやはり自分の都合であって。
 遭遇したからには見てみぬ振りはできまい。
 それこそ、自分が割を食らうというのが確定している某レベル5の電撃姫でもなければ。
 加え、逃せば次にいつ遭遇するのかわかったものではないのだ。
 ならば、と。

上条「おっすフレンダ。 こんなトコで何してんだ?」

 びくんっ、と肩が跳ねるのはいつものこと。
 フレンダは大抵の場合、突然上条が現れると驚いたような素振りを見せるのだ。
 上条には誰かを虐めるという趣味はないが、それが僅かに面白くも感じていた。
 そしてその後、フレンダは混乱に口を滑りに滑らせ、余計なことまで口走ってしまうこともしばしば。

フレンダ「…………当、麻?」
 
 薄く青褪めた顔色、愕然とした表情。
 そして、いつもと違って、名を呼ぶ以外何も口走らぬ状況。
 上条はこの異例な事態を敏感に感じ取る。

 やばい。
 フレンダの起こしたアクション全てが、如実に、雄弁にそう語っていた。

 それを判断し、数瞬遅れて上条はここで会ってしまったことは決定的だと知る。
 だがそれすらも遅い。
 それを知るのは、少なくとも話しかける前でなければならなかった。

「……お姉ちゃん、どうしたの?」

 ショーウィンドウを覗き込んでいた少女。
 フレンダの影になって、見えていなかった少女。

 後悔先に立たず。
 上条はそのフレンダに類似している少女がこちらを捉えて表情を変えると同時、ようやくその言葉の意味を理解する。

861: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/10(土) 00:44:25.81 ID:yt28kcT/o
「……あれ、当麻お兄ちゃんだ」

上条「え…………」

 フレンダをそのまま小さくしたような女の子がいきなり現れて。
 そして自分の名前を呼んだ。
 驚かないわけにはいかない。
 自分の散々悩んでいた情報が真実だと結び付けられる証拠が突如として眼前につきつけられたのだから。

 少女――フレメアは自分の言ったことをもう一度噛み締めて。
 首を僅かに傾げ、上条をじっ、と捉えて。
 そしてぱっ、と表情を輝かせる。 場違いなほどに。

フレメア「当麻お兄ちゃんだ! にゃあ!」

 間に居たフレンダを押しのけ、ダイブ。
 上条は慌ててフレメアを受け止めて、蹈鞴を踏む。
 ベレー帽がこぼれ落ち、地面に落ちるがそれを拾うものは無し。

上条「うおっとと……!?」

フレメア「大体、久しぶり! 当麻お兄ちゃんだ、当麻お兄ちゃんだ!」

上条「ちょっ、落ち着いて、落ち着いて!?」

 喜びにテンションが高い彼女に目を引かれ、道行く人々は微笑ましく思いながら通り過ぎてゆく。
 上条も上条で、抱きしめたフレメアが暴れるのでバランスを取るのが精一杯でまともに返事を返すことが出来ず。
 だが、それは唐突に終わりを告げる。
 傍に居た、もう一人の少女の叫びによって。

862: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/10(土) 01:12:45.07 ID:yt28kcT/o
フレンダ「……して……どうして、当麻がここにいるってわけよっ!!」

 シン、と。 その怒鳴り声を聞いた何もかもが沈黙する。
 傍から見れば何が起きたのかわからない。
 上条の立場から見ればただ見かけた知り合いに話しかけただけで怒鳴られる道理はない。
 が、しかし。 彼らが知る由はない。

 たまにはお姉ちゃんらしくどこか連れて行ってあげようとフレンダがフレメアを連れ出したこと。
 ぬいぐるみとか色々見てみたいというので自分の行きつけに連れて行こうと思っていたこと。
 その途中でフレメアとはぐれてしまい、今丁度、おもちゃ屋の窓にへばり付いていたフレメアを見つけたこと、など。

 また、フレンダは第七学区を歩く際には知り合いが居ないか注意しているが、巡りあう可能性は割と低いことも知っている。
 それは上条と偶然に会うことも例外ではなく、会えるのは二十回に一回といった程度。 注意を忘れた頃に後ろから話しかけてくる、だから驚いてしまう。
 今日も例外ではなくて。 フレメアを探すことにかまけて、周囲への注意を怠っていたのは事実だが。

 しかし。
 それでも。
 そうであったとしても。
 フレンダがフレメアを連れて歩いている、今まさにこの状況に置いて。 上条と遭遇するというのは、両者にとって『不幸』だったのだと。
 そう言わざるを得ないのだった。

上条「フレンダ……?」

フレンダ「っ…………」

 フレンダは唇を噛み締め、声を殺す。
 叫んでしまったのはいけなかった。
 今までも驚きに叫ぶことは何度もあったが、今のが怒声だということぐらい上条には簡単に推測出来る。
 そしてそれが本当は上条に向けてではなく、フレンダ自身に向けてだったということも。

863: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/10(土) 01:22:30.47 ID:yt28kcT/o
 ぽんぽん、とフレメアは自分を受け止めている上条の腕を軽く叩いた。
 それに従い、上条は少女をそっと地面に置き、少女は自らの姉へと向き直る。

フレメア「フレンダお姉ちゃん」

 フレメアは尋ねる。
 今の怒声に置いての弁解を。

フレメア「当麻お兄ちゃんと、会ってたの?」

 フレメアは尋ねる。
 喧嘩別れしたと思っていた筈の二人が、一触即発にならなかったことへの釈明を。

フレメア「大体、どうして?」

フレメア「どうして、私には当麻お兄ちゃんと会っちゃいけないって言ったの?」

 フレメアは尋ねる。
 自分にだけ会うことを禁じて、そして禁じた本人は会っていたことに対する説明を。

フレンダ「…………」

 フレンダに回答する術は持たない。
 いや言ってしまうのは簡単だ。 フレメアに納得のいく説明だって出来る。
 だが、まだ彼女は躊躇ってしまう。

フレメア「そっか。 ……にゃあ」

 何に納得したのか、それは明らかに勘違いではあるが。
 沈黙が解答だと、そう少女は判断して。
 脇目も振らずに、行き先も知らず駆け出す。

864: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/10(土) 01:43:15.29 ID:yt28kcT/o
フレンダ「フレッ……!」

 反射的に、妹を追いかける。
 そうしようとした瞬間、上条に腕を掴まれる。
 奇しくも、大覇星祭の時に美琴がフレンダを追いかけようとしたのを止めたように。

フレンダ「当麻っ……! 離して……!!」

上条「…………っ」

 きっと。
 問いただしてしまったなら、自分の心に反することになってしまう。
 この少女に笑っていて欲しいと願った、自らの心の奥底に眠っていたその想いに。

 けれど。
 ここでこの手を離してしまったら、もう二度とこの少女の手は掴むことができないと直感するのだ。

 本当の上条当麻ならどうしただろう。
 記憶を失う前の上条当麻ならどちらをとっただろう。
 既に失った記憶は無論のことながら答えてなどくれず、そして激しく動悸を打つ心も返事を返してくれない。

 思考を巡らす。
 大覇星祭を思い出す。
 フレンダが何かしらの問題を抱えていることは最早明白。
 ならば、上条当麻として取るべき行動はただ一つではないのか。
 例え、一時的にその笑顔を奪ってしまったとしても。 最終的に皆で笑ってハッピーエンドを目指せばいいのではないか。

上条「フレンダ」

フレンダ「何今はそれよりも――――っ!」

 上条当麻なら。
 上条当麻なら、きっと。

上条「どうして、黙ってたんだ?」

 彼は、そう信じて。
 彼自身が良かれと思った方を選ぶのだ。
 その先に何が待っているかなど、全くもって知らずに。

上条「俺とお前が、同級生だった、ってことに」

 ――そう、選んでしまうのだった。

881: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/23(金) 23:27:57.35 ID:dPZhC0k9o
 言葉に、フレンダの思考は停止する。
 なんで、どうして。 現場を見られた、なんていうポカはしていない。
 決定打となり得たのは今のフレメアとの邂逅だが、それはこれから何とかしようと思えば出来るはずだった。 例えば少し無理があるが、幼馴染だった頃に会っていた、とか。

 だが夜道に、偶然通り魔に背中をグサリと刺されるように。
 それは現在とはあまりにも予想外の方向からやってきた。

フレンダ(どうして、同級生だったって黙っていたのか、って――――?)

 誤魔化すのは容易い。
 言葉尻を切り取って、アレ、前に同じ年齢って言ってなかったっけーとでも笑い飛ばせばいいのだ。
 だがそれは許されないだろう。
 疑問を抱き、それが何かしらの問題へと繋がっていた場合に迷わず突っ走るのがこの上条当麻だ。
 表面の誤魔化しなんて通用しない。
 それは半年も前に、否、ずっと前からわかっていたことではないか。

 しかし、どうしてよりにもよって、この状況で。
 いや、この様な状況だからこそ、か。
 フレメアが上条と会い、久しぶりと声を発し、そしてフレンダにとって余計な疑問を投げかけて逃げるように去ってしまった。
 あの少女のことも上条的には気になるだろうが、それは目の前の幼馴染に聞けば良いことなのだ。
 自分の聞きたいことの、ついでに、でも。

フレンダ「……少し」

 一瞬、上条が拍子抜かれた顔をした。
 自分でもわかる。 どれだけ情けない声をだしたのかぐらいは。
 それでも、ここで言うわけにはいかなかった。 直球に言わなかった上条の名誉のために、そして思考を整理する時間を得るために。

フレンダ「少し、場所を変えよう、ってわけよ。 結局、ここじゃ人目が多すぎるから、当麻にとっても都合が悪い、から」

 その提案に上条は是非もなく頷いた。

882: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/24(土) 00:04:39.56 ID:YYBvUpafo
 どうしようもないな。
 それがフレンダの出した結論だった。

 嘘を告げて、それを信じさせて撹乱させるのは簡単なことだ。
 転校も虐めが原因と言い、それぞれの疑問に矛盾のない答えを示すことだって容易だろう。
 けれど、結局。 それでは意味が無い。
 いや、意味が無いというよりは、無意味、というべきか。
 最終的に同じ結末へ向かうのは火を見るよりも明らかなのだから。

 それなら、選ぶしかない。
 嘘をつくことに意味は無い。 が、その逆には意味がある。
 自分にとっても、きっと、すぐ後ろを歩く幼馴染にとっても。

フレンダ「……ついたよ。 お気に入りの場所。 結局、ここはあまり人が来ないから最適ってわけよ」

 目の前に広がるのは遊具が立ち並ぶ公園。
 上条は軽く園内をぐるりと見渡して、人が少ないことを確かめた。
 そして同時に、目の前の少女の背に話しかけられる。

フレンダ「覚えてる? ここ、フレメアと待ち合わせしてた場所だよ。 それまで二人で話した場所だよ」

上条「……フレメアってのは、さっきのフレンダに似た子のこと……だよな?」

フレンダ「うん。 ……うん。 知ってたってわけよ」

 明言をしたわけではないが、その返事が何よりの答えだ。
 予想をしていた返事に僅か胸を痛め、何を今更、とフレンダは自嘲する。
 そしてまた振り向きもせず、公園内へと入る。

フレンダ「…………」

 懐かしい、と感じてしまう。
 ここは今でもフレメアと待ち合わせている場所だというのに。
 どうしてそう感じてしまったのか。 その理由は、最早わかりきっているが。

883: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/24(土) 00:46:53.14 ID:YYBvUpafo
フレンダ「……結局、当麻も座ったら? 心配しなくても、逃げたりはしないってわけよ」

 公園の中心よりは程遠い、恐らくは無邪気にはしゃぐ子供を見守る用に作られたであろうベンチ。
 しかし公園内に子供は無く、外周を僅かに登下校中の生徒が歩くのみだった。
 そのベンチに彼女は座り、そして上条にも座るように促す。
 別に上条は逃げたりはする心配はしていないが、心なしか躊躇ってしまった。

 きっと、少年は本能で感じ取ったのだ。 ここに座ったならそれは交渉の席についたのと同義。 後には引けない、と。
 深く深呼吸をして、心を落ち着かせ、そして改めて、上条は座る。

 誰も居ない公園に、ベンチに座る男女が一組。
 ただ漠然と彼らの姿を捉えたなら、きっと誰もがカップルだと疑わない。
 だがその間に流れる空気は、それには似ても似つかない、遠くかけ離れたものだった。

 無言、沈黙、静寂。
 時たま吹く上着の恋しくなる風が、外気に露出した頬や手を撫でる。

 ほう、とフレンダは息を吐く。
 その吐息は思った以上にというよりは全く白くならず、ただ虚空に消える。

 元来、上条当麻はそれほど我慢強いわけではない。
 人の問題に首を突っ込む時には殊更、だ。
 故に。

上条「……フレンダ、幾つか聞きたいことがあるんだけど良いよな?」

 口火を切ったのは当然の如く、少年の方であった。

884: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/24(土) 01:01:46.00 ID:YYBvUpafo
フレンダ「……うん。 順番に答える、ってわけよ」

 覚悟はついた。
 ここに来るまでの道程と、先程の沈黙との、少ない時間で。

上条「じゃあ、先ずは……さっきの女の子のことから、か。 フレメア、って言ってたけど、まさか……」

 言葉を区切る。
 あれはフレンダをそのまま縮めたのではないか、というぐらいに似ていた。
 見間違える程似ているというのには、上条には酷く心当たりがある。
 『欠陥電気』、『妹達』。 所謂、クローン。
 もしかしたらと思うと、とても口に出せるものではなかった。 つまりそれは御坂美琴と同じ目にあっている、ということなのだから。
 しかしそれは次の言葉で打ち消される。

フレンダ「ううん。 結局、あれは私の妹。 何の変哲もない、私と同じく親譲りの金髪と碧眼だけが特徴の女の子、ってわけよ」

 そうか、と返す間もなく。

フレンダ「さっきも言った通り、当麻も、会ってるんだからね」

 一気に間を詰められた様に感じた。
 ここで上条は完全に確信に至る。 フレンダは記憶喪失を知っているのだと。
 今までもほぼ確実にそうであると思っていたが、心のどこかで、まだどこか、勘違いであってほしいと願っていたのかもしれない。
 何故なら、上条の手は最大の隠し事を突き付けられて微かに震えていたのだから。


885: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/24(土) 01:23:49.17 ID:YYBvUpafo
 唾を飲む。 拳を握り締める。
 そしてまた、挑む。

上条「……なんで、俺が記憶喪失だって、知ってるんだ?」

フレンダ「……それは、答えるにはちょっと遠回りしなきゃいけないってわけよ」

フレンダ「というか、殆どの疑問に答えるにはまずはこれを説明しなきゃいけないんだけどね」

 フレンダは苦笑しつつ、靴でガリガリと地面を削る。
 ジャリジャリジャリジャリジャリガリガリガリガリガリガリガリ。
 ぴた、と不意にそれが止まり、少女は前提としての問いかけを投げかける。

フレンダ「暗部、って知ってる?」

上条「暗部……?」

フレンダ「そう、暗部。 学園都市の闇。 知らないはずはないよね、だって結局、当麻は何度か首を突っ込んでるってわけよ」

 先ほど思い浮かべた『妹達』。
 学園都市、イギリス清教ならず他にも幾つもの多角スパイを行なっているという隣人、土御門元春。
 0930事件では『警備員』よりも高度な装備を持っている特殊部隊のようなものも見たし、スキルアウトの御坂美鈴の時には『警備員』は出動しなかったらしい。
 他にも、アウレオルスに取って代わる前の三沢塾の姫神に対する扱いもそれだといえるのかもしれない。

上条「……確かに心当たりはあるけど、それがどうしたって」

フレンダ「私は、それに属してる」

 上条が疑問の答えに気付くと同時、フレンダも答えを露わにする。

886: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/24(土) 02:00:05.62 ID:YYBvUpafo
上条「……な」

 上条は驚愕する。
 予想はしていなかったわけじゃない。
 けどそれはあくまで、フレンダが巻き込まれた側、つまり御坂美琴と同じ側と考えていたのだ。
 それが大きな間違い。

 逆、だったのだ。
 巻き込まれた側ではなく、寧ろ巻き込む側。 悪に抗うのではなく、悪そのもの。
 今まで全く気付かせなかったそれは、まるで土御門のようで。
 やはり上条は驚かざるを得なかったのだ。

フレンダ「……順番に答えると。 同級生だったけど学校をやめた理由は、当麻にそれを知られてしまったから」

フレンダ「記憶喪失を知っている理由は、その暗部の情報網で当麻の近況を調べようとした時にカルテを覗いてしまったから。 病院に見舞いに行く前にね」

フレンダ「ついでに言っちゃうと、フレメアに当麻と会うのを禁止していた理由は、当麻の記憶喪失前を知っていたから、ってわけよ」

 フレメアについてはもっと複雑な事情があるが、間違ってはいない。
 フレンダは上条の抱いた疑問全てに答えた。
 先ほどの衝撃で深く思考する間もなく矢継ぎ早に回答され、上条は慎重に返された解答の表面をなぞりつつ、返す。

上条「じゃあ……幼馴染っていうのは? 学園都市で偶然見かけたっていうのも、嘘だったってこと……だよな?」

フレンダ「……ううん。 幼馴染っていうのは、本当。 理由は、嘘だけど」

上条「じゃ、じゃあ、どうして会いに来たんだよ? 俺は……申し訳ないけど、フレンダのことも忘れて――――」

フレンダ「それは結局、簡単ってわけよ」

 少女は少年の言葉を遮り。
 くるり、と足元を見たり前を見たりしていた彼女の顔がこちらを向いた。
 極僅かな、息を吹きかければ飛んでいってしまいそうな微笑みを讃えて。

フレンダ「――――私は結局、当麻のことが好きだから」

 そう、心からの本心を、ただ告げる。

892: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/25(日) 00:44:38.72 ID:OP7efksLo
フレンダ「当麻は、自分が当麻じゃないと思ってるかもしれないけど、それは違う。 この私が保証する」

 フレンダは言う。
 ここにいる上条当麻は偽物なんかではないと。

フレンダ「自分の手の届く、守りたい誰かの為に勝ち目のない戦いに挑む」

フレンダ「私は今の当麻の情報はこれしか知らなかったけど、思ったから。 『これは上条当麻だ』って」

フレンダ「勿論それを知る前はすごく絶望したってわけよ。 だからこそ、当麻が生きてるって知って、すごく嬉しかった」

 フレンダは顔を正面へと向け、空を仰ぐ。
 何かを懐かしむように、思い出すように。

フレンダ「結局私は、私を知る当麻を好きになったわけじゃない。 私を含む、何処かの誰かの救いになれる当麻を好きになった」

フレンダ「だから、記憶を失って、それでも当麻だと知って。 ……不謹慎だけど、嬉しく思っちゃったのも事実」

上条「……どういうこと、だ?」

フレンダ「……当麻と、私の闇を何も知らない当麻と、やり直せるって。 今度こそは、上手くやれるって」

 衝撃で聞き流していた、直前の会話を思い出す。
 フレンダは学校をやめた。 何故か。 上条に知られてしまったから。
 何を? 闇を。
 知っていてはいけない、学園都市の闇を。

 ようやく理解する。
 字面だけをなぞれば、誰かに知られてはバラされて、学校にいられなくなるから先にやめた、ととれる。
 が、フレンダは自らの保身に走ったわけではない。
 いや一部あるかもしれないが、それでも彼女の一番の願いは上条当麻と、憎からぬ感情を持つ幼馴染と一緒に学生生活を過ごすということだった筈だ。

893: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/25(日) 01:06:40.54 ID:OP7efksLo
 故にフレンダが恐れたのは自らの秘密をばらされてしまうことではなく。
 秘密を知ってしまった人物を、つまり上条当麻を、大切な相手を巻き込んでしまうことだった。
 つまり。
 フレンダの願いは、まだ潰えていない。

フレンダ「……結局、上手くやれなかったけど。 それでも、また当麻と一緒にいれて楽しかった、ってわけよ」

 それなのにその言葉には諦めが含まれていて。
 上条はそれを見逃すことなどできなかった。

上条「……なんで、諦めんだよ」

フレンダ「……え?」

上条「なんで、俺を巻き込まなかったんだよ。 なんで、俺を信じてくれなかったんだよ!」

 上条は叫ぶ。
 そう簡単に願いを諦めるなと。
 諦める前に、あらゆる方法を試してみろと。

上条「フレンダ、お前は言ったよな。 俺は上条当麻そのものだって。 そして、上条当麻は自分を含む、何処かの誰かの救いになれるって」

上条「きっと、俺はお前を助けたことがあるんだろうな。 だったら、もう一度救ってやる! お前の助けになってやる!」

上条「だから、フレンダ! お前の願いは俺が――――!」

フレンダ「やっぱり!!」

 シン、と。
 一瞬の沈黙が場を支配した。

フレンダ「……やっぱり、当麻は当麻、ってわけよ」

 俯きながら、そう呟き。
 フレンダはベンチから立ち上がる。

894: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/25(日) 01:18:06.17 ID:OP7efksLo
 一歩、二歩。
 フレンダは未だベンチから立ち上がれない上条に背を向け、少しずつ遠ざかる。

フレンダ「上条当麻。 幼稚園の頃、私を地獄から救ってくれた大事な人」

フレンダ「当麻は、私の世界を作った人。 当麻は、私の全てをくれた人」

フレンダ「そして、当麻は」

 立ち止まる。
 背を向けて、空を見上げる。
 後ろ手に組んで、誰に言うでもなく、ただ語る。

フレンダ「当麻は、私の大好きな人」

フレンダ「今の当麻も、昔の当麻も、同じ。 当麻は私にとっての一番で、かけがえの無い大切な人」

 音の無い世界に響くのは独白。
 フレンダ=セイヴェルンという少女の生涯をかけた告白。


フレンダ「だからやっぱり――さよならってわけよ」


 そして、別れの言の葉。

895: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/25(日) 01:30:15.00 ID:OP7efksLo
上条「な、――――」

 その唐突さに言葉に詰まり、

上条「――――んだよそれっ!?」

 同時に飛び上がるようにベンチから立ち上がり、叫ぶ。
 理解できない、のではなく。 理解を拒否するように。
 それでも、フレンダは上条の方を振り返りすらせず。
 ただ突き放すように言い渡す。

フレンダ「結局、当麻はもしかして、前に秘密がバレた時、何も言わないで私が当麻の目の前から消え去ったって思ってるわけ?」

上条「…………」

 唖然と。
 上条はただ、その言葉に呆けてしまう。

 なんだ、その言い方は。
 なんだ、その台詞は。
 それでは、それではまるで、俺は、上条当麻は――――

フレンダ「当麻は、私を助けられなかった。 救えなかった」

フレンダ「だから当麻も、同じ。 私を助けられないし、救えない」

 嘘だ。

上条「嘘、だ」

 思った言葉をそのまま口に出したつもりでも。
 その声は思った以上に弱々しく、嗄れていた。

896: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/25(日) 01:39:52.17 ID:OP7efksLo
 フレンダからの返事を聞くまでもなく、それは嘘ではない、と。
 心のどこかで、『そうだ』、と。
 自分ではない自分がそう認めた気がした。
 同時、上条当麻は、その場に膝から崩れ落ちる。

フレンダ「……当麻」

 上条は答えない、答えられない。
 それでもフレンダは続ける。
 聞こえているのはわかっているから。

フレンダ「さっきも言ったけど、結局、私は今度こそ上手くやれるって、そう思ってた」

フレンダ「でも、そんなことは最初から有り得なかった、ってわけよ」

フレンダ「だって、当麻は当麻で、私は私だから」

フレンダ「同じ要素だけを並べても、結果は同じになるに決まってる」

 だから。
 だから、そう。
 自分が、今まで抱いていた希望は、思いは、諦めきれなかった願いは。
 その全て、何もかもは。

897: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/11/25(日) 01:41:05.86 ID:OP7efksLo





 ――――結局、全部幻想だった、って訳よ





915: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 01:07:02.42 ID:D/DneEsuo
 ■   □   ■


 わかっていた。
 きっと、こうなってしまうことは。

 わかっていた。
 何れ、この結末を迎えてしまうことは。

 わかっていた。
 けれど、わかっていなかった。
 二度目の喪失が、こんなに辛いものだなんて。

フレンダ「……結局、私ってば馬鹿だった、ってわけよ」

 ぼんやりと、ベッドに横たわり天井を見上げる。
 自分の部屋ではなく、ビジネスホテル。
 今は誰にもどころか、フレメアにすら会いたくない。 厳密には、会わす顔がなかった。

フレンダ「……本当、どうして選んじゃったんだろう」

 その問いは室内の壁に微かに反響して返ってくる。

 一度目。 自分が明らかなミスをした。
 ただ一緒に居られればよかった、ただそれだけだったのにそれ以上を求めてしまった。
 その迷いが引き金を引き、そして終わりを迎えさせた。

 そして二度目。 自分は目の前の可能性に盲目となってしまった。
 何故失敗したのか。 何故終わってしまったのか。
 その理由を鑑みれば、もう二度と間違えない、などと。 絶対に不可能だと、わかったはずなのに。

916: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 01:56:38.21 ID:D/DneEsuo
 事実を全て知れば、今回は恋愛感情などは関係がない、という人もいるのかもしれない。
 けれどそもそも根本からして、彼女の行動原理が恋心である以上その事実から逃れることなどフレンダには不可能な話だったのだ。
 それに気がつくのがあまりにも遅すぎた。

 気付いたのはやはり全てを失った後で。
 もう二度と同じ機会など巡ってくるはずもない。
 仮に。 仮に上条が再び記憶喪失になり、今までのことを忘れたのだとしても、彼女にはもう挑むことなど出来ない。
 当然だ。 彼女自身が上条のことをそこらの木とでも思わない限り、同じ事の繰り返しになるだけなのだから。

フレンダ「……当麻」

 少年の名を呼ぶ。
 もう二度と、面と向かって話すことのないだろう少年の名を。
 そして心で想う。
 ごめんね、と。
 傷つけて、騙して悪かった、と。

フレンダ「…………当麻」

 体勢を変え、すぐ傍に置いておいた二つのぬいぐるみを抱きしめる。
 それはどちらも、愛しい彼がプレゼントしてくれたものだ。
 彼にとって深い意味はなくとも、彼女にとって彼が居ない時の代わりだった。
 今までも、そしてこれからは恐らく、ずっと。

フレンダ「もう、我慢するから」

 今までは自分勝手だった。
 勝手に傍に居たくて、勝手に悩んで、勝手に突き放して。
 そして勝手に希望を抱き、勝手に絶望する。

フレンダ「もう、二度と当麻と一緒にいたいなんて思わないから」

 別れは、辛かった。
 また会って、隣を歩いて、笑いあいたい。 渇望せずにはいられないほどに。
 けれど、もう十分過ぎるほど貰ってしまったから。
 自分勝手に、彼の悲しみと引換に、糧を先払いで受け取ってしまったから。

フレンダ「だから、結局、神様、どうか」

 フレンダは、神を信じていない。
 自分に試練と言う名の袋小路を与えるのみで手を差し伸べない無能の神など居るとは思わない。
 けれど、もし。 もし、仮にいるのだとするならば。

 自分の愛した少年に、精一杯の幸運を。

 虚ろになる意識の中、最後にそう思い。
 耳に携帯電話の着信音を聞きながら、少女は遂に眠りに落ちる。

917: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 02:45:54.17 ID:D/DneEsuo
 ■   □   ■


 上条当麻は気がついたら自分の寮部屋の前に立っていた。
 どうやってここまで来たのか、など全く覚えていない。
 それ程までに、上条にはショックだったのだ。

上条(俺が……前の上条当麻が、助けられなかった、なんて)

 自分は、上条当麻ならきっとこうする、と考えて行動してきた。
 最近は彼の行動が上条当麻になりつつあるのだが、それでも芯は変わらず、上条当麻なのだ。
 少女も、それを認めてくれた。 他でもない彼女が、自分を上条当麻そのものだと。

 だから、だからこそ。 だからこそ、彼は折れてしまった。
 追っていた背中である、以前の上条当麻。 それが救えなかったということは即ち、自分にも救えないということ。
 普段の彼なら、『それがどうした』と。 そう叫んで手を差し伸べたのかもしれない。
 だが今回は別だ。 『元の上条当麻だったらこうした』という自分なりの予測の元、心の内で叫ぶ声を無視してフレンダに問い詰めたのだ。
 それを理由にしたが故に、彼にはこれ以上どうすることもできなかった。
 勿論、先人が救えなかったという事実を聞いてショックだったというのも大きいが。

上条(正直、今は誰にも会いたくないけど……)

 今日はもう心身共にボロボロだ。 今から宿を探すと言っても時間がないし、金もない。
 加え、インデックスには今日の食事の件も伝えなきゃいけない。
 短く溜息を吐いて、上条はふらふらとした足取りで鍵を開けて家に入る。

上条「ただいまインデックス……インデックス?」

 返事がない。
 出かけていることも多々あるが、この時間は大抵家にいるはずだ。
 そしていつもならおかえりーと元気な声が返ってくるのだが、それがなかった。

上条(まさか)

 と、最悪の考えが過ぎる。
 よもやインデックスはその脳に保管してある十万三千冊の魔導書を狙う輩に攫われてしまったのではないか、と。
 戦慄が走り、上条は先程までの思いも忘れて靴も投げ捨ててインデックスの名を叫びながら部屋に入る。

918: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 03:00:31.09 ID:D/DneEsuo
上条「インデックス!? インデッ……」

 その叫びは部屋にいる人物を捉えると同時、詰まった様に止まった。
 部屋に入った上条が目にしたのは、仁王立ちしたインデックスその人。
 上条の考えた最悪の事態は、幸運にも杞憂に終わったらしい。

 らしい、のだが。
 どうやらインデックスの纏う雰囲気がいつもと違うことに上条は気がついた。
 噛み付いてくる時の怒りとは違う、静かに、火が燻っているような気配。
 それをひしひしと感じつつ、爆発させてしまわないようにそっと、上条は言葉を紡ぐ。

上条「……ど、どうしたインデックス、そんな殺気立って……あ、夕食に遅れたのは悪い。 連絡しておけばよかったな」

上条「それで、重ねて悪いんだけど、今日の夕食は外で……」

インデックス「とうま」

 呼ばれ、上条の背筋に悪寒が走る。
 まさしく、蛇に睨まれた蛙。
 今までの死闘を振り返ってもここまで怯えたことはなかっただろう。

上条「ハイ……ナンデショウ、インデックスサン」

インデックス「とうま……何か私に隠してること、あるよね?」

 打って変わって、インデックス満面のは笑みを浮かべる。
 今ならまだ許してあげなくもないけど、やっぱり内容による、とでも言いたげな笑み。
 正しく、天使の様な悪魔の笑顔。
 言われた上条は疲労で思考と止めかけている頭に鞭を打ち、必死に考えを巡らせる。
 が、インデックスに隠し事なんてそれこそ記憶喪失しかないし、怒られるようなことも覚えはなく。

上条「……キオクニゴザイマセン」

 どこぞの政治家のような返事を返したなら。
 そこに待っていたのは、インデックスの尖った牙だった。

 瞬間、上条の悲鳴が寮内に響き渡る。

919: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 03:15:43.06 ID:D/DneEsuo
上条「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――――ッッッ!!!!」

 もはや殺しにかかってきているインデックスの噛み付きに上条は悶え苦しむ。
 が、それでもインデックスは離れず、上条の頭にしがみついていた。

インデックス「もう! 黙って謝ったら許してあげようと思ってたのにどういうことなのかな、とうま!?」

上条「いや俺には本当なんの覚えもないぃいいいいいいいいいいっっっ!!?」

 言い終わるより先にガリガリと頭蓋骨が削れる。
 弁解の機会すら与えず、インデックスは追撃に入った。

インデックス「嘘つき! こっちには証拠だってあるんだよ!!」

上条「しょ、証拠!? なんの!?」

インデックス「自分の胸に聞いたらどうなのかな!!」

 ばっ、とテーブルを挟んで反対側に下り、インデックスは証拠と言い張るそれをテーブルに叩きつけた。
 頭に血が登っているのは間違いなく、上条が再び思考を巡らせる間もなくインデックスは言及する。

インデックス「さぁ、答えてもらうんだよ! 一体いつから、とうまはあの金髪とこうかんにっきーなんてしてたの!?」

上条「こうか……」

 言いかけて、止まる。 思考が一瞬停止する。
 交換日記? 誰と? 金髪……フレンダと?
 上条はインデックスが叩きつけたそれを見つめる。 ここ最近のものではないほんの少し古ぼけたノート。 題には間違いなく『交換日記』と記されている。

 無論上条当麻に覚えはない。
 しかし、それは――今の上条当麻には、だ。
 インデックスの言が正しいなら恐らく、いや、十中八九。 それは昔の上条当麻とフレンダ=セイヴェルンの『交換日記』。

920: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 03:38:43.60 ID:D/DneEsuo
インデックス「全くもう! 態々本棚の後ろなんかに隠して! 最初はとうまの趣味の本かと――――」

 文句をぐちぐちというインデックスの言葉を手で制し、今度は上条は彼女へと問いかける。
 その言葉、表情は鬼気迫る物で、思わずインデックスも一歩たじろぐ程のものだった。

上条「……インデックス、お前、これの中身見たのか?」

インデックス「へ? ……ううん、最初の方だけで、全部見てないけど……」

上条「ちょっと貸してくれ」

 言うやいなや、上条はインデックスからそのノートを奪い取りパラパラと捲る。
 それは、本当に単なる交換日記だった。
 昔仲良くしていて、そして高校に入ってから再会した一つの幼馴染同士の交換日記。
 それを書いていた当時のことに混じり、こんなことがあった、あんなことがあったと、互いの知らない空白の数年間を埋めるように書き連なっている。
 何枚か、写真も貼ってあった。
 自分と、フレンダと、それからフレメア。 まるで親子のように肩を寄せ合い写っている。

上条「これ、は」

 間違いなく、自分が記憶を失う前のものだ。
 その後も、数頁、交互に筆記の文字が代わる代わる登場し、そして突然、文章が消えた。
 何事も無く続いていた交換日記が、忽然と終わりを告げた。

上条「ここが……ここで…………」

 俺が、記憶喪失に?
 インデックスの手前、その言葉は飲み込み。
 なんの気もなしにまた数頁捲ったところで、再び文字が現れた。

921: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 04:11:07.96 ID:D/DneEsuo
『四月九日 第七学区、喧嘩通り』

 たったそれだけの短い文字。 特に意味の見られない日付と場所の羅列。
 それは一つだけではなく頁一杯に書き尽くされており、そのいづれも似たようなものだった。
 上条当麻は、ここでこれを閉じることも出来た。 この意味の分からない文字を見つめることになんの意味もないと、切り捨てる事もできた。
 しかし、彼はそれをせず、ただその書かれた文章とも言えないそれを視線で追う。
 彼はここに何かが眠っていると、そう直感した。

『四月十三日 第七学区、商店街裏道』

『四月十八日 第三学区、廃ビル(電磁研究施設)』

『四月十九日 第七学区、東地区の路地裏』

 日付は毎日ばらばらで、一行一行にそれが書かれていた。
 それになんの意味があるのか分からず、上条はただ頁を捲る。
 四月を抜け、五月も過ぎ、六月すら素通りする。
 次に手を止めたのは、七月。
 七月、十九日。

『七月十九日 第七学区、幌南高校付近の裏通り。

 あれから三ヶ月と少し、未だフレンダの尻尾さえ掴めない。
 俺の探し方が悪いのか、それとも暗部とやらが隠蔽工作をしているのか。
 どちらかはわからないけど、諦めるわけにはいかない。
 あの日、俺はフレンダの手を掴めなかった。
 フレンダは、きっと俺を巻き込むまいと、わざとああ言う言葉回しをしていた。
 あの時のフレンダは、嬉しかっただろう。 安堵しただろう。 上手く行ったと、ほくそ笑んだだろう。
 けれど、きっとそれ以上に、悲しかっただろう。
 俺はあの時、気が付かなかった。 フレンダの救難信号に気付くことができなかった。
 気付けず、そして突き放してしまった。 俺は地獄にはついていけない、お前一人で勝手に行け、と。

 馬鹿だ。
 フレンダの真意に、俺がフレンダを好きだったことに、突き放してから気がついてしまった。
 俺は、本当に馬鹿だ。 本当に、馬鹿なことをした。
 ……だからこそ、諦めるわけにはいかない』

928: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:07:07.45 ID:D/DneEsuo
 上条の息が詰まる。
 何を思う間もなく、上条は次の文章に目を落とす。

『俺はフレンダの幻想を殺した。
 だからと言って、諦めなければならないわけじゃない。
 壊れたなら作ればいい。
 今度こそ壊れない幻想を、本物を。
 俺たちなら、きっと、ここだろうが、例え地獄だろうが、見つけ出すことが出来るはずだから。

 ……明日から夏休みだ。 絶対に、見つけ出してみせる。
 ここに探した場所を書くのは今日で最後にする。
 新しいノートも買っておこう。 フレンダと会えたら、今度は俺から渡そう。
 この交換日記みたいに今までのことじゃなくて、今度はこれからのことを一緒に書いていこう、って。』

 『交換日記』はここで終わっていた。
 上条は知る。 『上条当麻』は諦めたわけじゃない、と。
 一度目は救えなかったけれど。 二度目に向けて立ち上がっていたのだと。

 それを自分は、馬鹿だ。
 昔の自分が救えなかったという事実だけで怯んで、ショックを受けて、落ち込んで。
 自分の、上条当麻の本質を忘れていた。

 『不屈』。

 何があっても、何がおこっても、誰が相手でも、何が相手でも、自分が正しいと思ったことに決して、絶対に諦めない。
 それこそが上条当麻の芯に他ならない。

 パタン、とノートを閉じる。
 その拳を握りしめて、ゆっくりと立ち上がり。
 そして、言う。

上条「……いいぜ、フレンダ。 お前が、自分は光に返ることなんて叶わない、俺と一緒に居た過去が、未来が幻想だったっていうんなら……」

上条「まずは、その幻想をぶち殺す……!」

 ゆらり、と。
 過去と現在、今一つになった上条当麻は不屈の意志を胸に秘めて。
 静かに、その闘志を燃え上がらせる。



 ――――時は、十月五日。
 学園都市の独立記念日である十月九日まであと四日に迫った日の出来事だった。


フレンダ「結局、全部幻想だった、って訳よ」
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